昼編

第1話 シュロとアサガオとカナイ

 日差しが強い。ここはそういう場所だ。

 馬車に揺られた漸く着いたのは、視界のほとんどを占める海だった。砂浜は白く輝き、水場で履く皮紐靴サンダル越しでも伝わる熱が足の裏から肌を焼こうとして来る。

 アサガオも同じく小さな皮紐靴を履いており、靴から覗く肌に熱い砂が当たり飛びあがり驚くもどこか楽しげだった。


「あっつ…この土地は年中日差しが強いと聞いてはいたが、本当に暑い。」


 強い日差しから目を守る様にして手を翳し、空を仰ぐオレは率直な感想を述べる。


「そりゃあ、今は日差しが強くなる『照りの節』なのだからな。それも東の土地の一番南にあるというこの半島は特に日の力が強く働くとも言われている。」

「そんな場所が観光地ってんだから、本気で疑うな。皆して熱射病にでもなりに来たのか?」

「おいおい、滅多な事を言うな。ここは他にはない、特殊な場所でもあるんだ。それを皆が楽しんでいるだから、水を差し様な事を言うな。」


 他にはない場所、というのは普段のオレらや他のヤツら同様のある習慣からきている。それは『肌を見せない。』というものだ。

 特に足や肩をヒトに見せるような服を着るのはハレンチであり、陽射しが強く暑い日でも肌を決して見せてはいけないと言う当然の日常での意識からきている。

 しかしこの東大陸の南半島、通称『常照りの土地』では、その肌の露出が許された数少ない土地でもある。

 常に熱い気候のこの土地では、肌を隠すのはむしろ自サツ行為であり、危険が伴うという事で土地の領主から直々に肌を晒す事が許され、この辺りではほぼ義務となっていた。

 もちろんただ肌を露出してはただの無法地帯となる。そこは各自で判断して様々な薄着を着用してオシャレとやらを楽しんでいた。そこもこの土地の醍醐味だとか。


「特に照りの節になるとこういった海が美しく、そして避暑地にもなる。皆が皆この土地特有の楽しみを満喫しているんだ。

 シュロ、お前もいつまでもぶっきらぼうでいないで、少しはアサガオみたいに遊んで来い。」


 と、上司である土地守のカナイから言われはしたが、残念ながらぶっきらぼうなのはもう癖であり、遊びに行く気にはならない。絶賛熱い砂浜と奮闘しているアサガオの相手ならしても良いが、自分からあの大勢のヒトが賑わう砂浜に跳び込もうとは思わない。


「そもそも、オレらがこの半島に来た目的は海で遊ぶ事じゃないだろ?その会いに行くっていう『土地守の仲間』ってのはどこにいるんだ?」


 西の大陸に広がる森を守る土地守のカナイと、それに仕える守仕であるオレがアサガオも引き連れてこの土地に来たのは、そもそもカナイからこの土地にいるという同じ『土地守』に会いに行くと言い出したのが発端だった。

 いわくこの時期になるとその土地守の同行に気を付けねばならないとカナイは言い、折角ならオレにも一度会わせたいと言って、こうして長い道中の先、ここに辿り着いた。

 着いて怱々、ソイツに会いに行くのかと思っていたら、カナイが提案したのは海に遊びに行くという事だった。そして今に至る。


「いやぁ。一応そいつと会う約束はしているんだが、そいつもシュロと負けず劣らず、ヒトが大勢いるこの時間帯はヒト前に出たくないと言ってな。夜、日が沈んでから会うと言っていたんだ。

 だから、夜になるまでここで時間つぶしをするって事になった。」

「なんだよソレ、思っていたよりも面倒なヤツなんだな。」


 カナイからお前が言うな、と言われたが気にしない。ともかく夜になるまでする事が無いと言うなら、オレは宿に戻って一眠りしたい。離れた場所だから転送魔法を一度は使いつつも、魔法の力の節約の為にここまで馬車に乗ったり歩いたりと疲れたからな。

