021 調理場の拡張、不用品の処分
夜が明けて、謎の無人島生活3日目――。
8時00分ちょうどに目が覚めた。
想定よりも1時間早い起床だ。
徘徊者戦で大して疲れなかったせいだろう。
軽くストレッチをしたら、日の光を浴びるため外へ。
拠点の出入口付近で美咲を発見。
行く手を阻む憐れな〈棘の壁〉を撤去している最中のようだ。
「おはようございます、風斗君」
「おはよう……って、何だその格好!?」
美咲は男物の白いシャツを着ていた。
しかも身長172cmの俺でちょうどいいサイズ感の代物。
140半ばの美咲にとってはダボダボで、丈が膝の辺りまで伸びている。
加えてズボンの類を穿いていない。
シャツをワンピースとして着ているようだ。
そのせいでピンクのパンティーが薄らと見えている。
あと何故か裸足だ。
「すみません、可能な限り衣類にかけるお金を減らそうと思いまして」
「この拠点には俺という男がいるんだ。もう少し目に優しい服装を……」
ここで美咲がブラジャーを着けていないことに気づく。
シャツから二つの突起物が浮かび上がっているのだ。
俺は視界に映る奇跡を脳に焼き付けてから顔を背けた。
「ところで、その格好で外に行くつもりだったのか?」
「いえ、朝食を作るため調理場へ行こうとしていました」
調理場はフェンスと出入口の間にある。
たしかにそこへ行くには〈棘の壁〉が邪魔だ。
「手伝うよ」
「ありがとうございます」
美咲と協力して〈棘の壁〉を解体する。
何重にも巻いたダクトテープを剥がすのには苦労した。
「風斗君、お願いがあるのですが」
「ん?」
「自分のポイントを使うので調理場を拡張させてください」
「もちろんかまわないよ。自分のポイントと言わずギルド金庫のお金を使おう。俺も可能な限り寄付するよ」
「いいのですか?」
「もともと調理スペースの拡張はする予定だったんだ。問題ないさ」
「ありがとうございます!」
今の調理場は、そう呼ぶのに値しない簡素な環境だ。
通路の壁際にカセットコンロやらが置いてあるだけ。
「拠点の拡張方法は分かる?」
「何となくですが、たぶん分かります」
「なら自分で好きなように拡張してくれ」
俺は〈取引〉を使い、美咲に手持ちのポイントを渡した。
数万ポイントでもあるだけマシだろう。
「本当にありがとうございます」
「かまわないさ。ただ、調理場はもう少し奥に作ってほしい。拠点に入ってすぐだと防壁を突破された際に徘徊者が流れていく可能性がある」
「分かりました」
美咲は嬉しそうな笑みを浮かべて作業を開始。
壁を拡張して新たな分岐路を作り、さらに拡張して伸ばす。
ほどなくして通路の先にキッチン用のスペースが完成した。
次は設備だ。
照明や換気扇、安物のシンクなどが設置されていく。
あっという間にキッチンができあがった。
「いい感じじゃないか! 折角だからテーブルも設置してダイニングキッチンにしようぜ!」
俺は金庫から3万ptを取り出してスペースを2回拡張。
残った1万ptを使ってダイニングテーブルを製作する。
既製品を買うと高くつくので、木材を加工する方法で安く済ませた。
「テーブルに見合った椅子も設置して……完成だ!」
「すごくいい感じだと思います!」
「ポイントが貯まったら調理器具や食器を増やしていこう」
「はい!」
美咲が改めて「ありがとうございます!」と頭を下げる。
深々としたお辞儀によってノーブラの胸がぷるんぷるん動いていた。
俺の凝視は免れない。眼福だ。
「さて、お金を稼ぐとするか」
「今から漁に行くのですか?」
「いや、漁は朝食後の予定だ」
「すると……魔物の狩りに?」
「それも不正解。通路に転がっている槍を売るのさ」
俺達の拠点には手作りの槍が大量にある。
それもこれも全て〈棘の壁〉の残骸だ。
「誰に売るのですか?」
「さぁ、誰が買うかは分からない」
美咲は「え?」と驚いている。
