028 美咲の奥の手

 大まかな脱出計画も固まり、あとは明日の朝食後に決行するだけとなった。

 だが、その前に一つ、こなすべきイベントが残っている。


 ――徘徊者戦だ。


 開始5分前、俺達三人はフェンスの近くに待機していた。

 岩肌の地面に腰を下ろし、三枚のフェンス越しに外を眺める。


「防壁の強化はどうする?」と麻衣。


「念の為に防御力を上げておくか」


 10万ptを支払って防御力を強化。


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【H P】135,000

【防御力】6

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「これで敵が昨日と同じ強さならノーダメになるはずだ」


「頼もしいです」


 笑みを浮かべる美咲。


「そういえばさ、樹上勢が全滅したって知ってた?」


 麻衣がスマホを見ながら言った。

 樹上勢とは拠点を持っていない連中のことだ。


「全滅!?」


 愕然とする俺。血の気が引いていく。

 そんな俺を見て、麻衣は愉快気に笑った。


「皆、今じゃ拠点持ちってことなんだけどね。他所のチームと合流したり自分達で拠点を獲得したりで」


「なんだ、そういうことか。わざと誤解させる言い方をしやがったな」


「風斗を驚かしてやろうと思ってね。見事に引っかかってくれたよ」


「あ、始まりましたよ!」


 美咲の言葉で深夜2時になったと気づく。

 いつも通りに徘徊者の群れが迫ってきた。


「今日も退屈なまま終わるといいが……」


 槍を持って立ち上がる。

 突破された場合は数枚のフェンスを盾にしつつ槍で迎撃する予定だ。


 フェンスを突破された際の武器も用意している。

 俺は刀、麻衣は槍、美咲は何故かフライパン。


「「「グォオオオオオオオオオ!」」」


 豪快に突っ込んでくる徘徊者。

 しかし――。


「よし、問題ねぇな」


 防壁にダメージを与えることはできなかった。

 奴等がどれだけ殴ろうとノーダメージだ。


「勢いは昨日より激しいのにねぇ」


「ノーダメだからどれだけ激しくても意味ないな」


 徘徊者の勢いは日を追うごとに増している。

 だが、拠点の中に引きこもっている限り問題ない。


「はぁ、眠くなってきたぁ」


「私もです……」


 二人は早くも眠そうだ。俺もウトウトしている。

 戦闘開始から10分しか経っていないのに気が緩んでいた。

 防壁のHPが1すら減っていないのだから仕方ない。


「やばくなったら起こすから寝てきていいよ」


「え、ほんとに?」


「いいのですか?」


 分かりやすく嬉しそうな顔をする二人。

 俺は答える前にグループチャットを開いた。


 他所も余裕そうだ。

 俺達を真似て防御力を特化したのが奏功している。


「特に問題ないし大丈夫だろう」


「じゃあ遠慮無く部屋で――」


 麻衣の言葉が止まった。


「あれ? 徘徊者がいなくなってるんだけど?」


「お、本当だ」


 いつの間にか徘徊者が消えていた。

 拠点の外が閑散としている。


「今日はもうおしまいとか?」


 スマホのホーム画面を見る。

 コクーンのアイコンは赤く染まったままだ。


「まだ終わってはいないようだが」


「諦めて他所に行ったのでしょうか?」と美咲。


「だといいが……」


 残念ながら違っていた。


「「「グォオオオオオオオオ!」」」


 徘徊者の軍団が再び現れたのだ。

 今度の人型は何やら台車らしき物を押している。

 その上に載っている物を見て、俺達は目を剥いた。


「バリスタか!?」


「たぶん、というか絶対にそうだよ!」


 徘徊者はバリスタを持ち込んできたのだ。

 拠点前の開けた場所で扇状に展開していく。

 それを使って防壁を攻めるつもりのようだ


 バリスタの数は15台。

 それ以上の追加はなかった。


「防壁から出て迎え撃ったほうがよくない?」


「きついだろ。出るならフェンスをずらす必要があるし、バリスタ兵の後ろには大量の徘徊者が控えているぞ」


「そっか……」


 敵の攻撃をただ眺めていることしかできない。


「あいつら、あのバリスタで何を飛ばすつもりだ?」


 バリスタの弾丸は矢に限らない。

 古代の戦争では矢の代わりに石を飛ばすこともあった。


 そんな中、徘徊者が弾丸に選んだのは――。


「いやいや、そんなのありかよ!?」


 ――なんと自らの同胞だった。

 別の人型がバリスタの上でうつ伏せになる。


「グォオオオオオオオオ!」


 次の瞬間、バリスタ兵が仲間を射出。

 凄まじい速度で人型の徘徊者が飛んでくる。

 そいつは防壁に当たり、グチャッと派手に砕けた。


「ダメージは!?」と麻衣。


 その言葉が発せられた時には既に、俺は防壁のHPを調べていた。


「1発当たり25だ!」


「そんなに!?」


 再び攻撃の準備に入るバリスタ兵。


「このままだとまずいな……」


 バリスタ兵の数は15体。

 なので、1度の一斉射撃で受けるダメージは375。


 攻撃速度は10秒に1回=1分当たり6回。

 1分間同じペースで攻撃された場合のダメージは2,250になる。

 これが1時間続くと、ダメージの合計は135,000だ。


