037 お誘い
「風斗君、今回の作戦はどうしますか?」
「昨日と同じで問題ないだろう。防壁も三回強化したし」
「分かりました」
5日目の徘徊者戦は美咲のペアで臨む。
今頃、麻衣と由香里はベッドで熟睡しているはずだ。
深夜1時50分。
俺と美咲は、拠点の前に4台のバリスタを展開した。
共に2台ずつ使う。
「ワンッ」
ジョーイは興味深そうにバリスタを見ている。
この時間でも眠くないようだ。
「これはバリスタと言って、大きな矢を飛ばす兵器です」
「ワンッ」
「ジョーイには分からないと思うぞ」
「そんなことありませんよ。この子はとても賢いので」
俺は「そうか」と笑い、防壁のステータスを確認。
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【H P】415,000
【防御力】7
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今回はHPを2回と防御力を1回強化した。
防壁の強化方針はそれほど深く考えていない。
HPと防御を最低1回ずつ上げ、残り1回は自由だ。
「「「グォオオオオオオオオオ!」」」
時間になり徘徊者戦が始まった。
敵は今回もバリスタ兵を頭にしている。
「ジョーイ、防壁から出たらダメですよ」
「ワンッ!」
「やるぞ、美咲」
「はい!」
先手は俺達。
バリスタによる攻撃で敵のバリスタ兵を潰していく。
「リロードだ!」
2台とも撃ち終えると〈マイリスト〉の復元機能を使用。
新たな矢が装填されたら次の攻撃へ。
再び撃ち尽くすと――。
「美咲、防壁に籠もるぞ」
「分かりました!」
リロードせずに防壁内へ。
流石に二人だと倒しきれず、敵の勢いに圧倒される。
もちろん想定通りだ。
「強化されているな、バリスタ兵の火力」
バリスタ兵から受けるダメージが27に上がっていた。
ただ、同時に攻撃してくる数はこれまでと変わらず15体。
俺達が倒した8体分の穴は新手が埋めていた。
「グォン! グォン!」
バリスタ兵だけでなく犬型も攻撃に参加している。
小さいのでバリスタ兵の攻撃を妨げないようだ。
こちらも攻撃力が上がっていた。
「雑魚の攻撃力は9だな」
防壁の防御力が7なので、一発につき2のダメージを受ける。
「大丈夫でしょうか?」
「計算してみよう」
攻撃に参加している犬型は15匹。
攻撃速度は約3秒に1回。
2時間で約7万ダメージになる。
バリスタ兵も15体。
攻撃速度は約10秒に1回。
2時間で約29万ダメージだ。
「今のペースだと2時間で36万前後のダメージだな」
「すると……」
「防壁のHPは41万だから問題ないだろう」
とはいえ、安心できるほどの余裕は感じない。
「麻衣さんと由香里さんを起こしたほうがいいでしょうか?」
「いや、今は大丈夫だ。状況が変わって厳しくなったら起こそう」
「分かりました」
俺達はフェンスを立て、その後ろに座る。
ジョーイは俺と美咲の間に伏せた。
「私に合わせなくてもいいのですよ」
「ワンワンッ」
首を振るジョーイ。
「優しい子ですね」
「ワンッ!」
「もう十年来の家族みたいに馴染んでいるな」
ジョーイの背中を撫でる。
もふもふしていて暖かい。自ずと頬が緩んだ。
「シゲゾーに申し訳なくなっちゃいます」
「シゲゾーもきっと分かってくれるさ」
「だといいのですが、私と同じく嫉妬深い子なので……」
「へぇ、美咲は嫉妬深いのか、意外だな」
「意外ですか?」
「そんな風には見えないぜ」
「態度に出さないだけですよ。嫉妬深いですし、欲しい物は手に入れないと我慢できないお子様です」
美咲は静かにジョーイを撫でた。
ジョーイは心地よさそうに目を瞑る。
――が、すぐにパッと開いた。
美咲が唐突に手を止めたからだ。
「思ったのですが、この子は一緒に帰還できるのでしょうか?」
「どうなんだろうな」
ジョーイやルーシーはコクーンで購入したもの。
日本の動物とは別のカラクリで誕生した生命体だ。
帰還と同時に消滅してもおかしくなかった。
「もし連れて帰れないなら……悲しいです」
「連れて帰れたらそれはそれでパニックになりそうだけどな」
「どうしてですか?」
「ジョーイはゴールデンレトリバーだから問題ないけど、購入できる動物の中にはライオンやゾウもいる。そういうのを日本に連れて帰ったらまずいだろ」
「それもそうですね……」
拠点の外と防壁の残りHPを確認。
どちらも問題ない。
「あと1時間か」
小腹が空いてきた。
晩ご飯が早かったからだろう。
「美咲、何か軽く作ってもらえないか? 見張りは俺がするから」
「分かりました。肌寒いのでお茶漬けなどはいかがでしょうか」
「いいね、そうしてくれ」
「はい」
