第9話 クレソンとカルミアともう一人
シュロ、レン、ベンジャミンが船に乗り込む時間に戻る。
シュロ達が小舟に乗り、アサガオを乗せた小舟を追いかけているその時、それらの光景を見ていた別の人物達が動き出した。
「…よし。んじゃあ、手筈通りに。」
「…うん。」
一人が言うと、もう一人は頷き、そしてこちらもまた小舟に乗って海を進んだ。進んだ先は騎士団が調査対象としている幽霊船が停船していた。
小船は音も無く、ゆっくりと幽霊船の直ぐ横に小舟を付けて、そして小舟に乗っていた二人は静かに幽霊船へと乗船した。
また場所は変わり、船の中。その奥へと足を進めるヒト影があった。それは今先程この幽霊船に誘われる様にして乗り込んだごく一般的な人間の少女だった。
名前をアサガオと言うその少女は、ボロボロで何時踏み外しても可笑しくない船内の床を恐れる事も無く歩いた。辺りを関心する様に見渡し、その歩いた先の廊下の突き当たりにある大きな扉の前まで来た。扉は誰が手を付けたワケでも無く、アサガオを誘う様にして開いた。それにアサガオは躊躇する事無く扉を潜り抜けた。
その扉の先、そこは広く壁や置かれた家具に装飾を施されて部屋の雰囲気は豪華に見えた。その部屋のさらに奥、その中心に大きな椅子が置かれ、誰かが座っていた。
椅子に座っている人物はアサガオの事を待っていたかのようにして手招きをした。アサガオは少し間を置きつつも疑う事も恐れる事の無くその人物へと近づいた。
「ちょっと待ったぁ!」
その直後、誰かが部屋の窓を突き破って転がり出て来た。アサガオは悲鳴を上げ、椅子に座った人物は突然窓を突き破って入って来た『二人』を睨み口を開いた。
「…誰だ?」
聞かれて部屋に入り込んだ二人は、窓硝子が肌に刺さった痛みに悶絶しつつも声に反応して立ち上がり、問うてきた相手の方へと向き直り言った。
「誰か、何かと聞かれたならば答えねばならぬ!」
「そう、我々は世界の自然や人々の暮らしを守る!」
「絶対守護の『愛・緑の守護隊』のクレソンと!」
「カルミア!です!」
そう二人が名乗ると、真面目な表情で全く揃っていない謎の
二人の自己紹介を聞くと、相手も立ちあがり口を開いた。
「成る程、そちらが名乗ったならばこちらも名乗らねばならんな。
俺様はクリザンテム・エスト!全ての海を渡り歩く、大、海賊だ!」
どこからか爆発音の音の様なものが聞こえて来そうな、威圧感のある自己紹介を言い放ったのは肩に所々継ぎ接ぎだったり穴が開いている外套を背負い、青いと言っても差し支えない顔色をしていた。髪は長く手入れがされていないのが一目で分かり、身形は整っているとは言えなかった。だがそんな身形も威圧感からかお洒落なものに二人には見えた。
「あっどうもはじめまして。こちら、つまらないモノですが。」
「どうもどうも。」
先程の威勢を隠し、突如クレソンとカルミアは低姿勢になり改めて挨拶をした。手に持っている『つまらないモノ』はどこから出したのか分からないが、少し値の張る菓子を箱に包んだものだった。
「おっこれは丁寧に。して?お前らは何用で俺様の船に入り込んで来た?」
海賊と名乗った男、クリザンテムから本題に入り、侵入者であるクレソンとカルミアに問いかけた。
「何をしに来たって?…言ってもいいのかな?」
「そりゃ言った方が良い…のか?」
二人は向かい合って声を潜めて話し合うと、結論が出たのかクリザンテムの方へと向き直った。
「とりあえず、そちらの子どもをこちらに引き渡してもらって良いですか?」
低姿勢でクリザンテムの目の前にいる人間の少女、アサガオを指して頼みだした。アサガオ自身は首を傾げてそもそもの事の状況を分かっておらず、聞いたクリザンテムは少し呆けた後に声を上げて笑い出した。
「あっはっはっ!つまりはお前らは以前この船に侵入してきた奴らを助けに来たって事か!そうかそうか!だが、悪いが折角の獲物をそのまま返す訳にはいかないなぁ。」
「えっなんでさ!」
良い返事は返ってこないと覚悟していた二人。分かっていても返って来た返事に二人は表情を渋くなる。カルミアが直球で理由を聞き出そうとすると、快くクリザンテムは答えた。
「そりゃあ、俺様が力を付けるには元気が有り余っているヒトの『タマシイ』が必要だからな。以前この船に入り込んだ奴らはあまり力が取り込めなかったからなぁ。」
やんわりな表現をしたが、クリザンテムの発言で行方不明者が既にこの自称海賊の手に掛かった事が判明した。それは希望を砕く発言でもあったが、せめて詳細を知る為に敢てクレソンは質問を重ねた。
「その、以前の侵入者というのは、今はどうした?」
「あぁ安心しろ。俺様は小食だから一気には力を盗りはしねぇ。だが、放って置けばいずれは、な。」
敢て聞いた質問で多少の希望が湧いた。故に二人は急ぎこの目の前に立つ障害をどうにかしなければという決意も湧いた。
「リョーハイ。質問への回答をアリガトー。」
「という訳で、感謝の意を示す為にちょっとばかし倒されてください。更にはそちらの子どもも力ずくで取り戻させてもらいます。」
カルミアは拳を鳴らし、クレソンは腰に下げていた機械武器を手に取り構えた。そんな臨戦状態の二人を見て、クリザンテムは不快になるどころか愉快そうに声を荒げた。
