010 拠点の拡張

 拠点のすぐ外に麻衣がいた。

 骸骨戦士との戦いで使用した丸太の一つに座っている。

 夕食の準備を進めているようだ。


「おかえりー、もうちょいで美味しいご飯ができるからねー」


 麻衣が、石のブロックを組んで作った焚き火台に薪を追加する。

 台には鉄の網を敷いているが、炎はその網を飲み込む程に強力だった。


 どう見ても過剰な火力で熱されているのは、大きな鍋と二人分のはんごう

 鍋の中身はカレーで間違いないだろう。

 漂う香りが雄弁に物語っていた。


「いい匂いだな――」


 俺も適当な丸太に腰を下ろした。


「――魔物が寄ってきそうだ」


「そうなったら守ってね?」と笑う麻衣。


「俺に丸投げかよ!」


「私はポイント稼ぎで疲れたからもうだめ」


 拠点の中を見て「たしかにな」と思った。

 手作りの槍が5本も壁に立てかけてあったのだ。

 買うと数万するが、自作なら1万すらかからない。


「で、ポイントはどのくらい稼げた?」


「材料費を引くと1万くらいだと思う」


「時給1万ptか、微妙だな」


「だねー、スキルレベルを上げないときつい」


「スキルはどうだ? 何か習得できた?」


「料理を作ったことで【料理人】を習得したよ。槍の自作は【細工師】の対象みたいで、【細工師】のレベルが3に上がった!」


「おー」


 麻衣は耐熱手袋を装着し、焚き火台から飯盒を取り出した。

 いざ実食……と思いきや、飯盒はすぐ傍でひっくり返されてしまう。

 その状態で10分ほど蒸らす必要があることを思い出した。


「風斗のほうはどうだった? 待っている間に聞かせてよ」


「分かった」


 俺は一人で行動していた時のことを話した。

 ボアライダーとの戦いについてはサクッと済ませ、吉岡達のことを詳しく話す。

 麻衣は由香里の名前に反応した。


「弓場先輩かー。あの人、学校だと風斗と同じくらい静かだったよね」


「そうなのか」


「コラボ配信に誘ったことあるんだけど、超ぶっきらぼうな反応だったよ」


 コラボ配信て、と俺は笑った。


「相手は麻衣と違って配信とかしていないだろ」


「だからこれを機に配信しましょうって誘ったの。弓場先輩、ネットでも結構な人気者だからね」


「ネットでも人気なの? なんで?」


「そりゃあれだけ美人で弓の腕もトップレベルなんだから当然でしょ。しかも和弓だから映えるんだよねー。女からしたらあの美しさは反則だよ、反則」


「なるほど。でも、容姿なら麻衣だって負けていないんじゃないか」


 麻衣は「なっ……」と顔を赤くした。


「急に何言ってんの!? 今はそんなお世辞いらないんだけど!?」


「お世辞じゃなくて本心だよ。麻衣は可愛い系で由香里は美人系だからタイプは違うけど、容姿のレベルで言えばいい勝負だと思う」


 麻衣は更に顔を赤くした後、「ぷっ」と吹き出した。


「よく真面目な顔でそんなこと言えるね、ウケるんだけど」


「別にウケ狙いではなかったのだが」


「ま、ありがとね。恥ずかしかったけど嬉しいよ」


 変な奴だな、と思った。

 麻衣はSNSで日に100回は「可愛い」と言われている。

 学校では面と向かって言われることも多々あった。

 今さら恥ずかしがる意味が分からない。


「そういや風斗、弓場先輩のこと由香里って呼び捨てなんだ?」


「気にしていなかったな。先輩って付けたほうがいいか?」


「私はどっちでもいいけど、呼び捨てだと馴れ馴れしい感じがする」


「実際は話したことすらないんだけどな」


 改めて個別チャットを確認するが、由香里からの連絡はなかった。


 ◇


 麻衣の作ったカレーは想像以上に美味かった。

 カレー自体の味がいいのもあるが、何より飯盒というのがいい。

 小学校の時に林間学校で食べた飯盒すいさんも記憶に残る美味さだった。


 食事が終わると徘徊者対策の残り作業に取りかかる。


