016 高原美咲
美咲が力強い口調で言う。
「私も同行します」
俺達よりも他の生徒のほうが驚いている。
特に栗原は目に見えて狼狽していた。
「美咲ちゃんどうしたんだよ! Aランクなのに抜けるのか!?」
「ごめんなさい、栗原君。でも、生徒を二人きりにはしておけません」
「そいつらが望んだことだから気にしなくていいじゃん!」
美咲は「いえ」と首を振る。
続けて何か言おうとしたが、先に栗原が話した。
「美咲ちゃんはいい先生だなぁ。分かったよ、そいつらと行ったらいいさ」
「ありがとうございます。脱退金の30万ポイントは貯まり次第お支払いする形でもよろしいでしょうか?」
「一緒に戦った仲だし脱退金なんか必要ねぇよ。気が向いたらいつでも戻ってきてくれ。ちゃんとAランクとして扱うからよ」
「分かりました。ありがとうございます」
美咲は深々と栗原にお辞儀する。
他の教師とはまるで異なるこの態度こそ美咲の特徴だ。
流石の栗原も牙を抜かれた狼のような有様だった。
「では行きましょう、漆田君、夏目さん」
「いや、俺達は同行を承諾していないのですが……」
「同行します」
丁寧な口調に反して有無を言わせない強引さ。
仕方ないので、「はい」と従った。
「麻衣も行っちゃうの?」
「ここに残りなよー」
美咲の同行が決定すると今度は麻衣だ。
同級生の女子連中が麻衣を囲む。
「私は自分で手に入れた拠点があ……」
麻衣の言葉が止まる。
それから、「ううん」と首を横に振った。
「違う。風斗と一緒にいたいんだよね、私」
「「「――!」」」
場がざわつく。
俺に至っては口をポカンと開けていた。
「え、麻衣と漆田ってそういう関係なの?」
「そういえば麻衣って漆田のこと名前で呼んでるよね」
麻衣は間髪を入れずに「違うよ」と答える。
「違うけど、かけがえのない大切な仲間だからね」
女子連中がキャーキャー騒ぎだす。
俺は麻衣に背を向け、こっそりニヤけた。
だが、その姿を美咲に見られてしまう。
「素敵な青春ですねぇ」
「せ、青春とかじゃないですから! 俺と麻衣はただ仲間ってだけで!」
「それもまた青春の形ですよ」
「だから違うんですって、そういうのじゃ……」
美咲は微笑み、俺は顔を赤くした。
◇
栗原の拠点を発った俺達三人は、寄り道せず自分の拠点に戻った。
拠点に着いたら美咲をギルドに加える。
この時に分かったが、ギルドは掛け持ちできるようだ。
美咲は栗原のギルドから抜けることなく俺のギルドに加入した。
それで栗原のギルドについて疑問を抱く。
脱退せずに他所へ移った場合、脱退金はどうするのだろう。
ま、俺達には関係のないことだ。
「さーて、腹が減ったし昼飯にすっかー」
麻衣が「おー!」と右の拳を突き上げる。
「その前に一つ謝らせてください」
神妙な顔の美咲が、俺達に向かって頭を下げた。
「お二人を脱退の言い訳に使ってしまいました、ごめんなさい」
「どういうこと?」と麻衣。
「生徒を二人きりにはしておけないというのは本当ですが、一番の理由はあそこから抜け出したかったからなのです」
「Aランクなのに? なんで?」
「何となく身の危険を感じまして……」
俺と麻衣は「あっ」と察した。
美咲は、襲われるかも、という危機感を抱いたようだ。
「実際、襲われる可能性は高かったと思いますよ、俺は」
美咲はかねてより多くの男子から口説かれていた。
口説くといっても冗談半分のナンパだ。
ただ、中には「ヤラせて」などの発言をする者もいた。
そういった行為はこの島だとエスカレートするだろう。
今は環境に適応するため必死だが、一段落した後は危険だ。
美咲の判断は正しい。
一方で、栗原のことは少し不憫に思った。
奴の美咲に対する態度は、他の生徒に対するそれとは違う。
