〔第4章:第2節|交錯〕
——『ヤマタノオロチ』……(仮)。
その全身の歪さは、幸か不幸か——全体の動きが鈍い原因だろう。
八つの頭は長い首があるが、八つの尾は短く、足は太く短い。
——動きが良いのは、首から先のみ。
なら、胴体を——とは、簡単にはいかないが。
キキの『
右側ではグレンが、『
「……喉がもう限界に近い」
それなりに強く、広範囲に放ってもらったが——これ以上は厳しいだろう。咳き込んだシダレが、掠れ気味の声でそう言った。
途端、グレンが飛び出し、シダレにタックルを——間一髪で、降りてきた顎を躱す。もつれ合いながらも二人は立ち上がると、グレンは足元に落ちていた、投げた『弾針』の一本を拾う。
「充分だ。——退がれ。水分を探すか、『マジョガタ』を減らせ」
『
「……了解」
何か言いたげだったシダレも、素直に従った。走り去る。
ドンソウの背後で、接近する『マジョガタ』を斬っていたメイロ——グレンと目が合うと、その意図を理解する。
「謝罪。——あとは任せた。援護に行ってくる」
「ええっ⁉︎」
驚いたドンソウ——構えた『
跳ねるように飛ばされたドンソウ——逆にメイロは、『
避けられ、別の頭が——噛み付いてきたが、ギリギリで躱す。メイロは『
ドンソウは『
かなりの音と振動が響き、痺れたドンソウの左腕——悶えたそのとき、足元に『
「ドンソウ。——『バスターモード』を許可する」
メイロの言葉と同時に、ドンソウはその『
その背中から、メイロがドンソウの十字剣を抜いた。
「……い、いいんですか…………?」
「実行。——状況が状況だ。非効率だが仕方ないい。すぐ戻る」
メイロはグレンの下へ——今傷つけた隣の頭が。
『——っゥゥゥゥゥッ』
ドンソウは左手の『
『オロチ』はの口から太い黄色い光線が、真っ直ぐ『
ドン——と、長杖が脇に刺さる。
実際に人体に刺さったわけではないい——それでも煽るように、魔女はその悪質な笑顔をアンテツに近づけた。
武器はなくとも、両腕は使える——なんなら昔は『個有武具』が、『十字籠手拳』だったほどだ。素手での戦闘も、勿論お手のもの——ただし、知欲の亡者と言われるように、魔女は愚者ではなかった。
近くの瓦礫から飛び出ていた、ワイヤーのような紐が、魔女が杖を着いたのと同時に、両手首を縛り上げた。——フードマントが、枝葉で締めづけたのと同じように。
「——嗚呼……〈ソレット〉——〈ソレット〉……」
狂気的な視線が、アンテツを舐め回す。——少し耐えろ。
魔女の背後——その少し下に、ソウガが走ってきているのが見えた。『マジョガタ』を斬り捨て、なんとかこっちに来ようとしている。
その奥では、減りつつも集団と戦う四人——数に押されているが、まだ保つ——問題はその先——巨大な魔物だ。
シダレが離脱し、残された五人が、ギリギリで翻弄している——されている。
——真ん中の頭が時折、直進上の何かを吐き出し、その度にドンソウが吹っ飛ぶ。
耐久戦というより——消耗戦だ。
——地上にだって、まだ『マジョガタ』がいるはず。集落の外に漏れたら、それはそれで面倒だ。……キリがない。目の前の魔女くらい、なんとかしなければ。
「……お前ら人間の方は……解剖したら——『マジョガタ』にする」
嫌悪か憎悪か——復讐心か。いや——魔女的なものだろう。
唾液すら溢れそうなほど、興奮と好奇心に塗れた魔女は、『
「君はそんなキャラだったか?」
「……久しぶりに、未知との遭遇、なんだ。——興味を持って何が悪い?」
袖で涎を拭き、ギョロギョロと視る魔女。——もしかすると、ソウガが斬りつけたときか、アンテツ自身が刀身を射出したときに、何かを目覚めさせたのかもしれない。
「——〈四宝ソレット〉……あの季節の奴らは、生息地を探し当てて——全容の情報を探そう……一年越しの、友への復讐だ——」
顔を上げた魔女——アンテツを見下ろし、杖の先端を向けた。
「——まずはお前!」
