029 最後の朝食

「うんめぇぞ!」


 美咲は酒臭い息を吐き、おっさんのようなゲップを繰り出した。


「「美咲!?」」


 あまりの豹変ぶりに驚き固まる俺と麻衣。


「「「グォオオオオオオオオオオ!」」」


 そんな俺達に徘徊者が襲いかかる。

 まずい――と思った時には、既に美咲が前に出ていた。


「祭りだァ! 今日は祭りだァ! ひゃっはー!」


 美咲はフライパンで敵を皆殺しにしていく。

 でたらめに振り回しているように見えて的確に倒していた。


「グォオオオオオオオオオ!」


「美咲! 左から敵が!」


「分かってらぁ!」


 死角を突く徘徊者には問答無用の一升瓶が叩きつけられた。

 瓶はパリィンと割れる――ことはなく、そのままだ。

 徘徊者が弱いのか瓶が硬いのか、とにかく武器として成立している。


「すげぇ! 美咲すげぇ!」


「感心する暇あったら刀を振れダボ! 他人に頼るな! 未来は自分の手で切り開け! それが男ってものだろ!」


「すんません……」


「行くぞ! 風斗! 麻衣! 私についてこい!」


 別人と化した美咲が単独で無双し、徘徊者を押し返していく。

 あっという間に形勢逆転だ。


「もう! 暑いったらありゃしない!」


 なんと美咲、戦闘の最中に服を脱ぎ始めた。

 いや、脱ぐというより引き裂くというのが適切か。

 武器をその場に置き、自らのシャツを破ったのだ。

 セクシーな下着に守られた胸やヘソが露わになる。


「これでちったぁ涼しくなったってもんよ!」


「ちょっと美咲!?」


「なんだぁ? 麻衣、おめぇ、前に出て戦いたいのかぁ?」


「いえ……」


 再び前進を始める美咲。


(刀を振れと言われたが……)


 俺と麻衣にできることは何もなかった。

 目の前の敵は人型から犬型まで漏れなく美咲が倒すのだ。

 一升瓶とフライパンの二刀流で一体すら漏らさない。

 まさに現代の宮本武蔵、現代の二天一流と言えよう。


「かぁー! 徘徊者ってのはストレス発散に最適だなぁ! 風斗と麻衣もそう思うだろ? えぇ?」


「あ、はい」


「思います」


「ちょー気持ちいぃ! もうサイコー!」


 いよいよ拠点の出入口付近までやってきた。


「風斗、あと5分で終わるよ!」


「あと5分か、この調子なら――」


 大丈夫そうだな、と言おうとした時のことだった。


「今日はこの辺にしておくかぁ!」


 突如、美咲が戦闘をやめた。

 くるりと踵を返し、俺と麻衣の間を通って拠点の奥へ。

 俺と麻衣は慌てて武器を構え、迫り来る徘徊者と戦う。


「お、おい、美咲、どこへ行くんだ!?」


「疲れたから寝るー」


「マジかよ」


「あとはよろしくねー、おやすー」


 なんと美咲、本当にそのまま消えていった。


「ちょ、私らだけになったよ!」


「仕方ねぇ、粘るぞ! 俺が前で戦うからサポートしろ!」


「了解!」


 残り5分、俺達はひぃひぃ言いながら頑張った。

 徘徊者の勢いは初日の比ではなかったが、最後の力を振り絞って粘る。


 その結果、辛うじて勝利した。

 俺達は汗だくになりながらハイタッチ。


「そういや美咲の学生時代のあだ名って『チェン』だっけ」


 その場にへたり込む麻衣。


「酔っ払ったら強くなるチェンか」


 俺は彼女の隣で大の字に寝そべった。


「名前の由来って、もしかして……」


 俺達の脳裏にある香港映画が浮かんだ。


 ◇


 大量の徘徊者を倒したことで、俺達の【戦士】レベルが急上昇。

 俺は2から5に、麻衣は1から4に、美咲に至っては2から7に上がった。


 グループチャットは久々に荒れていた。

 阿鼻叫喚の原因は、案の定、バリスタを使う徘徊者だ。

 こいつに防壁を破られたことで少なからず犠牲者が出ていた。

 いくつかのギルドからは連絡が途絶えている。


 バリスタ兵の攻撃は防壁の防御力を無視するそうだ。

 防御力に関係なく一発当たり25のダメージを受けるという。

 あの攻撃に耐えるならHPを上げなくてはならない。

 防御力一辺倒の強化方針では防壁を維持できないことが判明した。


 また、バリスタ兵はエリートタイプだと分かった。

 エリートタイプの討伐報酬はノーマルタイプの20倍らしい。

 つまり1体倒すだけで1万ptも得られる。


「徘徊者、日を追うごとに強くなってるね。明日はもっと辛いんだろうなぁ」


「俺達には関係ないけどな。明日のこの時間は日本に戻っている」


「早めに脱出することにして正解だったね」


 休憩が終わったら拠点の奥に向かう。

 ――が、途中で足が止まった。


「グァァァ……! グァァァ……!」


 トイレの前で美咲が寝ていたのだ。

 仰向けで、両腕を伸ばし、M字開脚を決めている。

 ビリビリに破けた服はそのままだ。

 何も知らない人が見たら暴漢に襲われたと誤解するだろう。


「やれやれ、困った大人だな」


「ほんとにねー。でも、美咲の新たな一面が見られて面白かったね」


「たしかに」


 麻衣と協力して部屋に運んだ。


 ◇


 泥のように眠ること数時間――。


 転移4日目の朝がやってきた。

 筋肉痛の体を労りながらダイニングへ向かう。


「おはようございます、風斗君」


「今日は遅かったねー、風斗!」


 二人は既に起きていた。

 美咲はエプロン姿で朝食を作っていて、早くも完成間近。

 麻衣は椅子に座ってスマホを触っている。

 俺は二人に挨拶を返し、麻衣の向かいに座った。


「美咲、徘徊者戦のこと何も覚えてないんだって」


 麻衣がニヤニヤしながら言ってきた。


「マジかよ」


「すみません、酒乱なもので……。酔うと記憶が飛ぶのです。周りから気性が荒くなるとは聞いているのですが、それがかえってお役に立てるかともと思い、昨日は一か八かでお酒を飲んでみました」


