034 ジョーイ
拠点に戻ったのでペットを購入しよう。
と思ったが、その前にするべきことがあった。
「いただきまーす!」
昼食だ。
現在の時刻は14時30分と遅め。
朝が遅かったとはいえ空腹で辛い。
「今日は私がメインを作ったよ!」
ドヤ顔で麻衣が運んできたのはパスタ――ではなかった。
「うどんか?」
「正解! 名付けてうどんカルボナーラ! かなりの自信作!」
「たしかに見た目は美味そうだが……」
思わず苦笑い。
「何よ?」と唇を尖らせる麻衣。
「うどんを使うのはパスタ用の麺がない時に限るんじゃないか」
隣で由香里が頷いている。
「私もそう言ったのですが……」と美咲。
「いいじゃん! うどんでも美味しいって! 食べてみ?」
美味いのは食うまでもなく分かった。
香りが味を物語っているし、何より不味くなりようがない。
それに麻衣は料理上手だ。
「うん、普通に美味い」
「でしょー! でも普通って言い方じゃ満足できないなぁ! 次はびっくりするほど美味しいのを作ってやるから覚悟しといて!」
麻衣は俺の向かいに座り、自信作のうどんカルボナーラを食べる。
フォークではなく箸を使って豪快に啜っていた。
「たしかに美味しい! 普通に美味しい! ほんとだ、普通が付いちゃう!」
「見た目通りの味だからな。でも大したもんだよ。俺は全く料理できないから尊敬する」
麻衣は「ふふん」と嬉しそうに笑った。
「それでは真のメインディッシュに移るとしようか」
俺は美咲の作った料理を見た。
謎のおひたしと、真鯛のパリパリ焼きにアスパラガスを添えたものだ。
なるほど、さっぱり分からない。
「美咲、すまんが料理の説明を頼む」
美咲は「はい」と微笑み、おひたしに手を向けた。
「こちらはワサビの花のおひたしです」
「ワサビの花?」
「そもそもワサビって花だったの!?」と麻衣。
「知らなかった」
由香里も驚いている。
「摺り下ろして使う部分……皆さんがワサビと聞いて連想するのは根茎部分になります」
「知らなかったな」
「普段は春先にしか作る機会がないのですが、新鮮な本ワサビが売っていたので使ってみました」
小鉢に入っているおひたしを食べてみる。
ワサビの辛味を警戒していたが、その必要はなかった。
ほのかな苦みの香る爽やかな味わいだ。
胃に優しい感じがした。
「こういうのもアリだな、想像以上に美味しい」
「お口に合ったようで何よりです」
「くぅ! 私のは普通だったのに美咲のは想像以上かよぉ!」
「仕方ないさ、相手が悪い」
おひたしの次はパリパリ焼きwithアスパラガスだ。
純白の平たい皿に載っていて、上品なソースが手前にかかっている。
あと、摺り下ろしたワサビも小さく盛られていた。
「こちらは真鯛のポワレです」
「ポワレ……?」
「表面を油でカリッと焼き上げるフランス料理の調理法です」
「要するにパリパリ焼きのことだな」
「はい。今回はアスパラガスを添えてみました」
「ソースは?」
「レモンバターソースです。あと、おひたしを作る際に余ったワサビの根茎を摺り下ろしましたので、和洋両方のお味をお楽しみいただければ幸いです」
「なるほど、レモンバターソースにワサビか」
「はい」
「では食べてみるとしよう」
慣れないナイフとフォークで食べようとする。
だが、箸でガツガツ食べる麻衣を見て考えが変わった。
何食わぬ顔で箸に持ち替えて食べる。
「うめぇ!」
これまた想像以上に美味い。
由香里も「美味しいです」と感動している。
「何なの美咲、教師の前は料理人だったの!?」
「いえ、教師の前は学生でした」
「おかしいじゃん! なんでこんなに美味いのよ!」
美咲は「ありがとうございます」とニッコリ。
「ワサビが全然辛くないのはどうしてだ!?」
俺が驚いたのはそこだった。
辛いというより風味豊かという味わいなのだ。
「ワサビはどうやって摺るかで辛さが変わるのです」
「本当に詳しいな……」
そんなこんなで、食事中は感動しっぱなしだった。
「さーて新しい家族を迎えるぞー!」
食事が終わるなりペットの話を切り出す麻衣。
「で、どの動物にするんだ?」
「そりゃ犬っしょ!」
「ハリネズミ以外の小動物がいいです」
「鷲がいい」
見事にバラバラだ。
「とりあえず鷲は厳しいな。維持費が1日50万もする。鷹も25万と高めだし、トビかハヤブサが現実的じゃないか」
スマホを見ながら話す。
「「「…………」」」