——「アンテツ!」——ガンケイの叫び声……聞こえたのは遠く——まだ届かない。
「——気づいてるか?」
魔女もアンテツも、その声に視線を上へ。
ズザンッ‼︎ と音を立て、アンテツの左腕を跨ぎ、魔女のすぐ傍に、誰かが着地した。
「夜になったぞ」
その男は、腰を落としたその姿勢から、ホームベースに立つバッターのように、魔女の顔に下から何かを振り切った。
「グッリャァアアッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
逆向きの虹のような血飛沫が舞い、魔女は後ろに大きく仰け反る——斜面から離れ、そのまま地面に仰向けに落ちた。少し離れた先でガンケイが、ポカンとしてこっちを見ている。
「——元気そうだな、天秤のヴァイサー」
現れたのは、全身黒い格好の男——半分忍者、半分ライダーのような服装で、かなり濃く、厳つい顔立ちの男——両手に持っていた、半月型の両刃のブレード——魔女の血が垂れているその二本を、左手に。右手はアンテツに差し出す。当のアンテツは、
「……あァー…………」
嫌悪的な表情を浮かべ、口がへの字に。
「何だよ——せっかく来てやったのに」
「なんで……なんでよりによって、君なんだよ……」
ワイヤーを斬る忍者服の男——アンテツは上体を起こすと、差し出された手を取り、立ち上がる。
「聞きたいことがいっぱいあるが……なんでここに?」
男は鼻で笑って、刃物で上を刺す。
斜面の瓦礫を、飛び跳ねるように、降りてくる男——白を基調とした和服姿。熊のような、濃い印象の銀色の顔立ち。腰紐から、二本の刀剣。
瓦礫に、下駄が着地した。
「いィー……よっと。——久しいな、天秤のヴァイサー」
「ダンガ……嗚呼……よく来てくれた」
「オイ。俺と反応が違えなぁ?」
男を無視して、アンテツとダンガは、差し出された右手を——互いの上腕を握り合う。
「——『神裁鬼』は、終わったのか?」
周りを見て、アンテツの負傷具合を見て、ダンガは深く笑った。
「嗚呼——ばっちり、仕留めてきたぜ。……ただの人間が、よくここまでやったな」
「褒めてるのか? 貶してるのか? ……どっちにしても、俺らの所為じゃない」
アンテツは肩を回す——まだ動く。
「大絶賛だ。見ろ——」
地上を指差すダンガ。夜の闇の中——忍者姿の者たちが現れ、隊列のように続々と地下を囲み出し、見下ろしたまま戦闘態勢を——〈夜桜ソレット〉の戦闘態勢を取る。
全員顔に何かを纏い——降りてきた男だけが、首から上が見えていた。
「——『宵闇に篝り、深更に舞い、暁に散る』——俺、枝のヴァイサー・ゴルガロ率いる『枝ノ隊』、総勢十五名——」
——全員同じ、半月型の両刃刀を二本構えて。
「——あと、ウチのエィンツァーが一人」
ダンガが口を挟み、男——ゴルガロは頷く。
「——計十六名が、地上班だ。お前らと俺ら二人——残り全員で、この場所を——地下を押し留め、殲滅する。————どうよ?」
安堵から苦笑するアンテツ。苦笑を返すゴルガロに、ヴァイサー同士の握手を。
「…………遅えよ。もう少し早く来て欲しかった」
「——なんなら、出直すぜ?」
「ありがとう。正直助かった」
「ガンケイ!」
ファンショの声がしたときには、起き上がった魔女が光線を放ち、接近していたガンケイを弾き飛ばした。素通りしたファンショ——楔を構えて飛びかかろうとしたが、魔女は滑るように後退し、アンテツたち三人に手を伸ばす——落としていた長杖が飛んできて、その手に収まる。
浮遊し、撤退するように宙に浮く——そのまま、地下の中でも誰もいない、奥へと——血を垂らしながら戻る、顔を押さえた魔女。
「大丈夫か?」
ガンケイは倒れていたが、装甲のお陰か無事そうだった。だが、身体は子供だ。
「戻れ——『マジョガタ』を減らしてくれ。状況を確認してくる」
「ウッ……そうだね——」
立ち上がらせると、互いに逆方向へ走る。
「——ダンガ! ゴルガロ!」
