第5話 アサガオと幽霊船
突如として夜の海に広がる霧。それは徐々に範囲を広げ、オレらが立つ港にも広がっていった。
「毒?…いや、ただの霧か。」
「…これは。」
カナイは霧に毒が含まれているのを警戒したがそんな事は無く、対してオレは霧に関してある事に気付き、ソレを叶いに伝えようとした瞬間、霧の発生を報せた声がまた響いた。
「前方西南の方から何かが接近しています!」
またしても聞こえた声に皆が反応して、言われた方向を見れば確かに何か巨大なものの影が霧の中から見えた影は少しずつ、影を濃くしてこちらに近づいているのが分かる。
港に立つ騎士団も、オレとカナイも影をジッと見て誰一人動こうとしなかった。日が暮れても扱ったハズの港の食う気が冷たくなっていくのを肌で感じる。
遂に影は霧を抜けてその全容を見せた。最初に見た印象は、ただただ古めかしい、だった。
オレは船の種類を全て把握しているワケでは無いが、それでもどこか一昔前のものであるのが分かった。木製の船の至る所が朽ちており、大きく張られた帆はどれも穴が開いていてとても風を受け止められそうにない。
正直にいて本当にこの船は何故沈まずにいられるのか疑問に感じた。
「…うん、特徴と合致する。あれが件の幽霊船らしいな。」
騎士団の誰かが他の団員に報せるようにして言った言葉を聞いて、話だけを聞いて見た事の無いオレにもそうだと思った。まさに船そのものが幽霊に見えた。
「かなりデカいな。確か近づかないで様子見、だっけか?」
「あぁ。霧も出てきたし、迂闊に近づいたら砲撃でもされそうだしな。」
レンに言われて船をよく見れば、確かに船の側面に窓の様な穴が開いており、そこから砲台らしいものが覗いていた。人気は無く砲台もほとんど飾りであると思えたが、今にも壊れそうな船が動いているのを見ると、レンの冗談が冗談には聞こえなかった。
カナイは船が去って霧が消えるのを待つしかないと言い、オレも一度宿に戻ろうとしたが、また騎士団の誰かが声を上げた。
「おい!なんだあの小船?」
騎士団の指さした方には、確かに海に浮かぶ小舟が見えた。時間的にもう誰も居ないハズだから、誰かが船を仕舞い忘れて、それが波にさらわれたのだとレンは言った。放って置けと言われた矢先に、また声が上がる。
「いや…小舟に誰かが乗っています!」
「えっ!?」
今の驚きの声は誰だったか、それを確認する前に小舟に乗っているとされる人物の確認をした。オレも気になり目を凝らした。
確かに誰かが乗っていた。一人は船の船頭だろうか?船を漕いでる様だが、その姿は頭から足先まで長く黒い外套に覆われてまるで影のように見えた。顔も全く確認出来ない。
もう一人、船に座り込んでいる小さな人影が見えた。何故かその人影には見覚えがあったが、その小さな人影はオレらが港に居る事に気が付くとこちらに向かって大きく手を振って来た。
よくその人影を見れば、それは霧の中でも光って見える黄色い髪をしており、どこか嬉しそうに、楽しそうにしてこちらに笑いかけているのが見える。
「って、アレはアサじゃないか。」
「あぁ、アサガオか。」
「成る程、アサガオなぁ。」
船にアサガオが乗っている事に気付き、アサガオを知るオレも含めた全員が理解しきれずに腑抜けた表情をしたが、徐々に現状を理解して行き表情は驚愕に変わった。
「ってアサガオぉー!?」
「はぁーっ!?」
何故かアサガオがいつの間にか外に出て、尚且つ小舟に乗っている姿にオレもカナイも、そして珍しくレンも何時もの余裕そうな表情を崩して驚いていた。
そこでオレは、アサガオがどんなに深く眠りについていても尿意を催すと一発で起き上がる性質なのを思い出した。
「馬っ鹿!ちゃんち寝る前に手洗いに行かせろ!」
「あぁくそっ!一人で手洗いに行けるよう訓練をしたのが裏目に出た!」
「言ってる場合か!」
これまた珍しく声を荒げるレンと、いつも通りのカナイにツッコミをしつつ、オレは港にある小船に向かって駆け出した。アサガオが乗った小舟が今目の前、海上で何故か停泊しているらしい幽霊船に向かっているのが見えたから、幽霊船と小船は何か繋がっているのかと思った。
騎士団の誰かがオレを止めようとするがソレを振り払い、オレはアサガオを追いかけるべく小船の手を掛けた。
その瞬間、誰かが大声を上げた。
「船から何者かが急速にこちらに近づいてきます!」
生き物の気配に敏感なのか、それとも魔法を使ったのか、霧と船以外に生き物らしい姿が見えない海を見てその場の全員に危険を知らせる声が空間を張りつめさせた。
声に反応してオレは小船から手を離し、海を見た。すると確かに船からこちらに向かって海の水面に影らしきものが見え、凄い速さでこちらに向かって来るのが見えた。
そして海から離れる間もなくそれは勢いよく海から出てきた。暗くて影になっていたが、明らかにそれは大きく、何かが蠢く音が耳に届き、オレは不快感に襲われた。
「これは…まさか、触手か!?」
海から眼前に這い出てきたその巨大な生き物の触手は獲物を捕らえようと動き出した。咄嗟に躱そうとしたが、何かが触手の影が伸びた地面に向かって刺さった。見ればそれは騎士団の誰かが射貫いたであろう矢だった。
その矢が地面に伸びた影に刺さった為か、動き出そうとしていた触手が逆に何かに捕まれたかのようにして動かなくなった。オレは知らないが、何か弓矢を使った秘技というものだろうか?
