第2話 ベリーとスパイン
それは朝早くでの事、というよりも毎朝起こるだろう事の一端だ。
「東の方はもう直ぐ『照りの節』です!なので海に行ってごみ拾いをしましょう。」
却下だ。というかしたくない。何が楽しくて海まで行ってごみ拾い何てしなくてはいけないのか意味が分からない。
「意味はあります!ごみを拾えば海だけでなく、心もきれいになります!一つの事で二つも良いことを得られるのは素晴らしいことです!」
駄目だ。ベリーに何を言っても無駄なのは分かっていた事だった。毎朝同じ時間に早起きをし、何かしらの善行を行ってきたのを俺はベリーの『内側』から見てきた筈だ。
「慈善協会の会長さんから転送魔法の使用許可はすでにもらっています!出かける準備もばっちりです!さぁ行きますよ、スパイン!」
あぁ…今日もベリーの突飛な行動に巻き込まれるんだな。これも何時もの事か。
慈善協会とは、文字通り善い事を行うことを目的とした、頭の可笑しい集団であり、ベリーもその一員である。
小さなまちでの慈善だけには飽き足らず、偶にまちの外に出ては荷物運びの手伝いにヒト探す云々と、一日に何善も行う人一倍にお人好しな白い翼を持つ有翼人の少女は正に絵に描いた『良い子』だ。
そんなお人好しな少女、ベリーの内側に居るオレ、スパインはベリーとは反対に慈善行動が嫌い、というよりも面倒くさくやる気が起きず、バリーが善行を行っている間中はオレはベリーの中で大人しくしている。
しかし当のベリーはそれを許さず、何かにつけて俺を表に出して、共に慈善行動をさせようとして来て、押しつけがましい事この上ない。
しかし俺には拒否権など無く、半ば強制的にベリーの行動を共にする事になる。そして今日、嫌になる位天気が良いこの日もベリーは意気揚々と出かけて、善行を行いに転送魔法を使いに行った。
着いた先は慈善協会の支部である建物の一角。そこには魔法で施錠された部屋があり、ベリーは事前に許可をもらってオタとの事で、その鍵を持っており、早速鍵を開けて中に入った。そしてがらんとした部屋の中央、部屋の床には大きな魔法陣が描かれていた。
転送魔法は主に地面や床に円状に描かれた魔法陣の事を指し、転送先は魔法陣の特定の箇所を書き足したり、書き直したりして決める。そこは魔法専門の話になるので、俺は知らない。
転送魔法は魔法陣に乗れば自動で発動したり、詠唱を唱えて発動する者があるが、今回は前者の魔法陣らしく、魔法陣の前でベリーは足を止めた。
「転送先はすでに設定されているはずです。場所は沿岸部の砂浜、そして岩場となります。そこでごみ拾いをするのが今回のお仕事です。準備はよろしいですね?」
俺に対して確認する様にベリーは言うが、体の無い俺に対して準備も何も無いだろうと思った。そして何に満足したのか、ベリーはやる気に満ちた表情のまま、魔法陣に足を乗せて全身に魔法陣の発光を浴びた。
眩い光を目にした後、目にしたのは青い空だった。
「うわぁ…やはりここは空の青色が鮮やかですね。それに太陽もまぶしいです。」
ベリーの感想も分かるが、何よりも先ほどまで居た場所と違うのは気温だ。とにかく暑い。事前にベリーは薄着をしていて、通気性のある服を着ているのだがそれでも暑い。今すぐ真っ裸になってほしいくらいだ。
「だめですよ!人目があろうとなかろうと、服を脱ぐなどはれんち行為は出来ません!」
ベリーの性格から絶対に許さないと分かっていた。しかしこの暑さはなかなか、体の無い俺にもくるものがあった。
「もしも暑すぎて体調を崩してはいけませんね。すぐに作業を始めて、早めに休みを」
ベリーの事だからサボるなんて事も無いだろうし、諦めてごみ拾いでも手伝うかと思った矢先、後ろに振り返ったベリーが絶句して止まっていた。俺もベリーが見ている方に意識を向けて、同じく絶句した。
そこにあったのは、足の踏み場があるのかと疑う程の泥だった。そしてその溢れかえった泥の中には所々に紙屑らしきものや棒の様なものの折れたものが乱雑に落ちていた。
本来は海の水と波によって自然に削られた岩肌が見られるであろうその場所は、酷い有様になっていた。
「…なんですか、これ。」
