第二章:計画

015 他所の説明を聞いてみた

 3年の栗原が指定した場所が近づいてきた時、俺達は驚いた。


 そこは森ではなく草原だったのだ。

 いや、サバンナと呼ぶほうが適切かもしれない。

 とにかく開けた地帯だ。


「〈地図〉にサバンナなんかあったか?」


「なかったと思うけど……」


 森を抜けたところで止まり、〈地図〉を確認。

 案の定、周辺の森と差別化されていなかった。

 そのためアプリ上では森が続いているように見える。


「ゴーグルマップと違って本当にへっぽこだな、コクーンの地図アプリは」


「こういう場所が他にもありそうだね」


 なんにせよ見渡しがいいのはありがたい。

 おかげで魔物の姿がよく見える。

 ゾウやキリン等を模した奴等が跋扈していた。


「目的地はあそこだな」


 遠くに二つの洞窟が見える。

 仲良く連なっていて、その前には数十人の生徒。

 誰かが指示したのかマウンテンバイクが綺麗に並んでいた。


「行くか」


「うん!」


 周囲の魔物に警戒しつつ洞窟に近づく。

 ようやく到着すると、そこにはまずい人物がいた。


「おっ、雅人じゃん!」


 俺に向かって「よっ!」と手を上げる男――3年の吉岡だ。

 彼は俺の名前を牛田雅人と思い込んでいる。


(やべっ! すっかり忘れていたぜ、吉岡のこと)


 事前に吉岡の存在を覚えていたら来なかった。

 何せこの場には3年だけでなく2年もいるので――。


「漆田じゃん!」


「マジで漆田が麻衣と一緒にいるし! どういう組み合わせ!?」


 一瞬にして嘘がバレてしまうのだ。

 吉岡は「漆田?」と首を傾げた後、ハッとした。


「え? お前って牛田雅人じゃ?」


「雅人じゃなくて風斗だよ、吉岡。俺は漆田風斗」


 何食わぬ顔で言ってのける俺。


「マジ? 前に会った時は牛田雅人って言ってなかった?」


「響きが似ているから聞き間違えたんじゃないか?」


 苦しいがこれで通すしかない。


「マジかぁ。すまん! 間違って覚えていたわ!」


 吉岡の仲間達も、口々に「俺も雅人だと思った」と続く。


「皆が聞き間違えているってことは俺の滑舌が悪かったんだろう。むしろ誤解させてすまなかった」


「いや、いいよ、気にすんな」


 吉岡は会話を切り上げ、他の連中と話し始めた。

 俺はホッと胸をなで下ろす。


(どうにか切り抜けることができた)


 吉岡達が過去の会話を振り返ったら、俺が意図的に偽名を名乗っていたと一発で分かる。

「拠点を持っていない」と嘘をついていたからだ。


(やっぱり嘘ってのはつくもんじゃねぇな)


 この一件を肝に銘じて正直者としての道を歩もう。

 そう心に誓った。明日には忘れていると思うが。


(それにしても視線を感じるな……)


 マウンテンバイクを皆と同じように止めて周囲を窺う。

 視線の主は金髪美人の弓道部部長こと弓場由香里だった。


「………………」


 由香里は何も言わずにジーッと俺を見ている。


「ど、どうも」


 とりあえず挨拶しておく。

 由香里の返事は「うん」だけだった。


(何か話したほうがいいのかな?)


 麻衣に相談しよう。

 と思ったのだが、それは無理だった。


「漆田と二人で何かあったー?」


「あるわけないじゃん! だって漆田だよ?」


「だよねー! 徘徊者戦で漆田を救ったんでしょ?」


「死にそうになってたから強引に万能薬を飲ませてやったよ」


「なにそれウケる。漆田より麻衣のほうが強いじゃん!」


「そりゃインフルエンサーですから!」


「それ関係ある?」


「「きゃははは!」」


 麻衣は早くも他の奴等と打ち解けていた。

 同級生とは気さくに話し、1年や3年とは記念撮影をしている。

 まるでスターだ。


(あれで上辺だけの付き合いなのか……)


