第8話 アイリスとハイドラ
シュロがイカに苦戦している間、レンとベンジャミンは不死族の発動する魔法に苦戦していた。
アイリスと名乗った屍体の不死族から放たれる水魔法を躱しつつ、二人は槍、剣を携えてアイリスへと攻撃を仕掛けた。本来であれば明らかに戦闘向けではない装備のヒトに対して攻撃するのは、場合によっては問題となるが、相手が魔法を使って騎士団である自分らに危害を加えてきたとなれば、即座に捕縛対象となる。故に多少の攻撃は致し方ない。
しかし、二人の攻撃は簡単にはアイリスに加える事にはならなかった。最初に刃が届きそうだったベンジャミンの攻撃が突如何かが遮り防がれた。次にレンが槍の柄でアイリスを気絶させようと腹部を狙ったが、それも同じように遮られた。
二人には速過ぎて目で追えず、攻撃をいなす事が出来なかった。そしてその遮って来たものは自分らから離れ、アイリスの元へと戻った。そのものこそ、二人をアイリスの下まで案内したあの屍体である不死族の犬、ハイドラだ。
犬の名前は長いので、二人の中では省略されて呼ばれているが、ハイドラは実はヒトの姿に変化する獣人であり、ヒトの姿はそこそこ背が高く、細身だが体格がしっかりしているから騎士団である二人にも力負けしていない。
髪は癖毛なせいで顔が隠れてしまい、よく見えないが犬の時の姿同様、半分程腐り落ちて少々見るに堪えない状態になっていた。
「くっそ!不死族って割に、頑丈だな!」
「外側が脆くなっているだけで、中身の骨はなかなか健康らしいな。」
ベンジャミンが苦戦を口にする中、レンは冗談染みた事を口にしていた。しかしそれは冗談には成り立っていなかった。実際にハイドラは手強く、頑丈だった。
ハイドラの体は腐敗し、脆くなっていたがその骨は正者のものそのままだった。走る為の足に相手の皮膚を貫く牙、それらは健全で、不死族というよりも生きたままの野犬を相手している様だとベンジャミンらは錯覚した。
ハイドラは獣人であり、ヒトの姿をしていたが、言葉を発する事は無かった。やはり不死族であり体が腐食している為か声帯も機能を失っているのかもしれない。
声を出さない。犬の姿でも吠える事の無い犬は感情を見せない生き物の様で、ある意味では先の動きを読み辛い相手だった。
そんな不死族を壁役にし、相手側の後方には魔法を使う貴婦人であるアイリスが控えていた。
不死族とは本来であれば体が腐食している為に魔法を使えない種族とされている。それは魔法を使うのに不可欠な想像力を司る脳が腐食、欠損している為とされる。故に魔法の使える不死族であるアイリスは脅威であった。
詠唱は短く威力もあるのは相当な魔法の使い手だとレンは納得した。かと言ってレンは怖気づく事無く、攻めの手を緩める事無くアイリスへ攻撃を繰り出した。
レンの持つ槍で幾度も突きや薙ぎ払いが繰り出されるが、それも魔法による防御によって弾かれ、全てが空振りとなる。魔法使いでありながら詠唱による隙が全く無く、むしろ前衛と変わらない防御力にレンは怒りや恐れよりも、感心を抱いていた。
「まさかここまでの魔法の使い手がこんなボロ船で出会えるとは、これは騎士団に勧誘したい程ですね。」
「あら、そうですか。でも残念です。今の所この船から降りる気はありませんので。」
丁寧に断られながらも、レンは戦いに対して焦りを見せない。一度下がり、同じく屍体犬との攻防を抜け出し下がって来たベンジャミンと合流した。
「ベン、気を付けろよ。あの魔法使いは無詠唱に近い魔法を使う。」
「つまり?」
「実質、前衛二人を相手にしているようなものだ。」
魔法使いが後衛になるのは、詠唱による。魔法を使うには詠唱は唱えなければならない。詠唱を唱えていれば当然時間が掛かる為に隙が生じる。だから魔法使いは前衛と組んで壁役を担ってもらわねば魔法を使えない。
しかし、その詠唱時間を短縮、もしくは無詠唱により隙を無くされては、魔法使いも前衛と変わりがなくなる。
「それって、いつものオレらと変わりなくね?」
「…それもそうだな。」
手強い相手になると思った矢先のベンジャミンの言葉にレンは納得した。二人は実際魔法使いを相手に戦う事は少ない。どちらかと言えば前衛となる剣士や接近武器を使う相手とばかり戦ってきた。だから今のこの状況も、今までのそれらの戦いと変わりが無いと気付き、何故か安堵した。
「んじゃあ犬はオレが相手するから、魔法の事は魔法を使うお前に任せた。」
「そうだな。お前は頭を働かせるのが下手だからな、俺が適任だな。」
「一言多いっつうの!」
いつのも口喧嘩を済ますと、二人は合図無しに駆けだした。ベンジャミンはハイドラの方へ、レンはハイドラの横を上手くすり抜けて、奥の方に居るアイリスの方へと向かう。
ベンジャミンが自分の方に来たと理解したハイドラは容赦の無い牙攻撃をベンジャミンに繰り出した。剣の刃で防ぐが牙の鋭さと噛む力の強さに押され気味になった。
「テメェ…細いくせして顎の力は強ぇなぁ!」
一方、レンは魔法の力で対抗しようと、詠唱を唱えていた。しかしアイリスの方が詠唱を唱えるのが早く、先に魔法を発動された。何とか魔法を躱しつつも詠唱を無事唱え終え、地面に手を付け床を氷の波で覆った。氷の波はアイリスの足元にまで届き、そのままアイリスの足を凍らせた。
「すみませんが、そのまま動かないで居てくださいね!」
相手が不死族であり命を持たないのであるなら、生半可な攻撃は無意味だ。先程は気負って槍の柄を方を向けてしまったが、相手が抵抗をしてくるならばと今度は刃の方を向けて突きだした。
しかしレンがそう言った直後、何かが床を突き破り、レンの攻撃を遮った。一体何が床から出て来たのかと思いレンは目を凝らした。するとそこには船に乗り込む直前に自分らを襲った触手が生えていた。
まさか触手が自分らを追いかけて来たのかと思ったが、その直後に聞き覚えのある声が聞こえた。
「あっレン!お前、よくも突き落としやがったなオイ!」
「…シュロ?」
何故かシュロが触手に絡みつかれた状態で、レンの目線の高さまで上がって来た。その姿にレンだけでなく、ベンジャミンもアイリスも驚きを隠せずにいた。
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