〔第4章:第3節|{打ち破りし者:ブレイカー}〕

 位置に着いたダンガ——ゆっくりと、風剣を抜く——。

「どのくらい掛かる?」

 十数メートルほど離れ、前の方に立つゴルガロ——両手には両刃刀。背中越しに、ダンガに叫ぶ。

「さあ——最短五分だな」

「オーケー……今度それ、貸してくれよ。面白そうだ」

 ダンガが抜いた風剣の刀身は、大きく湾曲していた。そしてその表面には、とても剣とは思えないほどの、無数の線——細い溝が、鍔から鋒まで渡っている。

「簡単に見えるかも知れないが、こいつは……抜くのでさえも、ひと苦労なんだぜ」

 大手を振って抜き切ると、自身の身体を軸に、右回りで旋回し始める。

 空を斬る——舞いのような動きに合わせて、刀身から鋭い音が放たれる。

 ゴルガロの肌にも、空気の波が感じられた。ダンガは振り続け、舞いを続ける。





 刀剣破壊短剣ソード・ブレイカー——元々は、相手の持つ刀剣を破壊するための武器。

 着想を得たのは、あの日。——今ではバンキに、『カッコつけてるだけの、実用性の低い武器』と言われるような物だ。

 ——実にその通りだと思う。カッコつけているわけではないが、使用可能な状況が限定的過ぎるあまりに、実用性はデフォルトで低い。

 ——相手が武器を持っている、もしくは痛覚を与えることに効果がある、というような状況でしか、役に立たない。

 武装解除か、部位破壊か——短剣の方が、汎用性は高い。

 なのに何故持っているのかと言えば……惰性で、だ。——加入当初から、剣だけで充分だと思ってしまっていた。

 これは、自らが怠惰である証拠だ。

 そしてその怠惰が、今は役に立つ——。

「……バカめ……」

 魔女は痛みに堪えながら、小さく言った。

「お前ら人間程度が……こんな手間を……」

 落ちた腕。血が足りてない、酷く青白い顔。二本の切り傷が、顎から額まで跨いで。

 ソウガを見るその瞳には、憎悪と嫌悪——それ以上の、殺意が。ソウガは無自覚なほどに冷静だ。

 全身の反射的な衝動——血が研ぎ澄まされるような感覚を抑え、口を開いた。

「——バカはお前だ」

 魔女は表情を強張らせた。痛み故かもしれないし、「バカ」という言葉への条件反射かもしれない——どちらでも良かった。

「大人しく、村ごと明け渡すか立ち去るかすれば、お前も……お前の妹も、死なずに済んだ」

 当たり障りのないことしか言えない——語彙力不足だ。これまでもこの先も、大したことは言えないのだろう。シダレやバンキの口の悪さが、今は少し羨ましい。

「あんな化け物解き放って……いったい何がしたかったんだ? あの魔力で『サバト』でも開こうってのか? 今度は成功するとでも? ——〈ソレット〉が見逃すとでも?」

 後ろ楯というのは、安心するし、余裕を生み出す——集団戦の〈十字ソレット〉で——それ以前の軍でも、学んだことだ。——一人で戦う、必要性も。

「——ウルセェッ‼︎」

 歯を剥き出しにし、唾液が漏れるほどの我慢と激痛を抱え、魔女は叫んだ。残された左手を、ソウガに真っ直ぐ向けて伸ばす。

 反射神経に自信はない。掌から左に避けたが、何も放たれていないようだった。

「……お前は——お前は、ワタシに傷を負わせた……」

 手を伸ばしたまま、魔女は言った。

「俺だけじゃねえよ」

「……調子に乗るな……お前は、殺す」

「奇遇だな。——俺もそう思ってたッ!」

 何かの力を込めて、魔女は魔術を放った——ソウガが走り出した途端に、立っていた土の地面が浮き上がり、魔女の手に引かれるようにして、ソウガの背後に波のように、山折になって迫る。

 手負いの魔女——その正面に立てば、魔術でやられる——接近しても——と、思考が動く中、掌がこっちを向いた——その中央に光が見えた瞬間に、反射的に刀身を、真っ直ぐ構える——黄色の光線が放たれ、十字剣の刀身が迎える。