美咲は立ち上がり、ダイニングキッチンに向かう。
ジョーイものそのそと続いた。
◇
その後も問題は起きず、無事に徘徊者戦が終わった。
今回の戦果はバリスタ兵8体のみ。
それぞれ4体ずつ倒したので、討伐報酬は13万6000pt。
バリスタ関連の支出を差し引くと約12万の稼ぎだ。
「やっぱり防壁を突破されないで終わるのが一番だな」
「ですね」
美咲と協力してフェンスを壁に向ける。
「風斗君、今日はお先に入浴されてはいかがですか?」
「気遣いは不要だよ。気にしないで先に入ってくれ」
「よろしいのですか?」
「グルチャの確認と報告をするから後のほうが助かるんだ」
「そういうことでしたら……」
美咲は俺に背を向け、ジョーイを連れて浴室へ向かった。
俺はダイニングに行き、適当な椅子に座ってスマホを取り出す。
グループチャットの前にニュースサイトを開いた。
「まだ1週間も経ってないってのにもう忘れられているな」
俺達に関する記事は早くも激減していた。
芸能人や政治家のスキャンダルのほうが人気だ。
俺達の話題が最も盛り上がったのは転移3日目のこと。
ライブカメラの存在が大々的に報じられたからだ。
突如として転移したことが世間に知れ渡った。
しかし、それがピークだった。
以降は何の進展もなく、当然ながら続報もない。
盛り上がりようがなかった。
学校の状態が分からないのも影響しているだろう。
警察がライブカメラを停止させたのだ。
停止の理由は捜査上の都合とのこと。
やる気がないのを隠すために違いなかった。
「ま、俺だって他人事なら忘れているか」
大きなため息をつき、グループチャットを開いた。
他所の被害状況は軽微だ。
ギルドの統廃合が進んだおかげで安定している。
頭数が多ければ徘徊者との戦いは怖くない。
また、グループチャットの報告で新たな仕様が判明した。
防壁の位置を設定できるそうだ。
要するに、拠点の拡張機能で洞窟の外を領地化しても問題ないということ。
防壁を今まで通り洞窟の出入口に留めておくことができるからだ。
領地化すると防壁がどうなるかは誰もが不安に思っていた。
領地全体を覆うように展開されるのは望ましくない。
被弾面積が増えて数百体の徘徊者が同時に攻撃できてしまう。
今ですらギリギリなのだから、そんなことになれば数分で崩壊する。
防壁の位置を自由に設定できることが分かったのは大きい。
今後、洞窟の外を領地化する時に躊躇しなくて済む。
「体育会系は……また負けたのか」
チャット上ではボス扱いされているゼネラルタイプの徘徊者。
体育系のギルドはそれに挑み、そして、昨日と同じく敗走した。
とはいえ今回も死傷者は出ていない。
軽く戦って勝てないと判断したら撤退するのだろう。
大したものだ。
チャットを見ている限り、ゼネラルタイプは明らかに他とは違う。
ノーマルやエリートタイプと違って知能を持っている節がある。
ゲームで喩えるならエリート以下はCPUでゼネラルは人間だ。
また、エリート以下のような軽く殴れば即死の紙装甲ではない。
何発か攻撃を当てても死なかったそうだ。
体育会系の連中はお調子者だから話を盛っている可能性がある。
それでも、ゼネラルタイプが徘徊者の中で突出した強さなのは明らかだ。
しかも島に1体しかいない。
本当にラスボスなのではないかと思えてきた。
「お、ここで動くのか、栗原」
美咲のことが大好きなドレッドヘアの大男こと3年の栗原。
彼が皆で協力してゼネラルタイプを倒そうと呼びかけている。
徘徊者戦は数が物を言うから合同作戦は悪くないアイデアだ。
この呼びかけに付近のギルドが呼応している。
その中には徘徊者戦のプロ集団である体育会系のギルドも含まれていた。
100人を超える大規模作戦になりそうだ。
「これは期待できるな……って、おい、何で、こいつ!」
栗原が名指しで俺を誘ってきた。
奴が何を企んでいるかは不明だが、グループチャットは大盛り上がりだ。
リヴァイアサンを討伐したことで俺達は神格化されていた。
「傍観しているつもりだったが……困ったな……」
遠ければ言い訳できるが、残念ながらチャリで1時間の距離だ。
拠点の場所は知られているし、適当な言い訳が思い浮かばない。
「水を差すのも気が引けるし……仕方ねぇ、やるか」
俺は栗原の誘いに応じ、合同作戦に参加すると宣言した。
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【備考】
鳴動高校集団失踪事件を題材にした作品が「ガラパゴ」になります。
よろしければこちらも読んでみてくださいね♪
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