 つまり――1時間で防壁が崩壊する。


「仕方ない、防壁を強化しよう」


 俺はコクーンを開いて防壁の強化へ。

 ……と、ここで問題発生。


「ダメだ! 強化できないぞ!」


「え、なんで!?」


「徘徊者が出ている間は強化できないらしい」


「ああ、そっか! その仕様があったんだ!」


 グループチャットでは昨日か一昨日の段階で出ていた情報だ。

 今まで無縁だったので忘れていた。


「覚悟を決めるしかないな、こりゃ」


「脱出前に死ぬなんて絶対にごめんだからね!」


 防壁の耐久度がじわじわ減っていく。

 そして残り45分――ついに防壁が破られた。


 バリスタ兵が拠点に向かって徘徊者を放つ。

 今までと違って拠点内に飛来し、フェンスに激突。

 防壁に当たった時と同じく派手に砕けた。


「うわあっ!」


 三人揃って後方に吹き飛ばされる。

 弾丸の徘徊者が砕けると同時に強烈な衝撃波が発生したのだ。


「「「グォオオオオオオオオオオオオ!」」」


 他の徘徊者が雪崩れ込んでくる。

 俺達が立ち上がっている間にフェンスまで迫られた。


「フェンスを盾に――って、あいつら何してんだ!?」


 ここでも徘徊者が予想外の行動をとった。

 なんとフェンスの撤去を始めたのだ。

 協力してフェンスを持ち上げ、コンクリブロックから抜いている。

 抜き終わると隅に捨てた。

 見た目はこれまでと同じでも、知能レベルは明らかに違う。


「このままじゃまずいよ! どうしよ! 風斗!」


 麻衣は恐怖から震えていた。


「待て、考える……!」


 まずは混乱する頭を落ち着かせないと。

 俺はその場で深呼吸を繰り返した。


(ポイントを使って〈マイリスト〉でフェンスを増やすか?)


 いや、それは意味がない。

 再び撤去されるだけだ。


(一番厄介なのはバリスタ兵だが……)


 幸いにもバリスタ兵の攻撃は止まっている。

 拠点の通路が徘徊者で溢れかえっているからだろう。

 攻撃したとしても俺達ではなく仲間に当たる。


 となれば――。


「よし、フェンス無しで戦おう!」


「戦う!? あの数を相手に!?」


「それが最も生き残れる可能性が高い!」


「そうなの!?」


「通路は狭いから、数が多くても一度に戦える数は決まっている。防壁の時と同じ理屈さ。だから、俺と美咲が前衛で武器を振り回す。麻衣は後ろから槍でサポートしてくれ。通路での戦いなら勝機はある!」


「信じるよ! その言葉!」


「おう! だが念の為に万能薬を購入しておいてくれ!」


「分かった!」


 麻衣が後ろに下がり、俺は刀を抜いた。


「美咲、本当にフライパンで戦うのか?」


 美咲は真顔で頷いた。


「分かった。じゃあ行くぞ!」


 最後のフェンスが撤去された瞬間、俺と美咲が突っ込んだ。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 刀を大きく横に薙ぎ払う。


「「「グォオオオオオオオオオオオ……」」」


 8体の徘徊者が一太刀で消滅。

 刃が当たれば即死する点はこれまでと変わりない。


「風斗、左!」


「やべっ」


「お任せ下さい!」


 死角から迫る敵の攻撃を美咲が対処。

 フライパンのフルスイングで犬型の徘徊者を倒した。


「私だって! えいやっ!」


 麻衣は俺達の隙間を縫うように刺突を繰り出す。

 3体の人型をまとめて貫いた。


「いけるよ風斗! これならいける!」


「ああ! どうにかなりそうだ!」


 ――と、希望に満ちていたのは序盤だけだった。

 旗色が次第に悪くなっていく。


 俺達のスタミナが底を突いたからだ。

 武器を振り始めてから10分で腕が悲鳴を上げた。

 全身は汗まみれで呼吸も乱れている。


 対して敵の勢いは変わらない。

 倒しても倒しても、次から次に新手が押し寄せてくる。


「このままじゃ……」


 じりじりと後ろに押されていく俺達。

 そして、その時はやってきた。


「もう下がれないよ!」


 麻衣の背中がトイレのドアに当たったのだ。


「クソッ!」


 残り時間は約15分。

 それだけ凌げば終わる。

 あと少しだ。


 だが、その少しが果てしなく長い。

 とても耐えられる時間ではなかった。


「どうしたら……」


「私に考えがあります!」


 美咲が人型を倒しながら言う。


「考えってなんだ!?」


「緊急事態なので説明は省きます! 麻衣さん、私と代わってください!」


「え? あ、うん、分かった!」


 麻衣が俺の隣に来て槍を振り回す。

 後ろに下がった美咲はスマホを操作し始めた。


「一体何を……」


 美咲の足下に一升瓶が出現。

 この状況で酒を買ったらしい。


「風斗君、麻衣さん――これから起きることは他言無用ですよ!」


 美咲は一升瓶を開けるとラッパ飲みを始めた。

 蛇が這うかのように喉が動き、ゴクゴクと小気味いい音を響かせる。

 そのまま一気に飲み干すと、「ぷはぁ!」と豪快に息を吐いた。


 そして――。


「こらぁ盛り上がってきたなぁ! おい! たまんねぇな!」


 ――豹変した。顔付きが違う。

 それは、俺達の知る高原美咲ではなかった。

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