014 第一章 エピローグ
幻覚を見ているのかと思った。
しかしそれは幻覚ではなく現実だった。
麻衣は自らの唇を俺の唇に重ねたのだ。
「んぐっ……」
何やら流れ込んでくる。
只のキスではなく口移しだった。
「辛いと思うけど飲んで」
口移しを終えると、麻衣は俺の口を手で押さえた。
強引に飲ませるつもりのようだ。
何が何やら分からないが言われた通りにする。
辛うじて感覚の残っている喉を動かして液体を飲み込んだ。
「ちゃんと錠剤も飲んだ?」
液体の中には錠剤も含まれていたようだ。
今の俺には錠剤を飲めているのか分からない。
だから口を開いて見せた。
「飲んでるね」
麻衣は不安そうな顔で俺の頬を撫でる。
「麻衣……何を……」
「薬。〈ショップ〉で買ったの。何でも治す万能薬。これで風斗が回復しなかったら詐欺だよね」
俺は口角を上げた。
「薬でこの怪我が治るわけ……」
言葉がそこで止まる。
体感で分かる程に元気が溢れてきたのだ。
全身の痛みが消えていく。
「風斗の傷が消えていく!」
麻衣がそう言った頃、俺は動けるようになっていた。
ひょいと体を起こして立ち上がる。
「おいおい、マジで治っちまったぞ!?」
「すごっ! 万能薬すごっ!」
現代医学も腰を抜かす薬効だ。
俺達は通販番組の外国人みたいな驚きようで大興奮。
「本当にもう大丈夫なの? 痛いところとかない?」
「大丈夫だ! むしろ絶好調とすら言えるぞ!」
子供のように意味もなく跳ねまくる俺。
麻衣は安堵の笑みを浮かべた。
「よかった……本当によかった!」
「万能薬を試すとはすごい機転だ。おかげで九死に一生を得たよ。ありがとう麻衣!」
思わず麻衣に抱きつく。
彼女は体をビクッと震わせた後、俺の背中に両手を回した。
「な、仲間だからね、私達。当然でしょ、このくらい。それよりもういいでしょ。いつまで抱きついてるの!」
「わりぃ」
「……あと、口移しで飲ませたことは誰にも言っちゃダメだからね!」
顔を赤くして言う麻衣。
「分かってる」
そう返す俺の顔もおそらく赤い。
「とにかく無事でよかった。あ、風斗は英雄ぽい最期を遂げられなくて残念だったかな?」
「ぐっ……! そこは触れないでくれ。
麻衣は「あはは」と愉快気に笑う。
それから、真剣な表情で俺の目を見て言った。
「風斗、かっこよかったよ。私にとっては最高の英雄だった」
「え? 今、なんて?」
「なんでもなーい♪」
そんなこんなで、俺達は初日最後のイベントをどうにか乗り切った。
◇
徘徊者を倒してもポイントを得られる――。
グループチャットに上がっていた情報は本当だった。
ポイントはノーマルタイプ1体につき500pt。
わざわざノーマルと書いているのだから別のタイプもいるのだろう。
ただ、俺達が倒した徘徊者は例外なくノーマルタイプだった。
人型から犬型まで一律で500ptだ。
また、徘徊者戦は相棒システムが適用されないと分かった。
俺と麻衣で〈履歴〉のログが異なっていたのだ。
俺のほうがたくさん倒したので、それだけ多く稼いでいる。
徘徊者を倒すと習得できる【戦士】のレベルにも差があった。
俺は2だが、麻衣は1だ。
今回の徘徊者戦で約10万ptを稼いだ。
そのお金で共用の浴室を設置。
さっそくシャワーで体を洗い、再び就寝タイム。
徘徊者戦が終わったので、一緒に寝る理由は残っていなかった。
「夜這いしたかったらしてもいいよ? もう夜明けだけど」
そう冗談ぽく言って、自分の部屋へ向かう麻衣。
俺は本当に夜這いしようか悩んだが、疲れているのでやめた。
疲労を言い訳にしているけれど、おそらく今後も手を出せないだろう。
我ながら根性無しだと思った。
◇
朝、拠点前にて――。
「グループチャットは落ち着いてきた?」
「徘徊者が消えてから数時間も経ったし流石にな」
麻衣が朝ご飯の準備を進める中、俺は丸太に座ってスマホを確認。
グループチャットで他所の状況を調べていた。
「万能薬の情報が役に立ったようだぞ」
「おー、私ってば目の付け所が違いますなぁ!」
「ははは、そうだな」
徘徊者戦が終わってすぐは酷かった。
拠点勢は防壁を突破され、樹上勢は木を倒されるなどして死傷者が続出。
被害は甚大で、余裕そうにしている者は殆どいなかった。
そんな中、俺達は万能薬の効き目が凄いことを皆に教えた。
俺もそうだが、万能薬で外傷まで治ると思っている者は皆無だった。
だから、この情報によって多くの重傷者が救われた。