ファンショが手を振ると、アンテツを支えていた二人の男が、大きく手を振り返す。
「生きてたなぁ! ファンショ!」
「お前が原因だってー?」
三人が降り切ったところで、ファンショはゴルガロに肩をド突かれた。
「正しくは、キッカケだけど……魔女の企てには、気付かなかった」
続けて、『オロチ』から離脱したグレンが走ってくる。
「荷が重すぎたか、剣のヴァイサー」
ダンガと握手を——グレンは首を振った。
「来てくれて良かった——『神裁鬼』はどうなった?」
「ちゃんとやったさ——事後処理にはメハが来た」
グレンが驚きを見せる。
「——夏のヴァイサーが?」
「嗚呼……しばらく運動不足なんだと。『サバト戦争』で腕失くしたろ? だから外に出たいって、言ったらしい。今はウチのエィンツァーたちと事後処理をしてる。楽しそうだったぞ。——ウチのエィンツァーは一人、上に連れてきたが」
ファンショが頷いた。
「——彼女は元々、腕力の者だ。それに、〈継承ソレット〉がいるなら安心だ。ありがとう。助かった」
「俺のことは無視か?」
ゴルガロは不満そうに、その手の武器を見下ろした。グレンはその手を取り、軽く薄く握手をした。ファンショも。
「——感謝はしてるが……」
「じゃ、デートしてくれよ」
「——その煩いのを止めたら、もっと素直に感謝ができる」
トボけたような顔のゴルガロに、鼻で笑ったグレン。「一生無理だろうな」——ダンガが静かにそう言った。
「さて——それじゃ」
ゴルガロが前方を——魔物と戦う〈十字ソレット〉を見る。
「——指揮を取ってくる」
アンテツがそう言って、借りていた肩から手を離す。グレンが「頼む」と頷くと、腰の『双短剣』を抜き、斜面から降りて行った。
「——状況的に、聞きたいことが山ほどあるぞ、剣のヴァイサー」
「——全部呑み込んで、今は手を貸してくれ、枝のヴァイサー」
円陣を組む、四人のヴァイサー。
「端的な概要だけ話す——」
八つ頭の邪神が、また光線を放った。
「——〈夜桜〉と、〈継承〉もッ!」
『マジョガタ』戦に戻ったガンケイが、状況の報告をする。
「マジデか?」
バンキの驚嘆を、ソウガは継いだ。
「——〈ソレット〉が全て、ここにいるのか?」
ガンケイは嬉しそうに。
「そう! おれたちの——がわぅッ!」
押し倒されたガンケイ——光線が掠めると、焼かれた地面から、焦げた匂いが立つ。
「——おっと……」
『マジョガタ』を斬り伏せたソウガに——ドンソウの背中が飛んできた。
「つまり? 『ヒトガタ大戦』からの施設が、丸々残ってたってことか? ——俺らの先祖は何やってたんだよ」
ゴルガロはそう言ったが、正確に言えば、血統による代変わりは、〈四宝ソレット〉だけだ。他の三つ——〈継承〉、〈十字〉、〈夜桜〉の〈ソレット〉は、目に留まった者を勧誘するのみ。
「ま、全ての後始末がきちんと出来てたら、こうはなってないさ」
と、非公的組織であることを揶揄し、ダンガは肩を竦めた——「しょうがない」と。
『——エェボォオオオオオオオオオオオオッ‼︎‼︎』
「派手な閉幕式だな」
ゴルガロが呟いた。グレンは続ける。
「だから——あのデカい化け物と、魔女を滅殺するのを、手伝ってくれ」
「聞いてたなぁ、お前ら」
ゴルガロは、〈夜桜ソレット〉の通信機に告げた。
「……厄介な方はどっちだ?」
ダンガがファンショに尋ねる。
「……最終的には、魔物の方だと思う。魔女を殺したとて、オロチも『マジョガタ』も止まるってわけじゃないから。暴走されたりすると、厄介事を引き起こすかも知れない」
「じゃ、魔物は俺が仕留めよう」
平然とダンガは言った。グレンは訊き返す。
「どうやって?」
ダンガは笑って、腰を——二本の刀剣を叩く。
「俺は最強のヴァイサーだぜ?」
「もう使うの?」——ファンショ。
「——『元属武具』か」——グレン。
「そういうことだ。ほら、ちょうど良いのが来た——」
ダンガは宙を——自身の仮治療を終えた様子の、長杖に跨って迫る魔女を指す。