 アサガオは子どもで体も小さいのに、疲れなど縁が無いと言う様に元気で、見ているだけでこっちが疲れる。あっ小さいって言ったからアサガオが怒った。

 そして宿に戻って寝るなどつまらんとカナイに言われ、結局アサガオと一緒に砂浜で遊ぶ事になった。と言っても砂浜でやる遊びなどほとんどない。精々海の水を砂に掛けて、山を作ったりするくらいしか思いつかない。

 早速アサガオが砂で山を作っていた。砂の山を大きくし、その山に穴を掘って向こう側に貫通させる。無事貫通してアサガオは喜んでいたが、何が楽しいのかよく分からない。でも見ていて飽きない。


「いや見てないでお前もやってやれよ。」

「えっヤダ。カナイがやれよ。その為にキツネ姿だろ。」

「砂遊びする為に私はキツネの姿でいるんじゃない!」


 カナイとオレであれこれ言い合っていると、アサガオが走ってこちらに来た。何があったのかと思ったら、どこかを指さした。その先には何やら丸いものを高く上げて打ち合っている集団があった。

 丸いものは相当軽いのか、手で打つ上げると遅い速度で高く上がり、そしてまたゆっくりとした速度で別の人物の上へと落ちていき、それをまた打って上げる。そういう動きを繰り返していた。


「ほう。打ち玉か。」

「打ち玉?」


 聞かない名前を聞いて、カナイが話を続けた。


「打ち玉は中身が空気の薄い皮袋を玉状にして、それを手や足で打ち上げて遊ぶものだ。上げた玉を別の者がまた打って、玉を地面に落としたらそこで終わり、というものだ。

 西の大陸ではあまり見ないが、こういった風の無い開けた場所でやる有名ポピュラーな玉遊びだな。」

「…何が楽しいんだ?ソレ。」

「むしろお前は何なら楽しいと思えるんだ。」


 要はそういう遊びを砂浜でやるのが楽しいという事らしく、アサガオも打ち玉とやらがやりたいらしい。目を爛々としていてこちらをジッと見ていた。どうやらもうやる事は確定の様だ。

 カナイもやる気らしく、どこからは拝借してきた空気玉を持って来て、早速やってみようとなった。

 最初こそ、ゆるやかなものだった。アサガオが最初に打ち上げると言ってアサガオに玉を持たせた。そして何やら決め顔をしてアサガオが玉を腕を振るい打ち上げた。玉はそこまで速く上がる事無く、まるで紙か何かが上から落下する様な速度で飛んで行った。

 カナイは張り切って玉が落ちるであろう場所に駆け、そしてキツネ姿のまま鼻先を使い玉を打ち上げた。アサガオが売った時よりも少し速めに玉は上がり、落ちてきた玉を今度はオレが打って上げた。

 それも数分間繰り返し、アサガオも急いで玉の落ちる場所へと走ったり、砂浜故に足場が悪いく、オレもカナイも時々転びそうになったが何とか持ちこたえて玉を打っていった。

 そんな状態を繰り返していたのだが、徐々に白熱して来たのか何なのか、オレとカナイは玉を打つ力を少しずつ強くしていき、高く上がる玉を必死になって追いかけ、終いにはアサガオを置いてけぼりにしてオレとカナイとの玉の打ち合いの様になっていた。


「はっはー!どうしたシュロ!足元がふらついて、このままじゃ玉が落ちるぞー!」

「メテェが!ワザと打ちづらい玉上げてるせいだろう、が!」


 ほぼほぼオレとカナイの喧嘩状態となり、アサガオは棒立ちになって呆けた表情で打ち上がる玉を目で追い掛けて眺めているだけになっていた。


「さぁ、そろそろ決着を着けるぞ?必殺!」


 そう言い、カナイは太陽を背にして高く跳び、玉をまるで手足の様に操り高く高く上げて、今正に玉を打って地面に叩き落とそうとしていた。

 正直正気に戻った後、この時のオレとカナイはどうかしていたと思う。オレはただ打ち落とされる玉に備えてただ構えていた。

 そしてカナイが玉を打った、その瞬間手、というか後ろ足の辺りどころがずれたのか、玉は速度を落としてどこか遠くへとゆっくりと弧を描いて飛んで行った。

 そんな玉の飛んで行く光景を、オレとカナイはアサガオを一緒になって茫然として眺めていた。


「…何してんだ?オレら。」

「あー…あれが。こんだけ暑いから、ちょっと逆上せているんだ。」


 長い時間打ち玉をしていた反動か、玉を取りに行く気力が湧かず、その場に立ち止まったままになっていた。代わりに途中から打ち玉から結果的に抜けていたアサガオが遠くへと飛んでいった玉を取りに行った。