これが転機となり、グループチャットの雰囲気が徐々に明るくなった。
「万能薬は文字通り万能だけど、それでも限度があるみたいだ」
「そうなの?」
「徘徊者に食いちぎられた腕や脚は復活しないらしい」
「食いちぎられたって……怖ッ」
「ただ傷口自体は一瞬で塞がるから、万能薬を飲めばとりあえず生き延びられる」
「でも腕や脚を失うのって辛いよね……」
俺は「だな」と頷き、話題を変えた。
「今後の方針だけど、徘徊者戦を経て心境に変化はあったか? 例えばメンバーの数をドカッと増やしたいとか」
「んー、特にないかな。二人だと不安だけど、人を増やしすぎてもそれはそれで嫌だと思うんだよね。だからちびちび増やしていけるのが理想」
「同感だ。なら俺達は変化なしってことでいいな」
「他所は違うの?」
「メンバーの募集に消極的だった拠点勢の多くが方針を転換しているよ。徘徊者戦は頭数が物を言うからな」
「なるほどねぇ」
「そういや麻衣の友達は誘わなくていいのか?」
「友達?」
「俺はともかく麻衣は友達が多いだろ。学校じゃいつも囲まれているし。全員とはいかないだろうが、近くにいそうな友達を探して誘ってみるのはどうだ? 麻衣の友達なら俺も安心できる」
麻衣は儚い笑みを見せた。
「私、友達なんていないよ」
「いやいや、いつも皆と仲良くしているじゃないか」
「あれは上辺だけの関係だよ。友達っていうより只の知り合い。皆、私じゃなくて私の影響力が目当てなんだよね」
「そうなのか?」
「私と一緒にいる姿をSNSに上げたらチヤホヤされるからね。だから私には友達なんていないので、誘う相手もいない!」
どう言えばいいのか分からずに黙る俺。
麻衣は気にしない様子で作業を進めていく。
「じゃあさ、俺は?」
「ん?」
「麻衣にとって俺は友達になるか?」
「風斗にとって私はどう? 友達?」
「そのつもりだ。高校で唯一の友達であり、大事な仲間だ」
「私にとっても同じだよ。だから、私を残して先に死なないでね」
「あ、ああ、分かったよ、気をつける」
麻衣は「よろしい」と優しく微笑んだ。
なんだか嬉しかった。
◇
朝食が終わると、俺達は川に向かった。
今後に備えてポイントを稼ぐためだ。
現在の手持ちは2人合わせて約17万。
この内10万は防壁の強化で消費する予定だ。
となれば、自由に使えるのは7万しかない。
あまりにも心許ない額だ。
それに、試したいことがあった。
「まさか高校生にもなってコイツを作ることになるとはな」
「私は今回が初めてだよ。バリバリの都会っ子だからね」
川に着くとペットボトルトラップの製作に取りかかった。
緑豊かな田舎に住む子供なら夏休みに作ったことがあるはずだ。
俺もその類だった。
ペットボトルトラップの作り方は簡単だ。
1.5ないしは2リットルのペットボトルを用意し、飲み口を切り落とす。
切断した飲み口を逆さにしたら、ボトル本体に差し込んで固定。
あとは適当な針でボトルの側面に穴をいくつか開けたら完成だ。
ゆっくり作業しても数分で作ることができる。
設置方法も簡単だ。
ボトルの中に餌を入れたら川に沈めて放置するだけでいい。
しばらくしてから引き上げると小魚やらが入っている。
もっとも、この島の川魚相手に上手くいくかは分からない。
だが試してみる価値はあった。
「こんな感じでいいの?」
「いいんじゃないか、たぶん」
「たぶんかい!」
「俺も詳しいわけじゃないんでな」
ペットボトルトラップを作っていると心が躍った。
材料費が200ptなのに対し、作ると約300ptも得られるからだ。
そう、作れば作るだけ黒字である。
ついでに【細工師】のレベルが上がるのもありがたい。
おかげで俺の【細工師】はレベル3になった。
レベルが上がると獲得ポイントが増える。
それがまたモチベーションを高めてくれた。
「数はこのくらいでいいだろう」
「上手くいくといいねー」
手分けしてペットボトルトラップを設置していく。
放置している間に流されないようボトルの中に石も入れておく。
さらに側面の穴に紐を通し、川辺に設置した重石に括り付ける。
「次は漁だな」
「風斗に任せた!」
麻衣は大きな岩に座ってスマホをポチポチ。
俺は「はいよ」と苦笑いで答え、石打漁を始めた。
「せいやっ!」
勢いよく放り投げた岩が、昨日設置した岩にぶつかる。
周囲の魚が失神して浮かんだ。
「麻衣、回収の時間だぞ」
「ごめん、ちょっと一人でやってもらっていい?」
スマホを見たまま答える麻衣。