絶句していたベリーが漸く発した声は震えており、内心がそれだけの感情で溢れかえっているのか察した。正直俺もこの光景は見ていて良い思うはしない。
俺にはヒトの手で作られた綺麗なものとかそうでないものの違いと言うのが理解出来ない。しかし、自然の綺麗さというものは多少であれば理解出来る。
ここは本来であればヒトが集まるほど綺麗な光景が見れる場所なのだろう。それが一体何が原因か、ここまで汚くなった光景は何かに対して怒りをぶつけたくなる気分が湧いて来る。
「あっスパイン!見てください!」
ベリーが指差した先、そこには数匹の小さなものが動いているのが分かった。それは近寄れば男性の拳大程の大きさのカニであるのが分かった。恐らくこの辺りに棲みかがあるのだろうが、泥にまみれたせいか弱っているのが一目で分かる。
「これ、すごく弱っています!もしかしたら泥の毒に当てられたのかも!!」
ベリーは治癒魔法の一つである『毒の浄化』を使う事が出来る。しかし毒にも色んな種類があり、その毒を理解していないと魔法は発動しない。それでもベリーは一生懸命考え、恐らくこれだろうという毒を頭の中に浮かべて治癒魔法を使った。
魔法は効いたのだろうか、弱っていたカニは少しだけ元気になった様に見えた。一安心したのもつかの間、ベリーはカニを手に抱えたまま汚れた岩場を見た。
「一体なんで、ここはこれ程まで汚れてしまったのでしょうか。」
悲観に暮れるベリーに代わり、俺は周囲をよく見た。そして泥の中に混じるごみらしきものを見てある程度の過程を組み立てた。
よく見ると泥はただの土に水気が混じった従来にものではなく、それは泥のような姿をした『生き物』であるのが分かった。
「生き物!?これは生きている泥なのですか?」
正確にはこれは『
恐らくこの汚泥生物はこの岩場の汚れに惹かれてこれだけ集まって来たのだろう。そしてその汚れの元は所々に散らばっているごみにある。ベリーに行っていくつのかごみは組み合わせてもらったが、それはどこかで見た形になった。
これは以前、慈善協会で違法の魔法道具を取り締まっていた時に発見した中にあった、『魔法花火』の一種だった。
『魔法花火』は魔法の力を使い、安全かつごみを出さない環境に良い魔法具という銘で売られているのだが、中には前者二つ共を守らず、ヒトにも環境にも害のある所謂『悪戯道具』というものもある。
あまりベリーの前では言いたくないが、しかし言わなくてはいけない事だが、ヒトの中にはワザとヒトを困らせて楽しむ奴らが大勢いる。この魔法花火も悪戯を目的にして違法で生成されて、綺麗な場所でワザと使ったのだろう。
目的なんぞ知らない。しかし、そういう需要があって作られる、使われるものは確かに存在した。
「…ゆるせません。」
ベリーは予想していた通りの反応を見せた。ベリーだって子どもではない。世の中には良いヒトもいれば悪い人もいるのは当然知っている。だとしても、こうして岩場で違法の魔法花火を使い、環境を汚してそこに棲み生き物を苦しめていると言う事実は受け入れがたい。それも同じ『ヒト』がやっているという事実はベリーには厳しいものだ。
「ゆるせません!…しかし、今わたし達がすべき事はごみを拾う事です。恨みつらみはありますが、今は困っているヒト、動物を助ける事が重要です!」
そして、ベリーは目的を見失わない性格をしている。岩場を汚した犯人を捜したい気持ちはあるが、それよりも大事な事があるとベリーは我を忘れずに見つめ直す事が出来る。
とは言え、これほどの汚泥生物が集まった状態ではごみ拾いも難しい。いっその事この辺り一帯を燃やすと言う手もあるが。
「そんな無茶な方法はだめです!」
言うと思った。まぁ下手な事をして、先程のカニの様にこの場所に棲む生き物まで燃やしては本末転倒だろう。分かってはいるものの、この広さは正直一日で終わりそうにないし、何日掛かるか考えるだけで気が遠くなる。
そんな風に俺が考えている間、ベリーは早速ごみ拾いと汚泥生物の撤去の準備を進めていた。ごみ拾いは持って来た道具でどうにか出来るだろうが、汚泥生物の方は俺ら一人でどうにか出来る気がしない。やはり燃やした方が?
