048 絶望
「ガハッ!」
意識する前に血を吐いていた。
腹部にかつて経験したことのない痛みが走っている。
痛みの箇所に目を向けると、ボスの大槍が刺さっていた。
「風斗!」
仲間たちの声が聞こえる。
駆け寄ってきているのかもしれない。
振り返る余裕はない。
このままだと1分も経たずに俺は死ぬ。
早く万能薬を飲まねばならない。
そんな状況だが、俺はニヤリと笑った。
「俺の勝ちだ……!」
手応えがある。
刀が兜の中の何かを捉えていた。
微かに残っている力で刀を左右に動かす。
「ヌォオオオオオ……」
兜から
次の瞬間、ボスがこの世から姿を消した。
俺に刺さった槍も消えて、体が地面に激突する。
「早く薬を飲んで!」
麻衣が万能薬を飲ませてくれた。
今回は口移しではなく手で突っ込まれる。
さらに水を流し込まれた。
「ゴヴォッ!」
あまりにも強引過ぎて咽せる。
それでも薬はしっかり飲んでいた。
傷が一瞬にして治っていく。
「生き返ったようだね」
ニッコリと微笑む麻衣。
「ああ、サンキューな」
俺は立ち上がり、大きく息を吐いた。
「やったぞ、ボスを倒した……!」
次第に勝利の喜びがこみ上げてくる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
つい叫んでしまう。
だが、喜びはそう長く続かなかった。
「風斗、何も変わってないんじゃないの? これ」
麻衣に言われてハッとした。
ボスが消えても他の徘徊者は消えていない。
新手が湧いてはライオンたちに駆逐されている。
コクーンを見ても何ら変わりない。
日本に帰還するための方法が判明……などもなかった。
得られたのは討伐報酬の300万ptのみ。
あと莫大な経験値も。
「風斗君、撤退しませんか?」
珍しく美咲が提案してきた。
「そうだな……」
この様子だとボスが再び現れてもおかしくない。
倒したら終わり、などという決まりはどこにもなかった。
「撤退だ」
ライオンたちに安全を確保させつつ速やかに戦線を離脱した。
◇
問題なく拠点に到着。
ひとまず皆でダイニングに向かう。
外のことは生き残った31頭のライオンに任せた。
「さて、と……」
クタクタの顔でテーブルを囲む。
改めて情報を整理した。
まずは本当に何の変化も起きていないのか調べる。
「……ダメだな」
結果は変化なし。
コクーンどころかスマホに入っている全てのアプリを調べた。
「グルチャを見る限り他所も変化ないみたい。私達がボスを倒したことに誰も気づいていないし」
「すると、ボス戦の戦果は300万ぽっちのポイントと【戦士】レベルが10から18に上がる分の経験値だけってことか。こうなる気はしていたが……残念だ」
大きなため息をつく。
ただ、落胆するだけで絶望してはいなかった。
どちらかといえば、「やっぱりな」という気持ちが強い。
「とりあえず必要なことを済ませておくか、忘れる前に」
まずはギルドの金庫に手持ちのポイントを移す。
破産した際に所持ポイントがどうなるか分からないから。
手持ち分を全て徴収されてもおかしくない。
「500万以上あるじゃん! ボスの報酬が300万ってことは、雑魚だけで200万も稼いだの!? ペットが倒した時の獲得ポイントって少ないんじゃなかった?」
目をぎょっとさせる麻衣。
「単体の稼ぎは少ないけど数をこなしているからな。あと、スキルの効果で獲得量が増えている。徘徊者戦が始まった時は習得すらしていなかった【調教師】のレベルがもう18だ」
「すご!」
「私より高いじゃないっすか! ……と思ったら、私も今回の戦いでレベルが上がっていたんで、やっぱり私のほうが高かったっす!」
燈花の【調教師】レベルは20になっていた。
新たに「餌代が75%オフになる」という効果が追加されたらしい。
かなり強力だ。
「そういや皆、ステータスはどんな感じなの? 今のステータスを見せ合おうよ!」
「かまわないが、グループチャットでボスを倒したと報告してからでもいいか?」
「ダメ!」
「ダメなのかよ」
「だってグルチャで報告したら絶対に荒れるじゃん? それでなんか対応することになったらステータスの話を忘れちゃいそうだし! 私は今見たいの! それにグルチャは私らがお風呂を満喫している間にしといて!」
「最後のが本音だろ! ま、いいけど」
俺達は〈ステータス〉を表示し、スマホをテーブルに置いた。
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【名 前】漆田 風斗
【スキル】
・狩人:9
・漁師:13
・細工師:12
・戦士:18
・料理人:1
・調教師:18
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=======================================