 とても信じられなかった。

 麻衣の演技はプロ級で、俺には楽しそうにしか見えない。


「風斗」


 突然、由香里に名を呼ばれた。

 いきなりだったので「はひっ」と変な声が出る。


「どうかしたの?」


「実は……」


 由香里が何か言おうとする。

 しかし、その時――。


「そろそろいいだろう」


 と、洞窟から男が出てきた。

 ドレッドヘアが特徴的な男で、身長は190cmを超える大柄。

 髪型もさることながら目つきが悪く、さらに筋肉質なので威圧的だ。

 こういう機会でもなければ生涯無縁の人物である。


「俺がグルチャで呼びかけた3年の栗原だ」


 大男が自分の胸に右手を当てて話す。

 彼の後ろには7人の生徒と担任の高原美咲がいた。


 俺を含む男子の視線は、栗原よりも美咲に向いている。

 彼女の身長はどの生徒よりも低い140半ばで、髪は黒のロング。

 実年齢が23歳と若い上にロリ顔なので、そこらの生徒よりも子供っぽい。

 白のブラウスに黒のタイトスカートという格好により辛うじて教師と分かる。

 服をぶち破りそうな豊満な胸は、男子の目を釘付けにしていた。


「時間になったしギルドの説明をしていくぞ」


 栗原は親指で背後の洞窟を指した。


「俺達は幸いにも二つの洞窟を押さえている。せっかく二つあるのだから、片方を女子用、もう片方を男子用として使うつもりだ。ジェンダーレスっていうのか? 昨今のそういう考えにはちょっと反してしまうかもしれないが、やっぱり女子からすると知らない男子と同じ拠点ってのは不安だと思うんだ」


 悪くない考えだ。

 多くの女子から喜びの声が上がる。

 中には「素晴らしい」と拍手している者もいた。

 男子のほうは何も言わないが、不満そうな者がちらほら。


「日中の活動は基本的に自由だ。ギルメンに声を掛けて狩りに出かけたいならそうすりゃいいし、一人で過ごしてくれたっていい。俺達が求めているのは夜に出てくるヤベー奴、えーっと……」


 栗原が「何だっけ?」と後ろの男子に尋ねる。

 男子が「徘徊者」と小さく答えた。


「それだ! 徘徊者との戦いだけ協力してほしい。これだけ人数がいるならローテーションを組んでやっていけるだろう。今の人数だと二日に一回の頻度で徘徊者と戦ってもらうことになる」


 栗原や彼の後ろにいる生徒や教師を除くと、この場には42人いる。

 二日に一回ということは、約20人に分けて戦うわけだ。

 洞窟は二つあるので10人ずつ配置するつもりだろう。


 この点も異論は出なかった。

 洞窟の通路は狭いので多すぎると邪魔になる。


「なぁクリ、ちょっといいか?」


 吉岡が手を挙げた。

 クリと呼ぶくらいだから親しい間柄なのだろう。


「どうした?」


「戦うのは俺達だけか? クリや後ろの拠点確保組は戦わないのか?」


「もちろん戦うぜ、俺達Aランクもな」


「Aランク?」


「ちょうど説明するところだった」


 栗原は咳払いをしてから続きを話した。


「俺達はランク制を採用するつもりだ。拠点を手に入れるのに戦った奴等は俺を含めてAランク。お前達はBランクで、明日以降に参加したメンバーはCランクだ」


「ランクによって何が変わるんだ?」


「上納金の額と徘徊者戦の参加頻度だ。Bランクのメンバーには拠点の維持費を負担してもらう。維持費は2万だから一人当たり500ほどギルド金庫に入れてもらうことになる。Cランクは一律1万だ」


