039 合同作戦

 朝食後はひたすら金策に励んだ。

 俺と麻衣は漁、美咲は料理、由香里は魔物狩り。

 地獄の沙汰もポイント次第なので稼げるだけ稼いでおく。


 結果、今日だけで130万も稼いだ。


 スキルレベルも上がった。

 俺と麻衣の【細工師】レベルは10に。

 俺に関しては【漁師】のレベルも10になった。


 スキルレベルが10になったことで新たな効果が追加。

 どちらも使い勝手の良さそうな印象を受けた。


「さて、そろそろ出発するか」


 0時過ぎ、俺は拠点を発とうとしていた。

 4時間ほど寝たので体の調子がいい。


「風斗、もう行っちゃうの? 少し早いんじゃない?」


 洞窟の出入口付近に麻衣がいた。

 ダイニングから美咲と由香里も出てくる。

 彼女らの飼っているペットも一緒だ。


「日中と同じペースで移動できないから安全運転で向かうんだ」


 俺は「それよりも……」と、麻衣の後ろに目を向ける。

 既に三枚のフェンスを立ててあった。


「準備が早すぎないか? あと麻衣と由香里は寝ていたほうがいいだろ。徘徊者戦の当番なんだから」


「へーきへーき! 2時間くらい寝たし!」


「私も大丈夫」


「ならいいけど」


「フェンスはスキルの効果を試すのに使ったの。かなり便利だね!」


「【細工師】の機能か」


「そーそー! 風斗も使えるんじゃない? このフェンス、風斗と一緒に作ったんだし!」


「試してみよう」


 俺はスマホを取り出し、カメラをフェンスに向ける。

 その状態で少し操作すると……。


 ポンッと目の前のフェンスが消えた。

 再び操作すると、今度はどこからともなく現れた。


 これが【細工師】の新たな力――製作物の収納と設置だ。


「たしかに便利だな」


「でしょー! いいよねこれ! かなり便利!」


 麻衣が【細工師】の力でフェンスを撤去した。

 俺は外に出てマウンテンバイクをレンタルする。

 今回はオプションでライトを取り付けておいた。


「武器よし、スマホよし、ヘルメットよし」


 丁寧に指さし確認。


「行ってくるぜ!」


「やばいと思ったら逃げるんだよー」


「ご武運をお祈りします」


「無茶は駄目」


「ありがとう」


 マウンテンバイクに乗り、ライトを点ける。


「じゃあな!」


 俺は真っ暗な森に突っ込んだ。


 ◇


 オプションで取り付けられるライトは何種類かある。

 違いは明るさだ。


 光の量を示すルーメンという単位は高いほど明るい。

 一般的なライトの明るさは200ルーメン前後。

 まともなメーカーが1万円前後で出している物で1000ルーメン。


 俺のマウンテンバイクに搭載しているライトは5000ルーメンだ。

 それでいて照射角度も超広角なので、日中に匹敵するレベルでよく見える。

 運転しているほうからすれば快適なことこの上ない。

 だが、その光を浴びる側からすると――。


「なんだよそのライト!」


「眩しいぞ、消せバカ!」


「俺達の目を潰す気かよ!」


 栗原の拠点に着いた俺は、他の連中から大バッシングを受けた。

 慌てて「わりぃわりぃ」とライトを消す。

 皆と同じように洞窟の傍に自転車を止めた。


 二つ並んだ洞窟の前には、既に合同作戦の参加者が勢揃い。

 ざっと確認しただけで3クラス分――120人はいる。

 これは栗原のギルドに所属しているメンバーも含んだ数だ。

 男女比は圧倒的に男が多い。女は数人しかいない。


 洞窟内にも生徒が20人ほどいる。

 そいつらは作戦の参加者ではなく拠点の防衛担当だろう。

 どこのギルドも拠点を防衛するための人員を残していた。


(吉岡の姿が見えないな)


