第7話 シュロと謎の男
レンとベンジャミンが船内で犬と貴婦人を相手にしている頃より少し時間を戻し、レンの
「あー…クッソ!あんの腹黒、何かにつけてヒトの事茶化しやがって!終いにはヒトを突き落すとか、もうアイツ騎士団止めてアンサツ者にでも転職するつもりかぁ!?」
オレは切れ散らかしながら、自分の現在地を確認しようと辺りを見渡した。
夜という時間帯である以外にも、窓が無い空間である為に暗く、しかしジメッとした空気からここが船底に近い場所である事を察した。
魔法で照明を出そうかと考えたが、何が潜んでいるか分からないこの状況では、自分の居場所を知らせる行為は避けたい。
「くっそ…こんな状況で襲われたりしたら最悪だな。船の外でもデカい触手が襲って来て、マジヒドイ気分だ。」
「ホント…ソレは同感。」
自分の事とは違う他人の事が聞こえた瞬間、声のした方に向かってオレは素早く剣を抜いて切先を向けた。しかし暗く右も左も分からない状況では自分の今の行動は意味が無い。分かっていても手が勝手に動いた。
「ハァ…ホント勘弁してほしいわ。…近づいて来るヤツらを追っ払うだけの簡単なお仕事ですって、あのヒトは言うけどさ。…正直腕一本動かすのだってシンドイんだよねぇ。」
目が暗闇に慣れて、ぼんやりと輪郭がはっきりと浮かんできて、見えてきた姿は真白いヒト型だった。髪らしき箇所も着ている服も、そのほとんどが白く、肌は寒い場所に居たためか薄い色をした肌色は青くなっていた。
「…お前はこの船の乗員、って事で良いのか?」
「あっ?…そういうお前は不法乗船って事で良いのかぁ?…って、質問されたのに質問で答えたらダメなんだっけか?」
先程から、暗闇の中からこちらの話し掛けて来るヤツの言っている事からやる気の感じられない。どこか悠長に話していて状況とかみ合わない。
しかし今は目の前の人物に関して調べに来たワケでは無い。白い人物が言う様に今の自分は不法乗船者ではあるが、そうなってでも探しに来たからだ。
「なぁアンタ。勝手に船に乗って来たところ悪いが、子どもを見なかったか?黄色い髪の女の子。ソイツもこの船にいるハズなんだ。ソイツさえ見つかればオレは直ぐにでも船を降りる。」
そもそものオレが船に乗り込んだワケと共に船を下りる事を宣言した。相手はどうにも面倒くさがりな態度を見せているが、これで無事にアサガオを見つけ出せばオレは船を降りられる。元々オレは幽霊船とは関係が無いし、騎士団の仕事を手伝いに来たワケでもないから、それで解決する。
「…おんなのこぉー?…あぁ、その子なら今船長の所にいると思うよ?…まぁ、会ったら会ったらでその子…もうだめかもねぇ。」
聞いた瞬間、何かが冷める感覚がした。
「どういう意味だ?」
オレの質問に、白いヤツは何故かヒッと短い悲鳴を上げた。別に変な事は言っていないハズだが。
「うっわ…それ無自覚なの?…怖っ。…ってかおれは関係ないからな。…いそうろうって言うか、ちょっと棲みかにさせてもらってるだけだし。…船長が勝手にしてるだけって言うか。」
「だから何が。」
言葉尻を少し強く言い、白いヤツを問い詰める。
「…あーつまり、船長はさ…今弱ってる状態なんだよ。…だから、力を付ける為に他の…他者の力?をちょっと?いや、大分?もらおうとしてるって言うか…分けてもらう?
つまり元気が有り余ってるヤツ探してたってわけなの。」
白いヤツから話を聞く限り、アサガオは自分から船に乗り込んだワケではなく、誘われてこの船に乗ったらしい。そして今、アサガオは危険な状態である事が発覚した。
分かればここに留まる理由も、降りる理由も無くなった。白いヤツも船長がどこにいるかまでは話しそうにないから、自力で早くアサガオを探し出さなくてはいけない。
オレが一歩踏み出そうとした瞬間、どこからか巨大なものがオレの動きを妨害してきた。見ればそれはぬめりを持った触手だと分かり、その触手はあの白いヤツの背中から伸びてきているのが分かった。
白いヤツは見た目華奢なハズなのに、一体どんな体の構造をしてデカい触手を生やしているのか、検討が付かない。
「ちょっとー!あんたが今船長の所に行くと、話したおれが後で怒られるじゃーん!も少し待ってくんない?」
「待たねぇ。ジャマだからこの触手どけ。あとオレは触手生やした生き物がキライだ。」
つまりは今触手を生やしてこちらの邪魔をしたお前がキライだとハッキリ言ってやると、白いヤツは目を見開き、突然顔を俯かせた。
「…きらい…きらい?…へぇ、あんたもそう言うやつなわけ?…本当、みんなして何さ、きらい気味悪い気持ち悪いって…本当に嫌になる。
別にこっちは好き好んでぬめぬめしてるわけじゃねぇしそうじゃないと動き辛くなるってだけでそっち不快にさせたいわけじゃねぇし勝手にそっちの感想言われてもどうしようもねぇしまじ煩いまじでムカつく」
先程まで悠長な話し方をしていたヤツが、いきなり
「よしっ潰そう。」
結論に至ったヤツは、再び触手を動かすだけでなく、もう一本、二本と触手を生やしてこちらに襲い掛かって来た。どうやら奴に悪口を言うのは得策ではなかったらしい。反省しつつオレは触手による押し潰し攻撃を躱していった。