「な、なるほど……」


 徘徊者戦のアレは気性が荒いなんてものではなかった。


「酔っ払った美咲は頼もしかったよ。まさに獅子奮迅の暴れようで徘徊者を蹴散らしまくっていた」


「本当ですか、それならよかったです」


「あれだけ凄いと一緒に飲んだ人は驚くんじゃない?」と麻衣。


「普段は十年来の友人としか飲まないようにしています。その友人から『他の人とは飲まないほうがいい』と釘を刺されたので……」


「その友達、大切にしなよー!」


 美咲は恥ずかしそうに笑い、朝食を運んできた。

 これまた非の打ち所がない完璧な目玉焼き定食だ。


「「「いただきます」」」


 温かい雰囲気に包まれて食事が始まる。


「相変わらず美味いなぁ、美咲の料理は」


 俺の隣に座る美咲は、「ありがとうございます」と微笑む。

 それから自分の作った料理を食べ、満足気に頷いた。


「そういえば……」


 美咲が俺を見る。

 それはちょうど彼女の胸を盗み見している時だった。


 俺は素っ頓狂な声で「はいぃ!」と言い、背筋をピンッと伸ばす。


 麻衣が呆れ顔で「アホ」と呟いた。


「そ、それで、どうしたんだ? 美咲」


「食材が安く買えるようになりましたよね」


「え、そうなの?」


 俺は答えを求めて麻衣を見る。


「そんな話はグルチャに出ていないけど?」


「本当ですか?」


 美咲が「失礼します」とスマホを触る。

 〈ショップ〉を開き、食材の価格を見せてきた。


「本当だ! これは安いな! ……と言いたいが、残念ながら俺には分からないな。料理を作らないから食材の価格なんて見たことなかった」


「見せて見せて」


 麻衣がテーブルに身を乗り出す。

 彼女は美咲から受け取ったスマホを見て、目をぎょっとさせた。


「本当だー! めちゃ安くなってる! 私には分かるよ!」


「そんなに安くなってるのか?」


「今までの半額! 激安!」


「なので、いつもより高い食材を使ってみました」


「あ、そうだ、聞いてくれよ。食材と言えば卵の豆知識があるんだ。市販の卵には色々なサイズがあるけど、実はどのサイズでも黄身の大きさは同じで――」


「あれぇ! こっちだと食材の価格はいつもと変わらないよ!?」


 ドヤ顔で豆知識を披露していたのに麻衣が遮った。

 だが、今のは俺が悪い。

 コミュ力に難のある人間特有の悪い癖が出てしまった。


「おかしくない?」


 麻衣が「ほら!」とスマホを見せてくる。

 たしかに美咲と比べて食材の価格が高い。

 俺のコクーンも確認したところ、麻衣と同じ価格だった。


「美咲だけ安いのか」


「どうしてでしょうか?」


 しばらく「うーん」と頭を捻りながら食事を進める。

 色々と仮説を出しつつ、それが合っているかを簡単に検証。

 その結果、【料理人】の効果だと判明した。


 【料理人】のレベルが10になったことで新たな効果が追加されたのだ。

 その効果が「食材が安く買えるようになる」というもの。

 〈スキル〉で確認したから間違いない。

 美咲の【料理人】レベルは、昨日の晩ご飯を作った時点で10になっていた。


「【料理人】以外のスキルも10になると新しい効果が付くのかな?」


 麻衣が尋ねてくる。

 俺と美咲は「さぁ」と首を傾げた。

 グループチャットにも情報は載っていない。


「ま、たぶん付くだろう。【料理人】だけの特別仕様と考えるよりは自然だ。デイリークエストは日に一つしかこなせないし、レベル10で新たな効果が付くとなれば、ますます特定のスキルを特化した方が有利だな」


「もっと早く分かっていたらよかったのにね」


「だな。今さら分かっても俺達には関係ない」


 とはいえ、新しい情報だからグループチャットで共有しておいた。

 発言の1分後には、数名から「サンキュー」のスタンプが返ってくる。

 数百人が参加しているグループなので反応が早い。


「「「ごちそうさまでした!」」」


 美咲の作った美味しい目玉焼き定食をペロリと平らげる。


「食器を洗うのは私に任せてちょ!」


「ありがとうございます、麻衣さん」


「サンキュー」


「ほいほーい。つーか、風斗もたまには働けよ!」


「ふふふ」


「ふふふ、じゃねー!」


 麻衣が全員の食器をシンクに運び、丁寧に洗っていく。


「じゃ、俺達は出発の準備を――」


 ピロロロン♪

 話している最中にスマホが鳴った。

 チャットアプリの通知音だ。


「誰かから個チャが届いたの?」と麻衣。


 個チャとは個別チャットの略称だ。

 俺のチャットアプリでは形骸化された機能である。


「俺と1対1で話したがる奴なんているわけないだろ。そもそもフレンドリストに登録されているのだって……いや、マジで個別チャットが届いたようだ」


「え、嘘!? 誰よ相手! 女?」


 過去一と言ってもいいほど驚く麻衣。


「相手は由香里だ」


 我が校で最も有名な生徒であり、弓道部の部長こと弓場由香里。

 これまで音沙汰のなかった彼女が、満を持して連絡してきた。


 その用件とは――。

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