 これも妥当な条件。

 というより、Bランクの上納金なんてあってないようなものだ。

 問題は徘徊者戦の参加頻度だろう。


「徘徊者戦に参加するAランクは1日一人だけだ。Aランクの人数は10人だから10日に1回だけ戦うことになる」


 Bランクが2日に1回なのに対し、Aランクは10日に1回の参戦。

 不満そうな生徒もいるが、個人的にはそれほど気にならない。

 むしろ「思ったより優しい条件だな」というのが率直な感想だ。

 俺が栗原の立場ならもっと厳しい条件を課していた可能性が高い。


「あとギルドの加入・脱退は自由だ。合わないなら抜けてくれていい。ただ、脱退する時は脱退金として30万ptを支払ってもらう」


 これには動揺が走った。

 しかし、ここでも文句を言う者はいない。


「他に何か質問は?」


 すかさず吉岡が「いいか?」と挙手。

 栗原が頷くと彼は言った。


「拠点の拡張は好きにしてもいいのか?」


「もちろん。ただ、拡張に必要なポイントは自分で負担してもらうがな」


 ここで栗原が「あー、そうだった」と何かを思い出す。


「あえて言う必要もないと思うが一応言っておく。ギルドの方針はAランクのメンバーが話し合いで決める。決定に異論は認めず、必ず従ってもらう。場合によっては、今後、色々と条件が変わるかもしれない」


「それってつまり、上納金の額を引き上げる可能性もあるってことか?」


 誰もが気になったであろうことを尋ねる吉岡。

 栗原は即座に「それはない」と断言した。


「Bランクの上納金は拠点の維持費を頭数で割った額で固定だ。ここは絶対に変えないと約束しよう。Cの上納金は状況に応じて弄るけどな。それとランクの変動はないから安心していいぞ。お前らはずっとBだ。たとえ俺が気に入らないと思っても、それを理由にCに落とすことはない」


「そういうことなら問題ない」


 吉岡は納得したようだ。


「他に何かあるか?」


 栗原が皆の顔を見る。


「一ついいかな?」


 手を挙げたのは俺だ。


「いいぞ。でもその前に名前と学年を教えてくれ。知らない顔だ」


「俺は二年の漆田風斗」


 栗原の目がカッと大きく開いた。

 分かり易く驚いている。


「お前があの漆田か」


 どの漆田かは分からないが、どうやら俺は有名人のようだ。

 転移前はクラスメートですら名前を忘れがちだったのに。


「漆田、お前のことは知っている。有益な情報を色々と教えてくれて助かったよ。万能薬のおかげで俺や仲間が死なずに済んだ。感謝している」


「それはよかった。ま、俺じゃなくて麻衣の発見なんだけど」


 麻衣が「えへへ」と後頭部を掻く。


「で、質問はなんだ?」


「お試し期間を設けたほうがいいと思うんだ」


「お試し期間?」


「ギルドに合うか合わないかは参加してみないと分からない。だが、現状では脱退するのに脱退金として30万が必要になるわけだから、一度参加すると易々とは脱退できない。自由に脱退できるといっても、これではちょっとな」


「それでお試し期間を作れと」


「1週間程度のお試し期間を設けて、その間は脱退金不要で脱退できるようにしたらいいと思う。その方が参加する側にとっては安心できる」


 多くの生徒が賛同した。

 栗原の威圧的なビジュアルもあって、内心では不安な者が多いのだろう。


 一方、栗原は――。


「貴重な意見をありがとう。だが、方針を変える気はない。そんなに不安なら参加しなければいい。俺達は別に強制しているわけではない。だろ?」


 そう言われると返す術がない。

 俺は「まぁな」と答えて話を終わらせた。


「他に質問は?」


「「「…………」」」


 誰も反応しない。


「なら説明はこれで終わりだ。ギルドに入りたい奴は残り、そうじゃない奴は去ってくれ」


 一気に場が動き出す――と思いきや、誰も動かなかった。

 皆はギルドに入るようだ。

 いくら不安でも拠点にありつけるのは大きいと判断したか。

 栗原の威圧的な見た目も、徘徊者と戦うなら頼もしい。


「風斗、どうする?」


 麻衣が駆け寄ってきた。


「決まっている――帰るぞ」


「だよね」


 脱退に30万も取られる以上、一時加入で様子を見ることはできない。

 俺達はこの場から去ることにした。


 麻衣と共にマウンテンバイクへ向かう。

 栗原と目が合ったので会釈しておいた。


 相手は「ふん」と鼻を鳴らして無視。

 不安を煽るような質問をしたので嫌われたようだ。


「帰ったらメシにしよう。腹が減った」


「今日は風斗が作ってよ」


「えー」


 話しながらマウンテンバイクに跨がる。

 すると、そこへ――。


「待ってください」


 担任教師の高原美咲が近づいてきた。

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