第四章:平和と反乱

050 ゴネ得ペナルティ

 11時58分、俺達は拠点の外に集まっていた。

 あと2分で約30頭のライオンとお別れだ。


「助けてくれてありがとうな」


 ここまでスキンシップを避けていたライオンたちに抱きついて礼を言う。

 俺だけでなく他の四人も。


「ガルゥ」


 ライオンたちは柔らかな表情で受け入れてくれた。

 中には獣臭い舌で顔を舐めてくれる奴も。

 本当に可愛くて、ダメだと分かっていても情が湧いてしまう。


「次の飼い主のところでも幸せにな! 今度は餌代を出してくれる奴を見つけるんだぞ!」


「「「ガルルァ!」」」


 時刻が12時00分になる。

 その瞬間、全てのライオンが姿を消した。


「別れって思っていたよりも辛いもんだな……」


 ライオン達と過ごした時間は約半日。

 意図的に避けていたので大して触れあっていない。

 それなのに、不思議と涙がこみ上げてきた。


 だからこそ思う。

 避けていたのは正解だったな、と。

 大事にしていたら酷いペットロスになっていた。


「さて……」


 ポケットからスマホを取り出す。

 ライオンが消えると同時に音が鳴っていた。

 内容は察しが付く。


『ペナルティ:動物を購入することができなくなりました』


 案の定、ペナルティの通知だった。

 餌代を払えなかった俺は、二度とペットを飼うことができない。


 通知の文面を見ていると腹が立ってきた。

 リスクとリターンの収支がまるで合っていない。


 勝手にリスクを取ったのは俺だ。

 それは分かっているが、それでも理不尽だと思った。


 八つ当たりがてら〈要望〉から文句を送ることにした。

 ゼネラル徘徊者の報酬がショボ過ぎるぞバカ野郎、と。

 すると、要望は拒否されることなく送信されてしまった。


「むっ」


「どうしたの?」と由香里。


「追加の質問が表示されたぞ」


 希望する報酬を教えろ、というものだった。

 Xがこのような対応してくるのは珍しい……というか初めてだ。


「平和ウィークの実装といい、何かが変わったな」


「私達は変わらないけどねー」と麻衣。


 俺は希望する報酬を書き込む。

 欲しいのは一つ――日本に帰還することだ。


『俺達を日本に戻すか、もしくは日本に帰還する方法を提示してほしい』


 送信ボタンをタップ。

 いつもなら送信に失敗するが、今回は成功した。

 そして数秒後、再びスマホがピコンと鳴った。


『ペナルティが解除されました』


 それがXの返答だった。

 おそらく譲歩案のつもりなのだろう。

 帰還を認めない代わりにペナルティを解除してやる、と。


「帰還方法に関する糸口は見つからないままだが……まぁいいか。最初からその点は期待していないし」


 ペナルティが解除されただけ良しとしよう。

 とりあえず、これでまたペットを飼えるようになった。


 ◇


 昼ご飯を食べ終えた途端、体に異変が生じた。

 思わず椅子から立ち上がり、「うおおおおお!」と叫ぶ。


 力が湧いてきたのだ。

 体がいつもより軽く感じる。

 見た目は変化ないが、明らかに身体能力が向上していた。


「なんだこりゃ! 美咲、昼メシにクスリでも盛ったのか!?」


 美咲は「クスリは盛っていませんが……」と笑いながら説明する。


「実は朝食を作った際に【料理人】のレベルが20を超えました。それで新たな効果が追加されまして」


「この異様に力がみなぎっているのは料理の効果ってことか?」


「はい、一時的に能力が強化されるようです。」


「やばいぜ! 今なら勝てる気がする! 麻衣、腕相撲で勝負しようぜ!」


 俺は椅子に座り直し、テーブルに肘を置く。


「ほーい」


 麻衣は対面に座って勝負を受けた。


「いくよ、風斗。レディ、ゴー!」


 ズコーッ!

 僅か数秒で俺は敗北した。


「どうして……」


「そりゃ私も同じご飯を食べているからね?」


「しまった! 麻衣も強化されていたのか……!」


 俺はガクッと項垂れた。


 ◇


 昼食後は金策タイム。

 俺は川で石打漁とペットボトルトラップによる漁担当。

 いつもなら誰かしらとペアで来るが、今日は全員で来ていた。

 平和ウィークのせいで島に魔物がいないからだ。


「今日みたいな暑い日は川の水が気持ちいいですね」


「美咲さん、たも網をどうぞ」


「ありがとうございます、由香里さん」


 美咲と由香里が石打漁に励んでいる。

 美咲が石打漁をするのは今日が初めてだ。

 前回は俺の都合で見学していた。


「わっ!」


「美咲さん危ない!」


 川底のぬかるみに足を滑らせて転びそうになる美咲。

 すかさず由香里が止めて事なきを得る。

 ――と、思いきや。


「「きゃっ!」」


 二人とも転んで川に尻餅をついた。


「大丈夫か!?」


「大丈夫です、すみません」


「私も大丈夫」


 そう言う二人だが、俺からすると大丈夫ではなかった。

 川の水を盛大に浴びたせいで、濡れた服が地肌に張り付いている。

 スカートが捲れてパンツが見えているのもポイントが高い。

 由香里は何故かノーブラで、美咲は胸の谷間に川水が溜まっていた。


(おほっ、これは水も滴るいい女……!)


 凝視を禁じ得ない光景だが、俺はどうにか衝動を抑えた。

 光の速さでチラチラ見ることで我慢する。


「あのー、麻衣、思ったんすけどー」


「んー?」


 麻衣と燈花はペットボトルトラップの量産に励んでいる。

 タロウやコロク、その他のペットは不在だ。

 アイテムを探して付近を歩き回っている。


「やっぱり『先輩』とか『先生』って付けたほうがよくないっすか? 呼び捨てってどうもしっくりこないっすよー」


「そうかなぁ?」


「俺も最初は慣れなかったな」


「ほらー! やっぱり普通はそうっすよね!」


「私は平気だけどなぁ!」


「そりゃ麻衣は普通じゃないからな」


「なんだと」


 俺は会話を終え、全体の状況を確認。


「そろそろいいだろう」


 皆に作業の中断を命じた。


「もう100万稼いだの?」と麻衣。


「約110万だな」


 俺達5人が稼いだ額の話だ。

 それだけあれば餌代を捻出した上にいくらか余裕がある。

 徘徊者戦の討伐報酬もあるし、しばらくは安泰だろう。

 ちなみに、今の餌代は約22万pt。


「漁って儲かるねぇ!」


「ペットボトルトラップをコツコツ増やしてきたのが大きいな」


 川には数百個のペットボトルトラップを設置している。

 塵も積もれば山となるように、これだけの数があると稼ぎも大きい。

 日に日に【漁師】のレベルが上がっているのも追い風になっていた。


「漁の次は何をするの? なんだっていいよ! 美咲の料理を食べたおかげで元気が有り余っているから!」


 麻衣が可愛らしい力こぶを作ってみせる。


「実は試してみたいことがあるんだ」


「いいじゃん! 何を試すの?」


「釣りだ。【漁師】の魚群探知能力を駆使すれば釣り堀並みに釣れるはず」


 グループチャットで誰かが言っていた。

 釣りは儲かるぞ、と。


 気になったのは、魚を釣った際に得られるポイントだ。

 単価だけ見た場合、漁より優れているのは明らかだった。

 だから、もしかすると漁より儲かるかもしれない。

 試す価値は十分にあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る