017 転移の条件

 転移の条件は何か――。

 昨夜のグループチャットはこの話題で盛り上がっていた。

 生徒や教師が色々な仮説を出し、それが正しいかを検証していた。


 そして、一つの結論が導き出された。


『昨日の昼休憩の時、校内にいた教師と生徒が転移した』


 もちろん仮説の域を出なかったが、それでも説得力は強かった。

 学校にいなかった者――例えば校長や理事長、欠席した生徒が転移していなかったからだ。


 転移しているかどうかは連絡を試みれば分かる。

 この島にいない人間にはどうやっても繋がらないからだ。

 暇な検証班は、転移したか分からない全員に連絡を試みた。

 その上で出した結論だ。


「学校にいなかったのなら、美咲はどこにいたんだ?」


「3年の矢尾君が体調不良で早退することになったので、家まで送ろうと車を運転していました。ちょうど手が空いていたのでお願いされまして」


 これに「矢尾って……」と麻衣が反応した。


「矢尾って、あのモジャモジャ頭でメガネを掛けている人? 顔色が悪くて、ヒョロヒョロしている」


 美咲は控え目に頷いた。

 教師なので「顔色が悪い」や「ヒョロヒョロ」は肯定しづらそうだ。


「麻衣はその矢尾って3年と知り合いなのか?」


「ううん、栗原の拠点に矢尾って人がいたからその人かなって。Aランクだけど、なんかイジメられていそうな人だったよ」


「よく見ているな」


 他人のことなど全く気にしていなかった。

 あの場にいた人間で覚えているのは数人しかいない。

 麻衣、美咲、由香里、栗原、吉岡……以上。

 残り約45人のことは顔すら思い出せなかった。


「そんなわけで、私はヒールを履いているのです」


 俺と麻衣が「なるほど」と納得して、会話が終了する。

 美咲は再び鼻歌を口ずさみながら料理に集中した。


「運転中に転移した場合、車ってどうなるんだ?」


 麻衣は「さぁ?」と首を傾げる。

 それから右手に持っているスマホへ目を向けた。


「調べてみよっか」


「調べることができるのですか?」


 美咲が食いつく。

 よほど気になるようで目が大きく開いていた。


「転移時の大まかな場所が分かるなら可能だと思う」


「お願いします! 調べてください!」


 美咲が場所を言うと、麻衣はゴーグルマップでその周辺を表示。


「この辺り?」


「そうそう、ちょうどその道路を走っている最中でした」


「走っている最中に運転手が消えたなら間違いなく事故が起きているから、警察のホームページとかで事故の情報を見れば分かりそう」


「えらく手慣れているな……」


「インフルエンサーの前はディープなオタクだったからね、多少の特定技術はあるんだよねぇ」


「おっかねー」


 ふふふ、と怪しげな笑みを見せる麻衣。

 しかし数分後、彼女の表情は険しくなった。


「調べたけど事故は起きていないね」


「すると私の車はどこかに消えたということですか?」


「うーん……」


 頭を抱える麻衣。

 その隣で、俺は動画サイトのYoTubeを開いていた。

 暇なのでアニメを観よう――と、思ったわけではない。

 ライブカメラの存在を思い出したのだ。


 ウチの学校には複数のライブカメラが設置されている。

 カメラは24時間作動しており、YoTubeで誰でも視聴可能だ。

 サイトの仕様上、映像は1日区切りで自動的にアーカイブ保存される。

 その為、昨日以前の映像を遡って視聴することも可能だ。


「あれ?」


 Yotubeを開いてすぐに気づいた。


「なぁ麻衣、これってリアルタイムの配信だよな?」


 駐車場のライブカメラ映像を麻衣に見せる。

 麻衣は画面の右下隅に映る日時を見て「だね」と頷いた。


「私達の学校に警察が集結してるって不思議な光景ー!」


 彼女の言う通り、大量の警察車両が止まっている。

 警察官だけでなく記者らしき人物もちらほら映っていた。

 ただ、俺が気になったのはそのことではない。


「見てほしいのはそこじゃなくて車だよ、この車」


 俺は画面の端に映る真紅のSUVを指した。

 新車の如くピカピカの車だ。

 この車のことは、学校の関係者なら誰でも知っている。


「ああああああ! 美咲の車じゃんこれ!」


 そう、美咲の愛車である。


「本当ですか!」


 美咲は料理を中断して俺のスマホを覗き込む。

 それから、「わぁぁぁぁぁ!」と喜びの声を上げた。


「ねね、なんで美咲の車が駐車場にあるの?」と麻衣。


「どうしてでしょうか?」


