011 ギルドの方針

 一人で使っても大して広くないシングルサイズのベッド。

 そこに二人で入っているのだから、否応なく密着状態になる。

 高鳴る鼓動、鼻孔をくすぐる女の香り、俺は爆発寸前だった。


「ごめんね、お邪魔しちゃって」


 麻衣はこちらに背を向けてスマホを操作し、照明を消した。


「そ、そそ、それは、気にしなくて、いい、よ?」


 俺も彼女に背を向けたまま答える。


「私が一緒だと緊張する? 声が震えているみたいだけど」


「し、しねぇし! 声もふる、震えていない!」


 虚しい否定だ。

 誰が聞いても嘘と分かる。

 声が震えている自覚はあった。

 先の展開を妄想して色々と膨らんでいる。


「私は緊張しているよ」


「え、それって……」


「だって緊張するじゃん? 同じベッドで寝るんだから」


「ま、まぁ、そうだけど」


 麻衣はすぐに答えず、妙な間を置いた。


「……変な気、起こさないでね?」


「だ、大丈夫だって! そういうのじゃないから! 俺!」


「ありがと、じゃ、おやすみ」


「お、おう」


 完全な静寂が場を包む。


(まさかマジでこのまま何もなく寝るのか? いや、流石にそんな……)


 一世一代の好機が無常にも終わろうとしている。

 隙あらば女の話をしているモテ男連中なら続きがあるはずだ。


 なにせこれは完全な据え膳。

 食わぬは男の恥というものではないか。


(待てよ、そういえば……!)


 ふと思い出す。

 数週間前、何かの拍子で偶然にも麻衣の配信を見た時のことだ。

 彼女は男性視聴者からの恋愛相談に答えていた。

 相談内容は、まさに今の俺と同じような状況について。


『同じベッドで寝るのは期待しているからなのよ。そういう状況になったらね、女は覚悟しているわけ。そりゃ口では変な気を起こすなとか襲うなとか言うよ? でもね、本当は襲ってほしいの。優しく撫でて、キスして、なんかもう色々してほしいわけよ! 何もしないのが優しさだと思っているなら大きな間違い。それは只の根性無しだよ。そんな男はダメ! 今度から勇気を出して襲ってあげて!』


 そう、彼女は襲えと回答していたのだ。

 しかも熱弁していた。


(麻衣はその気なんだ!)


 都合のいい記憶が追い風となり、硬直していた体が動き出す。

 後のことなど考えず、俺は体の向きを反転。

 闇夜の中でも彼女の華奢な背中がよく見える。


(どうすればいいんだ……。まずはキスか? いや、違う。抱きつけ! 後ろから抱きつくんだ! そっと! 優しく!)


