020 度胸が足りない

 夜は各自で過ごすことにした。


 俺は手持ちのポイントで部屋を整えた。

 扉を取り付け、家具を設置。壁紙を貼って、絨毯を敷いた。

 殺風景な部屋に最低限の彩りが加わった。


 それが終わったら徘徊者戦まで就寝。

 昨日と違って麻衣がやってくることはなかった。

 脳裏に「据え膳食わぬは男の恥」という言葉がよぎる。

 改めて逃がした魚の大きさを痛感して後悔した。


 ◇


 深夜1時55分、俺達は拠点の出入口付近に集まった。

 徘徊者戦に備えてフェンスの後ろで待機する。


「……って、美咲、何を持ってるんだよ!」


「何ってフライパンですが?」


「フライパンで戦うつもりか!?」


 真剣な表情で「はい」と頷く美咲。

 いくら料理番とはいえ武器がフライパンなのは衝撃的だ。


「他の武器に変えたほうがいいでしょうか?」


「壁に立てかけてある槍にしよう。フェンス越しに戦うスタイルなので、刀やフライパンは振り回せなくて勝手が悪い」


「分かりました」


 そして、2時00分――。


 外の森がざわつき、獣の咆哮が響く。

 どこからともなく徘徊者の群れが突っ込んできた。


「「「グォオオオオオオオオオオ!」」」


 今回は初っ端から犬型も参戦している。

 明らかに昨日よりも勢いが増していた。


「あいつら連携しているぞ!」


 今日の敵は最低限の陣形を組んでいた。

 犬型を先頭にして効率的に防壁を削る算段のようだ。


「強化していなかったら数十分で壊されていただろうな、防壁」


「でも私達は防御力を特化したから平気なはず!」


「どうなるかな」


 防壁の耐久力を確認する。


「これは……」


 画面に映る数値を見て愕然とした。


「どうだった? 防御力、効果あった?」


「あったなんてもんじゃねぇぞ!」


 俺は「見ろよ」と二人にスマホを見せる。


「HPが全然減っていませんね」


「効果ありまくりじゃん!」


 敵の攻撃がもれなく1ダメだった。

 なので、昨日よりも激しく攻撃されているが問題ない。

 むしろ昨日よりもHPの減る速度が遅かった。


「この調子なら余裕だな」


「でも油断できないよー? 昨日もそう言っておきながら最後は防壁を突破されたわけだし!」


 俺は「まぁな」と笑った。


「とりあえず防御力が有効なのは確定だ。グループチャットで情報を共有しておこう」


「賛成! グルチャは風斗に任せた!」


「はいよ」


「拠点の耐久度は私が見ておきますね」と美咲。


「なら私は……」


 そこで言葉を詰まらせた後、麻衣はニィと笑った。


「お茶でも淹れるかぁ!」


「何も閃かなかったんだな」


「ほっとけー!」


 麻衣は電気ケトルとインスタントの緑茶スティック、湯飲みを購入。

 その場で熱々のお茶を淹れ始めた。


「誤字脱字のチェックを済ませたら送信っと」


 グループチャットで現状を報告する俺。

 これに呼応するかのように他所からも報告が続出。

 皆の報告をまとめると防壁の仕様が見えてきた。


『敵の攻撃力から防壁の防御力を差し引いた数値』


 それがダメージの算出方法だった。

 つまり理論上、防御力を6まで強化すれば敵の攻撃を完全に無効化できる。

 一か八かで防御力に特化したが正解だったようだ。


 壁にもたれて座っていると麻衣がやってきた。

 彼女は二つ持っている湯飲みの一つを俺に渡し、隣に腰を下ろす。

 湯飲みから漂う湯気には緑茶のいい香りが込められていた。

 火傷しないようふーふーしてから飲んだ。


「今後も防御力特化で問題なさそうだね」


「それには俺も同感だが……」


「何か引っかかることでも?」


「ノーマルタイプ以外の敵が出たらどうなるのかなって」


 他にどんなタイプがいるのか分からない。

 情報の溜まり場であるグループチャットでも誰も知らなかった。


「仮に別のタイプが出て防壁を突破されても大丈夫っしょ。私らには風斗考案の〈棘の壁〉があるわけだし」


 妙に「風斗考案」を強調する麻衣。

 他の奴とネタが被ったことをまだイジりたいようだ。

 俺は大袈裟なため息と苦笑いで流した。


「美咲もお茶どーぞ! 耐久度は私がチェックしておくから!」


 麻衣は立ち上がり、美咲に淹れ立ての緑茶を渡す。


「ありがとうございます」


 先程まで麻衣のいた場所に美咲が座る。


「このまま平和に終わったらいいですね」


「同感だ」


 早くも30分が過ぎていた。

 グループチャットにおける皆の発言頻度が急激に下がっている。


 防壁を強化していないチームが戦闘を始めたのだろう。

 敵の勢いを考えると、そろそろ防壁を突破される頃だ。

 俺達は相変わらず余裕だが。


「明日はどのように過ごす予定ですか?」


「基本的には今日と同じだよ。俺と麻衣は相棒になって漁をする。美咲には料理を担当してもらいたい」


「お任せください」


「ただ、漁や料理だけだと暇な時間ができると思うから、余った時間はポイントの新たな稼ぎ方を模索する方向で動く感じかな」


「ふむふむ」


 俺達の話を聞いていた麻衣が「忘れてるぞー」と割って入る。


「忘れてるって何を?」


「栽培!」


「ああ、そういえばトマトを育てていたな」


「明日の朝にはトマトが育ちきっているよ! たぶんだけどね!」