「——っゥッ‼︎」

 十字剣の鋭利さは優秀だが、真っ二つに切断した光線の、その角度までは変えられなかった——左右に分かれた光線が、左上腕を掠めた。

 ただ、足は止まらない——目的は、身を護ることじゃない。

 光線が止むと、剣が横に一閃——腕を引っ込め、退がった魔女——その背中には、『封洞』の壁が迫る。ソウガは十字剣を刺突。躱され、下から光線が放たれる。

 右肩を撃たれ、大きく仰け反る——十字剣は退がらせられたが、『破壊剣』が順手で刺突を——またも魔女の右鎖骨に刺さる——同じ場所ではなく、今度は上寄り。

 しかし、浅い——魔女は短い悲鳴を上げると、ソウガの胸の金十字を押す。

 超至近距離からの、青色の光線——一瞬、あの『オロチ』に撃たれたかと、錯覚するほどの威力——風の音が聞こえるほど後ろに、弾き飛ばされた。

 無様に容赦無く、地面を転がり滑り——『封洞』の中央まで退がらせられた。

「……調子に乗るなと、言ったぞ…………」

 疲労に塗れた言葉だった。しかし、聞こえた。

「腕を落としたから、何だッ‼︎ ——傷を負わせたから、何だッ‼︎」

 こっちは何も言ってない——地に伏せながらも、ソウガは魔女を見る。殺意でいっぱいだ。

「お前は……お前たちは……」

 感情の暴走——怒り方を知らない青少年のように、初めての感覚に戸惑う者のような姿——ソウガは立ち上がると、敢えて笑って見せた。

「——お前より優れてる」

 知欲の亡者は、傲慢さが売り——チラッと思ってはいたが、的中したようだ。魔女の表情が、殺意と同じくらい怒りに——感情の波に呑まれていく。

「お前は、実に——人間らしいよ!」

 極めついた——それらしいことを言えば、意外と通じるモンだ。

 魔女は滑り、ソウガに接近する。

「ッ‼︎ ——下位互換が……お前ら〈ソレット〉は、此処で皆殺しにしてやるッ‼︎」

「調子に乗るなよッ!」

 十字剣を構え、ソウガも飛び出した。





「——グレン!」

 無数に出来た地面の焦げ跡——その線がさらに一本追加された直後、ファンショが叫びながら走ってきた。

 ドンソウが『四方盾シールド』を構え、『オロチ』に突っ込む——その右手には『大剣バスタード』。迫る頭には『蛇腹剣コイルソード』が、その鋒を下顎に当てる。——が、突いているだけだ。くすぐったそうでもない。

 グレンは最前線にいたが、少し離脱し、近くで地を這って蠢く——マジョガタの誰かの右腕を両断する。

「どうした?」

 慌てた——必死のファンショ。両手も両足も血塗れだ——本人のでは無さそうだ。

「……ソウガ——エィンツァー・ソウガが——」

 名前を言ったときには、グレンの視線はソウガを探していた。が、いない——?

「どこに——ッ⁉︎」

 ファンショはグレンに飛び掛かると、グレンが立っていた場所に、グレン以上のサイズの光線が突き刺さった。その光線は、ファンショが立っていた場所も焼き尽くす。

 すぐに起き上がる二人。地面は線状に焼け焦げて、燻っていた。

「すまない」

「いや、助かった——それで、ソウガは?」

「魔女を連れてあの『封洞』に行った——一人で」

「……一人で?」

「済まない、止めようと思ったんだが……」

 マジョガタはかなり減ってきた。アンテツとバンキ以外は、ダンガの時間稼ぎのため、『ヤマタノオロチ』へ向かった。

「ファンショ、手を貸してくれ」

 走り出した二人——マジョガタの肉片を避けながらも、『封洞』へ。





 魔女は掌を向ける——その手に十字剣を振り翳す——後退した魔女には刺突——パターン化する前に、剣を真横に振り切る。

 単調な攻撃ではなく、決定打が欲しい——が、近付く度に避けられ、放たれ——距離を縮めるための遊戯になってしまっている。

 煽るだけ煽っといて、互いに距離を取るだけ——そうしたいわけじゃなくても、結果的にそうなっている。……情けない。

 耐久戦に持ち込んでも良いが、『封洞』の外がどうなっているか分からない——誰か死んでいたり、ピンチだったりすれば尚更だ。ソウガの前任のエィンツァーは、戦死したらしい……。今の〈十字ソレット〉の面々は、仲間の戦死を最低でも一人、経験しているわけだ。——できればその感覚は、あまり知りたくない。

 魔女は空気の膜を纏っていない——が、造り出すことはできるらしい。

 上から振り下ろされた刀身を、掌で受け止める魔女。

「——腕がもう一本、欲しいよな?」

 煽り口調で『破壊剣』を突き出す。——腕をもう一本…………。

 『破壊剣』は、魔女の頬を掠める——「グゥァラッ‼︎」——魔女の顔に、小さく薄い傷が滲む。

 これは耐久戦——消耗戦じゃない。

 ふと思った考えが、即実行できる確信の感覚——魔女に弾かれたソウガは、退がらせられたとしても、ドンソウのように両足で着地——し切れず、しかし膝を付き、後ろには倒れない。そのまま靴底で勢いを殺し切り、一瞬——一瞬速くでいい、と。前に飛び出す。