「ん?」
顔を上げると、三人は目を細めて俺を見ていた。
「あのさぁ風斗、維持費はないでしょ、維持費は」
「せめて餌代」
「できればご飯代といっていただけると嬉しいです」
やれやれ、動物のことになるとうるさい連中だ。
「とにかく餌代の都合で鷲は厳しい」
「じゃあ犬っしょ! 犬だけ種類が豊富だし!」
「たしかにその点は俺も気になっていた」
例えば鷲は「大鷲」しか売っていない。
他も同じで、クマも「クマ」だけだ。
ヒグマなのかツキノワグマなのかは分からない。
だが、犬だけは犬種ごとに細かく分類されていた。
ドーベルマン、シェパード、ラブラドール、コーギー、エトセトラ……。
俺の大好きなレオンベルガーも売っている。
「俺も犬に一票ってことで、犬でいいかな?」
美咲と由香里が承諾する。
「じゃあ次は誰が飼うかだな。飼いたい人は手を挙げてくれ」
案の定、三人とも挙手した。
「よし、じゃんけんで決めてくれ」
「えー、飼いたいって最初に言ったのは私なのに!」と麻衣。
「関係ない。私も飼いたい」
「麻衣さん、ワガママはダメですよ」
ペットのことになると美咲も厳しくなる。
「ちぇ、わぁーったよ。じゃあいくよー、じゃんけん、ぽん!」
結果、美咲が勝利した。
「あとは犬種だな。維持……じゃない、餌代の都合があるから、ドーベルマンやシェパードは避けよう」
本体代は犬種に関係なく10万。
だが、餌代は犬種によって大きく異なる。
ドーベルマンとシェパードは2~30万と非常にお高い。
防壁の強化費用も考えると、できれば避けたいところだ。
「ご飯代はおいくらまでなら可能ですか?」
「10万以下に抑えてほしい。犬種は任せるよ」
「分かりました」
美咲は鼻歌を口ずさみながらスマホと睨めっこ。
数分後、「決めました!」と元気よく言った。
「ゴールデンレトリバーにします」
「いいじゃんゴールデン! 私もゴールデンがいいと思っていた!」
由香里が「いいですよね、ゴールデン」と加わる。
三人がこれ以上盛り上がる前に、俺は「とにかく」と話を進めた。
「犬種も決まったわけだしポイントを払ってお迎えを頼む」
「分かりました」
美咲がスマホをタップする。
次の瞬間――。
「ワン!」
成犬のゴールデンレトリバーが召喚された。
美咲の横にちょこんと座り、彼女の顔を見つめている。
「「「可愛い!」」」
女性陣が揃って声を上げた。
一方、俺は冷静に尋ねる。
「で、性別は? オスなのか? メスなのか?」
購入前の段階だと性別が分からない仕様だ。
性別差の激しい動物を迎える際は注意が必要だろう。
「そんなの見りゃ分かるじゃん! 男の子だよ!」と麻衣。
たしかに召喚されたゴールデンにはイチモツが付いていた。
「仰る通り男の子です。コクーンで確認しました」
「名前は? 私が決めてもいい?」
「ダメですよ麻衣さん。この子の名前は私が決めます」
そう言った後、美咲は「いえ」と自分の言葉を否定。
「決めますではなく、もう決めました」
「早ッ! で、名前は?」
「ジョーイです」
「ジョーイかぁ! カッコイイ名前を付けてもらったねぇ、ジョーイ!」
麻衣がジョーイに抱きつく。
ジョーイは嫌がる素振りを見せず大人しくしている。
むしろ嬉しそうに尻尾を振っていた。
「私も触っていいですか?」
「もちろんです」
由香里は席を立ち、小走りでジョーイの前へ。
そして、ジョーイの頭を恐る恐ると撫でた。
対するジョーイはこれまた大人しい。
由香里の手をペロンと舐めて応じた。
「可愛い……!」
あっという間に由香里もジョーイの虜になった。
「風斗君、この子をお散歩に連れて行ってもいいですか?」
「もちろんだとも」
「私も行きたーい!」
「私も」
麻衣と由香里が手を挙げる。
「なら皆で行こう。ジョーイの能力も知りたいしな」
ジョーイことゴールデンレトリバーは探索タイプ。
おそらく何かしらを探し出すことができるのだろう。
俺はその点に興味があった。
「ちゃちゃっと皿洗いを済ませて散歩に出発だー!」
麻衣の言葉に、美咲と由香里が「おー」と拳を突き上げる。
ジョーイも「ワン!」と嬉しそうに吠えた。
(これだけ明るくなるならペットを飼うことにしたのは正解だったな)
愉快そうな皆を見ていると、俺もにこやかな気分になった。
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