フと視界の端で何かが動いたのが見えた。それは汚泥生物の一部で、明らかに見て分かるくらいに動いている。本来こういう泥はヒトには知覚出来ない程の遅さで動くものだ。それが動いていると分かるほどの速さで動くなんてありえない。
これは可笑しい。そう思いベリーに呼び掛けようとしたが遅かった。
動きが遅いと思っていた汚泥生物が一斉に動きを見せ、そして汚泥生物が一か所に集まったかと思うと、それは合体して一つの巨大な物体へと変化した。
まさかの泥が巨大なヒト型へと変わり、俺らはそれを見上げて茫然とした。
「ごっ
いや、
どういう理屈かは知らないが、どうやら汚泥生物同士で何かが共鳴し、何かが働いて合体し始めたのだろう。何かが一体何なのかは知らない。そもそも粘液生物自他が謎が多くて俺には説明が出来ない。
そうこうしている内に合体し巨大化した汚泥生物は動き始めた。何かするのかは読めないが、あんな巨大化した汚泥生物がヒトのいる場所に移動しては騒動になる。
「…本当はもっと平和的に片付けたかったのですが、こうなってはもう時間がありません!スパイン、お願いします!」
ベリーのその言葉を待っていた。俺の中では当初から決めていた予定を俺は実行する為、ベリーに代わって表に出てきた。
「おらお前ら!消炭になりたくなかったらとっとと失せろ!」
俺は魔法であらん限りに火の熱を放出した。ヒトと違って動物や魚は敏感な生き物だ。だから危険と判れば自分からその場から逃げ出すだろうと、ワザと魔法で辺り一帯を熱くしてやった。
案の定、次から次へと岩場に隠れていた生き物に近くの水場から魚などが出て来てこの場から離れていった。先程のカニの様に泥の毒で弱ってものがいたとしても、命の危険ともなれば必死になって逃げているだろう。
汚泥生物も魔法による熱に当てられて怯んでいる様だが、元より動きの遅い生き物だ。先程の合体の時の様な動きは合体した後には到底出来そうにない。俺はこの場の生き物が全て逃げた瞬間を狙い、俺は全力で魔法の力を集め、そして魔法を発動する。
「業火集めて、一面を赤の原に変えろ!」
熱の凝縮し、巨大な火の玉を化したその塊を俺は汚泥生物共に向かって投げつけた。その勢いと熱量により一気に汚泥生物諸共、辺り一帯を焼き尽くし、後には元の岩場しか残らなかった。
「よしっ!良い感じに岩場だけ残せたな。やっぱちまちまとごみを拾うよりはこっちの方が」
「もう!何しているんですか、やりすぎです!」
裏に引っ込んで俺の動きを見ていたベリーが無理やり表に出て来て、俺を無理矢理裏へと引っ込ませた。
しかし岩場を覆い尽くすほどいた汚泥生物は一掃出来たし、ごみもまとめて燃やせたから一石二鳥だろう。
「何言っているのですか!下手をして逃げ遅れた生き物がいれば怪我を負わせていましたよ!それにちゃんとごみは分別して捨てなくてはいけません!」
前者は確かに逃げ遅れた生き物が居れば当たっていたかもしれないが、見たところ皆避難をして俺の魔法が中った奴はいなかったから大丈夫だろう。それと後者の理由はちょっと分からない。
ともあれ、岩場のごみ問題と汚泥問題は一応片が付いた。しかし、ベリーは浮かない表情をしていた。俺も同じ気持ちだ。
「結局、岩場にごみを捨てた犯人を見つけられていません。」
一番の問題であり、岩場の汚泥問題の原因である犯人はどうしようもない。まさか近くのまちの中を手当たり次第に探すことも出来ず、後の事はまちの憲兵に任せる他無かった。