 ——グレンのような優れた剣技はない。

 ——アンテツのように接近戦を得意ともしてない。

 ——クフリのような柔軟性もない。

 ——メイロのように盤石な戦力でもない。

 ——ドンソウのように徹底した防御力もない。

 ——キキのように卓越した器用さもない。

 ——ガンケイのような優れた手数があるわけでもない。

 ——シダレのような異質な才能もない。

 ——バンキのようなトリッキーさもない。

 あるのは——今あるのは、ただの痩せ我慢。

 この状況において、必要なこと——衝動。それが武器となる。

「————————」

 十字剣を突き出す——魔女が袖で弾く——そのまま掌を向ける——ソウガは反転し、魔女と自分の間合いの中に、強引に左半身を入れる。

「ッ!」

 魔女は腕を引っ込めようとした——掌で弾きたいのだろう——ソウガに触れれば、一発だ——が、させない。

 ソウガは『破壊剣』を持った左手で——握ったその拳で、魔女の鼻を殴る。一瞬仰け反る魔女——その隙が————最後のチャンス。

 『破壊剣』を手放す——その左手を、右脇から——右手の下から伸ばし、魔女の左手首を掴む。そのまま捻るように——左手を真っ直ぐ伸ばし、右手の十字剣を——その刀身を、魔女の前腕に押し当てる。

 自分の左腕を使った、テコの原理のような状態で、十字剣を力いっぱい——魔女の左手をへし折るよう——斬り落とす力を込める。

「ぅアラァウゥアアアアアアアアア‼︎‼︎」

 こっちの意図が察されているのだ——魔女は力を込めて叫ぶ——が、ソウガは半背負い投げのような姿勢で、斬れるまで離さないよう、姿勢を固定する。

「ゥラァアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎」

 なんなら叫び返す——この一手で、全てが決まる————‼︎

 袖の繊維が、切れる音が聞こえる——感じる。僅かに、少しずつ。

 魔女が叫びを呑み込むように、一瞬黙ると、息を呑んだ。

「アアアアアアアアアアアア‼︎」

 背中の『基本戦闘服ステータス』の繊維が——衝撃と共に、蒸発するような熱と煙を——感覚に襲われる——全身の姿勢は保ったまま、僅かに頭だけ後ろを見る。

 魔女は——魔女は。

 ——その両目と口から、紫色の光線を放っていた。

 ……穴だったら、何でも出来んのかよッ……クソッ⁉︎ ——今さらだが、魔術での直接攻撃はないんじゃなかったか————?

 背中が蒸発するのが先か——腕がへし折れるのが先か————力は緩めない。

 そして——。


 ——天秤は、ソウガに傾いた。


 ジュギィン——という妙な音と共に、手首を持っていた左手から力が抜け、刀身が力強く、空を振り斬った。

「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎」

 振り切った十字剣と、魔女の前腕から先が、自分の両手にあった——それを見ると同時に、背中の光線の威力が強くなり、前のめりに投げ出される。

 顔から地面に——一回転して。後頭部に激痛が走り、一瞬呼吸がゼロになった。

 強く息を吸い、吐く。星が突き出た眼球の視界——すぐに鮮明さを取り戻し、仰向けから反転するように立ち上がる——僅かな頭痛や不調は気にしない。

「ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」

 目の前で、失くなった腕を見るようにして、獣のような悲鳴を上げ続ける魔女。

 血と涙で、顔はぐしゃぐしゃだ——常人なら失血してそうだが、右肩の血はいつの間にか止まっていた。

「ァアゥ…………憑いてやる…………呪ってやる…………祟ってやる…………」

「……腕がないのに、良くやるな……」

「クソッ……人間のクセに……しぶといぞ……」

「ゥウウウウウゥ——アァアアアッ‼︎」

 噴き出した血を——腕の断面をソウガに向ける魔女。

「ゥアゥッ!」

 血と共に、光線が噴き出す——完全に想定外で、右耳の先が削られた。

「ッ——グゾッ‼︎」

 半歩退かされた右足——しかし、勢いをつけて外側から斬りつける。魔女も半歩引く。続け様に、今度は内側から斬る——それも躱される。

 そんなの分かってる——右足で地面を蹴ると、左足を出し、ソウガは正面から、魔女の腹を蹴る——急に下から来れば、それは不意打ちとも言えよう。不意を突かれた魔女は、そのままバランスを崩し、後ろに倒れる。