ゴルガロは武器を構え、ファンショは楔を、グレンは『
安定した足場——瓦礫の上で、居合い抜きのような体勢で、刀剣のうち、一本の柄を握る。
「おいッ! 魔女っ子魔女ちゃん!」
魔女は、ダンガに向けて掌を——と、その瞬間に、ダンガは抜刀した。
魔女に向けて——瞬間的に。
「——っ」
声にならない驚きと、鋭く炸裂した空気振動。
『怨波砲』とも違う、瞬間的で突発的な、見ることのできない斬撃——。
細長い空気波動が炸裂し、接近していた魔女は弾かれたように——迫ってきていた方向とは真反対に向かって、全身を上下に回転させながら、吹っ飛ばされた。
「——ファンタジーには、ファンタジーだ」
刀身を納めたダンガが、そう言って笑う。魔女は止まらずに回り、天井付近の奥の地層に——壁に激突し、落下する。——ファンショが呟く。
「——もしかして死んだ?」
「……それあと十発打ったら、もう今日終わるんじゃねえか?」
ゴルガロもそう言ったが。
「いんや。残念なことに、あと二回——溜めるなら、一回が限界だろうな。最後の切り札だ」
ダンガは笑いながら、右手を押さえる——皮膚がズレていないことを、確認するように。しばらくグーパーとしてから、もう一本の剣を抜く。——その刀身は細剣のような、細めの剣。ゴルガロはボヤく。
「……使えねえな。気軽に使ってんじゃねえよ」
「そもそも使えない奴が言うなよ。こっちなら、折れない限りいくらでも使える。風剣は最後の切り札だ」
だが、グレンは首を横に振った。
「ただの剣なら、魔物への効果は薄い。見ろ——全ての頭がピンピンしてる。かろうじて傷を負わせたのに、だ。——さっきの攻撃は、化け物に使えるならそっちが良い。もっと強力なのが欲しいが——」
再びの咆哮——誰かが死んでいないことだけ、確認する。ダンガは少し考えて。
「溜めれば、それなりに強くなるが……時間と状態を維持する必要がある。邪魔されない場所と、溜めを行う時間が。——それでも、方向とタイミングで、首を幾つか落とすのが精一杯だ」
グレンは頷く。ゴルガロは腰から、薄い円柱形の装置を取り出した。
「これ——まあ要は、『爆発物』だ。ロックを解除すれば、外部からの衝撃で起爆できる——あのデケえ口に入れれば、それだけでいけそうだが。——「何か」に使えないか?」
グレンは訊く。
「具体的な威力は?」
「人間二、三人程度、纏めて吹き飛ばすくらいだが……鱗に有効かは分からん」
「——上に十五人いるって言ったな? 全員持ってるか?」
「持ってるは持ってるが……上手くいっても、首を落とすくらいだろ」
「首を落とすくらいなら、俺ができる」——ダンガ。
「でも全部じゃねえよな? 残ったのは?」
グレンは力強く頷いた。
「——とにかくやってみよう。ダンガは風剣を最大出力で、一撃に込めて首を刎ねる準備を。ゴルガロは念のために、その『爆発物』を集めさせておけ。ダンガの結果次第で、そいつを使うことにする」
「あいよ」
ゴルガロは通信機を起動させ、少し離れる。グレンはダンガに向く。
「ダンガ——場所はどうする?」
「ふむ……あっちは? あの辺で」
ダンガが指したのは、ちょうど右先の、戦場とは少し離れた、斜面の手前——真正面から、『ヤマタノオロチ』の胴体が捉えられる位置。
「もう少し近づいてくれ」
「巻き込まれたら危ないぜ?」
「承知の上だ——君には近付かないよう、近づけさせないようにする。——だから確実に頼む」
「オーケー」
「なるべく近くから、あの魔物だけを狙え。『『マジョガタ』』は残ってもいい」
ゴルガロが戻り、ダンガを指して言う。
「お前んとこの新人が、運ぶって」
「あー……じゃあ運ぶんじゃなくて、たぶん射ってくる」
ダンガの顔は一瞬苦い表情を浮かべるが——大丈夫、とすぐに変わる。グレンは秋のヴァイサーを見る。
「——計画をアンテツに伝えてくれ。私はクルキに」
「了解」
