第10話 二人とクリザンテム
恐らく海に現れた幽霊船の中でも、一番上の立場であろう自称海賊であるクリザンテムと邂逅したカルミアとクレソンは、クリザンテムの正体を察して、今少しビビっていた。
あの自称海賊の肌に見られた縫い目は、怪我による治療痕ではなく、屍体によくみられる肌と肌を縫い合わせた継ぎ接ぎなのだと気付き、そこから相手が不死族であると分かったが、更によくない情報も分かった。
二人が知る中で『腐肉喰い』とはシ体を食い漁ったり、衰弱した生き物を襲う獣の蔑称であるが、最近になって腐肉喰いに関して新たな情報を知る事となった。
腐肉喰いはそれ自体が腐肉の状態、つまり不死族である事が発覚した。更に腐肉喰いは他者の肉を喰らい自分の力に換える能力があると発見された。それはまるで腐食していき、欠けていく自分の体を他人に体で代用するかの様に、渇きを潤す為に貪るかの様に。
あくまでこれらは仮説に過ぎないが、それでも腐食喰いは理由はどうあれ生き物を食う事に執着するのだと言う。そういった情報をいち早く手に入れていた二人は焦りを見せた。
腐食喰いには出来得る限り遭遇しない。そう自分らの隊長から言いつけれていた。それは腐食喰いの決定的な弱点がまだ分かっていないからだ。
どこかの誰かが、夜が明けるまで腐食喰いと戦い、腐食喰いの数少ない弱点とされている日の出を待つ手段をとった事があると聞いた。しかしそれも腐肉喰いを打ち破る決定打とは言えず、あくまで弱体化するだけだとされる。そして今、自分らはどこにも逃げ場のない海の上にいる。はっきり言って状況は圧倒的に不利だ。
「おらぁ!何怖気づいてやがる!さっきまでの威勢の良さはどうした!?」
そんな状況で言われた通り怖気づいているクレソンとカルミアを置いて、クリザンテムは相変わらず血の気が多く、斧か錨に似た鈍器を振り回して二人を追いかけ回している。
決して追いつかれる事は無いと二人はそこにだけは自信があった。しかし、どうやってこの傍若無人の自称海賊を倒すか、案が浮かばない。特にクレソンの方が完全に恐怖によりやる気を失っていた。
「ダイジョーブ?クレソン。」
「うん、正直帰りたい。相手が不死族とか聞いてない。近寄りたくない怖い。」
「ってかさ、相手?『腐肉喰い』っていうけどあたしら『腐肉』じゃないし。」
「だな。むしろ相手が『腐肉』だな。まじ怖い。」
どうでも良い事で気を紛らわそうとしているのか、クリザンテムが振り回す斧の様な、錨の様な鈍器を躱しつつ二人は隙を伺っていた。しかし二人にはクリザンテムの隙が見えず、むしろどこを狙っても返り討ちに遭う未来が見えた。
鈍器はかなりの大きさであるにも拘らず、まるで片手剣を振るう様にクリザンテムは鈍器を振り回し、その威力に二人は翻弄された。
「ちょっとー!そんな細ウデでどうやってそんな鈍器持ち上げているのかなぁ!?」
「はっはぁ!それはお前、俺様がただ強いってだけさ!」
「なるほど!?」
苦戦している様で、その
クリザンテムは確かにほとんど無傷で、屍体らしい腐食があまり見られない。しかしよく見れば所々肌の見えるところが変色しており、やはり大きな鈍器を持つにはあまりに相応しくない細腕をしているところから、腕の中に何かを仕込んでいる可能性がある。それで強度が上がっているのであれば、二人の攻撃力では心もとない。
故に今度は周囲を見渡した。周囲の観察はクレソンは受け持った。怖くて近寄りたくないから。カルミアはクレソンの為に観察のための時間稼ぎとしてクリザンテムの攻撃をクレソンよりも多く受けて躱していった。
あれだけ暴れていても、やはり魔法による強化か、それとも船そのものが変異した魔法生物か、ボロボロな見て目の割にクリザンテムの攻撃で破壊された形跡が見られない。しかし、カルミアの攻撃で何か所か壁や床に軋みが聞こえた。対してクリザンテムの足元からは軋む音が聞こえない。
