018 美咲のステータス

 昼食後、美咲と二人で川に来ていた。

 俺達が行っているポイント稼ぎについて教えるためだ。

 石打漁とペットボトルトラップのことである。


 まずはペットボトルトラップから始めた。

 作り方を教えて実際に作業をしてもらう。


「漁法は例のサイトを参考にしたのですか?」


 例のサイトとは、鳴動高校の生徒が作ったホームページのことだ。


「いや、どちらも俺が考えた」


「風斗君が? すごいですね」


「そんなことないよ。漁が金策に適していること自体はサイトの情報だし。紹介されているのは別の漁法だったけど」


「あえて違う漁法を採用したのはどうしてですか? サイトに細かい漁法が載っていなかったとか?」


「載っていたけど人数不足で俺達にはできないんだよね。最低でも四人は必要だと思う」


「なるほど」


 新たなペットボトルの製作と設置を進める。

 時折、チラリと美咲の様子を確認。


(こりゃ料理をメインに任せるのがよさそうだな)


 美咲の作業効率はお世辞にも良いとは言えなかった。

 手先が器用で安定しているのだが、いかんせん遅い。

 おっとりした口調から抱くイメージのままだ。


『私がいないところで美咲とイチャイチャしてないだろうなぁ!』


 胸ポケットに入っているスマホから麻衣の声が響く。

 ギルドメンバーだけのグループを作り、それで通話を繋いでいた。


 麻衣は今、拠点で別行動中だ。

 情報収集をしつつ、何か有効な金策がないか考えている。

 そのため、俺との相棒関係も解消していた。

 今は美咲が俺の相棒だ。


「イチャイチャなんてしていないさ。普通にペットボトルトラップを量産しているだけだ」


『そういやペットボトルトラップはどうだったの? いい感じ?』


「鼻息を荒くするほどではないが、思っていたよりもいい感じだぞ」


 ペットボトルトラップの稼ぎは1本につき約700pt。

 その点だけ見ると微妙だが、効率を考えると馬鹿にできない。


 ペットボトルが川から離れた瞬間にポイントが発生するのだ。

 ボトルの側面に付けた取っ手を掴んでスッと上げれば済む。

 石打漁のように魚を回収する必要はない。

 その後も楽で、餌の状態を確認して川に戻せば作業終了だ。


 1本のペットボトルを回収・再設置するのにかかる時間は僅か数秒。

 それで約700ptも稼げるわけだから、少なくとも果物を採るよりはいい。

 ボトルの設置数を増やせば石打漁より効率よく稼げそうだ。


『その調子で頑張って! ちなみにだけど、こっちは今のところ成果なし!』


「すると麻衣は只の寄生虫なわけだな」


『うるせー! じゃ、また後でね! 美咲もばいばーい!』


 美咲が「はい」と微笑んだ。


「次は石打漁の説明をしますね」


「します?」


「おっと。石打漁の説明をするね」


「はい! よろしくお願いします!」


 美咲自身は丁寧語なのに、俺達にはフランクな口調を求めてくる。

 変わった先生だ。


「えーっと……」


 深々と頭を下げる美咲――を凝視する俺。

 視線はブラウス越しに見える胸の谷間に集中していた。

 おっと、いかんいかん。


「石打漁ってのは岩と岩をぶつける漁のことで、失神した魚を手で掴むなり網ですくうなりするとポイントが発生するんだ。ということで、まずは裸足にならないとな」


 川辺で靴と靴下を脱ぐ。

 美咲もヒールを脱ぎ、それから――。


「待った、やっぱり石打漁は俺がやるから今日は見学で」


「どうかしたのですか?」


「えっと、その……と、とにかく、俺がやるから美咲は見ていてくれ!」


 美咲の脚を見る。

 彼女が穿いているのは黒のパンストだった。

 タイトスカートとの組み合わせは強烈だ。

 普通に脱ごうとしただけでドスケベワンダーランド。

 性欲を拗らせた童貞には刺激が強すぎる。

 生の太ももが垣間見えただけで爆発しそうになった。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 美咲は大きな岩に座り、好奇心に満ちた目を俺に向ける。


