033 麻衣の思わぬ提案
転移5日目――。
それはあまりにも突然のことだった。
遅めの朝食が終わり、ダイニングで一服していた10時13分。
俺達四人のスマホが同時に鳴った。
『環境改善のためのアンケート』
画面にはタイトル通りのアンケートが表示されていた。
質問内容はこの島に関すること。
島での生活に満足しているか、不満な点は何か、等々。
「なにこれ、誰かのイタズラ?」
正面の席に座る麻衣が眉をひそめた。
「ハッキングでしょうか」
美咲はエプロンを脱いで麻衣の隣に座る。
その顔は不安そうだった。
「風斗はどう思う?」
由香里が隣から顔を覗き込んできた。
「イタズラではないだろうな」
アンケートを終えるまで他のアプリを開けない。
それどころかホーム画面にすら戻れなかった。
「イタズラじゃないなら何よ?」と麻衣。
「俺達をこの島に転移させた存在の仕業に違いない」
それが自然な考えだった。
「この超常現象を起こせる存在なんて、そんなの神様じゃん」
「神にしては迷惑極まりないし、こんなことをしでかす存在を神とは思いたくない。だから便宜的にXと呼ぶとしよう」
俺は続きを話す。
「どうやらXに人の心を読む力はないようだ。だから俺達、いや、おそらく全員の気持ちを知りたがっているのだろう」
「どういうこと? Xにとって私らは実験台って言いたいの?」
「その通り。俺達は被験者で、この島は実験場なのだろう。人間がマウスやラットを使って実験するように、Xも俺達で何かしらの実験をしている。何を調べたいかは分からないけど、アンケートもその一環だろう」
アンケートの最後が『ご意見・ご要望』コーナーになっている。
この状況で言いたいことなど、「帰らせろ」以外にあり得ない。
Xはそんなことすら分からないのだ。
「何がアンケートだよ、ふざけるなっての!」
麻衣はギッとスマホを睨みつける。
「それには同感だが、悪いことばかりじゃないぞ」
「え?」
「アンケートのおかげで分かったことがある」
「分かったこと? なになに?」
「Xとはコミュニケーションが可能だってことさ」
「「「――!」」」
「そもそも今までXなる存在がいることすら知らなかった。だが今回のアンケートによって、俺達の集団転移に謎の生命体Xが絡んでいると判明した。しかも都合がいいことにXは日本語を理解できる。それが分かっただけでも大きな進歩だろう」
「そっか、そういう考え方もできるんだ」
光明が見えた。
その先に希望があるかは分からないが。
「風斗君、アンケートはどうしますか? 思った通りに回答していいのでしょうか?」
「いいと思うよ。どうせこのアンケートは全員に届いているはずだ。俺達だけ答えをすり合わせたところで何もならない」
「分かりました」
各自でアンケートに回答していく。
いよいよ最後の『ご意見・ご要望』コーナーに到達。
「本当にふざけたアンケートだぜ」
迷わず『日本に帰らせろ』と書く。
しかし、回答を送信する前に思いとどまった。
怒りをぶつけても解決しない。
(相手は人間のことを知りたがっているはずだから……)
少し悩んでから、俺は冷静に回答を書いた。
『日本に帰る方法を明確にしてほしい。
帰還方法が不明なままだと生き抜く為の意欲が湧かない』
これなら一考の余地があるはずだ。
実際、脱出に失敗してからやる気が下がっていた。
俺達だけでなく全体的に。
回答の送信が終わるとホーム画面に戻った。
真っ先にグループチャットを開く。
案の定、他所にも同様のアンケートが届いていた。
「このアンケートで何かが変わったらいいのにね」
「だな」
「私達は籠の中の鳥よ! るるるー♪ コケコッコー!」
麻衣はおもむろに立ち上がり、両腕をパタパタさせながら出ていった。
冗談のつもりだと思うが、背中から漂う哀愁は冗談になっていない。
俺達は何も言うことができなかった。
◇
由香里と二人で川に来た。
石打漁とペットボトルトラップについて教えるためだ。
美咲が加入した時と同じである。
「できたよ、風斗」
由香里が自作のペットボトルトラップをこちらに向ける。
「そうそう、そんな感じだ。あとはそれを川に設置してくれ」
「分かった」
由香里の作業はそつが無い。
機械のように一定のペースを維持しているのが特徴的だ。
静かにボトルを設置している彼女を見て、ふと気になった。
「そういや由香里、新しい服を買わなかったのか?」
帰還の糸口が見いだせない現状では長期戦が予想される。
その為、余っているポイントで服を新調することにした。
今まで着ていた制服は、拠点内に新設した洗濯室で洗っている。
しかし、由香里だけは今も制服のままだった。
「買ったよ、制服」
「え? また制服を買ったのか?」
「うん」
たしかに制服はコクーンでも売られている。
とはいえ……。
「どうしてまた制服を? 服なら色々あっただろうに」
「制服、気に入っているから」
