009 周辺の探索
マウンテンバイクに詳しくない俺だが、これだけは断言できる。
レンタルしたマウンテンバイクは間違いなく一級品だ。
驚く程に性能がいい。
凹凸の激しいオフロードを舗装された道路のような感覚で走れる。
ペダルは軽く、少し漕いだだけでぐいぐい進むのも素晴らしい。
「こんな快適な乗り物を知ると徒歩に戻れなくなるな……」
マウンテンバイクのレンタル代は1日1000pt。
それでこの快適さを味わえるなら安いもの。
明日以降もレンタルするだろう。
俺みたいな人間が
「お? あれは……」
視界の隅に不審な物体を捉える。
目を凝らしてみたところ魔物だった。
背中から人間の上半身を生やしたうり坊だ。
下がうり坊でなく馬だったらケンタウロスと呼んでいるはず。
手には可愛らしい斧を持っていた。
「上半身だけとはいえ人型の相手と戦うのは躊躇われるが……仕方ない」
俺はマウンテンバイクから下りて刀を抜いた。
腰を低くして前傾姿勢で敵に突撃。
「グゥ?」
まずはうり坊がこちらに気づいた。
次に背中から生えている人型が振り向く。
「フシャアー!」
人型のほうが威嚇の咆哮を繰り出した。
それほど大きくない敵なのに威圧感は強烈だ。
軽く怯むが、走り出した以上は止まれない。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「シャアアアアアアアアアアアア!」
互いに突っ込み、交差する。
どちらも止まることなく走り抜けた。
手応え――あり!
「グオオオオオオオオオオ……」
敵の悲鳴が背後から聞こえる。
漫画やアニメなら、俺は振り返らずに刀を鞘に戻すだろう。
そして刀が鞘に納まりきった瞬間、敵は盛大に血飛沫を上げて死ぬ。
だが、現実は違っていた。
「やったか!?」
やっていないフラグを立てて振り返ったのだ。
刀は右手でしっかり握ったままで、鞘に納めていない。
「よし!」
奇跡的にもフラグは成立せず、俺は見事に仕留めていた。
敵は断末魔の叫びを上げながら消えていった。
フリーの左手でグッと握り拳を作る。
それからスマホを取り出して〈履歴〉を確認。
敵はボアライダーという名前だった。
討伐報酬として約3万ptを獲得している。
ついでに【狩人】のスキルレベルが2に上がっていた。
戦闘が終わったことで「ふぅ」と一息。
一瞬の攻防だったのにどっと疲れた。
「最低限のポイントは稼いだし戻るか」
〈地図〉を見ながら脳内で復路のルートを組み立てる。
主目的が探索なので、往路とは別のルートで考えた。
「道は覚えた」
再びマウンテンバイクに乗って走り出す。
周辺を見ても今ひとつ心がときめかなかった。
景色が代わり映えしないから飽きる。
「湖にも行くべきだったかなぁ」
この島には湖が点在している。
中には大して遠くない距離に位置するものもあった。
ただ、行くなら帰路とは正反対に進むこととなる。
「ま、明日以降でいいか」
今は時間がないので戻ることを優先しよう。
俺は前に集中してペダルを漕ぎ続けた。
「おーい、そこのお前ー」
すると、どこからか声が聞こえた。
マウンテンバイクを止めて素早く周囲を確認。
駆け寄ってくる連中を発見した。
「お、止まった止まった!」
そう言って手を振っているのは茶髪の男。
彼の後ろには、他にも複数の男女が続いていた。
全員が俺と同じ制服を着ている。
連中の数は合計で10人。
知らない顔ばかりだし、おそらく3年だろう。
と思ったら、見覚えのある人がいた。
3年の女子で、弓道部の部長を務める
すらっとした背丈と綺麗な金のセミロングが特徴的な美人。
何を隠そう、彼女は俺の初恋の人。
というのは嘘で、実際は喋ったことすらない。
それでも知っているのは、彼女が有名人だからだ。
弓道の大会において負け知らずで、テレビに取り上げられたこともある。
それでいて成績も優秀らしく、まさに才色兼備。
当然ながら学校のホームページでは生徒の代表として紹介されている。
校内の知名度だけで言えばインフルエンサーの麻衣よりも上だ。
「そのマウンテンバイクはどうしたんだ? というか1人で行動しているのか?」
茶髪の男が尋ねてくる。
由香里を含む他の連中は何も言わずに俺の返事待ち。
「マウンテンバイクはレンタルだよ。1000ptで借りられる」
「そうなのか」
俺はスマホを見せながらレンタル方法を教えた。
連中は俺と同じマウンテンバイクを召喚してご満悦。
何人かは試し乗りと称して離れていった。
「で、お前は1人で行動しているのか?」
再び茶髪の男が尋ねてくる。
「仲間もいるよ。今はばらけて周辺の探索をしていたところだ」
