041 ゼネラルタイプの猛威

 先頭の集団が草原に足を踏み入れた瞬間、大量の徘徊者が現れた。

 これまでと違って正面ではなく、両側面から突っ込んでくる。


「第一と第三の人ら、ザコの相手は頼んだ!」


 グループの中央にいる第二グループがボスに突っ込んでいく。


「漆田、来い! 俺達も五十嵐らについていってボスをるぞ!」


 栗原がヘルメットに備わっているライトの光量を上げた。


「分かった!」


 俺と栗原は第二グループに混じった。


 この展開は俺にとってありがたい。

 ボスことゼネラルタイプの情報を得られるいい機会だ。

 今はまだ暗闇の向こうにいて姿すら見えていない。


「火の玉が来るぞー!」


 五十嵐が叫ぶ。

 第二の連中は素早く左右に展開した。

 俺と栗原もワンテンポ遅れてそれに続く。


(あれが火の玉か)


 最初に視認した時は淡い光に見えた。

 近づいてくるにつれて鮮明になっていく。


 たしかに火の玉だった。

 大きさは直径1メートルほどで前情報の通り遅い。

 小学生がドッジボールで投げる球のようなスピードだ。


 距離があるので問題なく回避できた。余裕だ。

 とはいえ気を抜けば被弾するし、当たれば高確率で死ぬ。

 ザコを倒しながら距離を詰めるのは難しそうだ。


「五十嵐! 火の玉はどのくらいの頻度で発射されるんだ?」


 大きな声で尋ねる栗原。


「バリスタを使う奴と同じくらいだ!」


「10秒に1回ってことか」と俺。


「なら楽勝だな!」


 栗原はニヤリと笑って走る速度を上げた。

 俺を置き去りにして、さらに第二グループをも抜く。


「そんなに飛ばすとバテるぞ!」


 五十嵐が忠告するけれど栗原は止まらない。


「やっぱ栗原ってやべーわ」


「あいつ恐れってものを知らないのか」


 体育会系の連中ですら驚いている。


「栗原、気をつけろ! そろそろ来るぞ!」


 五十嵐が警告する。


「火の玉だろ? 分かってるよ!」


「違う!」


 次の瞬間――。


「ガッ…………!」


 栗原の体が不自然に浮いた。四肢を地面に垂らした状態で。

 彼の被っているヘルメットのライトが何かを照らす。

 それは、漆黒の甲冑だった。


「「「ボスだあああああああああああ!」」」


 体育会系の連中が同時に叫んだ。


「あいつがゼネラルタイプ……!」


 漆黒の馬に乗る漆黒の騎士。

 体格は栗原より一回り大きく、武器は円錐形の大槍ランス

 それがボスの正体だった。


「栗原!」


「まずは準備が先だ!」


 慌てて駆け寄ろうとする俺を五十嵐が止めた。


「今日こそ勝つぞ!」


 体育会系の連中はスマホを取り出した。

 素早く操作して、付近に設置型のライトを召喚する。

 場がこれまでよりも明るくなり、ボスの姿が鮮明になった。


「よし戦うぞ!」


「「「おう!」」」


 五十嵐の指示で連中が左右に展開する。

 新手の徘徊者を蹴散らしながらボスとの距離を詰めた。


「ヌンッ!」


 ボスが槍を振り、刺さっている栗原を飛ばす。

 栗原は設置型ライトの傍に転がった。


「栗原! 大丈夫か!」


 俺は栗原のもとへ駆け寄り、事前に用意しておいた万能薬を飲ませる。

 絶望を禁じ得ない腹部の穴が一瞬で塞がった。


「助かった。だせぇところを見せたな」


「困った時はお互い様だろ」


「かもな」


 栗原は立ち上がって水分補給。

 単機で突っ込んできた人型のザコを裏拳で殺し、ふぅ、と息を吐いた。


「あの敵と戦うのに拳じゃきついな」


 武器を交換する栗原。

 新たな武器はリーチのある太刀だ。

 佐々木小次郎を彷彿させる長さをしている。


「これなら懐に潜り込まなくても攻撃できる」


「なるほど、考えたな」


「行くぞ漆田!」


「はいよ」


 栗原と共に体育会系の戦闘に加わる。


「余所見してる奴には魔球を食らわせてやらぁ!」


「あちょー!」


 五十嵐達はノリノリで戦っていた。

 ふざけているように見えるが連携は完璧だ。

 ボスに狙われた者は回避に徹し、残りが死角を突いている。

 といっても、距離を詰めて殴るわけではない。

 遠くからボールや石をぶつけているだけだ。

 明らかに近接戦闘を避けていた。

 近づくと栗原の二の舞になるからだろう。


「お、復活したのか栗原!」と五十嵐。


「当たり前だろ、あの程度じゃやられねぇよ!」


「流石だぜ!」


 当たり前なことあるものか。

 俺が助けなければ栗原は死んでいた。

 ……が、そのことは黙っておこう。


「ボスは俺が仕留めてやる。援護しろ五十嵐」


「頼もしいぜ栗原!」


「ふん」


 栗原が集団から抜けてボスに突っ込む。


「栗原、気をつけろよ! あの馬は小回りが利く!」


 五十嵐の言う通りだった。

 ボスの乗っている馬はくるりと方向転換。

 栗原に向かって突っ込む。


(小回りが利くだけじゃない!)


