第11話 クリザンテムと触手男
船内中部に騎士団員であるレンとベンジャミンが、そして船長室にクレソンとカルミアが救助を行っている間に、シュロは何故か触手に捕まれてレンとベンジャミンと合流した。
「えっお前、そんな趣味だったのか?すまん。」
「違ぇよ!なんで謝るんだよ!コイツがいきなりオレを捕まえて離させぇんだよ!」
そもそもお前がオレを落としたからだとシュロが怒鳴りつけている背後から、こちらも触手の力を利用してか体を浮き上がらせて触手の主である白い男が、シュロと同様に穴から姿を見せた。
「ハァ…だって、お前じゃないとおれに会いたがってる子、見つけられないじゃん。…いや、別におれが会いたいワケじゃなくて…どんなヤツか視てみたい、と言うか。…まぁ、会ってやっても良いと言うか。」
白い男は何かを喋っていたが、徐々に声が小さくなり、最後辺りは完全に何と言っているのか他のヒトには聞こえなかった。
「おいシュロ。お前あいつに何を言ったんだ?」
「別に。ただアサガオが見たら跳び付きそうだ、としか。」
「何を言ったんだ?」
最初こそ疑問形だったレンの声が、シュロの言葉を聞いて若干怒りのこもった声になった気がした。
「あら?マーベル。あなた一体何をしているの?あなた、船長から侵入者の排除を命じられていた筈よ?」
白い日傘を差す女、アイリスが白い男をマーベルと呼び、何やら確認していた。シュロはそこで白い男の名前を初めて知る事となった。
「…はぁ。そもそもその話、おれ最初から同意してないよね?…そっちはそっちで勝手に話を進めてさぁ。…こっちは棲みかとか食糧につられてそっちについたけど。…でもおれ、あんたらの仲間になったとは言ってないよ?」
アイリスと遭遇したレンとベンジャミンも、そしてマーベルに遭遇したシュロも、最初の内はアイリスとマーベルは仲間と思っていた。実際にアイリスがマーベルに対してそれらしい発言をしていたから、三人は警戒態勢になっていた。シュロに至ってはそもそも触手に絡み取られている状態ではあるが。
だが、そんな三人の心境とは余所にアイリスとマーベルは言い争いをしている雰囲気になって来た。屍体犬であるハイドラはベンジャミンの相手をしていたが、主人であるアイリスが険悪な雰囲気になったのを見て、アイリスの傍で控えて小さく丸まっていた。
「いけないわねぇ。船長はあなたの事を買っていたのに、それを裏切るのは大変よ?このままじゃあなた、この船から追いやられる事になるのよ?」
「…はぁー?むしろこの船、今まで守ってやった事に感謝してほしいんだけどぉ?毎回毎回えらそーにして、ムカつくんですけどぉ?」
だんだんと険悪な雰囲気が増していき、もしかしたら騎士団二人と触手に捕まった妖精の事など忘れているかもしれないと思えてきた。
「あっだったら今のうちにここ離れちまおう。」
「そうだな。わざわざ戦う必要も無いだろうし。」
レンの提案にベンジャミンは乗り、二人は船の奥へと進むであろう出入り口へと向かって静かに歩いた。
「待て待て待てっ。オレを置いて行こうとするな。」
一方、マーベルの触手に捕まっているシュロは自分が置いて行かれる事を危惧して二人に声を掛けた。当然シュロも相手が険悪な雰囲気になっているのを計らい一応声を潜めているが、かなり焦っていた。
「んっあぁ。そういやお前、捕まってる最中だったな。安心しろ。俺らでアサガオも見つけてやるから、お前は大人しくそこにいろ。」
そう言い、爽やかな笑みを浮かべて颯爽とその場を去ろうとしていた。ベンジャミンはやっぱりかと言いたげな表情を浮かべつつ、触手に捕まったシュロを横目に、同情する目を向けつつもレンと共に去って行った。
その瞬間、シュロはレンを必ず捻りつぶすと固く決意した。ついでにベンジャミンも。
だがその時、レン達が進んで行った先に会った扉が大きな音と建てて開け放たれた。
「おいおいなんだ!随分賑やかだと思ったら、活きが良い肉が揃ってるじゃねぇか!」
その開け放たれた扉の前には、手入れのされていない長髪の男が立っていた。手には斧の様な、錨の様な巨大な鈍器が握られており、如何にも力自慢である事が分かる。
「あら船長!お部屋で休んでいるのではなかったのですか?」
「しかもどいつもこいつも力が有り余ってんじゃねぇか!こりゃあ食いでがありそうだ!」
アイリスの言葉に答えず、幽霊船の不法乗船者であるレンやベンジャミンらを見て楽しげに再び笑みを浮かべる。そんな男を見てレンとベンジャミンは先程の雰囲気を一変させて臨戦態勢をとった。
「…あー船長だぁ。ひさしぶりぃ。」
そんな二人よりも先に動いたのは、先ほどまでアイリスと言い合いをしていたマーベルだった。
船長と呼ばれた男ことクリザンテムが立っていた場所を触手が床を叩き付け、しかし船長の姿は既に無く、触手を攻撃を躱して高く跳び上がっていた。
「…そうだよなぁ。そもそもが船長ってかクリ…何とかのせいなんだから、船長つぶしちまえばおれは正真正銘の自由の身じゃん。…なんで最初っからそうしなかったのか不思議だわぁ。」
言いながらマーベルは再び触手を動かし、船長の後を追って攻撃を繰り出した。巨大であるにも拘らず素早い触手は船長目掛けて襲い掛かるも、船長は何本もの触手を掻い潜り、全て躱していった。
躱された触手の攻撃は近くに立っていたレンやベンジャミンへと飛んで行き、完全にマーベルの襲撃の巻き添えを食った二人は、クリザンテムと同様に触手を躱していった。
