040 手持ち無沙汰

 徘徊者戦は頭数が大事。

 そのことは分かっていたが、今回の合同作戦で改めて実感した。


 約120人からなる集団で戦っていると非常に楽なのだ。

 そこら中から迫ってくる敵が全く怖くない。


 むしろ敵の数が足りていなかった。

 襲ってきては一瞬で全滅させられていく。

 その後10秒ほどすると新手が来るものの、またしても瞬殺。


 手持ち無沙汰になっている者もいた。

 俺もその一人。

 栗原に「後ろで見ていろ」と言われて控えていた。


 当の栗原は現在進行系で無双中だ。

 メリケンサックを装備した拳で敵を殴りまくっている。

 敵を倒す度に白い歯をぎらつかせて笑っていた。


(本当にスペックの高い男だな)


 栗原の強さは見かけ通りだ。

 いや、それ以上と言えるかもしれない。

 単独なら間違いなく最強だ。

 三国志の呂布みたいな男である。


「おい! お前らペースを上げろ! このままじゃいつまで経ってもボスまで辿り着けないぞ!」


 イケイケドンドンの栗原。

 それに続く彼のギルドメンバーは大変そうだ。

 吉岡というブレーキが不在なのも大きかった。


(スペックの高さが裏目に出ているな)


 栗原の欠点は自分をベースに考えることだ。

 俺ができるのだからお前らもできるだろう、と。

 要するに格下への思いやりが足りないのだ。


 彼の考え方自体は悪くない。

 自分ならどうかと考えて判断するのは大事だ。

 俺だって基本的には自分をベースに物事を考える。


 だが、俺の場合はそれで問題ない。

 俺自身が典型的なモヤシ野郎だから。

 むしろ俺よりも仲間達のほうが優秀なくらいだ。


 あっという間にサバンナを突破して森に入った。

 俺達の勢いは衰えない。

 第二グループを頭にして森の奥を目指す。


「五十嵐! あとのどのくらいでボスだ!?」


 栗原の声が森に響く。


「もうすぐだ! このペースなら20分くらいで着く!」


「20分か」


 そう呟くと、栗原はペースを落とした。


「こんなもんでいいだろう。俺はボス戦まで体力を温存する。雑魚はお前らでやれ!」


 残りをギルドメンバーに押しつける栗原。

 そのまま後方に下がり、俺の隣にやってきた。


「徘徊者って後ろからは攻めてこないのか?」


 開口一番に尋ねられる。

 言われるまでに気がつかなかった。

 振り返るが徘徊者の湧く気配はない。


「分からないが問題なさそうだ。たぶん敵の数には上限がある」


「そうなのか」


「後ろから栗原達の戦いを見ていて分かった。敵の数は常に同じだ」


「ふむ」


 栗原は少し間を置いてから続けた。


「お前は大したもんだ。戦っていなくてもそうやって貢献できる」


「あ、あぁ、そりゃどうも」


 いきなり褒められたので驚く。

 もちろん褒めるだけでは終わらなかった。


「だがな漆田、この島じゃ力が大事なんだ。リーダーには力が求められる。敵を倒し、仲間を従わせる絶対的な力が必要なんだよ。お前みたいなガリガリのチビにはどうやっても無理だ」


「これでも身長は172cmなんだが……ま、そっちから見ればチビか。それで何が言いたいんだ?」


「お前はリーダーよりも参謀タイプなんだよ。軍師ってやつだ。だからお前のギルドを解散して、メンバー全員で俺のギルドに加われ。悪いようにはしない。Aランク扱いにしてやる。お前だけさらに上のランクを用意してやってもいい」


 これまた驚きの提案だ。

 えらく評価されたものだ――とは思わない。

 栗原の狙いは見え見えだった。

 美咲だ。間違いない。


「折角のお誘いだがそれはできない」


「なら美咲ちゃんを返せ。美咲ちゃんが抜けてもギルドの人数は三人だろ。お前のギルドに弓場が入ったことは知っている。美咲ちゃんがお前のギルドにいる理由はなくなったはずだ」