由香里が「ダメだった?」と俺の目を見る。
「ダメじゃないけど変わっていると思ってな」
コクーンにはありとあらゆる服が揃っている。
街でよく見るものからコテコテのコスプレ服まで何でもござれだ。
それでも制服を選ぶのだから本当に気に入っているのだろう。
「私、風斗みたいに服のセンスないし」
「この服のどこにセンスがあるって言うんだ」
思わず笑ってしまった。
俺の服装は白のシャツに黒のスキニーパンツだ。
で、靴は麻衣に買ってもらった性能のいいスニーカー。
オシャレな奴が言う「抜け感」や「ワンポイント」はない。
「おっ」
話題を検索しようとスマホを取り出して気づいた。
所持金が30万ptも増えていることに。
こういう時は〈履歴〉を見れば理由が分かる。
「ついに出たぜ、通常クエスト」
30万は通常クエストの報酬だった。
クエスト内容には「アイテムの累計製作回数:100回」と書いている。
今しがた作ったペットボトルトラップで製作回数が100回に達したようだ。
「なるほど、通常クエストってのはゲームで言うところの『実績』や『トロフィー』みたいなものだったんだな」
「風斗がまた新しい発見をした、すごい」
「たまたまだけどな」
とりあえずグループチャットで報告しておいた。
すぐさま感謝の言葉とスタンプが返ってきて嬉しい気持ちになる。
ピロローン♪
チャットを閉じようとした時、個別チャットに反応があった。
麻衣が通話を掛けてきたのだ。
彼女は今、美咲と一緒に料理の準備をしているはず。
何かあったのだろうか。
俺はスピーカーモードで着信に応答した。
「どうした?」
『そこに由香里もいるよね? スピーカーで聞いているの?』
「うん」と由香里。
「やっほー由香里! 友達の麻衣ちゃんだよー!」
「……で、何?」
妙な間をおいてから答える由香里。
友達であることを否定しなかった。
「別にー! 話しかけただけー! で、風斗、本題なんだけど、ペットを飼ってみたいと思わない?」
「ペットだと?」
「そそ! コクーンで買えるっしょ。知らない?」
「いや、知ってはいるけど」
コクーンには何でも売っている。
それこそ生きた動物ですら取り扱っているのだ。
しかも王道の犬や猫だけでなく、ゴリラやライオンまで。
ただ、動物の購入は安易に行えなかった。
本体代は1万ないし10万だから問題ないが、その後が大変なのだ。
餌代という名目で毎日12時に結構な額の維持費を徴収される。
払えない場合、購入した動物が全て消えてしまう。
さらに二度と動物を購入できなくなるペナルティ付きだ。
「おっと、先に言っておくけど、私はペットショップには反対だよ! ペットを商売の道具にするのは良くないと思います! でもこういう環境だからね、コクーンでないとペットを迎えることはできない!」
「何でもいいから話を進めろよ」
「いやね、気分が沈んでるから癒やしが必要じゃん?」
俺には理解できない。
だが、隣にいる由香里は何度も頷いていた。
なので俺は「たしかにな」と合わせておく。
「しかもしかも! 動物って何かタイプがあるじゃん?」
「あるな」
タイプは【生産】【戦闘】【探索】の三種類。
動物ごとにどれか一つが設定されている。
ゾウやクマをはじめとする戦闘タイプは餌代が高めだ。
逆に乳牛や鶏といった生産タイプは安い。
「ペットを飼えば癒やしになるだけじゃなく、何か役に立ちそうな気がするんだよね! たしかに餌代は高いけどさ、漁で安定した稼ぎがあるわけだし、一匹くらい飼ってもいいんじゃない? いいよね?」
「ふむ」
「お願いだよぉ! ちゃんと餌やりするからさぁ!」
まるで子供のおねだりだ。
童貞なのに親の気持ちが分かってしまった。
「ペットなぁ……」
チラリと由香里を見る。
彼女は分かりやすく目を輝かせていた。
俺は「仕方ないな」と苦笑い。
「餌代がそれほどかからないのなら飼ってもいいよ」
「ほんと? やったー!」
「ただし、飼う前に美咲の許可も取れよ」
「美咲の?」
「美咲はハリネズミのシゲゾーと離れ離れで寂しい思いをしているんだ。ペットを飼うことでかえって暗い気持ちにさせてしまうかもしれん」
「あーね」
「お気遣いありがとうございます。でも私は大丈夫ですよ」
美咲の声だ。
俺達の会話を聞いていたらしい。
「あ、ハリネズミを飼うのはダメです。浮気になってしまうので」
「浮気……?」
「はい。他ならOKです」
よく分からないが、とにかくハリネズミ以外なら問題ないそうだ。
「これで決まりっしょ!」
「そうだな。どの動物を購入するかについて――」
「購入じゃなくてお迎えね」
「……迎えるかについては四人で決めよう。今から戻るよ」
「ほいほーい!」
こうしてペットを飼うことが決まった。
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