何やら忙しいようだ。
「あとで埋め合わせしろよー」
「ほいほーい」
たも網を使って川魚を捕獲していく。
毒々しい色の魚も見慣れると何も思わなかった。
「終わったぞー」
「お疲れ様!」
「石打漁は俺が一人で完遂したけど、そっちにもポイントが入るのか?」
「今〈履歴〉を見たけど入ってないねー。ペットボトルトラップの製作費は共有されているけど」
「同じ作業をする必要があるんだな。近くにいるだけじゃダメなんだ」
「だね」
麻衣は岩から下りると、スマホを俺の足下に向けた。
「頑張った風斗君にご褒美をあげよう!」
次の瞬間、ピカピカの運動靴が召喚された。
「買ったのか」
「只の靴じゃないよ! ちょっとお高いやつで2万もした!」
「高ッ! 安いのだと5,000くらいであっただろ」
「この島で生活するなら靴はケチらないほうがいいと思ってね」
「たしかに」
今までずっと上履きだった。
そのせいで砂利道を歩くだけでも足の裏が悲鳴を上げていた。
「それにしても奮発したな」
「臨時収入があったの」
「臨時収入?」
「なんかデイリークエストが発生していたらしくて、その報酬で5万も入ったんだよね。たぶん風斗のほうも発生しているんじゃない?」
「マジか」
すぐさまスマホを取り出して確認する。
しかし、〈履歴〉を見てもそれらしいポイントは見当たらない。
〈クエスト〉も確認したが、デイリークエストなど書いていなかった。
色々と調べるが結果は変わらず。
分かったのは石打漁によって【漁師】のレベルが3に上がったことだけだ。
「デイリークエストの報酬はいつ入ったんだ?」
「たぶん風斗が石打漁を始める直前だと思う」
「ペットボトルトラップを作り終わった頃か。クエストの内容は?」
「道具を作る……って、分かった! スキルレベルのせいだ!」
麻衣がスマホを見せてきた。
=======================================
【内容】道具を 5個 製作する
【条件】細工師のスキルレベル 5 以上
【報酬】50,000pt
=======================================
「なるほど、そういうことか」
「さっきのトラップ作りで【細工師】が5に上がったみたい」
「昨日1人で槍を作ったのが役に立ったわけだな」
「そんなわけだから靴は私の奢りってことで!」
「サンキュー!」
さっそく買ってもらった靴を履いてみた。
「うおおおお!」
履いた瞬間に効果が分かる。
歩くまでもなく足への負担が大幅に軽減された。
歩くとさらに感動した。
砂利の上を歩いても何も感じない。
にもかかわらず裸足でいるかのような軽さだ。
「こいつはすげぇ!」
「見てたら私も欲しくなっちゃった」
ということで、麻衣は自分用の靴を購入。
そして――。
「なにこれ! 軽すぎなんだけど!?」
俺と同じように興奮した。
「いやぁ、やばいなこれは! これならマウンテンバイクに頼らずとも遠くまで行けそうだ。まぁ行けそうなだけで、マウンテンバイクのレンタルは続けるけどな!」
麻衣は「あははは」と愉快気に笑うも、すぐに表情を正した。
「遠くまで行けるってので思い出したんだけど、グループチャットで集まらないかって呼びかけている人らがいるじゃん?」
「徘徊者対策で複数のチームが合流しているようだな」
「その内の一つ、栗原って人の呼びかけなんだけど、ここからチャリで1時間程度の距離なんだよね、合流地点」
「わざわざ言うってことは栗原と合流したいのか?」
「様子を見に行ってもいいんじゃないかとは思う。美咲先生がいるみたいだし、相手も拠点持ちだからね。拠点があるなら私達の拠点を奪おうとは画策しないでしょ?」
美咲先生とは俺達の担任教師のこと。
新米教師ながら生徒からの人気が非常に高い。
「ま、そういうことなら行ってみるか。合わなかったら抜ければいいだけだしな。近くで活動している連中のことを知るいい機会になりそうだ」
「それ! 私が言いたいのはまさにそれ!」
「そうと決まれば今すぐ出発だ。座標を教えてくれ」
「ほーい」
麻衣から聞いた座標を〈地図〉に打ち込む。
目的地を頭に叩き込んだらマウンテンバイクに跨がった。
「ヘルメットは被ったな? 行くぞ」
「被ってないけど行きまーす!」
不安と期待が渦巻く中、俺達は森の中をかっ飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。