019 防壁強化
日が暮れて夕食時――。
拠点の前はかつてない極上の香りに支配されていた。
俺と麻衣は全力待機。
涎を垂らし、お腹を鳴らして、芳醇な場の空気に酔いしれた。
「お待たせしました」
美咲が大きな鍋を持ってくる。
そこに香りの正体――チキンカレーが入っていた。
このカレーは美咲の完全オリジナル。
コクーンで買えるルーを使わず手間暇をかけて作った。
その香りたるや凄まじくて、嗅いでいるだけで空腹が加速する。
「なんつー匂いだよ!」
「こんなの食べるまでもなく美味しいのが確定してるじゃん!」
そう言って各自の皿に米をよそう麻衣。
「美咲、〈履歴〉の確認を頼む」
「分かりました」
美咲は切り株のテーブルに鍋を置き、スマホを取り出した。
晩ご飯をカレーにした一番の目的が仕様の把握だ。
料理で得られるポイントの多寡が何で決まるのかを検証する。
カレーなら昨日食べた麻衣の
麻衣のカレーはコクーンで売られているルーを使った簡単なもの。
それでも美味しかったが、美咲のカレーにはどうしても敵わない。
もし美咲の獲得ポイントが昨日の麻衣と同程度なら質は無関係になる。
質ではなく、何を作るかが大事ということ。
これは望ましくない。
効率よくポイントを稼ぐために同じ料理ばかり食べることになるからだ。
昼に食べたパイシチューは絶品だったが、毎食それだと嫌になるだろう。
なので、そうならないことを願うが――。
「えっと……」
美咲が真剣な表情でスマホを見つめる。
「約4万pt入っています。あと【料理人】のレベルが4から6に上がりました」
「「おお!」」
俺と麻衣が同時に歓声を上げる。
その後、麻衣だけ「私は数千ptだったのに……」と悲しんだ。
「これで決まりだな。料理におけるポイントの獲得量はクオリティで変動すると考えてまず間違いない。それと、ポイントの獲得量に比例して経験値も増えているようだ」
「じゃあ私は今後も料理を作ったほうが良さそうですね」
「だな。美咲、これからも美味しい料理をガンガン作るんだ。それでスキルレベルを上げまくり、稼ぎまくってくれ! 料理王になれ!」
「はい! 私、立派な料理王になります!」
今回得た情報をグループチャットで共有することにした。
情報はすぐさま検証班によって検証され、正しいと証明された。
これにより、他所のチームでも料理担当を決める流れが加速。
料理がポイントを稼ぐ手段の一つとして確立された。
『また漆田が有益な情報を提供してくれた!』
『最先端を走っていてカッコイイ!』
自分達の発信した情報によって多くの人が喜んでいる。
その様を見ていると、自然と頬が緩んだ。
◇
美咲の絶品カレーを堪能した後、俺達は防衛の準備に入った。
後片付けを美咲に任せ、麻衣と二人で徘徊者対策を検討していく。
「戦略は昨日と同じで問題ないか? 防壁が突破されるまでは籠城し、突破されたらフェンスの隙間から槍で迎撃する」
防壁は徘徊者戦が終わると復活していた。
HPも最大まで回復している。
「いいと思うよ。昨日だってフェンスが倒れなけりゃなんとかなったわけだし。グルチャを見ている限り他所はもっと酷い状態だったのよねー」
「そうなのか? 拠点勢の死者は数人だと思ったが」
「万能薬があったからね。なければ数百人規模で死んでいたよ」
「あー、たしかにそうだったな」
だから皆は、万能薬の情報を提供した俺達を英雄視している。
「基本はフェンス越しの迎撃でかまわないな。フェンスの数は昨日の二の舞にならないよう三枚に増やすか」
「賛成! 徘徊者は穂先を軽く当てるだけで死ぬし、それで問題ないと思う」
「逆に
「もちろん! あれは失敗だったねー」
「あとは防壁の耐久度だな」
防壁はポイントをつぎ込むことで強化できる。
強化項目は【HP】と【防御力】の二種類で、強化費用は一回10万pt。
俺達はまだ一度も強化していない。
初期状態のステータスはこんな感じだ。
=======================================
【H P】135,000
【防御力】1
=======================================
「HPに特化するか、防御力に特化するか、それとも均等に上げるか……。麻衣の意見は?」
