第6話 レンとベンジャミン

 話はレンとベンジャミンと視点から再開する。

 共に幽霊船に乗り込んだシュロが不慮の事故いとしたじけんによりはぐれてしまい、船の調査委と共に姿を見失った首都を捜す事になった二人が、甲板で犬の姿を見つけた。


「あの犬、一体どこから?」


 ベンジャミンが犬の存在に不信感を抱いているのとは対照的に、レンは犬の挙動からどこかへと導こうとしている事を察した。


「おっ道案内か?なら丁度良い。」

「ってオイオイ!そんな簡単について行って良いのか!?」


 どこかへと行こうとする犬について行こうとするレンに、ベンジャミンはレンの方を掴み、異議を唱えた。あからさまに怪しい犬を簡単には信用出来ないベンジャミンはレンを睨みつけた。


「この幽霊船を調査しようとしたヤツらがまとめて行方不明なんだぞ?もしかしたらあの犬に何かが」

「だったら尚の事ついて行くべきじゃないか?それともお前は犬が怖くて行きたくないか?」


 レンの挑発的な発言に一瞬だけベンジャミンは苛立ちを見せたが、直ぐに持ち直しレンのいう事にも一理あると納得はした。

 とは言え、油断ならないのは互いに理解していた。現状行先の分からない状況では少しの手掛かりが欲しい。二人は犬の行き先について行くことを決めて、入り口から船の中へと進む犬の後に着いて歩いて行った。


 船は見た目通り、どこもかしこも古びており、軋む音を立てながら進む事に警戒心が高まる。そんな中、犬と言う生き物の特性ゆえか、真っ直ぐには進まずにジグザグに歩を進め、まるで罠が仕掛けられており、犬がそれを避けて進んでいる様だった。実際の所罠の実在は確かめていないが、下手に戻る事も探る事もせず、二人共今は犬がどこへ行くのかを見守っていた。

 進んだ先、急な階段を下りると開けた部屋に出た。レンが魔法で辺りを照らせば砲台が置かれているのが見えた。


「ここは砲列甲板って所かな?船に詳しい訳じゃないけど、ヒトが一番多く行き来してた場所だろうね。」

「そう考えると、天井に手が届くし、結構手狭だな。」


 そこそこ高身長な二人には今のことの場所は動き辛い場所スペースらしく、明かりを灯せど天井や影になっている床に気を遣いながら進んでいた。

 そして前方を進んでいた犬が突如止まり、二人の方へと振り返って座った。そこで二人は犬の姿を漸くまともに見る事となった。

 最初に見た時は暗がりでも目が慣れていたという事で明かりは点けずにいた。だからその時の犬の姿は影になって詳細な姿は分かっていなかった。今明かりの下、二人の目に映った犬の姿は二人が想像していたかいないか、とにかく従来の犬とは異なった姿をしていた。

 まず頭が半分程腐り落ち、片目だけ目がなくなっていた。胴体のほとんども腐り落ち、骨が剥き出しになっていたり所々継ぎ接ぎとなっていた。


「この犬、不死族アンデッドか!?」

「へぇ。ヒト以外の不死族を見るのは初めてだな。まぁ動物だってシぬんだし、動物の不死族が居ても可笑しくないか。」


 犬の正体を知って驚くベンジャミンに対してレンは冷静に観察していた。その為か、レンはベンジャミンよりもいち早く屍体ゾンビ犬以外に何かが居る事に気付いた。

 屍体犬が今にもこちらに何かを仕出かすのではないかという不安から、ベンジャミンは屍体犬から目を離せずに居た。


「ハイドラ、おいで。」


 その何者かが声を出した事でベンジャミンも漸く気付き、そして声に反応して屍体犬は声のした背後へと走って行った。明かりを奥へと近づけ、目を凝らしばそこに居るのが長い裾の女性服を着たヒト型が見えた。

 声の主は自らが呼び、すり寄って来た犬を撫でるとこちらに歩み寄って来た。屍体犬の件もあり、そのヒトがどんな姿なのかはいくらか予想出来た。そして予想通りの姿をレンとベンジャミンに見せた。

