第3話 クレソンとカルミアと隊長

 場所は東の大陸の観光地として知られる半島。そこに仕事の合間を使い、休憩と称して海に遊びに来た三人がいた。うち二人は男性で、一人は人間でもう一人は機械の扱いに長けた機工人。そして三人目は女性で、頭に猫の耳を生やした猫獣人ケットシィだった。

 三人は沢山のヒトが集まり、海の美しさと日の熱さを堪能する光景を目にした状態でそこに立っていた。

 そして三人の内、機工人と猫獣人の二人は互いの顔を見ない様そっぽ向き、頬を膨らませて怒り心頭となっていた。俗にいう『喧嘩』をしる状態だった。


「いや、お前らここまで来て喧嘩とかすんなよ。折角の楽しい雰囲気が台無しだぞ。」


 もう一人の、二人から隊長と呼ばれている男は二人を宥める訳でもなく、ただ単に喧嘩を止めてほしい気持ちで二人に話し掛けた。


「だってこいつが!」


 機工人のクレソンと獣人のカルミアが二人が揃って隊長の方へと振り返り、声を揃えて同じ台詞を言おうとしたが、最後まで言い切る事無く二人はまただんまりしてしまった。そんな二人の様子を見て隊長は深い溜息を吐いた。


 そもそも二人が何故喧嘩を始めたのか、隊長にも分かっていない。最初は移動のための馬車の中で二人は和気あいあいとしていた筈だった。しかし徐々に互いに声を荒げ始め、それは喧騒に変わっていき、結果今に至る。

 普段は息が合い、事前に打ち合わせしていたのではないかと疑う程揃ってふざけ合ったり、声を掛けず目を合わせただけで息の合った動きを見せたりと、仲の良さの方が目立っていた。こんな風に目に見えて険悪な状態になるのは隊長にとっては初めて事だった。

 故に隊長には二人を仲直りさせる術が分からず、元より仲を取り持つ事など今までなかったので、どうしようか非常に悩んでいた。

 そんな風に隊長が悩んでいる間にも二人は言い合いを始め、周りの他の観光客も不安げに、迷惑気に二人の様子を見ていた。それに気付いた隊長は二人をこの場から移動させるか、喧嘩を止めさせる化しようとした瞬間、二人が再び声を揃えて言った。


「だったら勝負だ!」


 結局喧嘩は治まらず、二人は勝負を始める事となった。一方隊長は二人の勢いに圧されて、と言うよりも二人が揃って何故か隊長に向かって腕を伸ばし、その伸ばした腕が中り隊長は吹き飛ばされてしまった。


「…勝負をするなら大人しく始めろ。」


 倒されて地面に伏した隊長の言葉を聞く者は誰も居なかった。


 最初に始めた勝負は、場所が海という事で『泳ぎ』で勝負する事となった。二人とも泳ぐための防水素材で出来た水泳用の衣装を着て、砂浜で泳ぐ準備として体のあちこちを伸ばしたり曲げたりしていた。

 そして二人の菖蒲の審判を隊長が務める事となった。その事に隊長は非常に不満気だった。


「んじゃあ、用意…始めっ!」


 隊長が腕を上に伸ばし、合図として腕を下ろすと揃って二人は海へと跳び込んだ。元より身体能力の高い獣人であるカルミアに勝負に分がある様に見えるが、しかし猫とは水が苦手な動物とも言われる。個人差もあるだろうが、それでも濡れる事を苦手とする動物が元の獣人だから水泳も出来るか最初こそ隊長は不安に感じた。

 しかし、そこは戦闘訓練を積んだであろう獣人だった。水に対して抵抗も何も感じる事の無い泳ぎを見せて、カルミアは順調に距離を稼いでいた。

 一方のクレソンは、後衛を務める事が多いものの、種族柄体力には自信があり、二人揃って良い泳ぎっぷりを見せていた。隊長は普段はふざけ合った二人が良い動きをしているのを見て感心していたが、フとある事に気付いた。


「…そういやこれ、どこを到着点ゴールにするだとか決めたっけか?」


 根本的な事を事前に決めていない事に気付いた隊長だったが、あの二人なら大丈夫だろうと、二人が帰ってくるまでの間、近くの売店で何か飲み物か口にする物を買いに行った。


 一時間かそれくらいした頃、波打ち際でまるで打ち上げられたかの様に倒れた二人を隊長は発見した。隊長が軽くおかえりと二人に言うと、声を聞いて気が付いたのか二人は勢いよく起き上がった。


「次は砂浜で勝負だ!」


 二人は怒ってはいなかったが、めげてもいなかった。

 今度は砂浜で何かしらをするらしく、再び隊長が審判役として二人を見守る事になった。隊長は正直に帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 今度の勝負は砂浜で砂の城を作るというものだった。勝負方法ルールは二人で決まった時間内に砂で城を作り、どちらの城が一番かを決めるというものだとか。

 最終判断は審判役である隊長なので、隊長の好みに作れば良いという事になる。二人は意を決して、隊長の合図と共に再び動き始めた。

 この勝負は手先の器用な種族でも有名な機工人のクレソンに分がありそうだが、カルミアも物作りでは誰にも負けない。カルミアは時折お菓子を作って皆に振る舞う事がある。そのお菓子の装飾もなかなかのものだと隊長は記憶していた。

 案外二人は良い勝負をするなと物思いにふけていた。

 二人が所属騎士団は、互いに弱点を補い合う為に常に二人で行動するのが鉄則となっている。だから二人も互いに弱点を熟知しているし、どちらかが出来ない事は一方に助けてもらうと言う基本も普段から行っていた。

