022 栽培の成果がヤバい件
服を着替えた美咲が朝ご飯の調理を開始。
格好は概ね昨日と同じだが、靴はスニーカーになっていた。
流石にヒールを履き続けるのは辛かったようだ。
あと、ハリネズミのイラストが入ったエプロンをかけていた。
「ふんふんふーん♪」
調理中の美咲は機嫌がいい。
聞き覚えのない鼻歌を口ずさみ、動きもリズミカルだ。
大きな胸も絶え間なくぶるんぶるんしていて俺の機嫌もいい。
(後ろから見ると高校生どころか小中学生にすら見えるな)
俺はダイニングテーブルでリンゴの皮剥きを進めていく。
もちろん包丁ではなくピーラーを使う。
包丁で器用にするするなんてことはできない。
これは調理の手伝いというよりポイント稼ぎの側面が大きい。
美咲と相棒関係になることでポイントの獲得効率を高めているのだ。
オマケで【料理人】の経験値も稼いでいる。
「美咲、リンゴの皮剥きってこれでいいのか?」
美咲は振り返り、リンゴを見て「上出来です」とニッコリ。
「おはよー! って、なんか調理部屋ができてるぅー!」
ここで麻衣が登場。
彼女だけは予定通りの時間に起床した。
「おう、おはよ……って、美咲の次は麻衣かよ!」
「ほぇ?」
「ほぇじゃねぇ、服だよ! 服!」
麻衣の格好は首に巻いたタオルと紐パンのみ。
服はおろかブラすら着けていない。
「服? 着てないけど?」
当たり前のように言ってのける麻衣。
裸を見られているのに恥ずかしがる様子すらない。
「分かってるって! 服を着ろよ!」
「えー、まだ朝のシャワーから出たばっかで体が火照ってるんだけど」
「えーじゃねぇ。美咲といい麻衣といい、破廉恥な姿を見られるのに抵抗がないのか!?」
「そりゃ普通の男子なら嫌だけどさぁ。ほら、私らって運命共同体じゃん? だから特別にいっかなーみたいな? 家族みたいなもんだし?」
「分かります」と頷く美咲。
「いや、分かんないから!」
「なんだよぉ、うっさいなー。私の裸が見られて嬉しいくせに!」
「たしかに眼福ですが……って、そういう問題じゃないだろ」
「はいはい分かりましたよーだ。後悔しても知らないからなー」
麻衣はブツクサ言いながら出ていき、服を着て戻ってきた。
「うるさい風斗もこれでご満足かな?」
「まぁな……」
答えた後、俺は自問した。
服を着ろと言ったのは間違いではなかったのか、と。
何だか損をした気がしてきて、今になって後悔する。
「グルチャ見たよ。風斗、〈棘の壁〉を解体したんだね」
「おう、苦労したぜ」
「槍を売ったのは賢いと思うけど、何で材料費と同じ価格でばら撒くのよ。少しくらい色つけても良かったでしょ。あれだけ売れたら結構な利益になっただろうし」
「美咲にも同じ事を言われたが……いい人らしく振る舞おうと思ってな」
「勿体ないなぁ!」
麻衣はスマホを操作しながら俺の向かいに座る。
「美咲は朝ご飯を作っているとして、風斗は何しているの?」
「手伝いだよ。相棒システムを活かして効率よく稼ぐ為にな」
「おー、考えたね! そういうことなら私と代わってよ! 風斗、料理に興味ないんでしょ? 私は美咲に料理を教わりたいし!」
「いいぜ」
美咲との相棒関係を解消し、〈履歴〉を確認する。
500pt程だが獲得しており、【料理人】も習得していた。
調理途中の関係解消でも少しは稼げるようだ。
「料理の腕を上げて結婚に備えるぞー!」
麻衣がパジャマの袖を捲る。
「結婚するならまず相手を見つけないとなぁ。ま、今の性格じゃ無理無理の無理だな!」
がははと笑う俺。
我ながらパンチの効いたセリフだと思った。
〈棘の壁〉の件で散々からかわれた仕返しだ。
美咲は「言い過ぎでは?」と言いたげな顔で俺を一瞥。
その顔を見て、遅くながら不安になる俺。
対する麻衣は、怒るどころかニッコリと笑った。
「童貞君は他人のことより自分の心配をしましょうねー」
「――!?」
「私はその気になればいくらでも相手を見つけられるけど、風斗の童貞はその気になったら卒業できるものかな? 私には難しいと思うなぁ」
「おい! 童貞煽りはライン越え、レギュレーション違反だろ……!」
俺は涙目で項垂れた。
◇
「さーて、お待ちかねの収穫タイム!」
朝食後、麻衣がダイニングにプランターを運んできた。
「すげぇな、本当に熟してやがる」
大玉のトマトがたくさん
実の数は花房ごとに5個、全て合わせると20個になる。
どれも真っ赤に熟していて美味そうだ。
「プランターを使った栽培で20個も採れるとはすごいですね」
そう言う美咲に対し、俺と麻衣は「いや」と首を振った。
「もっと生る予定だったんだよねー」と麻衣。
「そうなんですか?」
「サイトにはミニトマトレベルで実が成ると書いていたもん」
