013 死を覚悟する
麻衣と作った門扉はあっけなく壊された。
苦労して作ったのに数秒でオシャカだ。
徘徊者の群れがフェンスまで迫ってくる。
防壁が崩壊してから目の前に来るまで10秒もかからなかった。
その僅かな間、俺は妙に冷静だった。
まずは素早くフェンスの状態を確認。
フェンス自体は鉄製といえどもそう重くない。
先程麻衣がしたように、ブロックから抜けば軽々と動かせる。
大事なのはブロックだ。
コンクリートで作られていて結構な重さがある。
それを何段も積んでいるので、そう易々とは動かない。
(フェンスの脚はブロックに挿してある。これなら大丈夫なはずだ)
深呼吸する。
「来るよ! 風斗!」
「おう!」
俺はフェンスの隙間から槍を伸ばして迎え撃つ。
「グォオオオオオオオオオオ!」
一体の徘徊者が避けることなく槍に突っ込んだ。
穂先が顔面に突き刺さると、血を流すことなく消えた。
即死だったせいか大した手応えはない。
グループチャットの情報通り単体ならクソザコだ。
だが、相手は単体ではない。
先頭の集団が勢いよくフェンスに体当たりする。
洞窟内にガンガンと激しい音が響いた。
それでも――。
「よし! 止まったぞ!」
相手はフェンスを突破できなかった。
網目に顔や体を食い込ませるほど密着した状態で止まっている。
フェンスは横幅いっぱいに設置しているので隙間から抜けることもない。
「今度はこっちの番だ!」
フェンス越しに槍で突いていく。
人型から犬型まで漏れなく一突きで即死だ。
「私も加勢しようか?」
麻衣は左手にスマホ、右手に槍を持って待機している。
彼女の任務は〈マイリスト〉を使ったフェンスの高速修復。
ただ、現状を見る限り修復の必要はないだろう。
「頼む! 一緒に倒そう!」
「分かった!」
麻衣はスマホを懐に戻して隣に立つ。
「うりゃー! えいっ、えいっ!」
「オラァ!」
二人でブスブスと敵を突いていく。
「本当にあっさり死ぬね、こいつら」
「それに馬鹿だからどうにかなりそうだ」
徘徊者の何割かは自分から槍に突っ込んで死んでいる。
この頭の悪さと死んだら消える性質は何かと活かせそうだ。
ただ、そのことを詳しく考えるのは4時になってからにしよう。
いくらフェンスで耐えられているとはいえ、今は生きた心地がしなかった。
「もうそろそろ終わる頃か!?」
俺が尋ねると、麻衣は攻撃を止めてスマホを確認した。
「ううん、まだ3時40分!」
「あと20分もあるのかよ!」
敵が雪崩れ込んできてから10分しか経っていない。
体感では30分どころか1時間近く経過しているというのに。
「麻衣、コンクリブロックは大丈夫か?」
「大丈夫! ヒビすら入っていないよ!」
「流石は既製品だ、耐久度が違うな!」
その後も俺達は懸命になって戦った。
減る気配のない敵に絶望しながら。
「こいつら、マジで無限に湧いてきやがるな」
「本当に! キリがない!」
おそらく残り数分で戦いが終わるだろう。
というか、そうでなければ俺達の命が終わる。
既に体力が底を突いていた。
喉はカラカラで、全身は汗まみれ。
肉体・精神共に限界を超えていた。
「麻衣! 時間は!?」
「あと3分!」
「お願いだから4時になったら消えてくれよ!」
最後の力を振り絞る。
それは敵も同じだ。
「「「グォ」」」
徘徊者に変化があった。
一瞬、ピタッと止まったのだ。
「「「グォオオオ……」」」
統率された動きで後退していく。
そのまま撤退するのだろうか。
と思ったその瞬間――。
「「「グォオオオオオオオオオオオオオ!」」」
足並みを揃えてフェンスにタックルしてきた。
その衝撃は凄まじかったが、ブロックはびくともしていない。
――が、フェンスは耐えきれなかった。
ブロックに挿している脚の部分が折れたのだ。
外からでは見えない部分にダメージが蓄積されていた。
「まずい! 倒れてくるぞ!」
脚を失ったフェンスなど鉄の板に過ぎない。
敵の群れに押されてこちらへ倒れてきた。
このままだと二人仲良く下敷きになってしまう。
「逃げろ!」
俺は咄嗟の判断で麻衣を突き飛ばした。
彼女だけでも逃がさねば。
「ぐはあッ!」
フェンスの下敷きになる俺。
その上に次から次へと徘徊者が群がってくる。
重すぎて自力でどうにかすることはできない。
「風斗!」
麻衣の悲鳴が響く。
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
徘徊者は口を開け、俺を喰らおうとしている。
フェンスがそれを防いでいるが、もはや死ぬのは時間の問題だ。
「逃げろ麻衣!」
「でも……」
「いいから逃げろ!」
麻衣は目に涙を浮かべたまま後退する。
――否。
「逃げないよ! 私!」
なんと槍を構えて突っ込んできた。
「何してんだ! 俺と違ってフェンスがないんだぞ!」
「かまうもんか!」
まさにヤケクソ、捨て身の特攻だ。
「うりゃああああああ!」
麻衣が渾身の突きを繰り出す。
だが、攻撃が当たるまさにその瞬間――。
「「えっ」」
――徘徊者の群れが一瞬にして消えた。
「もしかして……」
麻衣がスマホを確認する。
「やっぱり! 4時になってる!」
鳴動高校の時と同じで、徘徊者は4時になると同時に消滅した。
「やったね、風斗! 私達の勝利だよ! ざまぁみろ徘徊者!」
両手を上げて喜ぶ麻衣。
しかし、勝利の代償はあまりにも大きかった。
「それは……よかった……」
俺はフェンスの下敷きになったまま答える。
敵が消えても、自分ではどうすることもできなかった。
戦闘が終わって興奮が冷めたのか、全身が激痛に見舞われている。
「風斗、どうしたの? 動けないの?」
「どうやら……そう……みたいだ……」
麻衣が慌ててフェンスをのかしてくれる。
体が軽くなったものの、それでも動くことはできなかった。
「ガハッ!」
逆流してきた胃液を吐く。
ところが、吐き出されたのは胃液ではなく血液だった。
それも大量だ。
「血!? 嘘……ヤバイじゃん! そんな……!」
麻衣が両手で口を押さえて泣き崩れる。
「すまん……ここまでの……ようだ……」
「やだ、嫌だよ! 風斗! 死なないで!」
呼吸すらままならない。
フェンスの下敷きになったことで全身を酷く損傷したようだ。
肋骨が折れ、肺は潰れ、他の臓器もボロボロに違いない。
「嗚呼……これが死ぬということか……」
視界が外から内に向かって黒に染まっていく。
意識も遠のいていく。
「英雄ぽい最期だ……これはこれで……悪くない……か……」
いよいよ瞼が重くなる。
閉じたら終わりと思っていても、勝手に閉じていく。
その時、麻衣が唇を重ねてきた。
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