第三章:百獣の王
032 バリスタ兵と正面対決
本日の徘徊者戦がやってきた。
脱出に失敗したせいで今ひとつ気分が乗らない。
戦闘開始5分前、俺達四人は出入口の傍にいた。
いつもと違ってフェンスは壁に掛けたままだ。
「強化完了! HP27万5000! 防御力6! これはもう難攻不落っしょ!」
麻衣が防壁のHPを2回強化した。
前回と同じ失敗はしない。
「ひとまず今日は大丈夫そうですね」と美咲。
「でも分かんないよー、あいつら小賢しいとこあるからねぇ! バリスタ兵を大増員してくる可能性だってある!」
「その点は心配しなくていいぞ。バリスタ兵の対策は考えてある」
俺は余裕の笑みを浮かべた。
「対策って?」
「単純さ――やられる前にやる」
「「えっ」」
麻衣と美咲が目をぱちくりさせる中、俺は拠点を出た。
〈マイリスト〉に登録しているバリスタを防壁のすぐ外に設置する。
「バリスタ兵の弱点は矢面に立たないといけないことだ。前方に仲間がいると防壁じゃなくて仲間を狙撃してしまうからな。そこを突くぜ」
「バリスタ対決かー! 燃えてきた! あ、でも数の差があるんじゃない?」
「どうにでもなるだろう。攻撃速度が段違いだからな。こっちはリストの復元機能を使って連射できる」
「大丈夫、負けない」
由香里は闘志に満ちた顔で弓を握る。
矢筒も装備していて実に頼もしい。
「そんなわけで今日の作戦だが、まずは防壁から打って出て迎撃だ。敵の戦術が昨日と同じなら撃ち合いでバリスタ兵を潰す。別なら状況によるが、近接戦闘を狙っているようなら防壁内に避難して籠城戦だ」
三人が頷く。
麻衣と美咲もバリスタを展開して準備万端。
「戦闘開始だ!」
コクーンのアイコンが赤くなった。
森がざわつき、徘徊者の雄叫びがこだまする。
「「「グォオオオオオオオオオオ!」」」
闇夜に染まった森から徘徊者の軍勢が現れた。
昨日と同じくバリスタ兵を頭にした布陣だ。
「撃て!」
射程圏に入った瞬間、俺達は一斉射撃を開始。
バリスタから放たれた極太の矢が、敵を兵器ごとぶち抜いた。
先手必勝だ。
「しゃー! バリスタ兵を潰した!」
「麻衣さん、復元して次の矢を放たないとダメですよ」
「おっと、そうだった!」
麻衣と美咲が同じタイミングでスマホを取り出す。
「絶対に勝つ」
由香里は恐ろしい速度で矢を連射している。
一度に数本の矢を持ち、ポンポンポンとテンポ良く放つ。
それらは的確にバリスタ兵の脳天を貫いていた。
「なんつー腕前だ。流石は弓の名手……!」
由香里の強さは俺達の想像を超越していた。
彼女一人で俺達三人と同じ、いや、それ以上の効率で敵を倒している。
「由香里すげー!」
「すごいです、由香里さん」
由香里は何も言わず、静かに笑みを浮かべる。
「よし、完封だ!」
バリスタ兵15体は何もできないまま死亡。
文句なしの封殺だ。
「「「グォ! グォオ!」」」
ノーマルタイプの徘徊者は吠えるだけで近づいてこない。
――と思いきや、連中は両サイドに移動して道を空けた。
その道を進んで追加のバリスタ兵15体がやってくる。
「ふっ、馬鹿の一つ覚えだな。やるぞ」
俺の合図で一斉射撃を再開。
新手のバリスタ兵も為す術なく消えた。
「何度でもおかわりしろよ」
バリスタ兵はエリートタイプ。
討伐報酬は1体につき1万ptなので、倒せば倒すだけ儲かる。
俺達からすれば2時間ひたすらバリスタ兵を狩りたいのが本音だ。
しかし、敵はそうさせてくれなかった。
「「「グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
ノーマルタイプの群れが突っ込んでくる。
バリスタ兵が通用しないと見るや考えなしの全軍突撃だ。
「予定通り籠もるぞ!」
バリスタの矢を放ってから拠点に逃げ込む俺達。
だが、由香里だけはその場から動かなかった。
「由香里、早く中に入れ! 危ないぞ!」
「まだ大丈夫」
由香里はじわじわ後退しつつ矢を放つ。
最後の一発は左半身だけ防壁の外に出して行っていた。
「武器が外に出ていれば防壁の内側からでも攻撃できるのか」
新しい発見だった。
この仕様は何かと有効活用できそうな気がする。
「それなら俺だって!」
俺は刀を抜き、右半身だけ防壁から出す。
その状態で迫り来る徘徊者に向かって刀を振った。
「グォオオオオオオオ……!」
先頭の群れを何体か倒す。
それ以上は危険なので、攻撃を中断して防壁の内側へ。
「「「グォオオオオオオオオオオオオ!」」」
大量の徘徊者が防壁に張り付いた。
人型と犬型が必死になって攻撃している。
「どうせノーダメージなのに頑張る奴等だな」