【名 前】夏目 麻衣
【スキル】
・漁師:5
・細工師:10
・料理人:12
・戦士:7
・栽培者:1
・狩人:5
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=======================================
【名 前】高原 美咲
【スキル】
・戦士:8
・料理人:19
・漁師:2
・細工師:4
・狩人:5
・調教師:3
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=======================================
【名 前】弓場 由香里
【スキル】
・狩人:22
・細工師:6
・戦士:9
・漁師:2
・調教師:6
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=======================================
【名 前】牛塚 燈花
【スキル】
・狩人:3
・料理人:7
・細工師:4
・戦士:6
・漁師:5
・調教師:20
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「ちょ! なんか私だけレベル低くない!? 皆はレベル20前後のやつが一つはあるのに、私だけ最高が【料理人】の12なんですけど!?」
麻衣が喚きだした。
「役立たず」と由香里。
「わりと刺さるからそれはNG!」
「ごめん、冗談のつもりだった」
「素直か! って、そうじゃなくて! なんで私だけが……うぅぅぅ……」
「料理の手伝いでしばしばサボるせいだろうな」
「サ、サボっていないし! 美咲が私に仕事させないだけだし!」
「サボっているだろ。美咲に丸投げしてスマホで遊んでる姿を何度か見たぞ」
「ぐっ……。そ、それより、燈花の【漁師】レベルが5っておかしくない!? 今日習得したんでしょ!? なのに私と一緒だし!」
「上がりすぎだとは思うがこんなもんだろう。今日は大漁だったからな。それに燈花はよく働いていた」
いえい、とVサインを決める燈花。
タロウが誇らしげな顔で「ブゥ!」と鳴いた。
コロクも彼女の肩の上で満足気だ。
「スキルレベルにこだわるなら別の作業にシフトするか?」
「別の作業って漁のこと?」
「もしくは狩りだな。他に良さそうな金策があるならそれでもいいが」
「えー!
俺は「はいよ」と笑った。
「それじゃ、俺はグルチャで報告しておくよ。皆はお風呂に入ってきてくれ。徘徊者戦はまだ終わっていないが、ライオンがいるから気にしなくていいだろう」
「了解! 一番風呂はもらったー!」
麻衣は誰よりも早く立ち上がり、「じゃね!」と飛び出していった。
「お先に失礼します」
「お疲れ様、風斗」
「また明日っす!」
動物たちも浴室へ向かう。
賑やかだったダイニングが俺だけになった。
「脱出失敗もそうだったが、こういう報告は気が滅入るなぁ」
独り言を言いつつグループチャットでボスの討伐を報告。
すぐに反応があった。
最初は皆、半信半疑だった。
合同作戦に失敗したばかりなのだから当然だろう。
だが、すぐに俺の報告が真実だと認められた。
証明したのは〈スポ軍〉を率いる五十嵐だ。
なんと彼はギルドメンバーを連れて草原まで見に行った。
〈地図〉と肉眼のダブルチェックでボスの討伐を確認したのだ。
さらに現場からライオンや俺の血痕、回収し忘れたライトを発見。
これだけ揃っていれば疑いようがなかった。
しかし、それは同時に絶望の決定打ともなった。
ゼネラル徘徊者を倒しても何もない、と確定してしまったから。
ボスを倒せば帰れるという幻想が散ってしまった。
今回の件で、辛うじて残っていた希望が完全に潰えた。
その衝撃はあまりにも大きく、そしてあまりにも深い。
グループチャットはお通夜状態だった。
合同作戦の件で言い争っていた連中ですら絶望に打ちひしがれている。
まるでこの世の終わりとでも言わんがばかりの有様だった。
「まだだ、まだ分からない……!」
徘徊者戦が終わったら何かが起きるかもしれない。
誰かが言い出したのではなく、自然とそういう空気になっていた。
ありえないことは誰だって分かっている。
それでも、何か起きるかもと思わずにはいられなかった。
俺も何かが起きる可能性に期待していた。
時刻が3時59分から4時00分になる。
その瞬間――。
「これは……!」
――画面にお知らせが表示された。
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