023 一攫千金を目論む
「緊急クエストでボス退治だと?」
眉間に皺を寄せて腕を組む俺。
麻衣は「そうそう!」と頷いた。
「緊急クエストの報酬は拠点以外にポイントの場合もあるの!」
「グループチャットでそんな話を見た記憶があるな……」
たしか転移初日に誰かが報告していたはず。
他にも、ダンジョンがあるとか何とか。
今まで失念していたのは話の出た時期が悪かったからだ。
まだ全体的に浮き足立っていて情報が錯綜している頃だった。
加えて続報がなかったのですっかり忘れていた。
「実は昨日、個別チャットで色々な人から情報を集めてみたの」
「それで何か掴んだのか」
「クエスト報酬の傾向が分かった」
「ほう? 具体的に頼む」
「小さな洞窟に近づくと拠点系の緊急クエストが発生するように、ポイント系のクエストも発生場所が決まっているのよ」
「どこなんだ?」
「湖」
〈地図〉によれば、この島には無数の湖が存在している。
「もちろん湖以外の場所でも緊急クエストが発生する可能性はあるけど、昨日の情報収集だと他は分からなかった。とりあえず湖は確定でいいと思う」
「湖のボスとやらを倒せばいくら稼げるんだ?」
「数百万」
「「数百万!?」」
俺と美咲は同時に驚いた。
どちらも目ん玉が飛び出そうになっている。
「最低でも100万、最高だと300万まで確認できたよ」
「すごい額だな。報酬額の差が気になるところではあるが」
「たぶん難易度によるんじゃない? 私はそう推測しているけど」
「だろうな。それにしても数百万か」
「緊急クエストのボスは軒並み尋常じゃない強さらしくて、私の調べた限りクリアしたチームはまだいない。私達は3人だから厳しいとは思うけど……」
「試してみる価値はあるな」
「でしょ! この拠点を獲得した時と同じでヤバい時は逃げられるっぽいし」
俺はスマホを取り出し〈地図〉を開いた。
縮尺の度合いを調整し、最寄りの湖を拡大表示する。
それを二人に見せた。
「近いのはこの湖だ。マウンテンバイクで3~40分の距離だな」
湖はここから栗原達の拠点へ行く途中にある。
「問題なければ今から向かおうと思うが大丈夫か?」
「いいよ! 善は急げってね!」
「私も大丈夫です」
「オーケー」
今日の予定を変更し、俺達は湖へ行くことにした。
◇
湖へ向かうまでの間に作戦を練った。
拠点を獲得した時と同様、まずは様子見で撤退を繰り返す。
安全に戦えることを確認したら本腰を入れて取りに行く。
戦い方についても、まだ見ぬ敵の姿を妄想しながら考えた。
だが、それらは全て無駄に終わった。
先客がいたのだ。
栗原である。
身長190cmを超える筋肉質のドレッドヘアなのですぐに分かった。
その傍には仲間の男子が約30人。吉岡もいる。
女子の姿は見当たらない。
タッチの差で先着されたようで、戦闘はまだ始まっていなかった。
湖の手前にある開けた場所で準備を進めている最中のようだ。
竹を加工して作ったと思しき弓矢を装備して連携を確認している。
栗原は俺達の登場に驚いた後、美咲を見て表情を緩めた。
「美咲ちゃん、もしかしてそいつらとボスに挑む気か?」
「そのつもりでしたが……栗原君も同じ考えでしたか」
「まぁな! つーか美咲ちゃん、やめたほうがいいよ。三人で勝てる相手じゃねぇって!」
「そうなんですか?」
「ああ、半端ないぜ。昨日はまるで歯が立たなかったからな」
連中の動きの速さには驚かされた。
ここで遭遇しただけでも意外なのに、なんと昨日も挑戦していたとは。
数十人で挑んで負けたという事実にも衝撃を受ける。
俺達三人は早くも絶望しかけていた。
「おい、漆田」
栗原が大股で近づいてくる。
「お前が無茶こいて死ぬ分にはかまわないが、美咲ちゃんを巻き込むんじゃねぇ」
えらくドスの利いた声だ。
