051 釣り

 せっかくなので釣り竿は自作することにした。

 といっても、竹を加工して作った竿に適当なパーツを付けただけだ。

 例えばグリップテープを巻いたり、リールを装着したり。


 コクーンの判定基準だとこれも立派な製作になる。

 おかげで【細工師】の経験値とポイントが貯まった。

 ペットボトルトラップ2個分程度だが。


「あとは釣り針に餌を刺すだけだ」


 と、ここでトラブル発生。


「餌ってミミズじゃん! 虫とか無理ぃー! 無理無理! 絶対無理!」


 麻衣が凄まじい勢いで拒絶したのだ。


「麻衣さんは虫が苦手なのですね」


「恥ずかしい女」


「どんまいっすよー!」


 他の三人は平然とミミズを摘まむ。


「虫以外に何かないの!? 団子みたいなやつとか魚ぽいやつとか!」


「練り餌や疑似餌のことだろ? あるよ」


「だったらそれにする! ミミズとか嫌だし!」


「かまわないが海釣り用だぞ」


 川釣り用の餌はミミズ等の虫しかない。

 虫の種類は多いが、練り餌や疑似餌はなかった。


「へーきへーき! 海も川も一緒だから!」


 麻衣は練り餌を購入。

 手の平で団子状にして針に刺した。


「やるぞー」


 準備が整ったので一斉に釣りを開始。


「お!」


「きたっす!」


「私もヒットしました!」


「風斗、どうすればいい?」


「竿を引いてリールを回すんだ!」


 すぐさまヒットする俺達。

 ただ、「俺達」の中に麻衣だけ含まれていない。


「しゃー! 釣れたぞ!」


 程よい抵抗の末に釣り上げた。

 毒々しい色の川魚が消えてポイントと化す。


「たしかに単価は漁の数倍あるな」


 〈履歴〉を確認しながら呟く。


「同じ魚でも捕り方によってポイントが変わるということでしょうか」


「そうみたいだな」


 その後も釣りを続行した。

 魚群で行っているおかげなのか釣れまくりだ。

 まさにばくちようという他ない。

 自然と頬が緩んだ。


 麻衣以外は。

 彼女の釣り竿だけ無反応だった。


「効率は漁に劣るな」


「やはり漁のほうがいいっすか!」


「ポイントを稼ぐだけならな。釣りは安全だし楽にできる。がっつりポイントを稼ぎたい時以外は釣りでもいいと思う」


「ケースバイケースってやつっすね!」


「だな」


 と、ここで麻衣の様子をチラリ。


「つまんない……」


 麻衣は頬をパンパンに膨らませていた。


「だから麻衣もミミズにしたらいいだろ。俺がつけてやるって」


「いらないもん。練り餌でいいし」


 完全に拗ねている。


「そう不貞腐れるなって、ほら貸してみ?」


 半ば強引に麻衣の竿を奪った。

 ほろほろになっている練り餌を外してミミズを突き刺す。


「これでやってみろ、釣れるはずだ」


「ミミズをつけてなんて頼んでいないし……」


「分かっているよ。だから礼は結構だ」


 麻衣は涙目で釣り竿を振るう。

 その数秒後、彼女の竿がピクピクと動いた。


「風斗! かかった! かかったよ!」


「竿を引いてリールを巻け!」


「うん!」


 どりゃあ、と魚を釣り上げる麻衣。


「やったー! 釣れたー!」


 たちまち麻衣の機嫌が良くなった。


「よかったな、おめでとう」


「ありがとー! はい風斗! 次のミミズ!」


「またかよ」


「だってミミズとか無理だもん!」


「仕方ないなぁ、ほらよ」


「ありがとねん!」


 こうなると麻衣は止まらなかった。

 これまでの遅れを取り戻すように釣りまくる。

 釣って釣って釣って、その度に言う。


「風斗! ミミズ! 早く!」


「はいはい」


 子供かと思えるほどのはしゃぎようだった。

 その姿を見て美咲と燈花はにっこり笑う。


「麻衣だけずるい」


 由香里は何故か拗ねていた。


 ◇


 夕暮れ前、俺達は拠点に戻った。

 一仕事を終えたペットたちも含めて全員でダイニングへ。

 更なる拡張によって面積が増えたので広々としている。

 いよいよリビングまで兼ねるようになっていた。


「かぁー! 釣りまくった! やったどー!」


「たくさん釣れて楽しかったですね」


 麻衣と美咲は晩ご飯の調理を進めている。


「由香里、見て! タロウに翼が生えたっす!」


「ブゥ!」


「キィー!」


「可愛い……」