「あーちょこまか動き回ってさぁ!これだから妖精って奴はよう!」
相当怒っているのか、遠慮なく触手を叩きつけて来て、正直オレは自分の身よりも船の方が気になって来た。今でこそ海の上を浮かんでいるが、見た目はボロボロの下手をすればこのまま水没しても可笑しくない状態だ。
もし何かの拍子にでも沈みかねないこの船で、これだけ暴れまわったりしたら本当に沈没しないか、ずっと気になっていた。そんなオレの心情を察したのか、白い触手ヤロウが口を開いた。
「不思議だろう?この船、今にも沈みそうなのに全然そうならないだろう?なんでかはおれも知らないけどさぁ、船に魔法か何かが掛けられてるみたいでさぁ。おかげでこんだけ暴れ回っても穴一つ開かないんだぜぇ?」
「いや、オレ甲板踏み抜いて落ちたんだが?」
「そりゃあお前、この船に不法乗船したから。」
淡々とオレの疑問にヤツが答えながら、ヤツもオレも攻防を繰り返していた。
躱す事は得意だ。しんどいが目も暗闇に慣れてきたし、元々狭い場所で動くコツは知っていたし、怒り任せなためか相手の攻撃も単調で判りやすい。
しかしだからと言って突破口があるワケでは無い。ヤツはいくら暴れても船を壊さないと言うが、対してオレは甲板の床を踏み抜いたように、この空間のどこか脆い場所に足を置けばそのまま体勢を崩しか、下手をすればまた落下する。ここが船のどのあたりで、船自体がどういった構造か知らないから、一回のしくじりが怖い。
所で互いに名前を名乗らずにいたが、相手の方は触手とか見る限り『イカ』だよなぁ。イカの人魚か、それとも動物だから獣人と呼ぶべきか、どちらにしてもやり辛い相手だ。
「ここにアサがいれば、喜んでアイツに跳び込んでいきそうだが。」
触手を攻撃を躱しつつ、床にも注意を払っている最中に独り言を溢した瞬間、触手攻撃が止んだ。オレは突然触手が動きを止めた事に一瞬だけ呆けたが、直ぐに仕掛けて来る事を警戒して構えていたが、そこへあの白い触手ヤロウが声を掛けてきた。
「…今、何て言った?」
何のことか分からないと思ったが、直前に自分が言った事を思い出し、復唱をした。
「…アサがいれば、喜んで跳び込む」
「そうっそれ。」
言い切る前にソイツは妙に焦った様な、異様な雰囲気でオレの方を見ていた。
「えっ何?そのアサ?って子、何?おれの事、好き…いや、単純に食べるのか好きってだけか。」
何やら白いヤツが小さい声でぶつぶつを呟き始めた。自分の言った事に高揚しながらも何故か勝手に沈み出し、ワケが分からなかった。
「あーイヤ、アサは食べる方じゃなくて、愛でる方で好き、になると思うぞ。タコとかも好きだし。」
正直口にもしたくない生き物の名前を出して訂正すると、途端に白いヤツは先程よりも暗い表情になった。
「…あータコ?あぁタコねぇ。そっか、その子タコが好きなのかぁ。…ちぇっなんだよあんな丸いやつ。…墨吐くのも動き遅いのもオレとカブっちゃってさぁ。意味わかんね。」
何やら比較にタコを出したのが悪かったらしい。一体全体タコと正体がイカであろう白いヤツの間に何があるのか、オレには皆目見当がつかない。
しかし、今あの白いヤツを落ち込ませた状態でいると、またこちらを攻撃しかねない。主にヤツ当たりとかそういった理由で。なのでそんな事態は避けようとオレは必死に言葉を選んだ。
「あぁーうん、大丈夫だ。多分アサはタコよりもお前の方を気にいるぞ。ホント、多分。」
オレの声を聞いて、白いヤツが若干反応を見せた。ここでまた下手な事を言えば、あの触手が暴れ回る事になる。慎重になってオレはイカに関する情報を思い出した。
しかし残念な事に、オレはタコ同様にイカも苦手だ。触手が生えていると言う共通点で見た目からもうダメだった。故に見た目以外の情報を耳に入れない様にしてしまった。
そうなればもう見た目で決着を着けるしかない。オレは必死になってイカの姿を思い出し、白いヤツを見て言葉を紡いだ。この間2秒が経った。
「アンタは…タコよりもスゴイ。だってお前…足が十本あるだろう。」
自分で言っておいて、何を言っているんだコイツを自分にいってやりたくなった。
オレが覚えている限りで似た姿をタコとイカの一番の違いは足の数だった。正確には十本の内二本は足では無く腕の部位に当たるらしいが今はどうでも良い。
後違いがあるとすれば色くらいしかオレには分からない。万策尽きたと覚悟を決めて白いヤツを見た。様子が可笑しい。見ると先程まで暗い表情で俯いていたのが、今度は目を細め、口の端を歪ませてニヤけた表情をしていた。正直ちょっとだけ気味が悪いと思ってしまった。
「んふふーそっかぁ。そうだよねぇ。おれ、あいつよりも足多いんだよねぇ。いやぁ、分かってくれるって良いよねぇ。えへへへへっ。」
どうやら足の数を褒められたのが余程嬉しかったらしい。オレ自身はあまり褒めた気がしないが、相手が喜んでいるのならソレで良いのだろう。
どこかの部屋でどこぞの騎士団二人が緊迫した戦いを始めている最中、オレは呑気な光景の中、ニヤけてもじもじしている白いヤツを茫然と眺めていた。
これ、先に進んで良いのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます