〔第4章:第2節|交錯〕

 ——『ヤマタノオロチ』……(仮)。

 その全身の歪さは、幸か不幸か——全体の動きが鈍い原因だろう。

 八つの頭は長い首があるが、八つの尾は短く、足は太く短い。

 ——動きが良いのは、首から先のみ。

 なら、胴体を——とは、簡単にはいかないが。

 キキの『蛇腹剣コイルソード』——向かって左側で奮闘する飛び道具(?)は、二つの頭に翻弄されており……届きはするものの、致命傷にはならない。キキに喰らい付こうとした頭に、クルキが冷風を浴びせるが、槍の方がまだ効果的だ——案の定、迫る顎に、クルキは槍を構えた。

 右側ではグレンが、『十字弩クロス・ボウ』の弾倉を——『弾針』が十本入ったその中身だけを、頭の一つに向かって投げる。宙にぶちまけられた『弾針』——そこにシダレが『怨波砲』を放つ。————真っ直ぐ頭に、先端が——鱗状の肌に刺さりはしない。軽い音を立て、バラバラに落ちていく。

「……喉がもう限界に近い」

 それなりに強く、広範囲に放ってもらったが——これ以上は厳しいだろう。咳き込んだシダレが、掠れ気味の声でそう言った。

 途端、グレンが飛び出し、シダレにタックルを——間一髪で、降りてきた顎を躱す。もつれ合いながらも二人は立ち上がると、グレンは足元に落ちていた、投げた『弾針』の一本を拾う。

「充分だ。——退がれ。水分を探すか、『マジョガタ』を減らせ」

 『十字弩クロス・ボウ』に装填した弾倉に、その一本を入れ、装填軸を引く。

「……了解」

 何か言いたげだったシダレも、素直に従った。走り去る。





 ドンソウの背後で、接近する『マジョガタ』を斬っていたメイロ——グレンと目が合うと、その意図を理解する。

「謝罪。——あとは任せた。援護に行ってくる」

「ええっ⁉︎」

 驚いたドンソウ——構えた『四方盾シールド』に、オロチの頭が一つぶつかる。

 跳ねるように飛ばされたドンソウ——逆にメイロは、『大剣バスタード』で斬りつけた。

 避けられ、別の頭が——噛み付いてきたが、ギリギリで躱す。メイロは『大剣バスタード』を両手で握ると、旋回——顎下に切り傷を与えるが、頭はすぐに持ち上がった。

 ドンソウは『四方盾シールド』を構えながら、そのままメイロに突っ込む——メイロが間一髪で回避すると、迫っていた別の頭に、正面から『四方盾シールド』がぶつかる。

 かなりの音と振動が響き、痺れたドンソウの左腕——悶えたそのとき、足元に『大剣バスタード』が突き刺さる。

「ドンソウ。——『バスターモード』を許可する」

 メイロの言葉と同時に、ドンソウはその『大剣バスタード』を右手で握ると、正面の頭に上から斬りつける。ギリギリ上からだったが、それでも——頭の一つのその左目に、『大剣バスタード』の鋒が食い込み、頭は悲鳴を上げるた。——その開いた口から『四方盾シールド』に、短い光線が放たれ、ドンソウは数歩退がらせられた。

 その背中から、メイロがドンソウの十字剣を抜いた。

「……い、いいんですか…………?」

「実行。——状況が状況だ。非効率だが仕方ないい。すぐ戻る」

 メイロはグレンの下へ——今傷つけた隣の頭が。

『——っゥゥゥゥゥッ』

 ドンソウは左手の『四方盾シールド』を構え、右手の『大剣バスタード』を逆手で持ち、地面に突き刺す。全体重をかけ、腰を落とし。

 『オロチ』はの口から太い黄色い光線が、真っ直ぐ『四方盾シールド』に放出された。





 ドン——と、長杖が脇に刺さる。

 実際に人体に刺さったわけではないい——それでも煽るように、魔女はその悪質な笑顔をアンテツに近づけた。

 武器はなくとも、両腕は使える——なんなら昔は『個有武具』が、『十字籠手拳』だったほどだ。素手での戦闘も、勿論お手のもの——ただし、知欲の亡者と言われるように、魔女は愚者ではなかった。

