043 頼もしきサイ使い
突如として現れた謎の女。
顎のラインで揃えたアッシュブルーの髪が特徴的だ。
ライト付きのヘルメットを被り、右手にはピッケルを持っている。
炭坑作業員を彷彿とさせる装備なのに着ているのは制服だ。
女は何かに乗っている。
牛かイノシシ……いや、よく見るとサイだった。
体長4メートル級の大きなサイだ。
女は他にもペットを飼っていた。
左肩に小動物がしがみついているのだ。
よく見えないのでそれが何かは分からない。
「とぉ!」
女はサイから飛び降り、俺にピッケルを向けた。
思ったより小柄で、おそらく麻衣より4~5cmは小さい。
子犬の牙みたいな可愛らしい八重歯が目に付いた。
サイは女を守ろうと周囲の徘徊者を蹴散している。
数十体の徘徊者が驚異的な速度で駆逐されていく。
まさに一騎当千の強さだ。
「生きているっすかー!?」
「生きているよ、おかげさまで」
一刻も早く激痛を消したいので万能薬を飲む。
回復したのでピッケルの柄を掴んで立ち上がる。
「逃げるっすよ! さぁ乗った乗った!」
「俺も乗って大丈夫なのか」
「大丈夫っすよ! ほら急いで!」
「あ、あぁ、分かった」
女の後ろに乗る。
「タロウ、GO!」
サイが「ブゥ!」と吠えて走り出した。
タロウとはサイの名前みたいだ。
「結構揺れるからしっかり掴まってるっすよー!」
「掴まるって、どこに!?」
「どこでもいっすよ!」
「なら失礼して……」
女の腹に両腕を回そうとする。
すると、女の肩に乗っている小動物が威嚇してきた。
オコジョだ。
「大丈夫だよ、コロク」
「キュッ」
コロクの表情が優しくなった。
「どうして一人で――」
「私は
話すタイミングが被ってしまった。
自己紹介を先に済ませておきたいし相手に合わせよう。
「俺は二年の漆田風斗だ」
「あー漆田先輩! 知っているっすよ! グルチャの有名人!」
こうして話している間もサイが敵を倒している。
流石は戦闘タイプのペットだ。
毎日20万の餌代を要求するだけあって頼もしい。
「燈花……って呼んでもいいのかな?」
「いっすよー! 先輩のことはなんとお呼びすれば!?」
「風斗でいいよ」
「了解っす!」
「それで、燈花はどうして一人でいたんだ?」
「栗原先輩の合同作戦があったじゃないっすかー。私、あれに参加しようと思っていたんすよー! なのに寝坊しちゃって」
なはは、と笑う燈花。
「寝坊したのに拠点まで向かったのか」
「もしかしたら間に合うかも! みたいな?」
「一分二分の遅刻じゃないんだから流石にきついだろ」
「それならそれでいっかなぁって! タロウがいれば安全だし!」
「たしかに」
「それより先輩こそどうして一人だったっすか?」
「栗原が暴走したせいさ」
「暴走?」
俺は「ああ」と頷き、事情を説明した。
「――で、奴の仲間も助けてくれなくてさ」
「酷すぎっすよ! やばくないっすか!?」
「やばいよ、マジで。イカれてやがる」
「まさか私の仲間達まで悪党に加担するなんて……。いや、もう仲間でもないっすね! そんな非道な行いをする奴等は! 人間の所業じゃないっすよ!」
「仲間達?」
「私の所属していたギルドの皆っす! 少し前に栗原先輩のギルドと合流したっす! でも、私はタロウとコロクの餌代を稼ぐ必要があったし、この子達を連れていくのは難しいかなって!」
「なるほど。すると燈花は今、ソロギルドのマスターをしているのか?」
「そうっす! あ、着いたっすよー! 私の拠点に!」
燈花の拠点は森の中にあった。
見た目は俺達の拠点と同じような小さい洞窟だ。
「タロウ、そのまま入っちゃってー!」
タロウは高めの声で「ブゥ!」と鳴いて洞窟内に突っ込む。
栗原の拠点と違って防壁に拒絶されなかった。
「ここが私のマイホームっす! なんとびっくりワンルーム!」
通路を少し進むと大広間に着いた。
おそらく30帖以上ある。
ワンルームというよりぶち抜きのワンフロアだ。
隅のほうに扉が二つ。
トイレと浴室に繋がっているとのこと。
家具は少なめだ。
大きめのハンガーラックと棚がいくつかあるのみ。
寝具は一番安いベッドが6床。
その内の4床は骨組みしか残っていない。
マットレスや掛け布団はペットの寝床にあてがわれていた。
残った2床の内どちらが燈花のベッドかは一目で分かる。
近くに家具があって掛け布団がぐちゃぐちゃになっているからだ。
それにサイの寝床がすぐ傍にある。
「余っているベッドを使ってくれていっすよー」
「助かる」
燈花は自らのベッドに腰を下ろした。
傍にピッケルを寝かせてローファーを脱ぐ。
タロウはマットレスの上に伏せて、コロクは燈花の枕に飛び移った。
「徘徊者戦はまだ続いているが大丈夫なのか?」
「大丈夫っすよ! 休憩が済んだらタロウが頑張るから!」
「ブゥ!」
タロウは重い腰を上げると餌を召喚した。
外の様子など知らぬとばかりにむしゃむしゃ食べている。
それが終わると勝手に出ていった。
「放任主義なのはいいが怪我しないのか?」
「風斗は心配性っすよ! サイの皮膚ってすんごい分厚いんでザコの攻撃じゃビクともしないっすよ!」
「そうなのか。サイがいれば防壁を強化しなくていいかもしれないな」
「そっすよ! だからこの拠点の防壁は全然っすもん!」
燈花は防壁のステータスを見せてくれた。
=======================================
【H P】275,000
【防御力】2
=======================================
たしかに全く強化されていない。
これで耐えられるのだからサイの力は偉大だ。
俺もサイを飼いたくなってきた。
麻衣に飼わせようか。ペットを欲しがっていたし。
いや、それよりも――。
「燈花、俺達のギルドに入らないか? そっちがよければの話だが」
無理を承知で勧誘してみる。
燈花とは上手くやっていける気がしたのだ。
対する彼女の返事は――。
「いっすよー!」
なんと承諾だった。
それも即答だ。
「ただし条件があるっすー」
「条件?」
「私は集団行動が苦手だし、束縛されるのも好きじゃないっす! だから基本的には自由に行動させてほしいっす!」
「かまわないよ。最初にウチでやっている漁を教えるけど、それ以外は好きにしてくれて問題ない。脱退金もないし合わないと思ったら自由に抜けてくれ」
「ならオッケーっす! いやぁ、まさか風斗のギルドに誘われるなんて。やったね、コロク!」
「キュッ!」
「あ、でも、他の人は大丈夫っすか? 私が入っても!」
「問題ないと思うが訊いておくか、念の為に」
「そのほうがいっすよ!」
俺はチャットを開いた。
癖で学年全体のグループチャットを確認してしまう。
そこでは栗原が俺に関する嘘を吐いていた。
逃げる途中で徘徊者にやられて死んだ、と。
彼のギルドメンバーが次々に目撃したと続いている。
どうやら俺が救われたことを知らないようだ。
奴の拠点からだと見えなかったのだろう。
「燈花、ちょっと待ってくれ」
「難色を示されたっすか?」
「いや、そうじゃない。グルチャを見れば分かる」
燈花はスマホをポチポチしてあと眉をひそめた。
「こりゃ酷い嘘っすねー!」
「少し懲らしめてやるか」
俺は「生きているぞ」と発言。
皆がざわついたところで真相を話した。
燈花に助けられたことも付け加える。
「援護射撃っすよー!」
燈花が「漆田先輩の言っていることは本当だよー」と発言。
これが決定打となり、栗原のギルドに批難が集中する。
徘徊者戦の最中とは思えない速度でログが流れていく。
「栗原先輩のギルド、大炎上っすねー!」
「ざまぁみろって話だ!」
多少はスカッとした。
さて仲間達に燈花を入れていいか訊くとしよう。
俺はギルド専用のグループチャットを開いた。
文字を打つのが面倒なので通話を使う。
トゥルルル……!
ポンッと音が鳴り、三人が同時に応答する。
「実はメンバーに入れたい人が――」
『バカ野郎! 生きてたら連絡しろアホ! 殺すぞボケ!』
麻衣の怒声が耳に響く。
スピーカーモードかと思うほどの音量だ。
耳がキーンとなった。
「大人気っすね! 風斗!」
燈花がクスクス笑っている。
その間も麻衣はギャーギャー喚いていた。
俺はスピーカーモードに切り替え、彼女の言葉に耳を傾ける。
声が大きすぎて聞き取れない。
とにかく心配させてしまったようだ。
『だからぁ! さっきも言ったけどぉ! これから……』
麻衣の言葉が途切れる。
美咲か由香里が止めたのだろう。
『風斗君、無事で何よりです』
『心配した』
「すまん、色々とあってな」
『グループチャットを見ました。今は牛塚さんと一緒ですか?』
「燈花でいっすよー! 美咲先生!」
『一緒ですね、分かりました。私のことも美咲と呼んで下さい』
「了解っすー!」
「グルチャを見ているなら話は早い。燈花をギルドに入れたいんだ。助けてもらった恩があるし、何より彼女のサイは異常に強い! 最高の人材だよ」
『サイ!? いいじゃん! 見たい見たい!』
「タロウって言うっす! 可愛いっすよー!」
「タロウの話はさておき、ギルドに入れてもいいよな?」
『いいに決まってるっしょ! 早く連れてきて!』
『私も大歓迎です』
『麻衣を捨てて燈花を入れよう』
『なんで私を捨てるんだー!』
満場一致で燈花の加入が決まった。
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