「おぉ。本格手に同士討ちを始めたな。しかし、ここまで暴れられると出るに出られないな。」
「言ってる場合か!それよりあの妖精…シュロっつたってっけ?助けなくて良いのか?」
「良いだろ。妖精だし木登り得意だから、あれくらい自力で何とかするだろ。」
「…イカの触手に絡み取られたら、簡単には抜け出せないんじゃないか?」
目の前の惨状と未だ捕まっているシュロを他所にレンは呑気にイカの反乱を眺めていた。ベンジャミンは一人、触手を跳ね除けつつ活路を探していた。
アイリスは魔法で触手攻撃を防いでおり、屍体犬のハイドラもアイリスの魔法で守られていたが、マーベルの暴虐に耐え兼ねてかハイドラは牙を剥き出しにしマーベルに襲い掛かった。
「はぁー?ケモノ風情が牙向けて来てんじゃねぇんだよ!」
マーベルの触手に噛みついたハイドラを払い除けようとするも、噛む力が強いのかなかなか離れない。
「おいっ余所見してて良いのかぁ?」
その瞬間を狙ってか、クリザンテムは両手で鈍器を持ち上げ、大きく振りかぶりそのまま鈍器を振ってマーベルに直撃させた。マーベルは何にも遮られる事無く壁まで飛ばされ激突した。
当然触手に捕まっているシュロも一緒に壁の方へと飛ばされた。
「あーあ。結構な勢いで一緒に飛ばされたが、あいつ大丈夫か?」
「何を他人事…には変わりないが、このままにしておいて良いのか?」
自分らを蚊帳の外に、船内が同士討ちをし続けている現状にベンジャミンは異議を唱えた。そもそも騎士団が海に来たのもこの幽霊船の調査と行方不明者の捜索を目的にして来た事にある。このままただ傍観をしていては調査も何も出来ないとベンジャミンは憤りを見せた。
しかし、ベンジャミンの反応に対してレンはいつもの余裕そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫だろう。見ろ、あの船長と呼ばれた男を。」
言われてベンジャミンは船長と呼ばれた男、クリザンテムを見た。一見すれば細身でありながら大きな武器を振り翳す男の姿だったが、よく見れば様子が少し可笑しかった。
どこか焦っている様な、汗ばんで疲弊しているようにも見えた。そしてそれを隠そうと必死になって医療にも見える。
「なんだ?自分から戦いを興じる様に出て来た割に…弱っているのか?」
「俺らに姿を見せるまで何をしていたかは知らないが、どうやら相当弱っているらしい。」
船長の事情を知らない騎士の二人は弱っていた船長の同行を見守り、そして魔法で防御しつつ共にも守っていたアイリスも同様に船長を見て、ほんの少しの焦りを見せていた。
「…まずいわ。時間を掛け過ぎた。」
各々の思惑が膨らむ中、壁に激突したマーベルは無傷の状態で立ち上がった。
「…ハァ。こういう時、イカの体で良かったって思うわ。…ぬめぬめしてたおかげであんま
マーベルは文句を呟きながらも再び立ってクリザンテムへと向き合った。一方のクリザンテムは相変わらず余裕層に降り舞ってはいたが、レンとベンジャミンが察した通りどこか焦りをひた隠している印象を受けた。
「はぁ…はぁ…ははっ。さすがは海に棲む水棲人だな。水の中だけでなく、陸上でも耐えうる肉体を持った、全く有意義な存在だ。だからこそ戦いがいが」
「あぁはいはい、もう良いからその戦い好きを装うの。もうサッサとぶっ飛べ。」
マーベルが言うと容赦なく自身の触手をクリザンテムへと向け、勢いよく振るい今度はクリザンテムが吹き飛んだ。その直前、レンもベンジャミンもクリザンテムはマーベルの触手を鈍器で防ぐと思って見ていた。しかしその予想は裏切られ、いや、内心では二人は防ぐことは出来ないとも思っていた。
何を思って疲弊している事を隠し、戦いを続けるのか二人には分からない。きっとそれは本人にしか分からない事だろうと二人は考察を打ち止めた。
「…あーあ。思ってた通り…いや、思っていたよりも簡単に吹っ飛んじゃった。…もう止めな?大人しくその『思い』に打ちひしがれて彷徨ってなよ。
…おれは正直どっちでも良いけど、あんたにとっては多分良いもんではないでしょ?」
マーベルはクリザンテムに対し何かを説得している様子が見られた。アイリスはただ二人を見守っていた。
「…やだ。」
「…はぁ?まだそんな事言うの?…もう好い加減」
「もういやだ。」
マーベルの言葉を聞いていたクリザンテムは突如膝から崩れ落ち、先程と打って変わり力強さを感じた通る声では無く、弱弱しく子どもの様な声を出して何かを呟いていた。
「なんでだ…なんでここには『何もない』。…誰も…何もない。どこにも…何も…無い。ない、ナイ、無い、ない。」
クリザンテムが何かを呟くのを見て、恐る恐るレンはクリザンテムへと近づいた。ベンジャミンは止めるがそれを聞かず、レンはクリザンテムの目の前で手を振ってみた。しかしそれに反応する事無く、クリザンテムは変わらず小声で喋り続けた。
「駄目だな。完全に目の焦点が合ってない。…疲れが蓄積していたとはいえ、ここまでの症状が出るものか?」
「おい。何が何だか分かんねぇが、もうこうなったら仕方ねぇし、好い加減調査を」
ベンジャミンが最後まで言い切る前に、船長ことクリザンテムが出て来た扉から、また誰かが姿を見せた。
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