「ゴルガロはダンガのサポートを——『マジョガタ』が来たら斬れ」
「おうよ——待て。クルキがいるのか? イジりに行っていいか?」
笑ったゴルガロに、ファンショが冷たく言った。
「いいって言うとでも? そういうところが、嫌われるんだよ」
「右に同じく」
グレンが続き、ゴルガロはしかめ面を。ダンガは首を回した。
「じゃ、そろそろ行くか。……タイミングはそっちで計るだろ?」
「嗚呼——君と、爆発物の到着待ちだ。どちらも完了次第で、決行だ——」
四人は、対象の魔物を見据える——四つの〈ソレット〉が、過去を見据えるように。
ファンショが噛み締めて言った。
「——〈いろは士陣隊〉の遺志を、ここで終わらせよう」
ドンソウは必死の謝罪を見せ、地面に食い込んだソウガを抱き起こした。ソウガは「気にするな」と言ったが、ドンソウは、あの様子では数日気にするだろう。彼女の貢献度に比べれば、十字剣で屍体を刻むだけのソウガなど、頭を下げても良いほどだとも思うのだが——視界の先でドンソウは、魔物の頭を『
勢い良く『
ソウガは右肩から左脇まで、『マジョガタ』を力いっぱい斬り裂いた。倒れた肉片は数知れず——動く個体数はかなり減っている。『サバト戦争』はこれが全員魔女だった。そう思うと、まだラクに感じる。
この場にいる唯一の魔女は、奥の壁際でノビている——化け物を閉じ込めていた壁の奥——『封洞』の手前で。衝突の衝撃から、まだ一度も起き上がっていない。
「ァあっ、くそッ!」
と思ったら、投げ出されていた四肢が、ピクッと動き出した。
近くにいるのは——ガンケイ、ファンショだが、二人とも『マジョガタ』で手一杯だ。それを言えば、ソウガだって————俺だって?
反射的に、迫ってきた腕を掴む——知っている者の腕だ。……いや、少なくとも、知っているはずの者の腕。昨日か一昨日の映像で見た、誰かの——村人だった、誰かの腕——ソウガは抑え込むと、その者の首を落とす。
魔女が……時間がない。
近くで、槍を地面に突き立てたファンショ——穂先が斜めに出るよう、柄頭を地面に斜めに突き刺し、『マジョガタ』の顔をその穂先に刺す。中々トリッキーな戦い方をする。
魔物が叫び、ソウガとファンショは、間一髪で左に避ける——『マジョガタ』の遺体を光線が地面ごと焼き切った。
ソウガの手を借り、起き上がるファンショ。
「——〈十字ソレット〉はみんな、特殊な武器を持ってるだろ? 君のは? あの化け物に有効だったりしないのか?」
ソウガは左腿に触れる——あるのは、特殊な短剣の柄だ。情けなさを覚えながらも、ソウガは首を横に振る。
「あの化け物相手に、こんなの役に立たない。こんなの精々——」
ふと——閃いた一瞬。
『——武具は、必要なときに必要なことができるための道具よ』
——必要なことが。
頭の中を、流星のように——「何か」を打ち破るような、策が。
この状況の一端を——一片を破壊し、打ち破るであろう愚策が。
「——ソウガ? エィンツァー・ソウガ?」
「ファンショ」
ソウガは『マジョガタ』を一匹——無造作に首を斬り落とす。
魔物は相手できないが……。
クルキと何かを話していたグレンが、ドンソウの傍に戻る——その視線がソウガと交錯する。
——それで、意志は決された。
ソウガは走り出す——ファンショが叫んだ。
「——ソウガ!」
「あとを頼む」
それだけ言って、返事は聞かない——『マジョガタ』を投げ飛ばし、その首を蹴り飛ばしたガンケイ。その傍を走り過ぎる。
「ソウガ? ——ソウガ‼︎」
戦闘の激しい音も、重なる呼び声も、誰かの言葉さえも——全てが遠く消え、目の前には……起き上がった黒き魔女のみを見て。見据えて。
激しい鼓動——苦しさよりも、鮮明さを全身に広げ。
明瞭な視界——魔女がはっきりとその目に見えている。
傷を撫で、何かの魔術——治癒的な回復的な何かをしようとした魔女が、こちらに気づいた。ソウガは十字剣を強く握り、向こうは掌を——見慣れた魔術。
「——ッ⁉︎」