 玉は既に地面に落ちており、波の打ち際で波に当たってふらふらと揺れていた玉をアサガオが拾い上げた。するとアサガオは何かを見つけたかのようにどこかを見つめていた。

 そこは何も無い砂浜の地面だが、そこから何かが盛り上がってきて小さな砂の山になっていた。その砂の山は徐々に大きくなっていき、遂に大きな音を立てて地面から出て来た。漸く異変に気付いたオレとカナイ、そして他の海に来ていたヤツらも音を聞き、その出て来たものを見た。

 それは巨大な物体だった。逆光になり影になって良く見えないが、何本も生えた長い足に、腕であろうそこには巨大なハサミらしきものがついていた。


「…ってカニじゃねぇか!」


 思わず大声で言ったが、正に砂から出てきたのは巨大なカニだった。目が慣れて来て漸く全容がハッキリと視認出来たが、巨大であること以外は川やそこらで見るカニと容姿が全く変わらない。

 だが巨大であるが故に、その行動による結果が未知数だ。動かずにいたカニがゆっくりと腕を上げて、そのハサミを振り上げるとそのまま勢いを付けて地面に叩き付けた。

 結果地面が大きく揺れて、突如として現れた巨大カニとそのハサミによる攻撃を目にして皆が正気付き、恐怖して走ってカニから遠ざかろうと逃げ惑う光景が広がる。海の警備をしていたであろうヒトも慌てた様子で避難誘導をしていたが、皆かなり混乱しており収拾がつかない様だ。


「これはいかんな。シュロ、私も皆の避難に助力するから、お前はこのカニの調理をしろ。」

「了解…って、調理かよ。」


 カナイの冗談か本音かはさておき、オレは早速カニの方へと駆け寄った。見ればアサガオが最初のカニの出現時からそこから全く動いておらず、棒立ちでカニを見上げており、巨大カニは再びハサミを振り上げていた。

 オレは走る態勢のままアサガオを回収しつつ、すぐに来るであろう攻撃に備えていたが、何故か攻撃が来ず巨大カニの動きが一時的に止まっていた様に見えた。何かあったのかは分からないが、どうやらカニの攻撃は不発に終わったらしく、その間にアサガオにこの場から離れてカナイの方に行く様言いつけ、オレはその場に残りカニと対峙した。

 どういう訳か知らないが、巨大カニは興奮状態にあり、それにより当り散らすかの様にしてハサミを振り回している様だった。カナイの命令通り、オレはカニを鎮めようと魔法で収納していた剣を取り出して構えた。

 カニは堅い殻に守られた頑丈な生き物だと思われているが、硬いのはあくまで上の殻だけ。腹を覆う殻は脆く柔らかい。更に唯一硬い殻に覆われていない箇所があった。オレは先にそこを狙い剣を振るった。

 巨大カニはオレを敵と認識して襲い掛かったが、オレはハサミ攻撃を受ける前に速く動き、そのハサミのあるカニの腕の関節部分を攻撃した。

 やはり動く為に関節部位は柔らかく、一度攻撃しただけでカニは痛みに怯んだ。その隙をつき、オレは巨大カニの下へと潜り込み、そしてカニの腹に向かって思い切り剣を突き立てた。