「アーカイブで調べてみよう」


 配信を閉じ、前日のカメラ映像を開く。

 再生バーを動かし、時間を昼休憩の開始時に設定。


 3倍速で再生を始めた。

 しばらく時間だけが過ぎていく。


 12時10分に最初の変化が起きた。

 美咲と矢尾が駐車場に近づいてきたのだ。


 矢尾が教室の方を何度も見ている。

 その度に嫌そうな顔をしているが、無音なので理由は分からない。

 たしかにイジメられていそうな雰囲気だ。


 美咲と矢尾は真紅のSUVに乗り込み、そのまま学校を去った。

 それから10分以上、またしても時間だけが過ぎていく。

 生徒や教師がたびたび映るものの、これといった変化はない。

 ただただ退屈な光景だ。


 しかし12時27分、その時は突然やってきた。


「「「あ!」」」


 カメラに映っていた生徒や教師が一斉に消えたのだ。

 集団転移の瞬間である。


 同時に、美咲の車がどこからともなく出現した。

 美咲が車を出す前の位置に、さながら手品のように現れたのだ。


「俺達の転移に合わせて美咲の車も転移していたのか……」


「改めて自分達が超常的な力に巻き込まれていると思い知ったね」


 俺と麻衣の顎は衝撃のあまり外れかけていた。

 一方、美咲は。


「車が無事でよかったぁ!」


 無傷の愛車を見て安堵の笑みを浮かべていた。


 ◇


 昼食の時間。

 俺と麻衣が丸太に座って待っていると、美咲が料理を運んできた。


「気に入っていただけると幸いですが……」


 パイシチューだ。

 持ちやすさに配慮したのか、マグカップを容器として使っている。

 見た目からしてレベルが高く、市販品をも凌駕していた。


「これって本当に美咲が作ったの?」


 驚きに満ちた顔で尋ねる麻衣。

 美咲は「はい」と微笑み、向かいに座った。

 俺達の間には切り株があり、それをテーブルとして使う。


「パイ生地からシチューまで全て手作りです」


「すんごーっ! この時点で私よりも格上!」


 空腹でたまらないので早くも実食へ。

 手を合わせ、「いただきます」の合図で食べ始める。


「熱ッ! でも美味ッ!」


「美味しいぃいいいぃ!」


 俺と麻衣は大絶賛。


「喜んでもらえてよかったです」


「見た目も良くて味もいい。これだけ手が込んでいるなら稼ぎもいいんじゃないか」


「料理の獲得ポイントってクオリティで変動する説あるし気になるー!」


「調べてみますね」


 美咲はマグカップをテーブルに置き、スマホを取り出した。

 俺と同レベルのぎこちない手つきで操作している。

 かと思いきや、眉間に皺を寄せて固まった。


「あの、調べ方を教えていただいてもいいですか?」


 俺は笑いながら「コクーンの〈履歴〉だよ」と答える。


「〈履歴〉ですね。ありがとうございます」


 美咲の指が再び動き出す。


「ありました。えっと、23,539pt入っています」


「嘘ぉ! そんなに入ったの!? 料理一発で!?」


 驚く麻衣。

 美咲はきょとんとした顔で「はい」と答える。


「麻衣は2,000だか3,000ptだったのにな。すごい差だ」


「もしかしたら間違っているかもしれません。確認していただいてよろしいでしょうか」


 美咲からスマホを受け取って確認する。


=======================================

・スキル【料理人】のレベルが4に上がった

・スキル【料理人】を習得した

・料理を作った:23,539ptを獲得

=======================================


「本当に今回の料理で2万も稼いでる……。私は数千だったのに。料理のクオリティでここまで差があるなんて……。私の料理はゴミってことなのね」


 ガクッと項垂れる麻衣。


「まだ分からないぞ。もしかしたらパイシチューが稼げるだけかもしれない。晩ご飯はカレーを作ってもらおう。そうすれば分かるよ。あと、麻衣の料理も普通に美味かったぞ」


 うぅぅと悲しむ麻衣の背中をさすりつつ、美咲にスマホを返す。


「個人的には獲得ポイントよりもレベルの上がり方に驚いたな。一気に4まで上がるなんて」


 スプーンでシチューをすくって頬張る。

 思わず「んふぅ!」と声が漏れるほどの美味しさだ。


「なんにせよ、今後の料理番は美咲で確定だな」


「お任せください!」


 美咲は誇らしげな顔で胸を叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る