 燈花と由香里はダイニングテーブルの傍でペットと戯れている。

 タロウの背中に乗っているルーシーが全力で翼を広げていた。

 それでも、サイの図体に対してハヤブサの翼では小さすぎる。

 とても飛べるようには見えなかった。


「分かるかジョーイ、これはテレビって言うんだ」


 俺はソファに座ってテレビを観ていた。

 ソファやテレビはたった今設置したものだ。

 設置を希望したのは麻衣だが、最初に使ったのは俺である。


「電源ケーブルがないと玩具にしか見えないな」


 コクーン産の電化製品はコンセントを要しない。

 調理器具は大して気にならないが、テレビは違和感が凄かった。


「面白い番組やってるー?」と麻衣。


「ドラマの再放送とニュースぐらいだ」


「ちぇ、つまんないじゃん!」


「ちなみに静岡のローカル番組が映るぞ」


「やっぱりここって駿河湾にあるんだね」


「たぶんな」


 テレビを観ていても面白くない。

 俺はスマホを取り出しグループチャットを開いた。


「平和ウィーク、思ったより平和じゃないかもな」


「どうかしたっすか?」


 燈花がやってきた。

「ドーン!」と謎の擬音を口にしながら隣に座る。

 俺の足下に伏せていたジョーイは、そそくさと美咲のもとへ。


「金欠に喘ぐギルドがちらほら出ているんだ」


 ほら、とスマホを見せる。

 燈花はログに目を通した。


「ほんとっすねー」


「徘徊者はありがたいが、魔物まで消えたのはまずかったな」


 多くの生徒にとって魔物の討伐報酬は貴重な収入源だった。

 俺達も他人事ではない。


 魔物がいなくなったことで少なからず稼ぎが減っている。

 また、下降の一途を辿っていた槍の不労所得も完全にゼロとなった。


「釣りでどうにかならないっすか? 川なんてそこらにあるっすよ」


「どうやら魚群でなければ爆釣とはいかないようだ。全てのギルドにレベル10の【漁師】持ちがいるわけじゃないからな」


 生活費を稼ぐだけなら苦労しない。

 魚を何匹か釣れば事足りるだろう。


 問題は防壁の強化費だ。

 毎日3~4回強化する場合、1週間で2~300万の出費になる。

 これだけの額をどうやって稼げばいいのか。

 皆が頭を抱えているのはこの点だ。


「このままだと面倒なことになりそうだな」


「面倒なことって?」


「ポイントのカツアゲとか」


 麻衣、美咲、由香里の三人が不安そうな顔でこちらを見る。

 俺達の会話を聞いていたようだ。


「貧すれば鈍すると言うし、自分の為にも秘中のネタを提供してやろう」


「秘中のネタって何すか!?」


「ペットボトルトラップさ」


「あー! そういえば内緒にしていたっすね!」


「うむ」


 今までペットボトルトラップの情報は出していなかった。

 もっとも、意図的に隠していたわけではない。

 あえて出すほどの情報でもないと思ったので黙っていただけだ。


「送信っと!」


 俺達はペットボトルトラップで凌いでいるよ、と発言。

 トラップの作り方が載っているサイトのURLも貼り付けた。


「……やっぱり微妙だな」


 皆の反応は今ひとつだった。

「うおおおお! 神情報!」と熱狂している者はいない。

 むしろ期待外れと言いたげな反応が大半だった。


「せっかく教えてあげたのに酷いっすねー」


「仕方ないさ、地味なネタは往々にしてウケが悪い」


 ペットボトルトラップは積み重ねが大事だ。

 スキルレベルと設置数をコツコツ上げることで真価を発揮する。

 〈マイリスト〉で大量生産する手もあるが、それはそれで微妙だ。

 どうやっても序盤は労力に見合わない。


「こうなったら石打漁も教えてびっくりさせるっすよ!」


「それはやめておこう」


「どうしてっすか?」


「石打漁は事故の危険がある。足を滑らせ岩で頭を打って死にました、なんてなったら目も当てられない」


「それは嫌っすね」


「ちょうど教師が漁の話をしているし、わざわざ俺が言わなくても誰かしら漁に辿り着くだろう。もしかしたら石打漁より便利なネタがあるかもしれない。その時は便乗させてもらおう」


「なるほど! 賢いっすねー!」


 俺は「ふふふ」と笑い、テレビを消す。

 平和ウィーク初日は問題なく終わりそうだ。

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