038 仕様変更

 栗原がどうして俺を合同作戦に誘ってきたのかは分からない。

 単純に拠点が近かったからか、それとも別の目的があるのか。


 ただ、陥れる気がないことはたしかだろう。

 そんなことをすれば美咲に嫌われる。


 ありえるとすれば、俺より上だと周囲に見せつけるためだ。

 男らしさを美咲にアピールするため……そう考えると合点がいく。


 なんにせよ、参加する以上はベストを尽くすだけだ――。


「参加しないほうがいいって! 危険じゃん!」


「私も反対」


「同感です。今からでも断りましょう、風斗君」


 朝食前、寝起きの皆に合同作戦の件を話した。

 案の定、三人とも大反対。


「リスクは承知している。それに参加するのは俺だけだ」


「承知しているならせめて私らも一緒に連れていけよー」


「そうですよ。少なくとも私は同行します。一人では行かせられません」


「気持ちは嬉しいけど意思は変わらないよ。参加は俺だけだ」


「じゃあその理由を聞かせてよ、意固地になる理由をさ!」


 向かいに座っている麻衣はご立腹だ。

 頬をパンパンに膨らませて腕を組んでいる。


「まぁ話すのが筋だな」


 美咲の淹れたお茶を飲んでから理由を口にした。


「俺はこの作戦が上手くいくとは思っていないんだ」


「なのに参加するの? なんで?」


「徘徊者のボスを倒すことで日本に戻れるかは分からないが、現時点では唯一の可能性だから協力したい。ま、最初は嫌々だったんだがな」


「それはそうだけど……。でも上手くいくとは思っていないんでしょ?」


「今回はな」


「次回があるってこと?」


「栗原にその気があるかは分からないが、俺はそのつもりだ。今回の合同作戦でボスがどんな奴かを知る。そして対策を立て、次回以降に倒す。この拠点を獲得した時やリヴァイアサンを倒した時と同じさ」