「なるほどな」
「そっちは何をしていたの?」
「俺達は木の上にハンモックを作っていたところさ」
男は俺を見たまま、親指で後ろを指す。
木の上に寝床を作ろうとしている様子が窺えた。
「徘徊者対策をしているわけか」
「本当に出るかは分からないけどな」
先人のサイトが正しければ、徘徊者は樹上に避難していると安全だ。
拠点がない場合は木の上にハンモックを作るのがいいと書いていた。
彼らはその教えを守っているようだ。
(情報を共有した甲斐があったな)
心の中でにっこり。
発信した情報が役に立っていると分かって嬉しかった。
「お前のほうはどうなんだ? ハンモックとか作っていないのか?」
「後で作る予定だ」
「ということは拠点を持っていないんだな」
俺は「まぁな」と短く答える。
長いセリフは嘘がバレやすいので避けた。
拠点のことを言わないのは相手が多いからだ。
言えば拠点に来たがるだろうし、今の俺に断る術はない。
断ったところで強引についてこられたら最悪だ。
かといって受け入れるのも望ましくない。
数の差から相手に主導権を握られてしまうリスクがあった。
俺と麻衣の拠点なのに、俺達の居心地が悪くなりかねない。
別に彼らのことが嫌いなわけではない。
ただ一緒に行動するタイミングではないと判断した。
「悪いけどそろそろ戻らなくちゃ。日が暮れるから」
「はいよ、止めて悪かったな」
俺は「じゃ、また」とマウンテンバイクに跨がる。
「あ、そうだ」
茶髪の男が呼び止めてきた。
「よかったら名前を教えてくれよ。こうして出会ったのも何かの縁だし」
まずい。
ここで本当の名を名乗ると嘘がバレる。
俺と麻衣はグループチャットで公言しているのだ。
拠点を手に入れた、と。
「……
咄嗟に嘘の名前を言った。
「牛田か。下の名前は?」
どうしてそこまで知りたがるんだ!
下の名前だってなんだっていいだろ!
タケシでもタロウでも好きなように考えてくれ!
――とは思うが、そう言うわけにもいかない。
「……
「雅人だな、オッケー。俺は吉岡だ。3年の吉岡」
俺には下の名前を訊いておきながら、自分は苗字しか言わない吉岡。
その点に引っかかったが、興味がないので「分かった」とだけ返す。
「吉岡だな、覚えておくよ。またどこかで会ったらよろしく」
「おう、またな雅人」
今度こそ撤退だ。
……と、今度はスマホが鳴った。
きっと麻衣からのチャットだろう。
そう思って確認したところ、由香里からのフレンド申請だった。
サーッと血の気が引いていく。
(しまった! その手があったのか!)
フレンド申請を送る方法は二つある。
カメラモードで対象を捉える方法と、周囲にいる人間のリストから選ぶ方法。
由香里がどちらの方法で俺に申請したかは分からない。
だが、どちらの方法でも申請を送れば画面に表示される。
○○にフレンドの申請をしました、と。
なので今、彼女の画面には俺の名前が載っているのだ。
牛田雅人ではなく、漆田風斗が。
ちらりと由香里を見る。
彼女は俺の目を見たまま銅像のように固まっていた。
無表情で、何を考えているのかさっぱり分からない。
「………………」
「どうした雅人? 帰らないのか?」
「い、いや、帰るよ」
吉岡の言葉を適当に流し、由香里からの申請を承諾する。
断ったら面倒なことになりそうだと判断した。
(由香里は無反応だな……)
てっきり皆の前で嘘を暴かれるかと思った。
だが、どうやらその気はないようだ。
それとも俺が消えてから話すのだろうか。
あいつの本当の名前は漆田だぞ、と。
(とにかく今は離脱しよう。他の奴がフレンド申請をしてくる前に!)
俺はマウンテンバイクを走らせた。
吉岡や彼の仲間が「またなー」と手を振っている。
その姿が消えるところまで進んでから一時停止。
直ちにチャットを確認する。
案の定、コンタクトリストに由香里が追加されていた。
向こうが登録したので、こちらのリストにも自動的に登録されたのだ。
フレンドと違って相手の許可は必要ない。
やはり由香里の目的は個別チャットにある。
――と思ったが、個別チャットは届いていなかった。
「何か言ってくると思ったが……」
例えば、「私だけこっそり仲間に入れて」とか。
それならあの場で無言だったことも分かる。
だが、そういうわけでもないようだ。
もしくは後でその手のメッセージが届くのか。
あれこれ考えながら帰路に就く。
結局、由香里からは何のアクションもないままだった。
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