「石打漁は岩と岩をぶつけるものだけど、岩を投げるのには結構な力がいるから、持てない場合は金槌で叩いてもいいよ」


 今回は金槌を使うことにした。

 川に設置してある大きな岩に近づき、渾身の一撃を叩き込む。

 手に振動が走り、水面に波紋が広がった。

 多くの魚ががぷかぷかと浮かび上がる。


「こんな感じだ」


「おー!」


 拍手する美咲。


「あとは浮いた魚を回収するだけ。説明はこれで以上だ。今は石打漁とペットボトルトラップがメインの収入源になっている」


「魔物は倒さないのですか?」


「見かけたら倒すけど、この辺りは少ないから意識していないかな」


 魔物の数は場所によって大きく異なる。

 例えば栗原の拠点があるサバンナには、そこら中に魔物の姿があった。

 グループチャットを見る限り、栗原達の主な収入源になっているようだ。

 一方、俺達の周辺は捜し回ってようやく見つかる程度の数しかいない。

 これでは安定して稼げないので収入源としては不適格だ。


 ちなみに、魔物は倒しても半日程度で復活するらしい。

 どこからともなく現れるそうだ。

 グループチャットでそういう報告が上がっていた。


 俺は岸に上がり、購入したタオルで足を拭く。

 靴下を穿いて靴も履いたら美咲の向かいに座る。

 ――が、すぐに立ち上がり、向かいではなく隣に座り直した。


 スカートの中が見えたからだ。

 半開きの脚からチラチラと、セクシーなパンティーが見え隠れしていた。

 その状態では理性を保って話すことができない。


「結果次第だが、今後は栽培が金策の中心になるかもしれない」


「麻衣さんがプランターでトマトを育てているのでしたっけ?」


「そうそう、なかなか順調のようだ」


 サイトの情報だと、鳴動高校の先人は最終的に栽培で稼いでいた。

 栽培のポイント効率がぶっ壊れていて、日に数千万も稼げたそうだ。

 しかも、作物は種を植えてから3日程度で生長し終えるときた。


 この情報を検証するためにも、麻衣は昨日から栽培に取り組んでいる。

 栽培中のトマトは既に発芽を終えており、伸びた茎を支柱に絡ませていた。

 まだ始めてから24時間すら経っていないのにこの生長ぶりだ。

 今のところサイトの情報通りと言えるだろう。


「二人しかいなかったのに色々と取り組んでいてすごいですね」


「二人だからこそ頑張らないとって思えたのかも。ま、頑張ったのは麻衣であって、俺はオマケみたいなもんだけど」


「そんなことありませんよ。風斗君もよく頑張っています。学校の頃よりもしっかりしていて、顔つきも逞しくなっていますよ」


 美咲が顔を傾けてニコッと微笑む。

 息が掛かるほどの距離にいるからか小っ恥ずかしかった。

 なので、「そ、それより!」と強引に話題を変える。


「美咲の〈ステータス〉を見せてよ」


「ステータス?」


「コクーンで表示できるんだ。スキルレベルが載っている」


 俺はスマホを取り出し、自分の〈ステータス〉を表示。

 こんな感じだよ、と美咲に見せた。


=======================================

【名 前】漆田 風斗

【スキル】

・狩人:2

・漁師:5

・細工師:4

・戦士:2

=======================================


 この時、【漁師】のスキルレベルが5になっていると気づいた。

 レベル5なら【漁師】関連のデイリークエストが発生しているはずだ。


「えっと、私の〈ステータス〉は……」


 美咲が自分のスマホを操作する。

 その間に俺はデイリークエストの状態を確認してく。


 〈履歴〉を見ると、案の定、クリア済みになっていた。

 クエストの内容は魚を5匹獲得することで、報酬は5万pt。

 嬉しい収入だ。


「これですよね?」


 美咲のスマホを見て、「そうそう」と頷く。


=======================================

【名 前】高原 美咲

【スキル】

・戦士:2

・料理人:4

・漁師:2

・細工師:2

=======================================


「どうでしょうか? 私のステータス」


「いくつか気になる点がある」


 俺は【戦士】を指した。


「このスキルは徘徊者を倒した際に習得できるスキルだ。それがレベル2ということに驚いた。美咲も徘徊者と戦っていたんだな」


「はい。拠点の防壁が壊れてしまって……」


「とんでもない勢いで雪崩れ込んできただろ。よく耐えられたな」


「栗原君や他の男の子達が前で戦ってくれたので、どうにか」


「なるほど」


 謙遜しているが、美咲も結構な数を倒したはずだ。

 それなりに戦った麻衣ですら【戦士】のレベルは1しかない。

 少なくとも麻衣よりは敵を倒したということだ。


「他には何が気になりましたか?」


「【漁師】と【細工師】のレベルが2もあることだな。どちらもさっき習得したものだけど、もう2まで上がっている」


「たしか【料理人】のレベルを見た時も驚いていましたよね。私って他の人に比べてレベルが上がりやすい体質なのでしょうか?」


「人によってレベルの上がる速度が変わるとは思えないけどな。グループチャットを見ていてもそれらしい話は聞かないし。たぶん〈相棒〉の効果でレベルが上がりやすくなっているのだろう」


 コクーンにはヘルプやチュートリアルが存在しない。

 それでいて全体的に不親切なので、〈相棒〉の正しい効果は不明だ。


「ま、スキルレベルが思ったよりも高いのはいいことだ」


「ならよかったです」


 ここで話が一段落。

 俺達は静かに川を見つめる。

 せせらぎのおかげで性欲が落ち着いてくれた。

 ぽかぽか陽気に思わず微睡んでしまう。


 その時、美咲が「そういえば」と口を開いた。


「グループチャット、私も見たのですが、とてもいい雰囲気ですよね」


「だなぁ」


 転移してすぐの頃は荒れていたが、今は平和そのものだ。

 多くの生徒が積極的に情報を出し合い、生き抜く為に助け合っている。

 ただ……。


「俺はこの雰囲気がいつまでも続くとは思っていないんだよね」


「どうしてですか?」


「今みたいな雰囲気を作っている理由は二つある。一つは船で脱出したら帰還できることが判明している点。ポイントが貯まれば日本に帰れるので、転移直後ほど絶望的な者はいない」


「もう一つは何でしょうか?」


「まだ争う段階ではないってこと。今は転移して間もないから島の全容を把握できていない。少しでも情報が欲しい状況だし、揉めている余裕がないんだ」


「もう少し落ち着くと揉めやすくなると……」


「可能性は大いにある。ひとたび揉めたら、その後はピリピリした嫌な雰囲気になるかもしれない」


 この島での生活で最も警戒するべき対象は人間だ。

 学校ですら好き放題に暴れる奴がいるというのに、警察や法の縛りがなくなったこの島だとどこまでエスカレートするか分からない。


「そう考えると何だか不安になりますね……」


「火の粉が降りかからないようにする為にも早く脱出したいな」


 美咲と話していて改めて思った。

 この島に長居するべきではない、と。

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