「そういうことなら参加する理由は分かったよ。でも、なんで一人で行くのさ? みんなで行った方が安全じゃん」


「一人の利点は離脱しやすいことさ。徘徊者戦は深夜に行うから、仲間が一緒だと撤退時にはぐれるリスクがある。特に美咲は方向音痴だからな」


 美咲が「うっ」と俯いた。


「大人数が参加する計画だから、私らが参加したところで戦力的にそれほど変わらないだろうし、そういうことなら一人のほうがいいのかなぁ」


「言いくるめられている気がする」と由香里。


「風斗君は優しいから私達を危険な目に遭わせたくないのでしょう」


「だからって自分だけリスクを冒すとか何も分かってねー!」


「とにかくそういうことだからよろしく。何かあって戻れない時は麻衣に代理のリーダー役を任せる」


「え、私!? 美咲じゃなくて!?」


「麻衣のほうが適任だと思う。個別チャットで情報収集もできるしな」


「私も有事の際は麻衣さんにお願いしたいです」


「かぁー、責任重大だなぁ」


「大丈夫、万が一の場合の話だから。風斗は無事に戻ってくる」


「それもそっか! ありがとう由香里、おかげで気が楽になった!」


 合同作戦の参加者は栗原の拠点に集まる決まりだ。

 徘徊者戦の開始30分前までに到着すればいいとのこと。

 ただ、大半の参加者は早い段階から向かうと表明している。

 俺は可能な限り仲間達と過ごし、夜にこの拠点を発つ予定だ。


 ◇


 朝食が終わって間もない頃、全員のスマホが同時に鳴った。

 それで思い出す。

 先日強制的にやらされたアンケートのことを。


『皆様からのご要望を受け、仕様を以下の通り変更する』


 今回はお知らせだ。

 ちぐはぐな言葉遣いと共に変更する仕様が書いていた。


「あの要望に『帰らせろ』以外のことを書く人がいたんだねー」


「そのようだな」


 変更されるのは〈相棒〉と〈ギルド〉の二つ。


 〈相棒〉は同じギルドの人間にのみ適用されることになった。

 また、発動条件も変更され、いちいち相棒関係になる必要がなくなった。

 同じギルドの人間と一緒に作業をすると自動的に発動するらしい。

 これに伴い、コクーンから〈相棒〉という項目が消えた。


 また、相棒の適用人数に上限がなくなった。

 今後は三人以上でも相棒効果を得られる。

 ただし三人以上になっても効果は高まらないとのこと。

 二人だと各600pt得られる稼ぎが、三人だと各400ptになるのだろう。


 〈ギルド〉は相棒以上に大きく変わった。


 まずはギルド名。

 完全に好きな名前を設定することが可能になった。


「ま、俺達のギルド名は今まで通りでいいよな?」


「えー、やだよー! 風斗チームとかダサいじゃん!」


「ダサくない」


 俺の隣にいる由香里が反論。

 彼女の肩に乗っているルーシーが「キィ!」と同意した。


 次はギルドの掛け持ちについて。

 今まで可能だった複数ギルドへの所属が不可能になった。

 複数のギルドに所属している場合、一つを残して脱退を迫られる。

 ウチだと美咲がそうだ。

 形だけとはいえ、彼女は栗原のギルドにも所属していた。


「栗原君のギルドを抜けました」


 これで美咲も我がギルドの専属メンバーとなった。


「抜ける時に脱退金を取られなかったのか?」


 栗原のギルドでは脱退金を設定している。

 抜けるなら30万ptを支払えというものだ。


 これは栗原が勝手に言っているだけではない。

 ギルドの項目に脱退条件というものがあり、そこで設定されている。

 ポイントを払わず抜けるには追放してもらう必要があった。


「いえ、取られませんでした」


「今回の強制脱退では無条件で抜けられるってことか」


 ギルドの変更点はあと二つ。

 一つはサブマスターという役職ができたこと。

 サブマスターの権限は加入申請の処理と一般メンバーの追放。

 ギルド金庫の引き出し条件や脱退条件等の項目は変更できない。

 また、マスターが脱退・死亡等でギルドを去った場合、サブマスターがマスターの権限を引き継ぐ。

 サブマスターを設定していない状態でマスターが消えた場合、ギルドは消滅する。


 最後にギルドマスターを決める選挙システムの導入だ。

 選挙は立候補者が二人以上いる場合のみ行われる。

 投票期間は24時間で、最も得票数の多い者がマスターになる。

 トップの票数が同じ場合は直ちに決選投票が行われる。

 投票時間はこちらも同じだ。


 立候補の意思確認は毎週月曜日に行われる。

 ただし、選挙で負けた者は1ヶ月間立候補できない。


「選挙システムの実装は正直ありがたいな」


「どうして? ウチに何の関係もないじゃん」


「そうだけど、他所のギルドには大きく関係あるからな。マスターの暴走をある程度は抑えられる」


 マスターの権力は絶大だ。

 ギルドの掛け持ちが不可になったことでますます強まった。

 例えば法外な脱退金で縛ってから、「従わないとギルドに所属させたままの状態で拠点から叩き出す」などと脅せば、相手は従わざるを得ない。

 選挙システムはそういった畜生行為に対する多少の抑止力になるだろう。

 マスターの地位が危ぶまれるとなれば、そう易々とは暴挙に出られない。


「今回の仕様変更は結局どうなの?」


 総括を求めてくる麻衣。

 俺は「そうだなぁ」と少し考えてから答えた。


「俺達的には今までと変わりない。ただ、選挙システムの実装によってマスターの支配力が弱まったから、暴君気質のマスターは不満を抱いているんじゃないかな」


「暴君気質のマスターって言うと……栗原とか?」


「だな」


 グループチャットの様子を窺う。


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栗原:しょうもない要望を出す前に日本に戻ることを考えろ

栗原:こんな要望を出したのなんてどうせ陰キャだろ

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 やはり栗原は不満を爆発させていた。

 想像以上に吠えていて思わず笑ってしまう。

 よほど選挙システムがお気に召さないようだ。


「ねね、本当に〈相棒〉や〈ギルド〉の要望を出した人っているのかな?」


 麻衣はスマホを眺めながら言った。


「少しはいたんじゃないか。わざわざ要望コーナーを常設したくらいだし」


 これまで〈相棒〉と書かれていたボタンが〈要望〉になっている。

 それを開くと、好きなタイミングで要望を出すことが可能だ。

 さっそく要望を送ってみよう。


『この世界の創造主と話せるようにしてほしい』


 送信ボタンを押す。

 すると一瞬の間を置いてアラートが表示された。


『送信できません』


 色々と言い方を変えて要望を送ろうとする。

 ――が、ことごとく『送信できません』の一点張りだ。

 この島からの脱出に関する件でも同じ調子だった。


「もしかして今はまだ要望を出せないのか?」


 試してみよう。


『トイレの水量を上げてほしい』


 送信ボタンを押す。


『ご協力ありがとうございました』


 あっさり送信できた。


「対話する気がなければ帰還方法を教える気もないわけか……」


 Xの方針は分かった。

 正直、俺達にとってはかなり厳しい状況だ。

 これでは脱出の糸口を掴むのは難しい。


「こうなってくると頼みの綱は今宵のボス戦だけだな」


 徘徊者のボスことゼネラルタイプ。

 今はそいつとの戦いに集中するしかなさそうだ。

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