 具体的には鉄製フェンスの設置だ。

 網目状になっているので、隙間から槍で突ける。

 防壁や門扉の突破に備えたものだ。


 フェンスは既製品に頼らず二人で作った。

 作り方は門扉の応用だ。

 両サイドにコンクリブロックを設置し、そこにフェンスを挿して固定。


「余ったポイントは拠点の拡張に回すか」


「私も拡張したーい!」


「なら拠点の所有権を麻衣に移そうか?」


「それよりギルドを作ったらいいと思うよ」


「ギルド?」


 そんな機能があったことを思い出す。


「ギルドっていうのはチームみたいなもので――」


「それは分かるよ。ゲームによくあるギルドだろ? クランって呼ばれることもあるやつ」


 麻衣は「そそ」と頷いた。


「グルチャで誰かが言ってたんだけど、拠点の所有権をギルドに移せるらしいの。そうすればギルドメンバー全員が拠点を弄れるようになるって」


「おお、それは便利だな」


 さっそくギルドを作ることにした。

 コクーンを立ち上げて〈ギルド〉を開く。

 新規作成を選択すると、ギルド名を決める画面が表示された。


「ギルド名なんだけど『インフルエンサーとその仲間』でどう?」


 愉快気に冗談を言う麻衣。

 俺は「残念だけど」と笑いながら答えた。


「ギルド名は俺の名前で決まっているらしい」


「そうなの?」


「姓名のどちらかを決めることしかできない。で、名前の後ろにチームってワードが入るから、俺達のギルド名は漆田チームか風斗チームになるわけだ」


 ほら、とスマホを見せる。


「本当だー。なんかだっさいなー。一気にモチベダウンなんだけど」


「そう言われても仕様だからな」


「その二択なら風斗で決定っしょ。漆田って呼ぶことないし」


 ギルド名を〈風斗チーム〉に決定した。

 麻衣をギルドメンバーに加えたら、拠点の所有権を変更する。

 ついでに拠点の入場制限も「ギルドメンバーのみ」に変えておいた。


「これで麻衣も拠点の拡張ができると思うよ」


「試してみるー!」


 麻衣は拠点の奥の壁に向かってスマホを操作。


「拡張するよー、せーの!」


 次の瞬間、目の前の壁が奥に2メートルほど伸びた。


「ここまできたら驚かないと思ったが……流石に目の前で奥行きが広がると驚くものだな」


「私はこの調子で2人分の個室を作るねー、あとトイレも!」


「なら俺は食器を洗っておこう」


 麻衣が「お願いねー」と拠点を拡張していく。


 俺は作業を始める前に拠点を出て、外壁に沿って洞窟を一周した。

 奥行きを拡張したことで後ろの木々がどうなったのか気になったのだ。


 結果は変化なし。

 木々は拠点の拡張前と何ら変わりなかった。

 どれだけ拡張しても洞窟の外観は変わらないようだ。

 不思議である。


「俺も自分の仕事を終わらせておくか」


 拠点の拡張機能を使って蛇口を設置することにした。

 蛇口は壁の好きな場所に取り付けることができる。

 費用は1万pt。


「この辺でいいか」


 どこに付けようか悩んだ結果、入口のすぐ傍に設置。

 石の壁から蛇口が生えた。


「こんなんで本当に水が出るのか?」


 試しにレバーハンドルを上げてみる。


 ジャボジャボと水が出た。

 水道が繋がっているわけでもないのに。


「これで皿洗いができるな」


 洗剤とタワシを買って食器を洗う。

 シンクがないので、汚れは全て地面に垂れていく。

 後で拠点の前に穴でも掘ってそこにまとめて流し込もう。

 ――と、思ったのだが。


「なんだこりゃ」


 地面に垂れた水や汚れ、洗剤の泡が消えた。

 吸収されるように。

 洞窟が生きているみたいに感じて不気味だった。


 驚きはまだ終わらない。

 蛇口の水を止めると、ものの数秒で水浸しの地面が乾いた。


「なんつー機能だ」


「なになに、どしたのー?」


 麻衣が戻ってきた。