それにごみ拾いはこの岩場だけでは無い。まだ砂浜の方が手付かずだし、多分他にもベリーの様にごみ拾いをしている奴がいる筈だ。
「…そうですね。わたし達がすべき事はまだ残っています。先にそちらを片づけなくてはいけませんね!よし、ではスパイン、早速あなたに代わってごみ拾いをしてくださいね!」
ベリーの強制的とも言えるお願いを聞いて、俺は再びその場から逃げ出したい衝動に襲われた。そんな俺達を、岩場の生き物や魚は見送っていたとか、いないとか。
その日の夜、同じく岩場にて。
どこからか出て来た三人ほどの人影が、岩場にやってきて何かを荷物から取り出していた。
「いやぁしかし、たったの一日で岩場がきれいになっていたなんてなぁ。おかげで証拠も何も残ってなくて助かったが。」
「誰はやったのか知らねぇが、おかげでまた魔法花火の実験が出来るな。」
「実験、つうかただの試し射ちだがな。」
言いながら高々に笑う奴らの背を見下しつつ、俺は少し高い位置から姿を見せた。と言っても、夜のため俺の姿は今のあいつらには見えていないだろうが。
「なんだ、日を置いて来るかと思ったが、怱々に戻って来たんだな。」
俺はワザと大き目の声で三人の人影に向かって話しかけた。誰も居ないと思っていたであろうそいつらは驚き、声のする方へと振り返り、そして時間を掛けて高い位置を飛んで滞空している俺を見つけて声を上げた。
「なっなんだお前!…ガキの有翼人か?」
相手が子どもと分かると安堵したかの様に油断して笑い声を上げた。そんな馬鹿な奴らを無視して俺は話を続けた。
「こんな所で魔法花火を使う奴ってのは大抵味を占めて、綺麗にした後にまたやりに来るだろうと思って見張ってはいたが、目的はやっぱ魔法花火の試し射ち…いや、ただの遊びのつもりか。つまらん奴らだ。」
ベリーには悪いが、犯人は懲りずにまたこの場に現れる事は予想していた。目的は綺麗になった岩場とそこに棲む生物だろう。
昼間に助けたカニの殻に焦げた痕が見られた。恐らく犯人が意図してカニや他の生物に向けて花火を使ったのだろう。はっきり言ってこういう弱い者いじめはベリーだけでなく、俺も許せない。
だから宿でベリーが眠っている隙に俺は表に出て、こうして犯人共と対峙しているという訳だ。
犯人共は相変わらず子どもが相手だと思って笑って俺らを見上げており、気にせずに魔法花火を使おうとしていた。あわよくば花火を使って俺を脅そうとも考えているのだろう。
それなら丁度良い。
「そんなに花火がしたいなら俺が手伝ってやるよ。的はお前らな?」
言うと俺は小さな火を幾つも出し、それを三人の方へと放り投げた。三人は驚き身構えたが特に火が大きなることも弾け飛ぶ事も無く、三人は乾いた笑い声を上げたのもつかの間、次の瞬間には顔色を変えた。
俺が投げた火が落ちた場所には三人が持って来た魔法花火が、それも未開放でまだ設置しておらず、束ねた状態の花火が三人の直ぐ足元に置いてある状態である事に三人が気付いた時には遅かった。
良い感じに全ての花火に点火し、三人がその場を逃げ出す前に花火は勢いよく弾け飛び、汚い悲鳴を背景に俺はその光景を眺めていた。
「いやぁ、綺麗とは言えない光景だが、照りの節に偶にはこんな光景も悪くないな。」
夜が明け、酷い火傷を負った三人は縛る上げられた状態で憲兵の詰所前に置かれていた、とか。
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