多くの拠点ではHPと防御力を1回ずつ上げている。
ポイントの都合でそれ以上の強化は控えているようだ。
この時に分かったが、ポイント稼ぎに苦労しているチームが多い。
特に所属人数の多いところほど苦労している印象を受けた。
食費等が嵩んでいるようだ。
資金面で厳しいチームは防壁を強化しない方針を打ち出していた。
頭数の多さを活かして防壁の突破後に備える考えのようだ。
「これは賭けなんだけど、防御力を思いっきり上げたい」
「どうしてだ?」
防御力は強化しても1しか増えない。
ゲームだと防御力が1から2になったところで変化は感じない。
「昨日の敵の攻撃が5ダメで固定だったから」
徘徊者の姿形は様々だ。
ひとえに人型といっても千差万別だし、犬型も存在する。
ただ、どんな形をしていても防壁に与えるダメージは同じだった。
一発につき5ダメージ。
「私の直感であって何の根拠もないんだけど、単純な計算式でダメージが決まっている気がするんだよね」
「というと?」
「例えば敵の攻撃力から防壁の防御力を差し引いた分がダメージになるとか」
「つまり防御力を1から2に強化すると、拠点の受けるダメージは5から4に下がると言いたいわけか」
「もしくは防御力が2倍になったことで5の半分の2.5、又は小数点以下を切り上げて3になるんじゃないかなって」
「なるほど」
ギルド金庫に入っているポイントは約52万。
漁やデイリークエスト、美咲の料理でそれなりに稼いだ。
念の為に10万残すとしても4回は強化できる。
「ま、最終的な決定は風斗がしてね」
「俺任せかよ!」
「だってリーダーだし!」
麻衣が「頼みますよリーダー」とニヤニヤしながら胸を小突いてくる。
そこへ美咲がやってきて、「私もリーダーにお任せします」と便乗した。
「責任重大だなぁ」
安全策を採るならHPと防御力を均等に上げるべきだろう。
どちらかに特化して思惑が外れたら目も当てられない。
そんなことは分かっているが――。
「よし、麻衣の提案通り防御力を特化しよう」
「流石リーダー! 天性のギャンブラー!」
「裏目に出ても切り札があるからな」
「切り札?」
俺は「ふっ」と笑った。
まずは40万ptを投じて防御力を1から5に強化。
さらに〈マイリスト〉で自作の槍を大量に購入する。
自作なので、費用は1本につき数千ptとお安い。
「この槍が俺の切り札さ」
「「……?」」
麻衣と美咲が首を傾げている中、俺は追加でダクトテープを購入。
フェンスの編み目に槍を通し、それをテープでしっかり止める。
残りの槍も同じ要領で固定していった。
「できたぜ、棘の壁が!」
フェンスから突き出る無数の穂先が洞窟の出入口を睨んでいる。
「まさに自動迎撃システムだ。仮に防壁が破られても、敵は自らこれらの槍に突っ込んで死ぬだろう。俺達が倒すのは奇跡的にも槍に当たらず死を免れた奴だけって寸法だ」
「「おお!」」
二人が歓声を上げる。
「天才じゃん風斗!」
「強化した防壁に棘の壁……この二つがあれば安心ですね!」
「昨日のような大怪我は避けたいからな。今宵はこれで勝つぜ!」
俺はグループチャットを開き、ウキウキで棘の壁を披露する。
しかし残念ながら一足遅くて、数分前に同じ情報を発信している者がいた。
そいつは皆から賞賛されていた。
防壁の強化に手が回らないチームほど喜んでいる。
(やべっ、ネタが被っちまった!)
何食わぬ顔で発言を削除する。
恥ずかしさから顔が真っ赤に火照っていた。
投稿から削除までの時間は1分あったかどうか。
電光石火の早業だったので、俺の発言に気づいた者はそう多くない。
既読マークは数人分しか付いていなかった。
しかし、その数人には麻衣も含まれていて――。
「他にも風斗と同じ考えの人がいるじゃん! しかも相手のほうが先に情報を出していたし! これじゃあ天才とは言えないねぇ! ドヤ顔で『棘の壁』とかいう名前まで付けて後追いの情報を出しちゃうなんてなぁ! くぅ~、風斗、ダサッ!」
「うるせー!」
しばらくの間、俺は麻衣にからかわれるのだった。
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