 来ている衣服は元は飾り気はないものの、品の良い主催用の衣装だったのだろう、今は裾のの辺りにほつれ、生地にも若干ではあるが汚れがついていた。

 何よりも目に入るのはその人物が持つ白い日傘だろう。その傘だけが異様に綺麗で、端の方に小さな穴が開いていたが、それ以外は全く目立った汚れの無い。

 そんな薄汚れた不潔さを纏いながらも、当人そのものからは高貴な、どこか貴婦人染みたものを感じ取り、何故か勝手に背筋を伸びる感覚に二人は襲われた。


「失礼ですが、うちの犬が何かそうをしてしまったでしょうか?」


 顔を日傘で隠す様にしてそのヒトはまた歩み寄り、二人に語り掛けてきた。まるで囁くようなそのか細い声を聞いて、二人はそのヒトに全くの敵意を感じなかった。


「あっいえ!特に何も!と言うか、単にこっちが怪しんでついて来ただけなので。」

「何照れてんだよ。初心うぶかよ。」

「うっせぇ!何か…雰囲気に流されただけだよ!」


 それはそれで情けないとレンは思いつつも、場所が場所だけに明らかに怪しいその貴婦人らしい人物に、今度はレンが話し掛けた。


「こちらこそ、この船は貴女の領域テリトリーだったでしょうか?それならば、土足で上がり込んで申しわけありません。

 僕はレンと申します。こちらはベンジャミンです。」


 僕、というレンの一人称を聞いて、ベンジャミンは鳥肌を立たせた。そんなベンジャミンに声を出さずにレンは威圧を与えて黙らせた。


「あらっそう言えばこちらも自己紹介がまだでしたね。初めまして。私はアイリスと申します。こちらは愛玩動物ペットのハイドランジアです。」


 犬の名前長っ、と二人で内心揃ってツッコミつつも、屍体犬を指す貴婦人の顔を漸く目にした二人は息の飲んだ。

 その顔はやはりと言うべきか、腐り落ちて中の頭蓋骨が半分見える状態であり、まるで人の顔を頭蓋骨をそれぞれを二つに分けてからくっ付けたかのような異様さを感じた。

 アイリスと名乗ったそのヒトは、自分の顔を見られたことに気付き、手で口元を抑えつつ笑みを浮かべつつ再び日傘で自分の顔を覆い隠した。不死族にしては珍しく自身の腐食した肉体を見られて羞恥を感じたらしい。


「それで、わざわざ土足でこの船に乗り込んできたのは、どういった訳なのかしら?」


 先程まで長閑な雰囲気だったのが、急に厳かな雰囲気を纏い出し、二人の背筋が先ほどよりも確実に固く真っ直ぐになった。


「…そちらからして見れば失礼な事とは思うますが、この船が港から視認出来た際、こちらに調査が入って来た筈です。何が存じ上げていませんか?」


 何か下手な事を口にすれば、こちらに何かしら被害が及ぶ。そう二人には思えた。そして振り絞って出した台詞を吐き出して、二人は反応を待った。


「あぁ、それならご存知です。何やらこの船の周りを調べていたので、『船長』がとても気にしていらしたの。だから、こちらから招待させてもらいました。」


 『船長』。どうやらこの船にはアイリス以外にも居るらしく、呼び名からしてアイリスよりも格上の存在なのだろうと二人は思った。

 二人としては、この船の調査及び、行方不明となっている調査員の救助を早急に行いたい。しかしその為には、今目の前にいるこの貴夫人に対して何らかの許しを得ない限り無理に思えた。そういう雰囲気だった。


「その『船長』…さん?とは、あなたとはどんな関係なんだ?」


 そこへベンジャミンが直球の質問をした。レンはきっと彼ならするだろうとは予想していた。


「…私も船長からは客人としてこの船に乗せてもらいました。そして行く先も居場所も無い私に留まる事を許して下さり、本当に船長には助けられました。」


 正直にアイリスは答え、船長なる人物に対してどれだけ敬意を払っているを語った。そこまで聞いていて、二人は徐々に否やな予感が募っていった。

 二人は騎士の仕事を続けている中で、こういった他者に敬意を払うが故にその人物の為と称して罪を犯す者を見たことがあった。そして二人にはそういう人物が見た目や雰囲気から読み取れもした。

 だからこそ二人は確信していた。このアイリスという名の貴婦人は、船長の為に何かをするヒトだと。


「船長は言っていたわ。叶えたい夢があると。だから私は恩返しとして彼を手伝う事にしたの。その為には少し『人手』がいるらしいから、それまで少しヒトを貸して欲しいの。」

「…ヒトさらうはその為に?」


 この時点でレンも、ベンジャミンも自分が持っている武器に手を掛けていた。


「ヒトさらい、そうね。あなた達から見ればそうなるわね。でも、そんな事は大した問題じゃないわ。だって、船長は冒険家であり、賊でもあるから。でもさらったヒトはまだ傷つけていないから、とても優しい賊でしょう?」


 もう二人は武器を両手で持ち、構えていた。レンは槍を、ベンジャミンは両手剣を重さを感じない様に軽々と持ち上げ、切先をアイリスに向けた。


「優しいっていうのは、まず最初に断るを入れてから行動する事を覚えてから口にしろ。あんたらが調査員をどうやってさらったかまでは知らないが、穏やかじゃないのは確かなんだろ?」

「それには同感だ。なかなか利口な事を言う様になったな。褒めてやろう。」


 レンの台詞に一言多い!とベンジャミンが怒りつつ、二人は決して構えた武器をアイリスからずらす事はしなかった。そんな二人に向かって、ハイドラという名の犬が唸り声を上げた。


「…そうね。ちょっと強引にさらっていったのは事実だわ。でもね、こちらも少し急いでいたから、そこは理解してほしいわ。」

「それならさらったヒト達と話をさせて欲しいですね。いなくなったヒト達のご家族が大変心配していますから。」

「うーん…それは無理かしら。」


 穏やかな会話だったが、纏う雰囲気は穏やかではなかった。最早臨戦の状態で、何かの弾みでどちらかが先に仕掛ける事になりそうだった。

 その時は早くきた。どこからか何か大きなものが動いた衝撃音が響くと先にベンジャミンが前に出た。その動きに合わせてアイリスは手を前に翳した。


「ベン!」


 それを見たレンはベンジャミンに向かって声を上げた。その声が届いた直後、ベンは瞬時に後ろへと跳んだ。


「弾けて。」


 短い言葉と共に、ベンが先程立っていた場所から長く尖った透明なものがもの凄い速さで突き出してきた。それは濁りの全くない水の棘だった。


「あらっとっても反射神経が良いのね。そちらの先に気付いた方も、感が良いのか、魔法を熟知しているのか。」


 穏やかで上品で、しかしどこか妖艶な笑みを浮かべるアイリスに、ベンジャミンと一緒に珍しくレンも冷や汗をかいた。


「はぁ…短縮詠唱の魔法使いか。騎士団どころか全不死族の中にもなかなか居ない相手だぞ?」

「だからなんだ。触れない幽霊相手よりはマシだろ。」


 ベンジャミンの余裕ぶった台詞に、レンは短く笑った。

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