「おぉ!成る程それは良い!そこまでやるというのであれば、全力でお前達の相手をしてやろう!」
その威勢はまるで大きな山とでも表現すべきか。クリザンテムは敵意を向けてきた二人に怒りをぶつける事なく、むしろ喜びと言うか敬意を表して二人を相手にすると豪語した。
途端にクリザンテムはどこからか錨の様な、斧の様な大きな鈍器を取り出してそれを頭上に掲げた。
「俺様からお前らへのささやかな挨拶だ!受け取れぇ!」
最後まで聞く前に、二人は予期して後ろへと大きく跳んだ。瞬間、クリザンテムは鈍器を勢い良く振り降ろして床に叩き付けた。その衝撃波で周囲が一瞬だけ歪んで見え、時間差で揺れが生じて二人は見えない壁に叩きつけられたかの様に全身を打った。想定よりも強い攻撃を受け、二人はそのまま床に倒れ伏した。
アサガオはクリザンテムの座っていた椅子の陰に居た為か、衝撃波による攻撃は受けなかったものの、揺れによって上手く立てなくなり転びそうになった。そんなアサガオをクリザンテムは鈍器を持つ手とは逆の手でアサガオを支えて持ち上げた。そしてこれもまたどこからか取り出した大きな鳥籠にアサガオを入れた。
「さぁどうだ!今のはどれだけ耐えられた!立てるなら立ち上がれ!そして俺様に掛かって来い!」
二人に向かって行ったであろう台詞を吐きだすと、高らかに笑いアサガオの入った籠を持って鈍器を振り回した。一方衝撃波で床に倒れ伏した二人は、楽しげなクリザンテムに気付かれないように小声で話していた。
「…見た?クレソン。」
「あぁ、間違いない。あいつ、紛うことなき戦闘好きだ。」
「うん。かなりのノーキンですな。」
二人は自分らがクリザンテムに対して抱いた印象をそのまま伝えあった。二人が抱いた印象は同じく、どちらもクリザンテムを戦闘が好き過ぎる脳味噌まで筋肉という、あまり良くないものだった。しかしだからこそ二人は手強い相手だとも印象を受けた。
言ってしまえばクリザンテムは力そのものの権化とも言えた。あの鈍器による衝撃波を受けてそれを実感した。単純な力勝負であれば、二人には分が悪い。
カルミアは獣人故に身体能力こそ高いが、筋力が弱く決定的な一撃を与えられない。そしてクレソンは機械武器である銃器を扱えるが、侵入する際に隠密に徹する為火力のある大きな武器は持って来ていないし、クレソン自身あまり打撃力に自信が無い。
二人は機敏に動き弱点を突く事は得意だが、相手に小細工が通用するとは思えないし、何よりあれだけ戦う事に喜びを見出しているのであれば、弱点を突いて相手が怯むわけがない。むしろ喜ぶ。
「見た目、クレソンよりも体細く見えるのに怪力とかずるいー。」
「だな。何よりも、あいつって種族何なんだ?」
それはカルミアも気になっていた事であり、そもそもクリザンテムには種族による身体の特徴が見られない。妖精の様なとがった長い耳も無い、獣人の様な獣の部位も持たない。人間というには纏う雰囲気や感じる気迫が重く常人とは思えなかった。
一体クリザンテムは何者なのか。それを知る為にも、アサガオや調査員の救助のためにも二人は痛む体に鞭を打つように立ち上がった。
「イタイってナゲくのは後で!」
「痛む前に動く!」
無理矢理に言い聞かせながら二人は再びクリザンテムに挑む為に前へと踏み出す。そんな二人の姿を見て、クリザンテムもまた喜び、鈍器を構えた。
「良いなぁ!その頑丈さ!お前らの力も奪いがいがあるなぁ!」
クレソンとカルミアの力も奪う気になったらしく、クリザンテムは二人に対して戦いの勝敗で互いに望みを賭ける事となった。二人は当然捕らえられたヒト達の解放を望み、クリザンテムが勝った時は二人が力を差し出す事となった。
「ところで、先ほどから言ってる力を奪うってどうやるの?」
具体的にどんな事をされるのか気になり、カルミアは最後にクリザンテムに質問をした。到底喜ばしい返事は返ってこないと分かっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「フン…そんなもの、食うに決まっている!」
「…くう?」
クリザンテムの言った事が頭に上手くは言って来なかった為、二人は思わずクリザンテムの言った言葉を繰り返した。
「口にしたものは食った者の肉となり、血となる。それが当然の事!ならば力もそうだ!お前らの力も俺様は食らい、そして俺様の一部にする!」
そこまで聞いて、漸く二人はクリザンテムの言っている事を理解し、そして二人はクリザンテムの正体が分かって来た。
「クレソン、あいつって。」
「あぁ…見た目は健全なヒトの体に見えたが、それは見間違いらしい。」
二人は幽霊船と聞いて、他のヒトと同様にただの不審な船だと認識していた。しかし、今だけは『幽霊船』という呼び名は
「あいつ、屍体の不死族な上に、『腐肉喰い』だ。」
自分の死が目の前まで迫ってきたかの様な表情をした二人は、知りたくなかった相手の詳細を今すぐに忘れたくて仕方ないまま戦いの為に構えた。
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