「大玉のトマトがミニトマトレベルで……想像できません」
「ま、先人と俺達では細かい部分で何かと違っている。それに実の数は大した問題じゃない。サイトの情報通りに稼げるなら、実の数がこれだけしかなかったとしても、規模を大きくすれば日に数百万は稼げるはずだ。それだけあれば十分だろう」
麻衣は「そだね」と同意し、専用のハサミを取り出した。
「では収穫していきまーす!」
俺と美咲が見守る中、麻衣がトマトの収穫を開始。
丁寧に一つずつ切り取っていく。
「採った実は消えるとのことだったが……」
「消えませんね」
「この点も先人と違うようだ」
麻衣の作業を見ながら美咲と話す。
竹編みの籠を用意し、そこに収穫したトマトを入れていく。
「これで……ラスト!」
麻衣が「えいやっ」とハサミをチョキン。
最後の実を収穫した瞬間、プランターの中が只の土と化した。
茎やら何やらといったトマトの要素が一瞬にして消えたのだ。
ただし、収穫した20個の実は残っていた。
「ポイントはどうだ? 全部でいくらになった?」
先人と同じ環境なら、大玉のトマトは1個につき約500ptの稼ぎになる。
今回は20個収穫したので1万ptほど稼いでいれば及第点。
結果は――。
「1,000ptしか入ってない……」
「マジかよ」
麻衣が悲しそうにスマホを見せてきた。
たしかに1,000ptしか入っていない。想定の10分の1だ。
種代に500ptかかるので、その分を差し引くと稼ぎは500ptしかない。
しかも、全ての実を回収し終えるまでポイントが発生していなかった。
先人の環境では実を収穫するごとにポイントを獲得していたのに。
実の数からポイントの発生タイミングまで何もかも違う。
これでは規模を拡大しても労力に見合った稼ぎを得られない。
「グルチャを確認してみるか。栽培は他のチームも積極的に導入している。何かしらの報告が上がっているはずだ」
この考えは正しかった。
グループチャットの話題は栽培で持ちきりだ。
他所も俺達と同じで1,000ptしか獲得していない。
作物の種類は関係ないようだ。
これには多くの連中が絶望感を露わにしていた。
栽培による収入を頼みの綱にしていたのだろう。
無理もない。
この島から脱出するには莫大なポイントが必要になるからだ。
船を買うのに最低でも数百万は使う。
少人数で乗る小さな帆船ですら2~300万はする。
1日当たりの稼ぎが数万程度だといつ買えるか分からない。
かといって、船を自作するのは非現実的だ。
流石に命を預ける乗り物を自作で済ませるのは無理がある。
レンタルもできるが、これも望ましくない。
脱出時にコクーンを削除する可能性が高いからだ。
アプリが消えると同時にレンタルした船も消えかねない。
というか、消えると考えるのが普通だろう。
「栽培を極めようとしている人がいるみたいですよ」
ボソッと美咲が言った。
俺達の意見を聞きたいようだ。
「俺は微妙だと思うけどなぁ」
「【栽培者】のレベルが全然上がらないからねぇ」と麻衣。
作物を収穫することで【栽培者】を習得できる。
これも【漁師】や【料理人】と同じでポイントの獲得量を増加させるもの。
増加量は他のスキルと同じだ。
先程の収穫によって、麻衣の【栽培者】レベルは1になった。
「一度の収穫で【栽培者】のレベルが20くらい上がるなら話は変わってくるんだけどな。今の仕様ならペットボトルトラップの方が遙かに優れているよ。【漁師】と【細工師】の両方を上げられるし、ポイントの獲得効率もいい」
「なるほど」
「そんなわけで、残念ながら現状だと栽培は使えない。とはいえ嘆いても仕方ないし、予定通り漁や料理を進めながら別の金策を検討していくとしよう」
「分かりました!」
美咲が元気よく同意する一方、麻衣は「んー」と渋い反応。
「どうかしたのか? 麻衣」
「実はね、栽培がダメだった時に備えて別のプランも用意してあるんだよね」
「がっつり稼ぐ当てが他にもあると?」
「昨日は作業そっちのけで情報を収集していたわけだし、この程度のことは想定しておかないとダメでしょ」
「流石だな」
「ただね、この方法は滅茶苦茶リスキーだと思う」
「それで今ひとつパッとしないのか」
「まぁね」
「とりあえず話を聞かせてくれ。実行するかどうかはそれから考える」
「りょーかい!」
ダイニングテーブルにつく俺達。
俺と美咲が並んで座り、麻衣は俺の真正面に腰を下ろす。
「その方法って言うのがさ――」
麻衣はテーブルに肘を突き、顔の前で手を組んで話し始めた。
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