別人のように優しく、露骨に贔屓していた。
このことを知ったらさぞ悲しむだろう。
「二人をだしに使ってごめんなさい」
「気にしなくていいよ! それが普通だって美咲先生!」
「俺も麻衣と同意見です」
「ありがとうございます。そう言っていただけて気が楽になりました」
美咲が安堵の笑みを浮かべる。
「それでは、話も済んだことだし……」
俺は残る力を振り絞って声を張り上げる。
「メシにしようぜ! 俺はもう空腹で死にそうなんだ! 午後の活動に備えてたらふく食うぞー!」
「「おー!」」
◇
「え! 料理を作ることでポイントを獲得できるのですか!?」
「料理だけじゃないですよ。漁をしたり果物を採ったり……魔物を倒さなくてもポイントを稼ぐ方法はたくさんありますよ」
「なんとまぁ! 知りませんでした!」
美咲はポイントの獲得方法を全く知らなかった。
グループチャットに参加していないからだ。
転移前、教師は原則としてグループに入っていなかった。
何人かは例外だったが、その中に美咲は含まれていない。
転移後、大半の教師がグループに招待された。
既に参加している教師が別の教師を呼ぶ形で。
しかし、その中にも美咲は含まれていなかった。
誰一人として彼女をコンタクトリストに登録していなかったからだ。
招待しようにもする術がなかった。
これは美咲の公私混同を避ける性格に起因する。
勤務時間外に生徒や教師と関わることが一切なかったのだ。
だから彼女のコンタクトリストには、生徒や教師が登録されていない。
そんな美咲の主な情報源は栗原達の会話だった。
「グループの規模は大きく分けて三つあります」
「三つもですか」
「学校全体、学年全体、同じクラスのみ。部活に入っている生徒なら部活専用のグループもあるのかな。俺と麻衣は帰宅部だからないですけど」
転移後も活発なのは学校全体のグループのみ。
他は通話用に使われることが多く、文字による交流は殆どない。
「美咲先生もグループに加えますね」
スマホに目を向ける。
チャットのコンタクトリストが表示されていた。
高校の関係者は麻衣と美咲、あと由香里しかいない。
「待ってください。グループに加えるのは……」
「嫌ですか?」
「どちらかといえば避けたいです」
「でもグループに入っていないと情報がなぁ」
「だったらチャットの表示名を偽名にして、美咲先生だって分からないようにしたらいいんじゃない? あと、グループに加えるのは風斗じゃなくて私がすればいい。風斗がやったら友達が少なすぎて美咲先生だってバレそうだし」
麻衣の発言に、俺と美咲が「おお」と感心する。
「名案じゃないか! 流石だな、麻衣!」
「でしょー」
麻衣は「ふふふ」とドヤ顔で笑った。
「先生、麻衣の案はどうですか?」
「それなら大丈夫です」
美咲の表示名が「高原美咲」から「チェン@シゲLOVE」に変わった。
「これなら絶対にバレないけど……何この名前!?」
麻衣が笑いながら美咲をグループに加えた。
「チェンは大学時代のあだ名で、シゲはペットの名前です」
「美咲先生ってペット飼ってるんだー! 犬? 猫? 私は犬派!」
「ハリネズミです」
美咲は笑顔で答え、俺達にペットの写真を見せてくれた。
愛されているのがよく分かるハリネズミだ。
怒って威嚇している姿ですら可愛くて頬が緩んでしまう。
「この子がシゲかー! 可愛い!」
「正しくはシゲゾーです。可愛いですよね。私の大切な家族です」
「いいなー、ハリネズミ! 私も飼いたいと思ったことあるんだよね! シゲゾー君は何歳? 性格はどんな感じ?」
麻衣がシゲゾーについて質問攻めにする。
美咲は嬉しそうに答えていく。
(そういえば美咲って年齢以外は謎に包まれているんだよな……)
美咲は自分のことを一切話さない。