「楽しみだ。上手くいけば他のポイント稼ぎが過去の物になる」


 栽培の難易度は非常に低い。

 専用の栽培セットとタネを買えば、後は日に1回の水やりのみ。


 先人のサイトによれば、栽培のポイント効率は革命的だ。

 作物は3日で収穫が可能になる上に、1度の収穫で数千万のポイントを生む。


 もちろん数千万というのは規模を拡大した場合に限る。

 とはいえ、プランターでも可能性を感じられることは確かだ。

 ただ、俺達が同じように稼げるとは限らない。


 先人と俺達との環境には細かい部分で違いがあるのだ。

 大いに期待しているが、過信はしていない。

 上手くいかない未来も想定していた。


「そろそろ終わるぞ」


 あれよあれよという間に3時59分。

 徘徊者が消えるまで残り1分を切っていた。


「私、お風呂入れてくるねー」


 麻衣が拠点の奥に向かう。

 俺は時計を、美咲は防壁の耐久度を注視する。


「5……4……3……2……1……」


 スマホの画面を見ながらカウントダウン。


「0! 終わりだ!」


 言うと同時に徘徊者が消えた。

 結局、最後まで防壁を突破されることはなかった。

 快勝だ。


 ◇


 徘徊者戦が終わると再びグループチャットが動き出した。

 皆が我先にと被害状況や戦果を報告している。

 俺も「防壁が最後まで壊されずに済んだ」と発言しておく。


「むっ、これは……」


 グループチャットに驚くべき情報が上がっていた。

 なんと〈棘の壁〉が使えないというのだ。


 徘徊者は槍に突っ込んでも平然としていたらしい。

 ただ、槍を人が掴んでいればあっさり死ぬ。

 人が触っているかどうかが重要みたいだ。


 しかし、必ずしも触れている必要があるかといえば違うはず。

 矢や石などの遠距離攻撃が通用しているからだ。

 何かしらの仕様があるようだが、残念ながら分からなかった。


 ただし、これだけは断言できる。


 〈棘の壁〉は想定していたよりも遙かに弱い。

 にもかかわらず、大量の槍を使うので金がかかる。

 修復費用も馬鹿にならないし、コスパは最悪だった。

 〈棘の壁〉を使うくらいなら〈只の壁〉のほうがマシだ。


 〈棘の壁〉を採用していたチームは大半が悲惨な状況だった。

 防壁の強化費を節約する為に〈棘の壁〉を用いたのだから当然だ。

 昨日よりも多くの死傷者が出ていることは間違いなかった。


 グループチャットの雰囲気も酷いものだ。

 俺より先に〈棘の壁〉の案を披露した生徒が大バッシングを受けている。

「お前のせいで○○が死んだ」などの怒号が飛び交う様は見ていられない。


 自分を守る為にも、俺は壁の発案者を擁護することにした。

「失敗を叱っていたら萎縮して誰も提案しなくなるぞ」と。


 この発言に多くの生徒が賛同し、チャットの雰囲気が変わった。

 怒号を飛ばしていた連中は「八つ当たりしてごめん」と謝罪。

 どうにか落ち着いた。


「もしも先に発言していれば批難されるのは俺だったな……」


 俺達は信頼できる情報筋として皆に頼られている。

 しかし、下手を打てばその評価がマイナスに作用しかねない。

 情報の鮮度はもちろん大事だが、同じくらい正確さも求められている。

 〈棘の壁〉の一件でそのことを学んだ。


「美咲とお風呂に入るけど風斗も一緒に入る?」


 自分の部屋でスマホを触っていると、麻衣と美咲がやってきた。


「麻衣さん、そういう不純なお誘いをしてはいけませんよ」


「かぁ! 美咲ってば先生みたいなこと言っちゃってさぁ!」


 俺はニヤリと笑い、麻衣を見る。


「ここで俺が『一緒に入る』って言ったらどうするんだよ」


 冗談のつもりだったが、麻衣と美咲は本気で捉えた。


「私は別にいいけど」と真顔の麻衣。


「私は恥ずかしいですが……大丈夫ですよ」


「え、マジ?」


 きょとんとする俺。

 そんな俺を見て、二人は吹き出した。


「風斗、分かりやすすぎ! なんだよその反応ー!」


 美咲も「あはは」と声を上げて笑っている。


「ま、私達の裸が見たかったらいつでもおいで。風斗にそんな度胸があるとは思えないけどね」


 麻衣と美咲が部屋を出て浴室に向かう。


「またしても据え膳……! 今度こそ……!」


 直ちに二人の後を追おうとする俺。

 しかし、金縛りにあったかのように体が動かない。

 どれだけ動けと念じても硬直したままだ。


「グッ……度胸が足りねぇ……!」


 俺は大きく息を吐き、周囲をちらちら。


「仕方ない、やるか……!」


 おもむろに立ち上がる。

 部屋を出て、通路を歩く。


 すぐに分岐路がやってくる。

 真っ直ぐ進むか、右に曲がるか。

 曲がれば浴室がある。


「いつか必ず……!」


 浴室を一瞥してから真っ直ぐ進んだ。

 ほどなくして左手にトイレの扉が見えた。


 素早く開けて中に入り、ズボンとパンツをずらして便座に腰を下ろす。

 懐からスマホを取り出し、セクシーな動画の集う怪しいサイトにアクセス。

 麻衣や美咲に似た女の動画を視聴する。


 ――――……。


「ふぅ」


 スッキリ。

 溜まっていたものが解放された。


「これで3時間は煩悩と無縁の時間を送れるはずだ」


 消臭スプレーを撒いてからその場を後にした。

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