夜編

第4話 シュロとカナイと騎士団

 巨大カニの騒動が完全に治まって来た頃、日は傾き空は赤く染まっていた。海の水平線で赤い太陽が生みへと沈んでいくのを眺めていたオレは、少し離れた所でカナイが誰かと交信魔法で会話しているのを視界の端に入れていた。

 会話が終わったのか、カナイがどこか浮かない表情かおでオレの方へと歩いて来た。


「今夜は宿に戻ろう。土地守に会うのはもう少し経ってからになった。」

「なんでだ?何か都合が悪くなったのか?」


 カナイは言いよどんでいたが、直ぐに口を開いて話の続きを口にした。


「ちょっとな。別の港で事件が起こって、様子を見る為とかで今日はここには来れないらしい。」


 事件、という言葉を聞いてただ事ではないと知ったシュロは何が遭ったのかカナイに問い詰めた。観念したかの様にカナイは話した。


「…ここから一番近い港でな、『幽霊船』が出たらしい。」


 ここで少しメタな発言となるが、『幽霊船』と聞けば真っ先に恐怖対象ホラーとしての扱いを想像するだろうが、古来より色んな種族が存在するこの世界ではもちろん幽霊や動く屍体ゾンビは当たり前の様に居る。

 よって、ここでいう『幽霊船』は恐怖対象ホラーでも不可思議現象オカルトでも何でもなく、ただの事件、もしくは事故という扱いとなる。


 話を戻すと、カナイの話によると数日前から件の港で出航予定の無い、もしくは通過する予定の無い船が夜の海上に突如現れたのだと言う。

 誰が乗船しているのか、目的も何も分からない船の事を総じて『幽霊船』と呼ばれる。

 港の方では何か事故か何か遭った事を考慮して、その船に対して交信の為の信号を送ったが、応答は無かったと言う。結局直接接触をする為に数名の調査員が小舟でその船に着き、中を調査する事になった。

 そしていくら時間が経とうと、日数が過ぎようともその調査員は戻って来る事も連絡を送って来る事も無かったのだとか。


「んで、今晩会う予定だった土地守ってのは、海の土地守でな。そういった海での異変を調べるのが本業だからその船の事を調べるという事になってな。それで今晩は会えなくなったらしいんだ。」

「ほーん。それなら仕方ないが、アンタは何をそんな浮かない表情かおをしているんだ?」


 話している間もずっとオレは気になっていた。交信魔法で土地守云々の話をして戻ってきてから、ずっと何か思い悩んでいる様な雰囲気を感じ取っていた。

 オレは件の土地守の事を知らないし、そう言えばそもそもカナイら土地守という存在について良く知らずにいた事に気付いた。

 この際だから何か話を聞こうと思い、何時もなら何も見なかった事にする所を深く突っつく様な事をした。そしてカナイも何に観念したのか、少しずつ事情を話し始めた。


「…そもそもの話、今さっき話した幽霊船の話は、もしかしたら意図的に起きた事件の可能性の方が高い。いや、『あいつ』が近くにいるならば間違いなく事件になる。」


 カナイの言う『あいつ』と言うのが、件の土地守の事を指すのだとしたら、何かその土地守とカナイとで何かいざこざでも遭ったのだろうか。


「つーか、ずっと濁してきた様だが、その会うハズだった土地守ってのがどんなヤツなんだ?」


 話をすれど、会う人物に関しての情報がずっと濁されて聞けず仕舞いだったのを思い出し、オレはカナイに漸くその人物に館する質問を直接ぶつけた。

 返って来た返事…いや、表情はまるで異様な虚無の感情を顔に出したキツネを彷彿とさせた。


「いや結局どんなヤツなんだって!好い加減答えろ!」

「どんなって…あー、何と言うか…確信犯?」


 何故に疑問形なのか?そして答えはこれまた嫌な予感をさせるものだった。


「つまり件の幽霊船も、その土地守が直接絡んでいると?」

「そうなんだよ!絶対あいつ、その船を使って何かやらかしてるに決まっているんだ!自分から調査すると言っていたが、そんなの自作自演に決まってる!あいつはそういう奴なんだから!」


 突然火が燃え上がる様にしてカナイは泣き叫びだし、オレは若干カナイの豹変に引いた。

 そうやら件の土地守は相当な問題児らしく、これまでも海での事件、事故にはほとんどの確率でその土地守が関わっているらしい。

 今の所その事を知っているのは同じ土地守同士だけらしいが、その事が周辺住民に知られたら、土地守としての信用がなくなるのだとカナイは更に嘆いていた。

 それならもう少し声を抑えた方が良いのではないか?

 ともかく、その土地守が何かやらかしていないかと気が気ではないらしく、それからずっとカナイは沈んだ様子であまり眠ってはいないらしい。反してオレは気にせずに宿で眠ったが。


 それからよていの日時が過ぎて数日後の事、漸くその土地守と会えるようになったとの事で、夜にその土地守に会いに担との方へと向かう事となった。


「よってアサ。お前は大人しく宿で寝て待ってろ。」


 オレの言葉にアサガオは反抗を見せて、やっ!と一言言い放った。アサガオが着いて来るのは想定通りだが、流石に夜の海に出る事となっている以上、何か遭ってはいけないとカナイと話し合い、アサガオは宿の部屋で留守番をしてもらう事となった。子どもに夜更かしをさせてはダメだからな。

 当然ながらアサガオは留守番を拒絶し、一緒に行くと言って聞かなかった。そんなアサガオをオレは抱きかかえると、そのまま寝台の上に横にし、アサガオの上に布団を変えて一定の拍子リズムでアサガオの腹を布団の上から叩いた。するとあっという間にアサガオは瞼を落とし、深い眠りに着いた。