 しかし、二人は自分の弱点だと思っている事をヒトに任せる事を時には自分で解決する事もあった。そして互いに手を貸す事無くそれを見守る事も多々あった。

 それは二人が互いを信頼しての事であり、互いに互いの事を『知っている』からこそ出来る事だった。

 そんな二人が今まで喧嘩をせずにいた事、そして今こうして二人が喧嘩をしている事に、なんだかんだと隊長は考え深いものと二人を見守った。

 そんなこんなで出来上がった二人の砂の城は、どちらも凄い造形の物が出来上がり、今回も水泳の時と同様に引き分けとなった。っと言うよりも、二人の作った城があまりにも凄過ぎて隊長では審議するには荷が重かったと後に語った。


 結局勝負はつかず、二人もまだ喧嘩をしていたままであり、次の勝負で決めるとまた二人揃って宣言した。二人は本当に喧嘩をしているのかと、隊長は今更になって疑った。

 最後は何で勝負するのか、どうやら二人とも決めておらず二人揃って考え込んでいる状態だった。すると、遠くの方で観光客が何かを打ち上げて遊んでいるのが見えた。

 あれは打ち玉という、ここ以外のまちの方でも子ども達がよくやるのを見たことがあった。それを二人も見て、これだとまた二人が声を揃えて指差した。だからお前ら、本当に喧嘩をしているのか?

 結局二人も打ち玉で勝負をする事になり、適当に隊長が合図を出すと二人は借りてきた玉を打って上げ始めた。

 元々の身体の力に優れたカルミアと体力自慢のクレソンとでは、今回も勝負は直ぐに着かないだろうと察した隊長は、これも借りてきた日傘の下で二人の章部の行く末を見守っていた。半ば寝転がって遠くの空を見てはいた。


「良い天気だなぁ。絶好の運動日和ってか?」


 どうやら二人以外にも何組かが打ち玉をしているらしく、空気玉を打つ音がそこかしこ方聞こえてきた。更にと奥の方を見れば、そこでも打ち玉をしているのが見えた。

 遠くなので姿は良く見えないが、何やらキツネと少年が本気で打ち玉をしているのが見え、一瞬だけここがどこだったかを忘れそうになった。


「…まぁ、キツネだって偶には海で遊びたくもなるか。」


 二人の終わらない打ち玉にほとんど飽きてきて、現実逃避をしていたのがその時の隊長の気持ちだった。しかし暫くして、穏やかなだった喧騒が、次第に不穏なものに変わっていくのが耳に入って来た。

 見れば突如として現れた巨大なカニが砂浜に居た。本当に突然の事で隊長は思わず姿勢を崩しかけた。

 カニの出現による騒ぎを二人も気付いているのかいないのか、決着の着かない勝負に着かれて息を切らして立っていた。隊長はすぐさま避難誘導の為に動き出し、砂浜の警備をしていた人物を探しながら近くに居るヒト達を安全な場所へと誘導していった。

 遠目でカニの方を見ると、そのカニの足元に少女が一人でいるのが見えた。更にその少女の元へと駆け寄っている少年の姿が目に入り、隊長は少年と少女を救出する様に言おうと二人の方を見た。


「カルミア。」

「クレソン!」


 隊長が何かを言う前に二人はいつの間にか何かを構えており、クレソンが打ち玉の玉を片手で持って構えていると、カルミアは助走を付けて飛びあがろうとした。その瞬間を狙いクレソンはカルミアに向かって玉を打ち上げ、その打ち上がった玉を高く跳び上がったカルミアが腕を振るい、そして力強く玉を巨大なカニに向かって打った。

 弾は勢いよく飛んで行き、そのまま巨大カニが振り上げていたハサミに直撃、振り降ろされそうになったハサミは動きを止めて丁度したにいた少年と少女は無事だった。

 その後、巨大なカニは先程二人が助けた少年によって撃破され、騒ぎは一応治まった。

 隊長は少年に話し掛けようとしたが、隊長が近付く前に少年の元へと駆け寄ったキツネが少年に話し掛けていた。何やら二人の雰囲気が一般人にものとは違うと感じ、隊長は結局少年に話し掛けないままとなった。

 一方、少年らを助けてからは少年のの動きを見守っていたカルミアとクレソンは、ちょっとしたお祭り状態となっていた。


「よっしゃぁー!」

「あのコ、スゴいねぇ!一人であんな大きいカニを倒しちゃった!」


 先程の険悪な雰囲気はどこへやら。二人は互いに肩を抱き合い、少年に賞賛の言葉を送っていた。その言葉が少年本人に届いているかは謎だが、そんな事を気にせず二人は楽しげであった。

 そんな二人の雰囲気を割ってはいるかの様に、隊長は喧嘩はもう良いのかと聞いた。二人は呆けた表情をした後に口を開いた。


「…そういや、なんで喧嘩してたんだっけか?」

「えっワスれた。」


 二人の言葉に隊長な体を勢いよく傾けた。


「俺も覚えていないから、多分そんな大した理由じゃないんだろ。」

「うん、そうだね!」


 わっはっは!と二人はワザとらしく大きな笑い声を上げた。そんな二人を見て隊長は思い出した。

 そうだった。二人は元からこういう奴らだった、と。


「あー…お前ら、売店で何か買って食うか?」

「食べる!アタシめっちゃお腹すいた!体調おごって!」

「俺も食べる!隊長のおごりで!」

「ふざけんな馬鹿共が。」


 隊長はこの後あるであろう仕事の事を思いながらも、腹の痛みを抑えつつ次いつか来るであろう休暇に思いをはせていた。もちろん後ろの二人は無しで。

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