クレソンは、自分の懐に手を伸ばして探った。そして手にしたそれを掌で隠し、そのままカルミアと共にクリザンテムの懐まで近づいた。
クリザンテムは接近してきたクレソンへ攻撃を加えたが、ギリギリでクリザンテムの鈍器を躱し、躱した瞬間に生じた短い隙に銃器を撃った。その攻撃はクリザンテムには中らず、まるで最初から来ることが分かっていたかのように軽々と避けた。次の瞬間、クレソンに対し反撃として先程振り降ろしたばかりの鈍器が再び浮き上がり、クレソンの顔面を掠めた。
「っぶねぇ!…ってか今の外れされるの
軽口を吐いてはいたが、クレソンからすれば、怖い思いをしてやっとした攻撃が外れたのはかなりの苦行だった。躱す事も隙を突いて攻撃するのも漸く出来た事だった。それを簡単にいなされ、クレソンは心が折れかけた。
そんな弱気なクレソンを置いて、今度はカルミアがクリザンテムの死角から攻撃を仕掛けた。素早さを生かし、ヒトの姿をしているクリザンテムに向かって急所を狙った。
しかし不死族であっても強靭な心臓が備わっているらしく、一切の躊躇も無くすぐさまに反撃を繰り出してきた。鈍器を持つ手とは逆の手でカルミアは掴まれ、そのままクレソンの方へと投げ飛ばされた。咄嗟の事で躱す事が出来ず、クレソンは飛んできたカルミアに巻き込まれて一緒に壁に激突した。
二人が壁に激突する様を見て、陰から見守っていたアサガオも思わず声を上げた。
「いったぁ…あんなにアバれてるのに、なんでこの船揺れないしコワれないのぉ?」
「もう嫌だ、もう近寄りたくない。。…さて置いて、一先ず作戦考えた。」
先程までの恐怖心と泣きっ面をどこへやったか、壁にもたれつつ二人が短い時間で何かを話し、すぐさまに立ち上がって二人は再び立ち上がった。そんな二人を見てクリザンテムは一層楽しげに笑い、向かって来る二人を待ち構えた。
最初にクリザンテムに辿り着いたカルミアはクリザンテムの顔面目掛けて爪を突きだしたが中らず、難なく躱されて逆に掴まれ捕らえられた。
捕らえられたカルミアと助け出す為か、クレソンは再び死角からクリザンテムの背後まで接近し、そのまま至近距離から銃器を使い弾を放った。
「なんだぁ?さっきと同じ動きじゃないか?何が違うんだ?」
言うとクリザンテムは鈍器をクレソンの上から振り下ろした。クレソンに鈍器が打ちつけられる事は無かったが、鈍器の重みで体が沈み、床に伏せられて鈍器で動きを封じられた。
「んぐぅ!…はぁ本当、怖い思いして漸く近づけたってのに、ここで捕まるとはなぁ。」
クレソンが落胆していると、その様子を見ていたクリザンテムは未だ続く余裕の表情のまま、口を開いた。
「そりゃあ、お前らの実力じゃない。俺様が直々にお前らの接近を許してやったのさ。何やら作戦とやらを思いついたらしいからなぁ。どんなものか見て見たかった、それだけだ。」
余裕の笑みを浮かべつつ、二人が全く自分に刃が立たないのを目にしてどこか呆れた様な、飽きた様な溜息を吐いてクリザンテムは今も尚掴んでいるカルミアの首を力を緩める事無く掴んだままでおり、カルミアは苦しげな表情をして宙ぶらりんの体勢でいた。
「しかし、本当にどんな仕組みなんだ?こんな思い斧?錨?が床を叩きつけてるってのに、穴が開きやしない。もしかしてその武器の魔法か?」
「あぁ?これはただの俺様の武器であり、相棒だ。魔法と言われれば、この船の方さ。」
クレソンの疑問にクリザンテムは今になり答えた。
「この船はいわば生きた船だ。持ち主を自分で選び、そして持ち主の意思で進む。おまけに頑丈で、持ち主を危険から守る為にどんな攻撃だって跳ね除けるだ。」
「…っと言う割に、俺らの攻撃や動きで穴が開くんだけど?」
「あぁ。この船も大分ガタがきてるからなぁ。不法乗船したお前らには頑丈さが働かないんだろうな。」
クリザンテムの知る限りでは一番丁寧な説明を聞き、クレソンは少し笑みがこぼれた。
「あーそっかぁ。んじゃあ…俺らが近くに居ればあんたも穴に落ちてくれるかなぁ?」
クレソンの発言で、クリザンテムは目を見開きクレソンの手元を見た。クレソンの手には掌位の大きさの突起が付いた機械が握られていた。
「魔法銃って知ってるか?銃の中に込められた弾には魔法が刻み込まれていて、弾を発射して刻まれた魔法を発動させるって代物だ。」
クレソンが言うと、機械の突起を親指で押した。するとクリザンテムは自身の体の中で違和感を覚えた。急に重みが加わった様な内側から下に向かって力が加わる感覚になり、クレソンの言った言葉を理解した。
先程クレソンと名乗る男が自分に撃ち込んだのは件の魔法銃によって放たれた弾である事。そして今自分の中に残っている弾が魔法を発動し、その魔法が重力に関する魔法である事。
「折角の魔法の船だが、こっちも相手が相手なんで、ちょっと穴開けて落ちててもらうよ!」
クレソンの言葉を合図にクリザンテムに捕まっていたカルミアが自分を掴んでいる腕を下から思い切り蹴り上げた。腕力こそないが脚力には自信のあるカルミアの蹴りはクリザンテムの腕をあらぬ方向に曲げ、その拍子に腕がカルミアを離した。そしてカルミアはそのまま離れるのではなく、クリザンテムに向かって踵落としを喰らわせ、更に上から力を加えた。
カルミアの踵落としを防ごうと自分の腕を上げようとするも、先程腕を曲げられた事により無事な方の腕を上げざるおえなかったクリザンテムは諦め、鈍器を持つ方の腕を上げて防いだ。そしてそれにより鈍器で動きを封じられていたクレソンは自由の身となり、クリザンテムから距離をとると懐に忍ばせていた『もの』をクリザンテムの御足もとへと投げた。
一瞬の判断だった。カルミアはクレソンが何かを投げたのを見ると蹴りの反動を使いクリザンテムから離れた。クリザンテム自身はカルミアや重力魔法弾の影響で直ぐには動けずその場で立ち尽くした。そしてクレソンが投げたそれ、爆弾は爆発し、クリザンテムの足元に大きな穴を作りそこからクリザンテムは落下した。
「あっはっは!成る程、そうきたかぁ!」
自分が落下する状況であるにも拘らず、その場から逃れようと足掻くどころかクリザンテムは高らかに笑い、何の抵抗も無く落ちて行った。
「…はぁー!疲れた!」
クレソンとカルミアは声を揃えて言うとその場にどかりと音を立てて座り込んだ。ぎしりと音が鳴り、少し体が強張ったが床が抜ける事が無い事を知り、再び安堵した。
「あいつの動き、腕の振りは速かったけど足の動きはそんなだったから、足止めすれば簡単に嵌ってくれる感じで良かったわぁ。」
「うん!クレソン、捕まってもイいからとにかくアイツに近ヅけって言うから何するのかこっちはハラハラしたよ!」
二人は互いに座り込んだ状態で口ぐちにクリザンテムの戦いに関して感想を述べた。
「今回は相手が悪い。だから、今回は戦わないで落とす!これで時間稼ぎ出来た筈だ。俺ら、そもそも居なくなったヒトの救助に来ただけで、戦いは極力避ける予定だったからな。」
「だって、子どもが危ない目にアうってなったら誰だって出るじゃん。ってか、クレソンが真っ先に出てたじゃん。」
「まぁな。…正直不死族だって知ってたら真っ先に逃げてたかもしれないが。」
「コラァ。」
「はっはっ。さて、折角作戦が成功したんだし、あの子を連れて他のヒトも」
言ってから立ち上がりつつ椅子の陰に隠れているはずのアサガオの方を見た二人。しかし、そこには誰もおらず、ヒトの影も形も無かった。
「…あれ?あの子は?」
「えっ…えっ?」
辺りを見渡し何故か居なくなった子どもを二人は捜すも、最初から居なかったかのような静けさに、二人は困惑した。
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