 俺は今しがた見た光景について説明し、さらに実演して見せた。


「すごっ! これだったらシンク不要じゃん!」


「そうなんだよ。水もおそらく使い放題だ」


「水力発電で億万長者になれる!」


 麻衣の冗談に、「小学生かよ」と笑った。


「こっちの作業は終わっただけど、麻衣は?」


「私も終わったよー! がっつり拡張したから見に行こ!」


「了解」


 麻衣と一緒に拠点の奥に向かう。

 通路の天井には照明が備わっていて奥でも明るい。


「照明の設定はスマホで変えられるよ、コクーンの〈拠点〉から」


「覚えておこう」


 突き当たりの壁に到着。

 壁には扉が付いていて、左右には通路が続いている。


「ここはトイレ!」


 麻衣が「ドーン!」と謎の効果音を口ずさみながら扉を開ける。

 中には一般的な洋式トイレが備わっていた。

 痔に優しい洗浄機能付きだ。


「トイペは1ロール100ptだから大事に使うんだよ!」


「安心しろ、俺は洗浄機能に依存しているから大して使わん」


「えらい!」


 続いて各自の部屋に向かう。

 部屋は左右の通路を進んだ先にあった。

 扉はなく、ポツンとシングルベッドが設置されている。

 部屋の広さは6~8帖といったところか。


「とりあえずベッドだけ設置したよ。あとの家具はお好みで!」


「扉は?」


「設置するのに1万もかかるから今はまだ」


「なるほど」


「とまぁこんな感じなわけ! どうでしょ?」


「いいんじゃないか。床が岩肌で部屋っぽくないが、絨毯を敷いて壁紙でも貼ればそれっぽくなるだろう」


 麻衣は「うんうん」と満足気に頷いた。


「あとは部屋割りだけど、風斗は希望ある?」


「よければ今いる左側の部屋が欲しい。家でも入って左側が俺の部屋だったから」


「ほーい、じゃあ私はあっちの部屋をもらうねー」


 俺は何もない部屋を見渡した後、ベッドに腰を下ろした。


「風斗はもう寝る感じ? まだ19時40分だけど」


「そうだな、疲れたし休んでおきたい。2時に起きる必要があるし」


 深夜2時から4時の間に出現するという徘徊者。

 その存在を確認するのが、現時点では何よりも重要だ。


「じゃあ私も寝よっと。汗でべたついて寝付き悪そうだなぁ」


「風呂も設置しておくか?」


「したいけど、今はポイントが足りないよ」


「俺のほうに2万ちょっとあるぞ」


「それだと心許ないからやめとこ」


「了解」


「あとポイントは必要最小限だけ自分で持つようにして、残りはギルド金庫に預けとこ。金庫のお金はギルメン同士で共有できるし」


「分かった。とりあえず1万だけ突っ込んでおくよ」


「私も1万だけ入れておいたよ。じゃ、おやすみー」


 麻衣が自分の部屋へ向かって消えていく。

 俺は3,000ptでパジャマを買い、それに着替えてベッドに入る。

 スマホのアラームを深夜1時45分にセットして目を瞑った。


「人生で最も不思議な一日だったな……」


 意識を夢の世界へ集中する。

 疲れが溜まっているからか、思ったよりもすぐ眠れそうだ。

 しかし、いよいよ夢の世界へというところで邪魔が入った。


「風斗、起きてる?」


 パジャマ姿の麻衣がやってきたのだ。


「どうかしたのか?」


 照明をつけて上半身を起こす。


「よかったら私も一緒のベッドで寝ていい?」


「えっ」


「こういう環境で一人だと不安で……」


 そんな風に言われると断ることはできない。

 不安なのは俺も同じだし。


「い、いいけど」


「よかった、ありがとう」


 麻衣がベッドに入ってくる。


 必死に平静を装う俺。

 しかし、今にも心臓発作を起こしそうなほど焦っていた。

 彼女いない歴=年齢の童貞野郎には壮絶過ぎる展開だ。

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