 脆い殻に覆われたカニの腹にヒビが入り、攻撃による衝撃でカニは意識を失い、そのままひっくり返って大きな振動と音を立てて倒れた。


「うむ、カニの方は無事に処理出来た様だな。」


 避難を終わらせたカナイがこちらに向かってきた。その口元から涎が垂れていたのをオレは見逃さなかった。


「…食う気かよ。」

「そりゃお前、こんだけ食いでがあるカニだぞ!?」


 目を見開いて力説してきたカナイに引きつつも、オレはカニに剣を向け直した。本来生き物の命を奪うのはご法度だが、海の生き物、特にヒトを襲った生き物に対してはそのご法度は緩くなる。時にはないものとされる。

 だからオレも特に気に掛ける事無く剣をカニに突き立てようとした。突如オレを止める声が背後から聞こえた。ソレはアサガオだった。


「オイ、アサガオ。まさかコイツを逃がせって…言いたいんだな。」


 アサガオはオレを睨みつけ、明らかに意図を持っているのが分かった。そしてオレにはアサガオの意図が読み取れた。そもそもアサガオが現れた巨大な生き物に怯む事無く逃げずにいたのもそれがワケらしい。

 オレはともかく、カナイにもアサガオが言いたい事が感じ取れたのか、すごい唸り声を上げて悩む素振りを見せていたが、直ぐに諦めたかのような溜息を吐いてオレの方を見た。食うのは諦めるらしい。


 仕方なくオレはカニへの攻撃を中断し、カニと対話すべくカニに話し掛けた。動物と会話の出来る妖精種であるオレだが、一応海や水中の生き物の声も聞き取れる。かないくぐもって聞こえ辛いが、何とか意思の疎通は出来た。

 オレの一撃による気絶から目覚め、正気に戻ったカニからの証言によると、カニが棲みかにしている岩場に塵が溢れかえり、それによりカニの仔どもが体調を崩してそれに怒り、今に至るとの事。

 カナイの話では確かにこの海には見晴らしの良い岩場があるらしいが、そこがゴミで溢れかえるのはあり得ないとの事。☆


「岩場はこの海に中でも土地の方から環境の保護を受けており、隠れた名所でもある。そこにごみを捨て行くなど無法にも程がある!一度現場を見て、それから領主に話を通しておかねば!」


 土地守としても生き物としても許せないとカナイもまた怒り心頭になり、カニの案内の元オレとカナイ、そしてアサガオも岩場へと向かった。


 そして件の岩場に着いたのだが、そこで思わぬ光景を目にした。


「んで?どこにゴミが溢れかえっているんだ?」


 そこは水が透き通り、岩がでこぼこしているが自然に出来た窪みや岩の造形がどこか不思議な雰囲気を帯びており、隠れた名所とカナイが言っていただけに納得の美しい場所だった。

 カニの言う『ゴミが溢れかえり汚れてしまった場所』には到底見えなかった。これにはカニ自身も驚いており、慌ててどこかへと駆け寄ったかと思うと、そこにはオレの拳より少し大きな穴があり、そこからカサカサと音を立てて何かが出て来た。ソレは巨大カニと同じ姿をした巨大カニよりも小さく、しかし大きいカニだった。


「これは、カニの仔どもか。」


 カナイに言った言葉は当たっていたらしく、巨大カニは近寄って来た小さなカニに対して何やら心配そうな声を出していた。そこは妖精の耳でもくぐもって聞こえたが、親として子どもを心配しているというのが伝わった。


「どうやらカニが暴れ回っている間に誰かがここに来て、先にゴミ拾いをして岩場を綺麗にしていったらしいな。」

「みたいだなぁ。いやぁ最初聞いた時はどうしたものかと思ったが、何とかなっていて良かったな。」


 どういう訳か問題が既に解決しており、カニと戦ったこと以外何もしておらず、消化不良の様な気分が残りオレ自身は終わった気がしていなかった。

 しかし、カニの親子は互いに無事であった事が分かって喜んでいるらしく、そんな親子を見てアサガオもカナイも喜んでいる。ソレを見てまぁ良いか、と思った。

 ところでオレの攻撃によってヒビの入ったカニの殻だが、カナイ曰くカニ自身の再生能力でどうにかなると言っていた。ソレを聞いて少し安心した。

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