「違うよ風斗、ノーダメージじゃない!」
「なんだと?」
「少しだけくらっている!」
俺は慌てて防壁のステータスを確認。
麻衣の言う通りダメージを受けていた。
一度の攻撃につき2ダメ。
徘徊者の攻撃力が6から8に上がっていた。
「雑魚の攻撃力が強化されるなら、今後も防御力を上げねばならんな」
防壁の強化費用は10万。
安定を求めるなら両方とも毎日1回ずつ強化したい。
それだけで1日20万の出費だ。
「とりあえず今日のところは楽勝そうだねー」
「だな」
壁に掛けてあるフェンスを正面に立てて、その後ろで待機する。
しかしその後も変化はなく、そのまま4時になって戦いが終わった。
完勝だ。
皆で「お疲れ様」と言い合った後、俺は提案した。
「由香里の加入で四人になったし、今後はローテーションを組んで徘徊者戦に臨むか」
「二人一組で交代しながら監視するってこと?」と麻衣。
「その通りだ。危険な場合のみ休んでいるペアを起こしに行く感じ」
今まで徘徊者戦の前後で睡眠をとっていた。
これでは睡眠の質が低下するし、何より体に堪える。
数日ならともかく長引くなら改善したい。
「賛成! しっかり寝ないとお肌に悪いしねー」
美咲と由香里が頷く。
「ペアはどう決めるの?」と由香里。
「そうだなぁ……」
三人は何も言わずにこちらを見ている。
俺に判断を委ねるつもりらしい。
「よし、俺と美咲、麻衣と由香里でいこう」
「え!? 私が由香里と!?」
「それはやだ」
麻衣と由香里が同時に反対を表明。
「いいじゃないか、二人は仲良しなんだし」
「そんなことないし!」「そんなことない」
全く同じタイミングだ。
美咲が「あらあら」と笑っている。
「タイプからして被ってるじゃん! 私と由香里って!」
「タイプとは?」
「私は槍でツンツン、由香里は弓。どちらも後衛でしょ? で、風斗と美咲はどっちも前衛じゃん!」
「前衛と後衛でペアを組むべきと言いたいわけか」
「そゆこと!」
「なるほど、却下だ」
「なんでぇ!?」
「戦闘の必要がある時――つまり防壁が破られそうな場合、ペアに関係なく全員が集合しているだろ。危険な場合は残りのペアを起こしに行くんだから。ならタイプなんて関係ない」
「ぐぬぬ……そう言われると返す言葉が……」
俺は由香里に目を向ける。
「由香里はどうして嫌なんだ? 麻衣が嫌いなのか?」
「嫌いではないけど、うるさそうだから」
「あー、そういうことか」
「あーじゃないから! 黙ろうと思えば黙れるし!」
「いや無理だろ。数日の付き合いでも分かるぞ。麻衣は静かにするのが苦手なタイプだ」
「うっ……」
「ま、嫌いじゃないなら麻衣と由香里はペアでいいな。二人は否定しているけどいいコンビだと思う」
「賛成です」と美咲。
「風斗がそう言うなら従う」
由香里は納得したが、麻衣はその後もブーブー言っていた。
とはいえ、彼女も心から嫌がっているわけではないようだ。
「じゃ、私はお風呂に入ってくるねー」
「私も。お先に失礼します」
「風斗、またね」
女性陣が浴室に向かったので、俺はスマホを見ながら自室へ。
「今後もバリスタ兵が中心ならいいのにな」
今回の徘徊者戦だけで約50万も稼いでいた。
これなら防壁の強化も苦にならない。
次にグループチャットを開いた。
戦果を報告し、バリスタ兵の対策を共有しておく。
他所の状況はまちまちだった。
環境や適応力の差が出ているようだ。
そんな中、絶好調なギルドが一つある。
約70人が所属している大所帯の体育会系中心のギルドだ。
「相変わらず強いな、体育会系は」
このギルドは他所と違ってバリバリの好戦派だ。
徘徊者戦が始まると大喜びで拠点から出て暴れまくる。
徘徊者に関する情報は基本的にここから発信されていた。
今日も新たな情報……というかネタ動画が公開されている。
その内容がこれまた衝撃的だった。
野球部の男が「ノック」と称し、硬球を打って徘徊者に当てている。
命中した徘徊者は一撃で死んでいた。
また、テニス部の男はサーブで徘徊者を倒している。
とても命懸けの戦いをしているようには見えなかった。
彼らのおかげでグループチャットの雰囲気が明るい。
脱出失敗の件で全体的に暗かったので、体育会系の存在はありがたかった。
「俺も負けてられねぇ」
金属バットと硬球を購入し、そそくさと拠点を出る。
ボールをふわっとトスし、全力でバットを振り抜く。
スカッ!
バットは空を切り、俺は回転しながらその場に膝を突いた。
「人には
誰も見ていないのに言い訳をし、ボールとバットを売った。
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