防御すらしない——弾く必要もなく、その軌道から少しズレ————躱すのみ。
原理は分かっていないが、分かる必要もないい——。
掌が再び——しかし、それも避ける。
魔女が長杖から手を離し、両掌をこっちに向ける——しかしそれは、刀剣の間合い——寸前の距離で。
ソウガは前転し、起き上がるのと同時に、勢い良く十字剣を突き出す——魔女の両手の下から、潜るように。両の腕を外側へと弾き——鋒は顔へ。
だが、魔女の顔は傾き、回避される——刀身は、左肩の上に滑る。
——ここに来て初めて——ここに来て初めて。
ソウガは左腿から、その短剣状の『個有武具』を抜いた。
順手で抜くと露わになる、凹凸の激しい刀身——先端は二股になっており、まるで——工具のような形状。しかし、斬れ味は抜群の代物。
ソウガは自身の『個有武具』——今まで使えなかった、限定的な状況下のみ、その効力を発揮する武器。
武器破壊の武器——『
突如至近距離に現れた武器に、魔女は目を見開く。
その心臓に目掛けて、ソウガは『
しかしソウガの十字剣は、魔女の肩越しに、背中に鉤を掛けるよう押し留めて、逃しはしなかった。
二又の先端が、魔女の心臓——から僅かに逸れて、右の脇と鎖骨の間に。
アンテツが刀身を射出して、刺さった傷の直ぐ近くに。
ッ——ズズズズズズズ——「グァッ‼︎」——。
肉にしっかり入る感覚——魔女は短く悲鳴を上げた。
——だが、ここで離せはしない。
背中から後ろの景色が、急に全てなくなったような、アドレナリン——脳の錯覚が、ソウガを前進させた。
右腕を少し引き戻し、魔女の左肩を十字剣で押さえ——突き刺したまま。
「グゥッ‼︎ アァグ!」
押される激痛——言葉にならない魔女の叫びを全て無視して、ひたすら前に————。
その右腕は、ソウガの左肩にギリギリ触れる——何かの魔術が展開し、ソウガの左肩の服が、煙を上げ出した。見えてなくても分かる——そして、見なくて良い。
魔女の左腕は、十字剣が広く抑えているため、触れはしない——が、光線が飛び出し、ソウガ越しに霧散していく————一瞬、掠ったりもした。溶けたような気がするし、痺れたような気もするが——気には留めず、ひたすら無視して。
不思議と、痛みを感じない——前へ——前へ。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎」
叫ぶ魔女——かの魔物がいた『封洞』に入ると、錯覚が解け、背後の音が遠く聞こえ出す——殆ど、聞こえない狂騒が。
ソウガはそれでもさらに進んだ。魔女は喚きながら、何かの魔術を放っている。
大きな封洞だった——が、見えているのは地層だけだ。魔女の魔術が当たる度に、それが反響するような振動を、壁全体が見せている。
——見えはしないが、魔術的な何かがあるらしい。魔物を閉じ込めていたのだから、当然か?
中央を過ぎた辺り——約何十メートルか。
その地点で、腰に焼けるような痛みが走り、ソウガは思わず体勢を崩した——魔女との接戦での距離感が崩れ、勢いが途切れる——『
『
それがどこ由来の魔術かは、それとも魔女の意思なのかは、もうどうでも良かった。
地に伏せて、血だらけの魔女——ソウガが最初に斬りつけた袈裟斬り、アンテツの飛ばした刀身の貫通——そして、『
よろよろと立ち上がる魔女————その右腕が、地面に落ちた。
——肩口から大量の血が溢れ、顔の血の気が下がり、驚きとショック状態の顔が、ソウガに力なく睨む。
——却すのは、意を決し覚悟に呑まれた顔……憎たらしくも怠惰的でもない顔が、ボロボロの『
その右手には十字剣。左手には『
右手半身を前に、左半身を引き——十字剣を視線に合わせて、『
「さあ——やるぞ、魔女っ子魔女ちゃん」
〈十字ソレット〉のエィンツァー・ソウガは——一人で魔女と対峙した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます