042 絶体絶命
いざ撤退しようとしてよく分かった。
体育会系の連中がいかに凄かったのか。
走りながら敵を倒しつつ乗り物を召還するなんて不可能だ。
仮にできたとしても、片手運転をしながら戦うなど絶対に無理。
五十嵐たちの動きは俺からすれば曲芸だった。
いや、俺だけではない。
大半の人間には同じように見えていた。
そのため、第一と第三は徒歩で撤退することになった。
「大丈夫だ、ゆっくり下がるぞ!」
栗原は第一と第三グループを固めて下がらせる。
しかし、そこへボスの攻撃が及ぶ。
「火の玉だ!」
避けようとして皆が好き好きに動く。
まとまった軍団が一発の攻撃でバラバラになった。
敵の攻撃はまだ終わらない。
バリスタ兵の放った徘徊者が飛んでくる。
「「「うわぁぁぁぁ」」」
多くの生徒が吹き飛ばされた。
そこへノーマルタイプの徘徊者が襲いかかる。
第三グループの何人かが喰われた。
「たす……け……」
一人は即死だった。
両膝を地面に突き、そのまま前に倒れる。
一瞬にして血溜まりができた。
「だめだああああああああああああ!」
「もうおしまいだぁあああ!」
「こんなの参加するんじゃなかった……」
たちまちパニックに陥る第三グループ。
もはや収拾がつかない。
蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げている。
「「「グォオオオオオオオオオオオオ!」」」
「ぎゃあああああああああああああ!」
浮いた駒が続々と喰われていく。
運のいい何人かが辛うじて逃げられるかどうか。
そんな
「落ち着け! 俺達は大丈夫だ! 拠点に戻るぞ!」
栗原は自らのギルドメンバーを一喝してまとめあげる。
第三グループを助けようとはしなかった。
見捨てたのだろう。
非情だが仕方ない判断だ。
そうしなければ彼のギルドも壊滅する。
俺も生きて帰れないだろう。
「俺達の拠点はそう遠くない! 固まって戦えばどうにでもなる! 前の敵は俺と漆田が倒す! 残りの奴は後ろから追ってくる奴に対処しろ!」
栗原が俺に向かって「行くぞ!」と言う。
俺は頷き、彼の隣で刀を振るった。
「栗原、いつの間に武器をメリケンサックに戻したんだ?」
「さっきだ」
「気づかなかった。ちゃっかりしているな」
「いいから戦いに集中しろ」
「わりぃ」
前から来る敵の数は多くない。
俺と栗原だけでも余裕だった。
後ろもどうにかなりそうだ。
「まさかボスがあそこまで強いとはな。漆田、何か策はないのか?」
「いや、何も。流石にあれは厳しいだろ」
嘘だ。本当は一つあった。
これなら勝てるのではないか、という策が。
ただ、言えば栗原が真似するのは目に見えていた。
パクられること自体はどうでもいい。
それを自分の手柄にしようと気にはしない。
嫌なのはパクられた挙げ句に失敗して死なれることだ。
栗原のことは好きか嫌いかで言えば嫌いに入る。
余裕の大嫌いだ。
それでも、死なれたら「ざまぁみろ」とはならない。
しばらく嫌な気分を引きずるだろう。
だから内緒にしておいた。
「どうにか無事に戻れそうだな、栗原」
森を抜けてサバンナに到着した。
拠点まであと少しだ。
「そうだな」
栗原の顔にも安堵の色が見える。
「お前ら! あと少しだぞ! 頑張れ!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
サバンナに着いたことで士気が上がった。
皆が最後の力を振り絞って戦っている。
幸いにも栗原のギルドには死者が出ていない。
万能薬があるので負傷者も出ずに済んでいた。
「第一と第二は無事で第三だけ壊滅状態か」
「練度の差が出たな」と栗原。
「練度というよりも統率者の差だろう」
「お前が俺を褒めるとは意外だな、漆田」
「別に褒めてはいない」
「…………」
第一には栗原、第二には五十嵐がいる。
しかし第三は寄せ集めなので統率者がいない。
ひとたびバラバラになるとおしまいだ。
「さぁ入れ! 敵は俺と漆田に任せろ!」
拠点の前で栗原が止まった。
彼は外に残って迫り来る敵を倒している。
その間にギルドメンバーが拠点内に逃げ込んでいく。
(これは頼もしいな。なんだかんだで皆が従うわけだ)
そうこうしている間に撤退が完了。
俺と栗原以外のメンバーは全員が洞窟に入った。
「栗原、俺達も」
「そうだな」
栗原と共に洞窟へ入ろうとする。
しかし、俺だけ何かに阻まれて入れなかった。
――防壁だ。
「栗原、ギルドの設定を変更して入れるようにしてくれ」
「…………」
栗原は防壁の向こうで黙っている。
他の連中はざわざわしながら成り行きを見守っていた。
「おい! 栗原! 設定を変えろよ! 冗談じゃねぇぞ!」
栗原に背を向けて徘徊者を斬りまくる。
予想外の展開に頭がオーバーヒートしていた。
「……たら……」
「は? なんだ? なんか言ったのか栗原!」
「入りたかったら美咲ちゃんを返せ!」
「何を馬鹿なことを……!」
「俺は本気だぞ漆田! 死にたくなかったら美咲ちゃんを返せ!」
「返すもなにも美咲は自分の意思で俺達のギルドにいるんだろ!」
「知るかよ! 返すのか! 返さないのか! どっちだ!?」
「……お前、正気かよ」
俺は栗原のことを見誤っていた。
この男の美咲に対する執着ぶりは異常だ。
常軌を逸していると言ってもいい。
「ここで俺が死んだら美咲に嫌われるぞ!」
「お前が死んだことはバレねぇよ! この場には俺と俺のギルドメンバー、そしてお前しかいねぇ! お前の死は適当な理由をでっちあげれば済むんだよ!」
「もういい、話にならん」
俺は振り返り、栗原の後ろにいる連中を睨んだ。
「お前ら! せめて俺がマウンテンバイクに乗るまで戦ってくれ! このままじゃ本当に死んじまう! もう限界だ!」
「ごめん……」
「無理だ……」
どいつもこいつも戦意を喪失していた。
栗原にビビって動けない連中もいるだろう。
「クソッ、吉岡がいればこんなことには……」
吉岡は体調不良で不在だ。
おかげで栗原を咎められる人間がいない。
「栗原、お前はクズだ。とんでもねぇクズ野郎だ」
「そうか」
「だがお前だけじゃない。お前の仲間……お前らみんなクズだ! 絶対に許さないからな!」
ここで戦い続けても意味はない。
俺は自分の拠点まで逃げることにした。
(クソッ、マウンテンバイクは目と鼻の先にあるっていうのに……!)
とてもではないが、マウンテンバイクに乗る余裕などない。
走るしかなかった。
「ゴミ共に裏切られて死ぬなんざまっぴらごめんだ」
そう思って頑張るが、道のりは果てしなく遠い。
サバンナを突破するのですら難しかった。
これでタイムリミットが近ければまだマシだ。
しかし、現実はあと一時間も残っている。
「「「グォオオオオオオオオオ!」」」
全方位から敵が迫ってきた。
逃げ場がない。
「俺に近づくな!」
刀を水平に寝かせて
怒濤の回転斬りで人型の徘徊者を一掃した。
「今だ!」
敵の輪から抜け出して走――。
「ぐぁ……! なんだ……!?」
左足に激痛が走った。
足下に目を向けると、犬型の徘徊者がいた。
こいつがアキレス腱を食いちぎったのだ。
「がああああああああああああああ!」
あまりの痛みに転げ回る。
もはや起き上がるのも困難なほどだった。
「「「グォオオオオオオオオオオオ!」」」
大量の徘徊者が突っ込んでくる。
終わった。
――否、終わらない。
大量の敵を何者かが蹴散らした。
栗原や彼の仲間でないことはたしかだ。
「だぁああああああああ! 間に合ったっすかー!?」
それは、知らない女だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。