 今度は直球だ。

 本当に分かり易いな、と心の中で笑う。


「俺のギルドを抜けてそっちに移るかどうかは美咲が決めることだ。俺は彼女の意思を尊重する」


 栗原は舌打ちして地面に唾を吐いた。


「気に入らねぇ。お前みたいな男の何がいいんだ。他の奴等もお前を褒めまくっているが明らかに過大評価だ。たしかに優れている部分もあるだろう。それは認める。だが、チヤホヤされるほどじゃない」


「初めて意見が合ったな。俺もそう思うよ」


「ふん」


 栗原が会話を終える。

 いつもならこの後は沈黙が続く。

 しかし今回は違った。


「栗原、俺からも一ついいか」


「なんだ?」


「どうしてそこまで美咲にこだわるんだ?」


 ずっと気になっていた。

 この男の美咲に対する執着は異常だ。

 転移前は恋仲にあったと言われても驚かない。


「…………」


 黙る栗原。


「教えられないようなことなのか?」


「いや……」


 栗原は悩んだ後、大きく息を吐き、後頭部を掻く。

 周囲を念入りに確認してから声をひそめて言った。


「惚れてるんだよ。俺、美咲ちゃんのことが好きなんだ」


 俺は「いや」と苦笑い。


「それは分かっているよ。その理由を訊いているんだ」


「この島に来る前からいいなとは思っていた。見た目がタイプなんだ」


「島に来てからは見た目以外の理由も?」


「初日の徘徊者戦だ。俺達は10人かそこらで臨んだ。今ならその数でも問題なかったと思うが、なにせ初めての戦いだから苦戦した」


「そうだろうな」


「戦いの終わりが近づいてきた時だ。誰かが負傷した。それで一気に崩れて、俺も徘徊者に脇腹を食いちぎられたんだ。もう悲惨だった。泣き喚く声が洞窟に響いて、怪我をしていない奴もビビって動けなくなったんだ」


 話が見えてきた。


「そんな中、美咲ちゃんは落ちていた武器を拾って一人で戦ったんだ。俺や他の奴が苦戦した相手に、誰よりも小さい体で、しかも女なのに。それで終わった後、自分だって怪我したっていうのに、そんなのおかまいなしで俺や他の奴等の治療にあたったんだ。惚れるしかねぇだろ」


「なるほど、そうだったのか」


 美咲が仲間になった頃を思い出す。

 徘徊者を倒すと上がる【戦士】のレベルが2もあった。


「美咲ちゃんには命を救ってもらった恩がある。俺は恩返しがしてぇんだよ。でも近くにいないとできねぇだろ。それにお前のところは人数が少ないから不安だ」


「不安になる気持ちは分かるが、多いから安心とも限らないだろう」


「どういうことだ?」


「この島には法や秩序ってものが――」


「ボス戦が始まるぞー!」


 五十嵐の声によって、強引に会話が打ち切られた。


「止まれ! この先にボスがいるんだ!」


 五十嵐の合図で全グループが停止。

 栗原は前に出た。


(ここがボスの待ち受ける戦場か。いかにもって感じだな)


 前方には草原が広がっていた。

 五十嵐曰く広さは約200メートル四方らしい。

 その小さい草原のど真ん中にボスがいる。


「草原に入った瞬間、ボスの火の玉攻撃が飛んでくる! 速くないし距離もあるから気をつけていれば余裕で避けられる! ただ他のザコ徘徊者もうじゃうじゃ湧く! 注意が必要だ!」


 五十嵐は説明を終えると「後は任せた!」と栗原の肩を叩く。

 栗原は頷き、右の拳を突き上げた。


「ボスを倒して日本に帰るぞ! 突撃しろ!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 全員が腹の底から吠えて突っ込んだ。

 寡黙な男と思われている俺も吠えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る