おそらく〈販売〉のことを知らないのだろう。
「〈ショップ〉のカテゴリに『ユーザー』だか何だかいう項目があって、そこで他人が売りに出した物を買えるんだ」
「そうなんですか」
「出品方法はコクーンを開いて〈販売〉を押すだけだ」
さっそく全ての槍を売ることにした。
販売価格は材料費と同じに設定。
できる限り早く売れてほしいので採算度外視だ。
後で必要になったら〈マイリスト〉を使って召喚すればいい。
「よし、出品完了だ」
「売れるといいですね」
「だな」
数分間、美咲と二人でスマホを眺める。
しかし、どれだけ待っても一本すら売れない。
「時間が悪いのでしょうか」
「それもあるだろうし、出品に気づいていないのかも」
俺もそうだが、他人の出品物を確認することは滅多にない。
基本的に既製品ないし自作で事足りるからだ。
「宣伝してみよう」
グループチャットで声を掛けることにした。
出品していることと、そこに至った経緯を説明する。
すると――。
「お、一本売れたぞ」
通路にある槍の束から一本が姿を消した。
売れると同時に相手のもとへ転移したのだろう。
「また売れたぞ!」
ひとたび売れると、その後は爆売れだった。
次から次に捌けていき、あっという間に完売。
「思ったより需要があるもんだな」
「ですね」
グループチャットで状況を確認する。
俺の槍は他所で作られた物に比べて性能がいいようだ。
具体的には穂が外れない点を評価されている。
皆が作る槍は少し振り回すと穂が飛んでいくらしい。
「どうして風斗君の作った槍は穂が外れないのですか?」
「包丁の作り方を参考にしたからだろう」
「包丁の?」
「もっと言えば〈
「中子? 何ですかそれは」
「包丁を解体すると分かるんだけど、刃の根元は細長い棒状になっていて、その部分を柄に差し込んで固定しているんだ。この棒状の部位が中子だ」
「それを槍作りにも活かしたと」
そうだ、と頷く。
「槍の正しい作り方が調べても分からなかったからな。といっても、包丁の作り方を丸々流用したわけじゃないんだ。職人技なんてないから、中子と柄を固定するのに超強力な接着剤を使ったよ」
「なるほど」
グループチャットでは俺の槍を求める声がたくさん出ている。
他人の作った物は〈マイリスト〉に登録できないので、必要なら俺から買うしかなかった。
「この様子だと槍の販売で荒稼ぎできそうだな……」
多少の値上げなら問題なく売れるだろう。
だが、俺は値上げせずに売り続けた。
材料費と同じ額なので1ptすら得しない。
「どうして値上げしないのですか? ポイントを稼ぐチャンスですよ」
「そうだけど、ここで値上げするとポイントに執着している印象を与えかねない。転移前ならそれでもよかったんだけど、どういうわけかこの島での俺は『情報通のいい人』という認識だ。だったら、いい人らしく振る舞っておこう。いつか恩返しをしてもらえるかもしれない」
おー、と感心する美咲。
俺は「ふふん」とドヤ顔を浮かべた。
「とはいえ、在庫を抱えるのは避けたいので……」
売れ残ったら今後は安売りしなくなる、とグループチャットで言う。
ここで赤字覚悟の聖人になりきれないのが俺という人間の底の浅さだ。
「本当によく売れるなぁ、俺の槍は」
少しぐらい値上げしてもよかったな、と密かに後悔。
そんな俺を見て、美咲はクスクスと笑った。
「やっぱり値上げしておくべきだったと思っていませんか?」
「……バレた?」
「風斗君は顔に出やすいタイプなので分かりますよ」
最終的に、追加生産分も含めて300本近い槍を販売した。
それによる利益は脅威の0pt。
損したわけでもないし、皆に感謝されたので良しとしよう。
――この時はまだ知る由もなかった。
今回の善行が、後に大きな影響を及ぼすことになるとは。
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