 脳内で展開を想定する。

 イメージが固まったら実際に行動へ。


「麻衣……!」


 ゆっくりと腕を伸ばす。

 それに対する麻衣の反応は――。


「Zzz……Zzz……」


「え、もしかして、寝てる?」


「Zzz……ビーフストロガノフばかり食べられないってばぁ……Zzz……」


 ――完全に寝ていた。

 夢の中でビーフストロガノフを食べまくっているようだ。


「なんだそら」


 俺は「ぷっ」と笑い、麻衣に背を向けた。

 相手が寝ている以上、もはやその先は普通に寝る以外ありえない。


 先程までの興奮が一瞬にして冷めていく。

 それと同時に眠気が押し寄せてきて、次の瞬間には意識が飛んでいた。


 ◇


 深夜1時45分、アラームの音によって目が覚める。

 鳴る前に起きるだろうと思ったが、そんなことはなかった。

 平和ぼけしているのだろう。


 麻衣と共にフェンスまで移動する。

 数時間の睡眠を経て、俺達は完全に回復していた。


「作戦を確認しよう」


「ほいさ!」


「基本的には防壁が破られるまでここで待機だ」


「防壁の中からは外に攻撃できないんだよね?」


「うむ」


 防壁は敵の侵入を阻むだけでなく、こちらの攻撃も阻む。

 徘徊者と戦うなら防壁の外に出る必要があった。


「防壁が破られたらフェンスを盾にして戦う。俺は網目から槍で突くから、麻衣は〈マイリスト〉を開いて即座に修復できるよう準備しておいてくれ」


「任せて!」


「とりあえず以上だけど質問は?」


「特になし!」


「じゃあ2時になるまで待機だな」


 俺達はフェンスの後ろで腰を下ろす。


 まずはインターネットでニュースサイトを確認。

 案の定、俺達の失踪が大々的に報じられていた。


 ゴシップ好きの下世話な週刊誌まで反応している。

 鳴動高校集団失踪事件の再来ではないか、と主張する記事もあった。


 SNSもこの話題で持ちきりだ。

 俺達の集団転移と鳴動高校の事件を関連付けている者がちらほら。

 ただしそういった意見は少数派で、陰謀論として扱われている。

 日本を席巻する話題の渦中に自分がいるというのは不思議な気分だった。


「ねね、風斗」


「ん?」


「私達のギルドはどういう方針でやっていくつもり?」


「方針って?」


「例えばメンバーを積極的に増やすのかどうかとか」


「特に考えていなかったな」


「じゃあ今考えてみて」


「急だな、何かあったのか?」


「グルチャを見たら分かるけど、ギルドに所属する動きが加速しているんだよね。だから私達も何かしらの意思を表明したほうがいいかなって」


「ふむ」


 グループチャットを確認すると、たしかに麻衣の言う通りだった。

 どこかの誰かが作ったテンプレートを使って、多くのギルドがメンバーを募集している。

 逆に新規メンバーを募集していないと明言しているギルドもあった。


「麻衣がどう考えているかは分からないけど、俺はメンバーを増やすことに消極的だ。少人数のほうが素早く動けるし、余計なトラブルも起きにくい」


「でも大人数のほうが心強いよね。魔物や徘徊者と戦う時は特に」


「一理ある。だからずっと二人きりなんじゃなくて、じわじわ増やしていきたい」


「いいんじゃない? 賛成だよ」


「なら表向きは募集していないことにしよう」


「気に入った人間をこっちからスカウトするわけだね」


「そうだ」


 俺はテンプレートをコピーして編集。

 ギルドの情報を入力し、グループチャットに投稿した。


=======================================

【名前】風斗チーム

【人数】2人

【拠点】有

【場所】非公開

【募集】していない

【備考】特になし

=======================================


 我ながら最低限の情報しか書いていないなと思った。

 だからといって浮いているわけではない。

 他にも同じようなギルドが存在しているからだ。

 少人数で拠点を持っているギルドはこのタイプが多い。

 拠点の乗っ取りなどのトラブルを警戒しているのだろう。


「投稿完了っと」


 グループチャットのログを読む。

 あることに気づいた。


「メンバーを募集しているギルドって拠点を持っていないところばかりだな」


「場所にもよるみたいだけど、拠点を手に入れるのには少なからず苦労するからね。頑張ってゲットした拠点をほいほいと使わせたくないんじゃない?」


「なるほど」


 おそらく麻衣の言う通りだ。

 その証拠に、拠点持ちながらメンバーを募集しているギルドの多くが条件を定めていた。

 条件は主に「毎日ポイントを納めること」というもの。

 額は1~3万が多い。


「風斗はこれからどうなると思う?」


「どうとは?」


「私達を含む転移者の動向よ。島の広さを考えると皆で合流するのは難しいでしょ」


「まぁな」


「だったら各々でギルドを作って、ギルド単位で帰還を目指すのかな?」


「そうなるんじゃないか。実際、グループチャットではそういう流れで話が進んでいるし」


 俺達を含む転移者の目標は一つ。

 生き抜いてポイントを貯め、船を買って島を脱出する。

 鳴動高校集団失踪事件を生き抜いた先人のように。


「やっぱりそうだよねー」


「嫌なのか? 各々で帰還を目指すの」


「ううん、そこは賛成だよ。下手に合流するよりいいと思う」


「それにしては何だか乗り切れない様子だな」


「うーん、乗り切れないわけじゃないのよ。ただ、皆が皆、帰還したいと思っているわけじゃないと思うんだよね。中にはこの島で過ごしたいって人もいるんじゃないかなって」


「そんな奴いるか? 病院がないから病気になったらおしまいだぞ」


「それはコクーンで解決できるでしょ。〈ショップ〉に万能薬があるし。何でも治るって商品ページに書いていたよ」


「普通ならそんな詐欺臭い文言は信じないが、この島だと本当に何でも治りそうだな。それこそ癌ですら」


「でしょ。で、ちょろっと活動すりゃ生活に必要なポイントは稼げる。だったら帰還しなくてもいいって考える人がいてもおかしくないじゃん?」


 言われてみればそうだな、と思った。

 麻衣のような成功者はともかく、俺のような人間はこの島で過ごした方が快適な可能性だってある。


「考えもしなかった。麻衣って思慮深いんだな」


「いやいや、ただ妄想が激しいだけだよ」


「ははは」


 笑って流し、表情を正す。


「雑談は終わりにしよう――時間だ」


 スマホの時刻が1時59分から2時00分に切り替わろうとしている。

 残り10秒……9秒……8秒……。


 そして、運命の2時00分。


「鳴動高校の時と同じなら徘徊者が出るはずだ」


 と言った、まさにその時だった。


「グォオオオオオオオオオオオオ!」

「グォオオオオオオオオオオオオ!」

「グォオオオオオオオオオオオオ!」


 遠くから獣の咆哮とも思える声が響く。

 静寂に包まれていた拠点の外が騒がしくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る