 魔術で地面を流れようと——離れようとした魔女——させるか。

 ソウガは跳び出し、倒れた魔女に上から飛び乗る。

「グウェゥッ!」

 押し潰すように——それなりの筋力を持つ、元軍人——今は剣士の体格が、半引きこもりの、戦闘特化ではない痩せ型女に、その体重をかけた。

 それでも魔女は、命が懸かっている自覚があった——無理矢理肺を大きく膨らませ、勢い良くソウガに向かって、吐息を浴びせる。

 ブゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎ という、暴風雨のような音が爆発し、跨ったソウガに向かって、色とりどりの——両目からは黄色い、口からは青い、そして左手の断面からは、赤い光線と血が放たれた。

「ックソッ‼︎」

 この数分——悪態しか吐いていない。……それか、言い慣れてない煽り文句か。

 だがこの距離でのこの状況は、マズかった。

 歴戦の戦士として——右腕が反射的に動いたのは、幸運としか言いようがない。

 十字剣は魔女の首と肩を跨ぎ、押さえつけることで、左腕の断面を制した。

 不運だったのは、その所為で無意識にも——自分の顔を切り捨てたことだ。業火に焼ける左半分——視界の左中央が一瞬で焼け飛び、昨夜負った傷など無関係に、頬も口元も耳さえを、溶かすように焼きつける。

「ッ……グ」

 ソウガは左手で、魔女の首を掴む——そのまま顎を押し上げて、僅かに光線を逸らす。

 突然光線が止んだ。

 その分の魔術を——魔法を、魔力を別に使うことにしたらしい。

 見慣れた浮遊魔術が起動し、魔女は背中を地面に引き摺る——乗っているソウガも、勿論滑り出し、魔女の腰に慌てて足先を回し、足首を組んだ。

 ——これ以上、逃す気はない。……………………逃がされることはない。

 魔女は短く——強く息を吸った。


 魔女の口から——両目から放たれる光線が、ソウガを越えて外壁に当たる。


 ……必要なときに、必要なことを————。


 自分は、〈ソレット〉歴が浅い——まだ二年だ。

 任務は数回程度——それでも、他のエィンツァーには劣る。

 傲慢にも——それが分かっていながら、魔女との一騎討ちに出た。


 ……剣に、『正義』を——。


 この場所で生まれた、歴史の闇の継承者たち——その覚悟を。

 遺志を終わらせるには——若いエィンツァーは、幾分か心許ないだろう…………。

 頼りない————だが、当時の相手は人間だった。

 今はそれを護るために、戦っている————。

 ——これはお前の、怠惰と傲慢が生んだ結果だ。


 ——天秤を均せ。


 ソウガは素早く、首から左手を離す——右腿の十字短剣を抜くと、勢いだけでその胸に突き立てる。

 弾かれはしない——だが、まだ刺さらない。

 刺し続けないといけない——その胸が膨らむ。


 超新星かと思うほどの、強力な閃光——が、左目に直撃した。


 眼球損傷——理解できないまま、体感だけが残り、消える。

 一瞬にして蒸発したよう——力を入れるような瞬きも、瞬きの感覚すら消し飛ばされ。

 魔女は叫ぶような声を上げて、ソウガの肌を光で焼く——左肩——鎖骨も焼かれ、その感覚はあるのだが、すぐに消えていく。光線が口にも一瞬入り、口内の水分が蒸発——喉が焦げる味がした。十字短剣から左手を離し、魔女の首を掴み、顎を上に押さえつける。

 肌の感覚はもうない——肌がもうないかもしれない。痛みに悲鳴を上げることすらできない。

 ——できることは、右腕を動かすことのみ。

 揺れ動く魔女の首に、右手が十字剣の刀身を押し付ける——しかし腕を動かせるのは、魔女も同じ。右腰に衝撃が走り、衝撃が押し続ける——左腕の断面からの光線が、ソウガの右腰を強く削る。——『基本戦闘服ステータス』はまだ耐えてる。無視して良い。

