025 川で過ごす

 麻衣は俺の顔をじっと見つめながら言った。


「思いつきで言ったわけじゃなさそうだね、日本へ帰るって」


「もちろん。今回の戦いが上手くいったら提案するつもりだった」


「いつから考えていたの?」


「本気で考え始めたのは昨日だ。川で美咲と話していて、この島に長居するのは危険だと改めて思った。島での生活が長期化した場合、徘徊者や病気もそうだが、何より人間同士の争いが怖くなってくる」


「かもね」と、麻衣は短く答えた。


「それに俺達は脱出しやすい環境にある、鳴動高校集団失踪事件の時よりも」


「なんで?」


「日本まで近いからさ。鳴動高校の連中が転移した場所はどこか覚えているか?」


「小笠原諸島のめっちゃ西のほうだっけ」


「そう、約300km西……周りに何もない場所だ。一方、俺達の現在地は駿河湾の辺り。島の東西15km圏内に本土がある。東西と言っているが北もそうだ」


「その程度の距離なら脱出を阻む悪天候も問題ないと」


「そうだ」


 先人のサイトによると、島を脱出しようとすれば悪天候に見舞われるそうだ。

 濃霧、暴風雨、落雷……喩えるなら嵐に飛び込むようなものらしい。


「たしかに悪天候は危険だし怖い。しかし、この距離なら問題ないだろう。船の速度は種類や環境にもよるが、シビアな条件でも2ノットは出る。時速換算すると約3.7キロだ」


「つまり遅くても5時間以内には本土に着いているってこと?」


「そういうことだ。しかも、俺達が乗る予定のスループという船は速い。環境次第では10ノットを優に超える」


「10ノットって時速換算するとどのくらい?」


「約18.5キロ」


「じゃあ1時間すらかからないじゃん!」


「だから危険な状況に陥ってもゴリ押しで突破できる可能性が高い」


「「おお!」」


 今はポイントだけでなく体力的にも余裕がある。

 だが、今後も現在のような状態でいられるかは分からない。

 試すなら早い内がいいのは明白だ。


「距離的には楽でも、何かと先人の時より厳しいかもしれない。海にはリヴァイアサンみたいな奴がごろごろいて船を襲ってくる……なんて可能性もある。そのことを覚悟の上で俺は挑戦したい。二人はどうだ?」


「私は賛成です。一秒でも早くシゲゾーの……家族のもとへ帰りたいです!」


 ノータイムで美咲が答えた。


「私も挑戦したい! 不安だけど、可能性があるならそれに賭けたい!」


「満場一致だな――三人でこの島を脱出しよう!」


 話し合った結果、決行は明日の朝食後に決まった。

 本当は今すぐにでも始めたかったが、流石にそれは焦り過ぎだ。

 疲れを癒やしたり、考えをまとめたりする時間が必要だった。


 ◇


 湖を後にした俺達は川に来ていた。

 ポイントを稼ぎつつ遅めの昼食を堪能する予定だ。


「ボスを倒したことを黙っておくなんてもったいないなぁ。チヤホヤされるチャンスなのに!」


「インフルエンサーらしいご意見だが、俺は麻衣のようにコミュ力の塊じゃないからな。今ですら過大評価なのに、これ以上は目立ちたくないよ」


「一度きりの人生で輝かないでどうするよ漆田風斗!」


「だったら麻衣が発信すりゃいいじゃないか」


「えー、私はパス! 陰から支える参謀タイプなんで」


「インフルエンサーなのによく言うぜ」


「なっはっは!」


 俺と麻衣はペットボトルトラップの製作と設置に励む。

 既に設置している分の回収・再設置は済ませてある。

 石打漁は疲れているのでパスした。


「話を引っ張って悪いが、目立ちたくないってこと以外にも理由があるんだ。ボスの件を伏せておくのは」


「そうなの? なんで?」


「緊急クエストは一度クリアすると受けられなくなるからさ。独占する気はないが、下手に情報を共有するとトラブルになりかねない」


「あー、奪い合いを懸念しているわけか」


「そうだ。あと、共有する情報を選ぶことにした。〈棘の壁〉の件で学んだからな」


「私達の真似をしようとして失敗したら大変だもんね」


 本日10個目のペットボトルを設置し終えたところで軽くストレッチ。

 凝り固まった首を回し、両手を脇に当てて背中を反らす。


 ふぅ、と息を吐いて美咲を見た。

 こちらの視線に気づいたのか、美咲も俺を見る。

 目が合うと彼女は微笑み、俺は後頭部を掻いた。


「もう少々お待ちください」


 美咲は河原でBBQの準備中だ。

 専用のコンロに炭を入れて火をおこしている。

 川でのBBQということで、メインの食材は魚介類だ。

 もっとも、焼くのは川魚ではなくホタテや鯛など海のネタだが。


「悪いな、食事の準備を押しつけてしまって」


「いえいえ、これが私のお仕事ですから」


 早くも食欲を刺激する香りが漂い始めていた。

 胃袋が歓喜の悲鳴を上げている。


「ねね、風斗、グルチャに載っていない豆知識を教えてあげよっか?」


 麻衣は右手に持っているスマホをちらちら見ながら言った。


「急だな」


「なんたって今気づいたからね。で、教えてほしい?」


「いや、大丈夫だ」


「おい!」


「仕方ないから聞いてやろう」


 麻衣は「やれやれ」と笑いながら話を続けた。


「デイリークエストって1日1種類しかクリアできないんだよ」


「【戦士】のデイリークエストをクリアしたら、その日は【漁師】のデイリークエストをクリアできないってことか?」


「そそ! 知らなかったでしょ?」


「うむ。どうして分かったんだ?」


「リヴァイアサンとの戦闘で【狩人】のレベルが5になって、【狩人】のデイリークエストがクリアになったからね。ペットボトルトラップを作ったら【細工師】のデイリークエストもクリアになる予定だったんだけど……」


「クリアにならなくておかしいと思ったわけか」


「正解! で、〈クエスト〉を開いて分かったの。デイリークエストは1日1種類しかクリアできないってね」


「その仕様だと特定のスキルに特化したほうが良さそうだな、色々なスキルを満遍なく育てるより」


「だねー」


 話しているとジュージューと心地いい音が聞こえてきた。

 嗅覚だけでなく聴覚まで刺激してくる。

 俺と麻衣は作業を切り上げ、美咲のもとへ向かった。


「わー、美味しそう!」


「きっと美味しいですよ。コクーンの食材はどれも新鮮なので」


「見ているだけで涎が溢れてくるな」


 思わず舌なめずりをする。


「あ、そうだ」


 麻衣との会話がきっかけでスキルレベルが気になった。

 待っている間に【漁師】と【細工師】のレベルを確認する。


「おっと、〈ステータス〉を開くつもりが……」


 誤って〈履歴〉を開いてしまう。

 何かする度に〈履歴〉を開く癖が出てしまった。


「これは……!」


 〈履歴〉を開いたことでとんでもないことに気づいた。

 そのことに衝撃を受けていると――。


「わあああああああああああ!」


 突然、麻衣が叫びだした。

 目を剥くほどの驚きようを見て、俺と美咲の手が止まった。

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