明らかに怒っていて、目つきも鋭い。
しかし、不思議と怖さは感じなかった。
だからビビることなく返す。
「無茶かどうかはやってみないと分からないだろ」
栗原は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
言い返されるとは思ってなかったようだ。
何が気に入ったのか、「言うじゃねぇか」と笑っている。
「その心意気はいいと思うぜ。だがな、残念ながらお前の出番はねぇよ。俺達が倒すからな」
「それはかまわないけど、折角だし見学させてもらってもいいか?」
「あの木よりも後ろからなら好きにしてくれていい」
「どうも」
栗原の指定した木に向かう。
「美咲ちゃん、俺のところに戻ってきてくれよ。こっちなら危険なことはしなくていいんだぜ」
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
「そうか……」
栗原は不満そうに唇を尖らした。
「栗原って美咲に気があるよね」
麻衣が耳打ちしてくる。
俺は「だろうな」と頷いた。
「何の話をしているのですか?」
美咲が覗き込むように俺を見る。
彼女は俺に尋ねたが、答えたのは麻衣だった。
「栗原って美咲のこと好きだよねって話していたの」
美咲は「そんな馬鹿な」と即否定――はしない。
無表情で「なるほど」とだけ言った。
「美咲はどうなの? 生徒と教師の禁断の恋とか!」
茶化し気味に踏み込む麻衣。
どう反応するか気になって、無言で返答を待つ俺。
「禁断の恋ですか」
「うんうん!」
「どうなんでしょう」
微笑むだけで、美咲は回答を避けた。
「お前ら! 準備はできたか?」
栗原の声が響く。木々がざわついた。
「いいぞ、クリ。始めてくれ」
吉岡が言うと、栗原はスマホを取り出した。
緊急クエストを受けるのだろう。
「弓を構えろ!」
30人の男子が一斉に矢をつがえる。
まるで軍隊のように統率された動きだ。
「いくぞ!」
栗原がスマホをタップ。
その瞬間――。
「フシャアアアアアアアアア!」
――湖に巨大な蛇が現れた。
優に20メートルを超える巨体が水上でとぐろを巻いている。
「なんだありゃ! 雑居ビルかよ!」
「でかっ! あんなのに勝てんの!?」
「すごいですね……」
愕然とする俺達。
栗原が遠距離戦闘に特化した理由が分かった。
あの相手に突っ込んで武器を振り回すのは不可能だ。
「呆けている場合じゃねぇや」
俺は慌ててスマホを取り出した。
〈クエスト〉を確認する。
案の定、緊急クエストが発生していた。
=======================================
【内容】リヴァイアサンに勝利する
【報酬】200万pt
=======================================
クエストの情報は表示されているが受注はできない。
既に栗原が受けているからだ。
「撃て!」
栗原の合図で無数の矢が放たれた。
それらの矢はリヴァイアサンに強烈なダメージを与える。
――というのが、栗原の目論みだったのだろう。
現実は違っていた。
栗原チームの矢は全く通用しなかったのだ。
当たらなかったり、届かなかったり。
運良く当たっても威力が足りなくて弾かれていた。
理由は技量不足に他ならない。
素人目にも連中に弓術の心得がないことは明らかだ。
それにもかかわらず和弓を使っている。
和弓はアーチェリーで使われる洋弓に比べて扱いが難しい。
その上、威力を上げるべく大きめのサイズを選んだのも失敗だ。
尚更に扱いづらくなっていた。
和弓というチョイスは悪くないと思う。
だが、和弓で戦うなら最低でも1週間は練習するべきだ。
「ええい、不甲斐ない奴等め!」
そう言って必死に矢を放つ栗原。