 一度眠ればアサガオは朝になるまで起きないのは実証済みだ。これで安心して部屋を出られると思い、オレは準備を既に済ませた状態で念の為に部屋を音も立てずに出た。


     2


 夜のまちは昼間のどこか陽気で賑やかな時と比べると不思議な雰囲気に包まれていた。日が沈んで幾分か涼しくなった分、他のまちとも異なる異様さを感じた。だがソレは悪いものではなかった。

 そんな中をオレは宿の前で合流したカナイと共に、港に向かって歩いていた。


「港から小船に乗って、そこからどこに向かうんだ?」

「それは行ってみないと分からない。『あいつ』はそういう所も気紛れだからな。」


 件の土地守は相当の変わり者だろいうのは話を聞いて分かってはいたが、更に変わった性質のヤツらしい。カナイは終始ずっと落ち込んだ様子で、今にも心臓が飛び出て命を落としそうなほど気落ちして見えた。

 これから会うであろう土地守の事を思うと、オレまで気落ちしてしまいそうになるなと考えながら港に到着したが、どうやらその港には先客が何人かいたらしく、港には明かりが灯されていた。そしてその中に見覚えのある、あってほしくなかった人物の顔があった。


「おや?」

「…ゲッ!」


 居たのは騎士団の連中で、数名の見覚え無い人物に混じり、いつか会ったことのある元同業者の男がそこに居た。


「カナイさま、お久しぶりです。後シュロ、お前は相変わらずだな。今回はアサガオはいないのか?」

「あぁ、こんな夜中には連れて来ねぇよ。」

「なんだ。相変わらずのぶっきらぼうだなぁ。」


 紺桔梗の様な黒髪長髪を三つ編みしした男、レンが胸当てと薄着の姿で港にいた。周りにはレンと同じような衣装を着た奴らが大勢おり、皆レンと同じ騎士団である事が伺えた。


「レン!お前らは仕事か?」

「まぁ、カナイさまも既に耳にしているでしょう。数日前から近隣の海に『幽霊船』が出たという事で、こちらでその船を待ち伏せしている所です。」


 どうやら話に出た幽霊船目当てで騎士団がここに来ていたらしい。実際に幽霊船に関わりヒトに被害が出ているという事で、憲兵では手に負えず騎士団に依頼したという事だろうが、まさかレンがいる部隊が派遣されるとは思わなかった。最悪だ。


「おいレン!民間人に仕事の事を話したらダメだろうが!」


 カナイとレンが話をしている所に男が割り込んで来た。頭に一対の角を生やした深蘇芳ふかきすおう色の髪の男が警戒をする獣の様な鋭い目つきでオレらを睨みつけてきた。

 その頭角人に対してレンは手慣れた様な、半ば呆れた様子で頭角人の男の前に出た。


「ベン、この方は土地守だぞ。『騎士団と土地守は協力関係にあり、場所を同じくした時は情報を共有すべし』と言われているだろう?」


 いつもの小馬鹿にする様な笑みを浮かべてレンは頭角人の男、ベンに説明をした。表情からしてかなり見下した様子なのが分かるが、ベンは気にする素振りを見せずにレンの言葉に納得していた。


「あぁ!これが土地守か。キツネだから全然分からなかったな。」


 ハッキリとカナイに対して『これ』と名指ししてからの恍けた様な発言にレンは吹き出し、カナイは眉間にシワを寄せて怒りを露わにしていた。オレはベンのいう事に納得した。そりゃあ、所見で動物が土地守だと思えるヒトはいないだろう。


「…ごほんっ!それで、状況はどうなっているんだ?今港から船を出しても大丈夫か?」


 改めてレンから騎士団の現状を聞き出そうとカナイは質問をした。これからオレとカナイはこの港から小船を出して海に出る予定だから、その確認でもあった。


「待機状態が続いていますね。隊長からは船が見えても暫くは様子見との事なので、現在一般人の港への立ち入りは禁止。船も残念ながら出すのは待ってもらいますね。」


 レンはオレらが何をするかは知らないが、話から港で船に乗るという事は予想したらしく、オレとカナイに対して休止ストップを掛けた。何とも間の悪い事だが仕方がない。カナイも納得は言っていないらしいが溜息を吐いてレンの言葉に了承をした。


「あぁそうだ。こちら、俺の相方のベンジャミンだ。見た目通りの単純な奴だから、お手柔らかに相手してやってくれ。」

「オイ!ヒトを紹介しながらヒトの事けなしてんじゃねぇよ!」


 その短いやり取りを見て、二人がどんな関係か直ぐに察した。


「しかし、幽霊船何てここ最近出なかったが、何故今この時期に出てきたんだ?」

「さぁて。気になるのでしたらご自分でお聞きになっては?」


 カナイが愚痴を言い、ソレをレンがあしらうのを横目に海を眺めていると、ベンがオレに話し掛けてきた。


「アンタ、レンが騎士やる前からの知り合いか?」

「…だったらなんだ?」


 自分でも素っ気ない態度をとったを思うが、別にソレは世間体を気にはしていないし、レンの知り合いという事もあってあまり相手にする気になれなかった。


「フーン…道理で似てるワケだな。」

「誰がだよ!」


 正直というか何と言うか、失礼なヤツだな。

 そんな意味の無い会話をしていると、別の騎士団のヤツが声を上げた。


「沖の方から霧が発生!徐々にこちらに広がってきています!」


 声に反応して皆が沖の方を見た。オレも一緒になってみたが、確かに海の沖の方から煙が上がる様にして霧が広がっているのが見えた。

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