ともかくこれを絶好の瞬間と捉えたオレは隙を突き、再び小舟に手を付け海へと押し進めた。するとオレが小舟を押す後ろで誰かが一緒になって小舟を押している感覚になった。後ろを振り返れば見たくない顔がそこに居た。
「ゲッ!お前まで来るのかよ。」
「お前がどんな立場にあろうと、一般人には変わりないしなぁ。俺が一緒について行ってやるのが筋だろう?仕事柄な。」
レンがワザとらしく非常にムカつく笑顔で言ってきやがった。理由も騎士団の仕事と言うのも分かるが、言い方がどうしても気に食わなかった。
そこで我に返り、そういえばカナイはどうしたのかと辺りを見渡したが、何故か姿が見えなかった。
「あぁ。カナイさまは俺らの言いつけ通り、後で港を出ると言ってお前の事を俺に任せたとも言っていたぞ。」
あのケモノ、厄介なヤツをオレに押し付けやがった!しかし土地守であろオレの上司でもあるヤツの立場を守る為に、そしてアサガオを追いかける為にもここは大人しく同行させなければならない。
そう悶々としていると、レン以外にも更にレンの相方であるベンジャミンとやらも一緒に行く事になった。
「相方と離れる訳にもいかないし、一般人の救出は騎士団である前にヒトとして当然の事だからな。後
最後に本音を零しつつも、結局オレとレン、そしてレンの相方と一緒にアサガオを追いかける為に小舟を押して、小船に乗り込み海に出た。
原理は知らないが不思議な矢の力による触手を抑止にも時間の問題がある。急ぎ小舟を漕いで動かし、アサガオの乗った小舟が向かったであろう件の幽霊船へと向かった。
見るとアサガオが乗った小船は既に幽霊船の直ぐ近くに停船しており、小船に乗っていたハズのアサガオも、謎の存在である船頭もいなくなっていた。
「船の側面に乗り込む為の縄橋子も掛けられている。恐らくここから船の甲板に昇っていったのだろうな。」
「なぁ?今更だが、マジで船に乗り込むのか?隊長からは様子見を命令されてただろ?一般人が乗りこんじまった以上は確かに救助の対象だ。だが、こんな少数で行く必要があるのか?」
「うーん…正直俺も迷ってはいたが、ほらっあちらさんはやる気満々だろう。」
ベンジャミンが不安を口にする中、レンが指差した先、つまりオレの事だ。オレはサッサと縄梯子を伝って船に乗り込んでいる最中だ。
「おおい!騎士団であるオレらを置いて先に行こうとするな!」
「それは無理な話だよ。特にあの子が絡んだらね。」
レンの言い分にベンジャミンは首を傾げていたが、そんなものはオレは無視して船へと一足先に乗り込んだ。
船の甲板に出たが、そこは思っていた通りの惨状だった。所々穴が開いていたり、どれだけの長い時間を潮風にさらされてきたのか、カビやら海で見かけるフジツボらしきものがこびりついているのが見られる。
甲板を見渡したが、アサガオの姿は見えない。一体どこに行ったのか速く探さなくてはいけない。
そんな内心では荒れているオレの背後から声が掛かった。
「シュロ、自分一人先に行って手柄を横取りするつもりか?」
いつものレンの挑発的な発言に眉を顰めるが、今はそれどころではない。無視して船の探索をしようと踵を返した。
その瞬間。レンが背後からオレの背中を力強く押した。オレは突然の事で転びそうになったが、縦性を立て直そうと足に力を入れた。すると、甲板の床からイヤな軋みの音が聞こえ、次に目にしたのは自分が落下する事で目の前の光景が上へと上がっていくというものだった。
そんな光景を目にしてオレは瞬時に気付いた。レンのヤロウはオレが足場の悪い所を踏む事を想定してワザと押しだした、という事に。
「フザケンナこのヤロぉーっ!」
オレの渾身の叫びが最後まであのヤロウに届いたかは定かではないが、少なくともその時のレンがどんな表情だったかは、落下の最中のオレにも容易く想像出来た事は確かだった。
ここからは後からレンと同行したと言うベンジャミンから聞いた話になる。
レンが押した事により、オレが甲板の床の脆くなっている所を踏んでしまい、落下する瞬間を目にしたベンジャミンは驚きつつも、次にはこんな事を考えていた。
遂にやりやがった、と。
「ふむっ矢張りここは足場が悪いな。船の中へは別の場所から入る事にしよう。」
オレが落下すると言う事態を引き起こした張本人は、冷静かつ淡々と次の行動を述べていた。そんな
「お前、いつか誰かに背中から刺されるぞ?」
「おや?心配してくれるのか。だが安心しろ。俺がそんな柔ではないと分かっているだろう。」
随分と余裕と言うか、油断していそうなレンの発言だが、ベンジャミンにはその発言を否定できなかった。それは相方として傍から見てきたから分かる事だった。
分かっているからこそ、そんなレンが突き落とした相手も簡単にくたばる様な柔な人物ではない事も最初に会った時から分かっていたらしい。
「さて、お前の被害者を捜すのは確定だが、それよりも、だ。」
そう言いながらベンジャミンは自分らの背後を刺す様にして目線を送った。一緒になってレンもその方向を見ると、そこには何時の間にか一匹の犬が居たとか。
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