044 拠点の仕様

 燈花の加入決定と時を同じくして徘徊者戦が終わった。

 サイのタロウが威風堂々とした足取りで戻ってくる。

 燈花の言っていた通り無傷だった。


「あ、そうだ! 加入の前に私のステータスをお見せするっす!」


 燈花が「これ!」とスマホを渡してきた。


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【名 前】牛塚 燈花

【スキル】

・狩人:3

・料理人:6

・細工師:2

・戦士:4

・調教師:14

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 俺も自分のステータスを表示して彼女に見せる。


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【名 前】漆田 風斗

【スキル】

・狩人:9

・漁師:10

・細工師:10

・戦士:10

・料理人:1

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「風斗のスキルレベルすごいっすねー! 9、10、10、10、1とか綺麗に並びすぎっすよ! レベル10の追加効果を目指して上げている感じっすか?」


「いや、たまたまそうなっただけだ。燈花のほうは【調教師】が異様に高いな。反面、【狩人】や【戦士】は低いように見える」


「ペットが敵を倒すと【調教師】のレベルが上がるからっすねー」


「ペットの場合は【狩人】と【戦士】に分かれないのか。それなら自分で戦うよりも――」


「ペットに戦わせたほうがいいじゃん、と思うっすよね? でもそうはいかないっすよ」


「どうしてだ?」


「ペットが敵を倒した際に得られるポイントって、自分で倒した時の半分しかないっす」


「なるほど」


「私はヘッポコなんでタロウに頼りきりっすけどー」


 燈花が「にゃはは」と笑う。

 可愛らしい八重歯が見えた。


「じゃ、ギルドを解散するっすねー!」


「おう――じゃない。待て! 待て待て待て!」


 慌てて止める。


「どうしたっすか?」


「今解散したらこの拠点が放棄されてしまう」


「あっ……」


 この場所はギルドの所有物になっている。

 解散する前に所有権を燈花本人に移す必要があった。


「今知ったんすけど、所有権をギルドから移すには過半数のメンバーが同意する必要があるんだって。風斗、知ってたっすか?」


「いや、知らなかった」


「このギルドは私しかいないから私が承諾すれば完了っと!」


 拠点の所有権を自分に移し、燈花はギルドを解散。

 晴れて我がギルドの一員になった。


「改めてよろしくな」


「よろしくっす!」


「じゃ、シャワーを浴びて寝るとするか」


「了解っす! あ、でもでも、その前に!」


「ん?」


「拠点の所有権を風斗のギルドに移すっすね!」


「いいのか?」


「問題ないっすよ! ギルドの所有物なら維持費を負担しなくて済むっす!」


「維持費はギルド金庫から勝手に取ってくれていいが……。ま、拠点はいくつあっても困らないしいただくとしよう。サンキューな」


「ラジャ!」


 こうして我がギルドの拠点が二つになる――はずだった。


「燈花、質問していいか?」


「どうしたっすか?」


「この拠点の維持費はいくらだった?」


「1万っすよ? どこも同じじゃないっすか?」


「だよな……」


「どうかしたんすか?」


「我がギルドの所有物だと、ここの維持費は10万になるようだ」


「ギョエー! ぼったくりじゃないっすか! どうしてっすか!?」


「所有する拠点の数によって維持費が変わるのだろう。1個目は1万、2個目は10万みたいに」


「なるほど」


 おそらくそう考えて間違いないだろう。

 ただ、この仕様だと引っかかる点があった。


 栗原の拠点だ。

 サバンナにある奴の拠点は二つの洞窟が並んだもの。

 維持費は2万だと言っていた。


「風斗、お風呂は先に入るっすか?」


「いや、燈花が先でいいよ。ひとまず拠点の所有権は燈花に戻しておく。そうすれば此処の維持費も1万で済むからな」


「了解っす! 仕様の抜け穴を見つけるとは賢い! 流石は風斗っす!」


「それほどでもないさ」


 過半数の賛成によって、この拠点の所有権が燈花へ。

 それに伴い、燈花は拠点の入場制限を「特定のフレンドのみ」に変更。

 俺を含む我がギルドのメンバーが特定のフレンドに追加された。


「じゃ、ゆっくり風呂を満喫してきてくれ」


「了解っす! タロウ、コロク、行くよー」


「ブゥ!」「キュッ!」


 ペットを連れて浴室へ向かう燈花。

 その間に、俺はギルド用のグループチャットで美咲に尋ねた。

 栗原が拠点を獲得した時のことを教えてくれ、と。

 どうして維持費が2万で済んでいるのか気になったからだ。


 幸いにも美咲は起きていて、すぐに返事が届いた。


「なるほど、そういうことだったのか」


 理由が分かった。

 緊急クエストが一度しか発生していなかったのだ。

 つまり、一度のクリアで二つの洞窟を獲得したということ。

 二つセットで一つの拠点として扱われているわけだ。

 そのため防壁も共有されている。


「まだまだ知らない仕様がたくさんあるな」


 岩肌の地面を見つめながら今後について考えた。


 ◇


「おーい、風斗ー、起きるっすよー」


 朝、目を覚ますと――。


「おは……うおっ?!」


「なはは、なんすかーその反応は!」


 ――エプロン姿の燈花が俺に跨がっていた。


「何やってんだ!?」


「何って、風斗が起きないから起こしてあげたんじゃないっすかー」


 燈花は跨がったまま、指で「えいっえいっ」と俺の頬を突く。


「やめっ、やめろ!」


「これで起きたっすね?」


「ああ、起きたよ」


「よろしい!」


 燈花はベッドから降り、傍にいたタロウに乗る。

 タロウの上で休んでいたコロクは、すかさず彼女の肩に移動した。


「もうすぐ朝ご飯ができるっすよー」


「それで起こしてくれたんだな、ありがとう」


「いえいえー、じゃ、外で待ってるっすねー」


 燈花が合図すると、タロウがテクテク歩き始めた。

 なんだか眠そうだ。


「朝は苦手と言っていたが……俺より早起きじゃねぇか」


 燈花の後ろ姿を目で追いながら、充満する香りを嗅ぐ。

 どうやら朝ご飯はビーフシチューのようだ。


「それにしても大きいな、一週間分でも作るのだろうか」


 洞窟のすぐ外で調理する燈花を見て思った。

 煮込むのに使っている寸胴鍋が大きすぎる。

 あのサイズはどう見ても業務用だ。


「いつもと違う拠点で過ごすのは不思議な感覚だな」


 ベッドから出て、掛け布団を丁寧に畳む。

 目やにのついた顔で拠点の外へ向かう。

 通路に蛇口があった。


「ふっ、この辺りに蛇口を付けるのはどこも同じか」


 蛇口の水で顔を洗ってから改めて燈花に挨拶した。


「風斗も朝が弱いっすか?」


「まぁな」


「一緒っすねー! あ、グルチャ見た方がいいっすよ!」


「どのグルチャだ?」


「学校全体のやつっす!」


「了解」


 さっそく確認してみた。

 大量のログがこれでもかと流れている。

 それでも、燈花の言いたいことはすぐに分かった。


 栗原が俺に謝罪していたのだ。

 ギルドを代表して昨日しでかした殺人未遂について謝っている。

 あと殺人未遂の後に行った偽情報による隠蔽工作の件も。


『人として最低のことをした。言い訳のしようもない。俺が悪かった』


 あの栗原が自らの非を認めている。

 愕然とした後、そこにいたった経緯を見て呆れた。


 栗原が謝罪する直前まで、彼のギルドは炎上していたのだ。

 人殺し、殺人者、クソ野郎、人でなし、ゴミ、クズ、等々……。

 もはやサンドバッグ状態だった。


 耐えかねた栗原が「文句があるなら直接言え、会いに行ってやる」と発言。

 これでチャットが静まった数分後、唐突に罪を認めて謝罪したのだ。

 奴が「炎上したから謝っておくか」程度に考えていることは明白だった。


「衆目の中で『ごめんなさい』が言えただけよしとしてやるか」


 俺は謝罪を受け入れることにした。

 ただし、「二度と協力しない」ということも明言しておく。

 これで今後、栗原や彼のギルドと距離を置くことができる。


 俺の対応を知らない男子が「器が大きい」と評価した。

 次に別の誰かが拍手のスタンプを送信。

 これを皮切りに拍手やら何やらのスタンプが乱舞する。


『漆田ってどうしてそんなに優しいんだ』


『俺なら死ぬまで許せないと思う!』


『漆田先輩、カッコイイ!』


 よく分からないが、とにかく俺は賞賛されまくっている。

 十分に過大すぎる俺の評価がますます高まってしまったようだ。


「栗原は歯ぎしりする思いで見ていそうだな」


 これで栗原が反省したらいいが、それは難しいだろう。

 反省するにしても、それは俺を生き残らせたことについてだ。


「ま、今後は関わらないしどうでもいいか」


 俺は朝ご飯に集中した。

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