027 脱出計画

 夕方、拠点にて――。

 麻衣と美咲が料理に励む中、俺はダイニングで作戦を練っていた。

 意味もなくノートとボールペンを机に置き、それっぽい雰囲気を演出する。

 なお、そんなことをしても画期的な案が舞い降りることはなかった。


「やっぱり船はスループが良さそうだなぁ、価格も手頃だし」


 船の選択肢は多い。

 ひとえに帆船と言っても種類は様々だ。

 マストの数や形、船体の大きさ等で細かく分かれている。


 スループは1本マストの小さな帆船だ。

 本体価格は200万。

 この船に追加機能オプシヨンをつけて購入する予定だ。


 オプションは一部の商品にのみ存在するシステム。

 例えば俺の刀に付いている〈軽量化〉がそうだ。


 スループには〈自動操縦〉を付けたい。

 針路をスマホで決められるオプションだ。

 風向きを読んで帆を調整するといった作業が自動化される。

 目的地ないし方角を指定したら、後は寝ているだけでいい。

 俺達三人には船の操縦経験がないので、このオプションは必須だ。


「オプション代が100万だから込み込みで300万か」


 高額だが払うことはできる。


「思ったんだけどレンタルじゃダメなの? 船も借りられるっしょ?」


 麻衣は俺の隣に座り、リンゴの皮剥きを始めた。

 俺と違って包丁で剥いている。


「たしかにレンタルできるよ。船のレンタル費は販売価格の5%だから、自動操縦付きスループだと1日15万で借りられる。ところで皮を剥くのが上手だな。侮っていたよ」


 麻衣は「へへ」と照れたように笑う。

 それから船の話を続けた。


「グルチャにレンタルの船で脱出するって言ってる人がいたよ」


「レンタルは気乗りしないんだよなぁ」


「なんで?」


「脱出する際にアプリの削除を求められるだろ? その時に借りている船も消えるんじゃないかと思ってな」


「あーね」


 先人のサイトによると、悪天候を突破した後、船は海上でストップする。

 それと同時に、スマホには「これより先へ進むにはアプリを削除しなくてはならない。また、一度削除すると戻ってはこられない」という警告が出る。

 アプリを削除すると船は移動を再開し、めでたく脱出できるとのこと。


「レンタルの場合、アプリの削除に伴って船を返却……言い換えるなら削除される危険がある。万が一そんな事態に陥ったら死は免れないだろう。購入するのが安全というわけではないが、レンタルよりはリスクが低いと思う」


「たしかに! 風斗の意見を聞いて私も購入派に転身だ!」


 俺は口角を上げ、ノートに「スループを買う」と書き込んだ。


「あとは船に搭載する装備だな」


「装備って?」


「悪天候で転覆するかもしれないし、手ぶらでゴーとはいかないだろ」


 インターネットの海を彷徨い必要そうな物をリストアップ。

 ライフラフト、数日分の食糧、念の為の保温道具などが選ばれた。


 海難に備えた海面着色剤や発煙筒は必要ない。

 そんな物を使っても救助隊は助けに来ないからだ。


「ライフラフトって何?」


「大雑把に言うと海に浮かぶゴム製のテントだ。普段は折りたたまれた状態で専用のコンテナに収納されている。商品説明によれば海に投げ込むと勝手に膨らむそうだ。それもたった数秒で」


「船が転覆しそうになったらそこに逃げ込むわけね」


「その通り」


「ライフラフトは買えるの? 高そうだけど」


「ちょうど10万。高いけど買える額だ」


「なら安心だね」


 麻衣は剥き終わったリンゴを美咲のもとへ運んだ。

 それが済むと再び俺の隣に座り、リンゴの匂いがする手でスマホを触る。

 インチュタやチュイッターなど、SNS各種を素早く確認していた。


 俺はグループチャットを開く。

 リヴァイアサン討伐の件は落ち着きを見せていた。

 今はバリスタの性能に興奮する声で溢れている。


 そんな中、ある生徒が尋ねてきた。

 ボス戦で獲得したポイントは何に使うのか、と。


 回答に悩む。

 素直に脱出すると話すべきかどうか。


 しばらく悩んでいると、考えることが面倒になってきた。

 なので、素直に「脱出に使う予定だよ」と答える。

 その代わり脱出時期は適当に濁しておいた。


「素直に答えたのは失敗だったかな……」


「どうかしたの?」


「グルチャで脱出することを話したら、案の定、チームに混ぜてくれって言う奴がいっぱい出てきたんだ」


「他にも脱出を検討しているところがあるのに?」


「俺と同じでレンタルは不安なんだろう」


「なるほどねー。なんて返すの?」


「受け入れる気はないからそう返すよ」


 角が立たないよう気をつけながら断ろうとする俺。

 しかし、俺が文字を入力している最中に雲行きが変わった。

 大半が「やっぱりやめとく」と言い出したのだ。

 連中の考えを変えさせたのは、とある生徒の発言だった。


『何が起きるか分からないのに凄いな、お前ら』


 この一言で、まずは様子見したい、と誰もが思い始めたのだ。

 もはや俺達のチームに入りたがっている者はいない。

 レンタル船での脱出を検討していた連中も先延ばしを表明している。

 なんだかんだ言い訳しているが、要するに「一番手は嫌」ということだ。


「私達を人柱にしたいって魂胆だね。ほんと人間って汚いわー」


 麻衣は呆れたようにため息をついた。


「先駆者がハイリスクなのは世の常だしな。それでリターンも大きくなるならまだしも、今回のケースでは何ら変わりない。なら誰だって一番手は避けたいものさ」


 それでも、俺達が脱出に挑むことは変わらない。


『体を張って頑張るから応援よろしくな!』


 グループチャットでそう発言し、俺はスマホを懐に戻した。


「こりゃ責任重大だな」


「何のこと?」


「俺の立ち回りが下手なせいで、皆を代表して脱出に挑むことが決まっただろ」


「そうね」と笑う麻衣。


「俺達も含めて皆が冷静さを保てているのは、そう遠くない内に脱出できると思っているからだ。もし俺達が脱出に失敗して、簡単には日本に戻れないなんて事態になったら……」


「荒れちゃうわけかー」


「辛うじて保たれている理性や秩序ってものが今後も維持できるのかどうか、それは俺達の脱出にかかっていると言っても過言ではないだろうな」


「うわー、それは責任重大!」


「俺達だけじゃなく、皆のためにも必ず成功させないとな」

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