 三年の茶髪こと吉岡がいない。

 洞窟の中にも、外にも。

 防衛に参加しないならこの作戦に参加するはずだ。

 どちらも不参加というのは栗原が認めないだろう。


 などと思っていると、栗原が近づいてきた。


「ようやく来たか、漆田。遅すぎるだろ」


「徘徊者戦の30分前という指示は守っているはずだが?」


 時刻を確認すると1時29分だった。

 あぶねー、思っていた以上に遅刻寸前だ。


「ところで栗原、一ついいか」


「俺を呼び捨てにする二年はお前くらいだぞ」


「それで一ついいか、栗原」


「なんだよ」


「吉岡はどうした? いないようだが死んだのか?」


「なんであいつが死ぬんだよ」


 笑う栗原。

 俺が冗談を言っていると思ったのだろう。


「本気で尋ねているんだが?」


「チッ、つまんねぇ奴だな。アイツは死んじゃいねぇよ」


「ならどうしていないんだ?」


「体調不良で欠席だ。拠点の奥で休んでいる」


「体調不良? 万能薬で元気になるだろ。強壮薬でもいい」


「俺もそう言ったが、怪しげな薬は怖くて飲みたくないそうだ」


 コクーンの薬を拒む生徒は少なからずいる。

 追い詰められれば飲むだろうが、可能な限り避けたいという考えだ。

 その気持ちは理解できる。俺も積極的には飲まない。


「薬を飲まずに休むなんてことを許したのか」


「吉岡はいい奴だからな」


 言い換えると「吉岡だから許した」ということだろう。

 例えば矢尾とかいういじめられっ子なら殴っていたはずだ。

 良くも悪くも栗原という男は分かりやすい。


「ところで漆田、美咲ちゃんは元気にしているのか?」


「ああ、元気だよ」


 栗原は「そうか」と言って会話を切り上げた。

 美咲に執着する理由を訊きたかったが今は無理そうだ。


「作戦の説明を始めるぞ!」


 皆の前に移動すると、栗原は大きな声で言った。

 一瞬にして場が静まる。


「三つのグループに分かれて行動する。第一グループは俺のギルドに所属しているメンバーと漆田」


 俺は誰にも聞こえない声で「だろうな」と呟いた。

 栗原は俺の近くで戦って実力差をアピールしたいのだろう。

 俺としても奴の心意気はありがたい。


 今の俺は過大評価されている。

 天才、英雄、勇者などと評する者が何人もいるくらいだ。

 ギルドを吸収してほしいというお願いもしばしば来ている。


 できれば適切な水準に評価を落としたいと思っていた。

 栗原が頑張れば、「漆田風斗は思ったほどじゃない」となるはずだ。


「第二グループは五十嵐のギルドだ。頼むぞ」


「おうよ! 徘徊者戦は俺達が主役だからな! 任せろぃ!」


 三年の坊主頭こと五十嵐が大きな声で答える。

 彼は体育会系ギルドのマスター兼野球部のキャプテンだ。


「残りは全て第三グループだ」


 合同作戦に参加を表明しているギルドは俺を含めて7つ。

 なので、第三グループは4ギルドの混合になる。

 上手く統率が取れるのか心配だった。


 ただ、栗原の作戦に異論はない。

 どのグループも40人前後で上手く分かれているからだ。


「三つのグループは適当な距離を保ちながらボスを目指す。グループ間の足並みは大まかに揃えるだけで、細かくは考えないでおこう。即席の集団だから考えるだけ無駄だ」


 俺を含めて皆が頷いた。


「あと、撤退の判断は俺がする。勝手に逃げないように。怪我をしたら万能薬でも飲んで耐えろ――以上だ。質問はあるか?」


 誰も手を上げなかったので話が終了した。

 その後はグループごとに固まって深夜2時になるのを待つ。


「あ、そうだ! 皆、ライト付きヘルメットを被っとけよー! 何もなしだと真っ暗で見えねぇから!」


 五十嵐が言う。

 彼のギルドメンバーは例外なく装備していた。


 他の連中は慌てて購入している。

 今になって慌てる間抜けの中には俺も含まれていた。


「五十嵐、他に必要な物は?」と栗原。


「あとはやる気と度胸だけだ!」


 がっはっは、と愉快気に笑う五十嵐。

 彼の仲間達も馬鹿でかい声で笑っている。


 栗原は不快そうな顔で「そうか」とだけ答えた。

 どうやら彼は五十嵐のことが好きではないようだ。

 本当に分かりやすい。


(そろそろ時間だな)


 俺はヘルメットのライトを点けて刀を抜く。

 スマホに表示されている時刻が1時59分から2時00分に変わった。


 サバンナに棲息する大量の魔物が姿を消す。

 丈の長い雑草がざわざわと不穏な動きを見せる。

 そして――。


「「「グォオオオオオオオオオオ」」」


 草むらに徘徊者の群れが現れた。


「狩りの時間だぁああああああああああ!」


 バットを片手に突っ込む五十嵐。

 彼のギルドメンバーが「ヒャッハー!」と続く。


「俺達も突撃だ! 徘徊者のボスを倒して日本に帰るぞ!」


 栗原が進軍の号令を下す。

 こうして、絶望の合同作戦が幕を開けた――。

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