「ンッ‼︎」

 と、魔女の左腕がソウガの胸の前に——光線が顎に触れ、顔の左側をごっそり焼く。

 ——まだ————まだ足りない……‼︎

 光線が威力を増す——魔女の底力はどれ程のものなのか……魔力源があの魔物だとすれば、膨大な魔力なのだろう。——結局、詳しい法則は分かってない。

 ソウガは十字剣を手放す——この間合いじゃ、短剣の方が良い。

 空いた右手で、魔女の左腕を掴むと、地面に押し付ける——浮遊魔術で浮いているから、実際には触れていないが。

 光線が地面と並行に放たれ——厄介さを痛感する。

 左手を、首から一瞬離す——突き刺していた十字短剣を握ると、魔女が下を向いた。

 顔を正面から焼こうとした光線——庇うように、ソウガはその左腕を強く——十字短剣を逆手に握る腕を、魔女の喉目掛けて突き立てる。

 ——本当に——本当に。

 ——これが最期の一手だった。


 左腕の皮膚が——細かく裂かれて、蒸発していく。

 肉が焼ける匂いと、無数の細胞と、細胞が構成する器官が消えていく——眩い中で、その感覚が分かる。

 ——その感覚だけが、剣を握り続けている。

「ァァアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」

 どっちの叫び声かは分からない————光線の中を、左腕が進む。

 鋒が喉に触れた——そのまま押し込み続ける。

 腕が削れる——肉が溶解し、骨がその動きを覚える。

 そして————。


 ——ドスッ。


 かろうじて無事な右目と右耳が——魔女の脳天に、細い針が刺さったのを視た。

 その瞬間——魔女の光線が一瞬止まった。左腕が真っ直ぐ突き進み。

 魔女の首の真ん中を、十字短剣が貫いた。

 そして——突如、浮遊魔術が止まった。

 急停止に、ソウガは進行方向へ——その頭上へと投げ出された。

 感覚のない四肢を投げ出し、頭から地面に——無様に、不恰好に——無力に。

 『封洞』の上を見上げた、斜めに歪んだ右目だけの視界——寸前に、右目はしっかりと見ていた。


 ——『封洞』に入って来た、『十字弩クロス・ボウ』を向けていたグレンと、ファンショ。


 ——ギリギリだった……間に合ってくれた。託していたわけではないが、ありがたい。

 ——一人でやろうとして、結局できなかったら……そう思った一瞬があっただけだ。そして案の定——やり切れなかった。

 ソウガと魔女は、割と入り口に近いところで止まった——すぐ隣では、化け物が暴れているはず。だが地面に倒れた今は——静寂のようなを背にしていた。

 聞こえるのは——二人の足音だけ…………。





「——ソウガ」

 目は覚めない……

そもそも寝ていない。

「ソウガ!」

 ファンショの声だ——今回の件で随分と、仲良くなれた気がする。色々終わったら、何か……何かに、誘って…………。

「——死ぬなッ‼︎」

 …………いや、待てよ…………。

 死なンて。……死にかけてるのか? 冗談だろ……?

 目を開ける——黒い球体が左の視界の中央に邪魔し、明暗もはっきりとはせず、ボヤけている。

 それでも、膝にソウガの上体を抱えているのが、ファンショだってのは分かった。個人的悪感情はないが、女の子の方が…………。

「……死んでない」

 掠れ切った声だったが、出るは出た。ファンショが大きく溜め息を吐く。

 意識を失ったのは一瞬——というより、これは無理した身体の再起動だろう。ただそれだけだ。……たぶん。

 全身の感覚は麻痺のようなのに、思考は明瞭だ。……何故?

「……嗚呼、頼む。————ソウガ、生きてるか?」

 何かの通信を終えたグレン——立ったまま、ソウガを見下ろす。歪んで見えるし、右目しか見えてない。が、少し安堵しているよう……な、雰囲気が見える。

「……勝手に動いて……すまない…………」

 聞こえたかどうかの声——だが、グレンは鼻から短く息を吐いた。

「——説教は後だ。まずは……よくやった」

 ゴーグル越しに見下ろすグレン——ソウガの視界には、二人だけ。

「……魔女は……、死んだか……?」

 呼吸に力が必要だし、喋るのにもかなり労力を——使えない身体だ。

「嗚呼——死んだよ」

 グレンが十字剣を向ける——刀身は血や泥で汚れているが、その隙間には、反射して映る、横倒れた黒い影が。

「……少し待ってろ。今ガンケイが、救急キットを持ってくる」

 ガンケイが救急キット——『手斧ハンドアックス』の一つか。まだ持ってたんだな。

 グレンが、通信に。——通信機も、復活していたのか……。

「分かった。——ファンショ、彼を頼む。ガンケイと応急処置をしたら、運び出す準備までしててくれ」

「分かったけど……何だって?」

「準備ができたそうだ。——ダンガと、爆発物の。撤退指示と指揮を取ってくる。——ソウガ、必ず戻る」

「……いい……。……少し……少しだけ……休憩したら…………すぐ行く……」

 ——半分力尽きたように、全身が動いてくれない。

「そうか——期待してる」

 グレンは走り出すと——思ったよりも早く、『封洞』の入り口にガンケイが現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る