 速さも凄まじい。

 スーパーカー顔負けの加速だ。

 ただし最高速度は普通の馬と同程度。


「これだけ灯りがありゃお前なんざ怖くねぇんだよ!」


 馬のタックルを避け、カウンターを放つ栗原。

 完璧な水平斬りが馬の四肢を切り落とす――はずだった。


「ヌンッ!」


 ボスが阻止した。

 槍が目にも留まらぬ速度で動いたのだ。

 気づいた頃には栗原の太刀を弾き飛ばしていた。


「まずいぞ栗原!」


 叫ぶ五十嵐。

 その頃にはボスの槍が栗原に向かっていた。


「ぐっ!」


 栗原は寸前の所で回避。

 槍を弾かれた段階で動いていたのが奏功した。


(あの場にいるのが栗原じゃなくて俺だったら死んでいたな)


 ゼネラルタイプの強さは想像以上だ。

 だが、まだ終わりではない。


 栗原が戦っている間に、俺は準備を済ませておいた。

 リヴァイアサンを屠った最強兵器――バリスタだ。


「照準は完璧だ、死ね!」


 バリスタから槍の如き極太の矢が放たれる。

 それは一直線に飛び、ボスに――。


「ヌンッ!」


 ――弾かれた。

 完全に捉えたと思ったのに。


「マジかよ……」


 愕然とする俺。


「今ので無理なのか……」


「今のはイケるやつだったろ……」


 五十嵐らも愕然としていた。


(真っ向勝負ではどうやっても勝てないな)


 バリスタで撃ち抜くにしても不意を突かねばならない。

 距離を詰める必要もあるだろう。

 絶望的だ。


「クソッ! 今度こそ!」


 栗原がスマホを取り出して新たな武器を買おうとする。

 それを見た五十嵐は「やめたほうがいい」と止めた。


「漆田の攻撃ですら無理だったんだぞ。普通に戦っても勝てない」


「やってみなけりゃ分からねぇだろ! 漆田がなんだって言うんだよ!」


「冷静になれば分かるだろ。お前は強いけどそれは人間の中での話だ。ボスとタイマンで勝つなんて無理だよ。相手はバリスタの攻撃を軽々と弾いたんだぞ」


 第二グループがじわじわとボスから離れていく。


 ボスも俺達から距離を取った。

 左手の手の平をこちらに向けて「ヌゥ」と唸っている。


「あいつ、何をするつもりだ?」と栗原。


「火の玉の発射準備だよ。こっちが距離を取ったから攻撃パターンを変えたんだ」


「すると攻撃パターンは三つあるのか?」


 俺は会話に加わった。


「火の玉と槍の二つだろ」と栗原。


「いや、三つだ。馬のタックルがある。たぶんこっちが攻撃しようとしなけりゃ槍は使わない」


「漆田の言う通りだ。だからボスに狙われた奴は攻撃をやめて避けに徹している。火の玉ほどじゃないが馬のタックルも避けるのは難しくないからな」


「ボスが誰を狙うかは分かるのか?」


 俺は五十嵐に尋ねた。


「いや、分からん。何度か戦った感じだとランダムっぽい。あと、ボスの動きもエリート以下と違ってロボットじゃないんだ」


「というと?」


「今はあっさり下がって火の玉の準備をしているが、毎回そうとは限らないんだ。執拗に追いかけてくる時もある。しかもわざと追いかけ回すんだよ。それを楽しんでいるかのように」


「わざと? ありえないだろ、相手は人間じゃないんだぞ」


「だってあの馬だぜ? 小回りは利くしスピードもやばい。で、フィールドは何もない草原だ。なのに昨日は俺と10分以上おにごっこしていたんだ」


「たしかにそれはおかしいな」


 ボスがその気なら数秒で詰められる。

 意図的にいたぶっているとしか思えなかった。

 エリート以下の徘徊者ならそんな小賢しいことはしない。

 機械的に追いかけて、機械的に攻撃する。


「だから確定している情報は少ない。ボスは草原の中央にいて、遠くにいる時は火の玉を打ってくる。半径50メートルくらいまで詰めると動き出す。それだけだ」


 五十嵐は金属バットを肩に担ぎ、ボスに背を向けた。


「じゃ、今日の作戦は終了ってことで。お疲れさん!」


「待てよ五十嵐! 撤退の判断は俺がするんだよ!」


「それは第一と第三だけだ。第二は俺が仕切らせてもらうぜ。俺のギルドなんでな。これ以上の戦闘はいたずらに死傷者を増やすだけだ」


「なっ……!」


 絶句する栗原。


 その間も第二グループは撤退の準備を進めていく。

 ザコを倒しつつレンタルのマウンテンバイクを召喚する。


「おい待てって! もうすぐ第一と第三もこっちに来るんだぞ!」


「一緒だって! 何か有効な手立てを見つけたら教えてくれー!」


 五十嵐は仲間を連れて「お疲れっしたー!」と戦線を離脱。

 片手で運転して、もう一方の手でバットを振り回している。

 惚れ惚れするくらいにスピーディーな撤退だ。


「おい、いがら……クソッ! だからアイツは嫌いなんだ!」


 栗原が地面を蹴りつける。


「そんなことより栗原、俺達も撤退しよう。第二がいないんじゃ無理だ」


「仕方ねぇ」


 栗原は「終わりだ! 帰るぞ!」と撤退の号令を下す。

 だが、戦いはまだ終わらない。


 むしろ――ここからが本当の地獄だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る