彼の矢だけはリヴァイアサンに刺さっていた。
弓術の経験があるかは不明だが、連中の中で唯一の戦力だ。
とはいえ、栗原の攻撃だけではダメージが足りない。
リヴァイアサンは平然としていた。
「グゥゥゥ……!」
リヴァイアサンが大きく仰け反る。
「何か来るぞ」
身構える俺達。
栗原チームは俺達以上に鋭い反応を見せた。
「回避だ! 回避!」
栗原が叫ぶ。
次の瞬間、リヴァイアサンが水の塊を吐いた。
狙いは近くにいた数名の生徒。
彼らは弓を捨てて全力の回避を試みる。
その甲斐あって攻撃を避けることに成功した。
水の塊は地面に着弾し、派手な爆発音と共に炸裂する。
「「「うわぁぁぁぁ!」」」
炸裂時の衝撃によって数人の生徒が吹き飛んだ。
着弾場所に窪みができているし、直撃すれば即死もあり得る。
「やべぇな、あの攻撃」
麻衣と美咲が頷く。
「クソッ、美咲ちゃんが見ているってのに、こんな……」
栗原は美咲を一瞥し、舌打ちする。
それから、ヒョロガリのメガネ男子――矢尾に近づいていった。
「まともに攻撃できないならせめて前に出て盾になれ! ゴミが!」
背後から矢尾の背中を蹴り飛ばす栗原。
分かりやすい八つ当たりだ。
美咲にいいところを見せられなくて苛ついたのだろう。
その行為がかえって美咲の心証を悪くすることは確実だった。
「おい、クリ! 何してんだ!」
「うるせぇ吉岡! 文句を言うなら敵にダメージを与えてみろ!」
栗原の首筋に怒りの血管が浮かぶ。
こうなっては勝てる戦いも勝てなくなる。
ただですら絶望的な戦いなので、もはや勝ち目はない。
「無理だぁああああああああ」
「ひぃいいいいいいいいいいいい」
栗原チームは崩壊した。
「おい! 逃げるな! 戦え! 追放すんぞ!」
栗原の声に耳を傾ける者はいない。
追放するという脅しをもってしても止められなかった。
メンバーは次々に戦線を離脱していく。
「クリ、撤退しよう。また今度リベンジすればいい」
「……クソッ! クソがぁあああああああ!」
栗原は「あああああああああ!」と怒鳴りながら弓を叩きつけた。
そして、俺達のほうへ走ってくる。
彼が目の前に来た瞬間、リヴァイアサンがスッと消えた。
緊急クエストがキャンセルされたのだ。
敵が消えたのを確認すると、栗原は美咲を見た。
「……ダサいところ、見せちまったな」
「そんなことありませんよ、お疲れ様でした。でも、あとで矢尾君には謝ってください。ああいうことをしてはいけません」
「……分かってるよ」
栗原は申し訳なさそうな顔で頭を掻く。
そして、ギッと俺を睨んだ。
「見て分かったろ、三人ぽっちで勝てる相手じゃねぇんだ。諦めて引き返せ。戦うにしてもお前と夏目の二人で戦え。美咲ちゃんを巻き込むな。美咲ちゃんに何かあったら俺がお前を殺す。分かったな」
言い終えると、栗原はこちらに背を向けた。
俺の返事を待たずに「じゃあな」と離れていく。
そのまま仲間と共にマウンテンバイクで去っていった。
「……すごかったね、湖のボス」
「思っていたよりも危険そうです」
「私、栗原の作戦は悪くなかったと思うんだよね。相手は湖の上にいるんだし、弓で戦うしかないじゃん。でも、全く通用していなかった。数十人で挑んであれだと、私らじゃどれだけ頑張っても無理だよ」
美咲が「ですね」と同意する。
二人はすっかり諦めモードだ。
しかし俺は違っていた。
「いや、それはどうかな」
「どうかなって……あんなの無理でしょ。見てなかったの?」
「見ていたさ、しっかり見ていた。その上で思ったんだ――もしかしたら勝てるんじゃないかって」
「「えっ」」
ホラでも何でもない。
俺は、たしかな勝機を見出していた。
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