プライベートに関する質問は全てはぐらかしていたのだ。
だから、ペットの話をしている彼女の姿はとても新鮮だった。
「ところで、料理を作るとポイントを獲得できるのですよね?」
「うんうん! 昨日、
「だったら今回は私が作ってもいいですか? こう見えて私、料理の腕には自信があるのです」
自分の胸を叩く美咲。
大きな胸がその手をボインと跳ね返し、ブラウスのボタンが悲鳴を上げる。
俺は「おほっ」とニヤけて凝視し、そんな俺の後頭部を麻衣が叩いた。
「じゃあ今日の料理は先生にお願いしよっかな! 風斗もそれでいいよね?」
「麻衣が納得しているならかまわないよ。俺、料理にはノータッチだし」
「オーケー! 先生、調理するのに何が必要? 用意するよー」
「それでは……」
美咲の要望に応じて、俺達は拠点に調理環境を構築した。
といっても、安い木材を加工したその場しのぎの即席キッチンだ。
調理器具も安物で済ませている。
ただ、オーブンレンジだけは高くついた。
費用の総額は約5万ptだが、その内の3万をオーブン代が占める。
このオーブンを買ったおかげであることが分かった。
なんとコクーンで買える電化製品は電力を必要としないのだ。
プラグをコンセントに挿さなくても動く。
そもそもケーブルやらプラグといった物が付いていなかった。
スマホの充電は常に100%だし、電力面の快適さは病み付きになりそうだ。
「ふんふんふーん♪」
美咲は鼻歌を口ずさみながら上機嫌で料理を作っている。
その動きには淀みがなく、手慣れていることが見て取れた。
「先生っていつから料理しているんですか?」
気になったので尋ねてみた。
「たぶん小学生の頃からだと思います。その頃は母の手伝いとしてですが」
美咲が「それよりも漆田君」と話題を変えた。
「私のことは美咲と呼んでください。敬称や敬語は不要です」
「先生なのに!?」
「えー、風斗だけ!? 私はダメー?」
「もちろん夏目さんもですよ」
「じゃあ美咲って呼ぶねー! 私のことも麻衣って呼んでね!」
「分かりました。漆田君、いえ、風斗君もいいですね?」
「せんせ……美咲がいいならかまわないけど、でも、なんで?」
「ここは学校ではありませんし、教師・生徒の関係ではなく対等な仲間として接して欲しいからです。現にこの場のリーダーは私ではなく風斗君なわけですから」
「なるほど、そういうことなら遠慮無く」
美咲は「はい」と微笑んだ。
「それで美咲、質問なんだけど、ど……」
言葉が詰まる。
いきなりタメ口で話すのは難しかった。
徐々に慣れていこう。
「失礼、呼吸が乱れた」
「いや、いきなり呼吸が乱れるとか意味分からんし」
麻衣がケラケラと笑う。
俺は再び「失礼」と言ってから話を戻した。
「美咲はどうしてヒールを履いているの?」
「「え?」」
美咲と麻衣の視線が、全く同じ速度で美咲の足下に向かう。
「本当だ! 美咲、黒のヒールじゃん! 今気づいたよ!」
「何かおかしいですか?」
「集団転移が起きたのは昼休憩の時だから、普通は職員室なり食堂なりで昼ご飯を食べているはず。となれば、教師が履いているのは室内用のスニーカーだ」
転移後に履き替えたとは考えづらい。
こんな環境で歩きにくいヒールを選ぶ奴なんていないだろう。
だから美咲のヒールには強烈な違和感を抱かざるを得なかった。
「実は……この島に転移した時、私は学校にいなかったのです」
「マジで? 学校にいなかったのに転移したの?」
「はい」
美咲の履いているヒール以上に衝撃を受けた。
転移時に学校にいない――。
それは、グループチャットで言われている『転移の条件』に反していた。
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