 近くの瓦礫から飛び出ていた、ワイヤーのような紐が、魔女が杖を着いたのと同時に、両手首を縛り上げた。——フードマントが、枝葉で締めづけたのと同じように。

「——嗚呼……〈ソレット〉——〈ソレット〉……」

 狂気的な視線が、アンテツを舐め回す。——少し耐えろ。

 魔女の背後——その少し下に、ソウガが走ってきているのが見えた。『マジョガタ』を斬り捨て、なんとかこっちに来ようとしている。

 その奥では、減りつつも集団と戦う四人——数に押されているが、まだ保つ——問題はその先——巨大な魔物だ。

 シダレが離脱し、残された五人が、ギリギリで翻弄している——されている。

 ——真ん中の頭が時折、直進上の何かを吐き出し、その度にドンソウが吹っ飛ぶ。

 耐久戦というより——消耗戦だ。

 ——地上にだって、まだ『マジョガタ』がいるはず。集落の外に漏れたら、それはそれで面倒だ。……キリがない。目の前の魔女くらい、なんとかしなければ。

「……お前ら人間の方は……解剖したら——『マジョガタ』にする」

 嫌悪か憎悪か——復讐心か。いや——魔女的なものだろう。

 唾液すら溢れそうなほど、興奮と好奇心に塗れた魔女は、『基本戦闘服ステータス』の金十字を、指の腹でなぞる。

「君はそんなキャラだったか?」

「……久しぶりに、未知との遭遇、なんだ。——興味を持って何が悪い?」

 袖で涎を拭き、ギョロギョロと視る魔女。——もしかすると、ソウガが斬りつけたときか、アンテツ自身が刀身を射出したときに、何かを目覚めさせたのかもしれない。

「——〈四宝ソレット〉……あの季節の奴らは、生息地を探し当てて——全容の情報を探そう……一年越しの、友への復讐だ——」

 顔を上げた魔女——アンテツを見下ろし、杖の先端を向けた。

「——まずはお前!」

 ——「アンテツ!」——ガンケイの叫び声……聞こえたのは遠く——まだ届かない。



「——気づいてるか?」



 魔女もアンテツも、その声に視線を上へ。

 ズザンッ‼︎ と音を立て、アンテツの左腕を跨ぎ、魔女のすぐ傍に、誰かが着地した。

「夜になったぞ」

 その男は、腰を落としたその姿勢から、ホームベースに立つバッターのように、魔女の顔に下から何かを振り切った。

「グッリャァアアッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 逆向きの虹のような血飛沫が舞い、魔女は後ろに大きく仰け反る——斜面から離れ、そのまま地面に仰向けに落ちた。少し離れた先でガンケイが、ポカンとしてこっちを見ている。

「——元気そうだな、天秤のヴァイサー」

 現れたのは、全身黒い格好の男——半分忍者、半分ライダーのような服装で、かなり濃く、厳つい顔立ちの男——両手に持っていた、半月型の両刃のブレード——魔女の血が垂れているその二本を、左手に。右手はアンテツに差し出す。当のアンテツは、

「……あァー…………」

 嫌悪的な表情を浮かべ、口がへの字に。

「何だよ——せっかく来てやったのに」

「なんで……なんでよりによって、君なんだよ……」

 ワイヤーを斬る忍者服の男——アンテツは上体を起こすと、差し出された手を取り、立ち上がる。

「聞きたいことがいっぱいあるが……なんでここに?」

 男は鼻で笑って、刃物で上を刺す。

 斜面の瓦礫を、飛び跳ねるように、降りてくる男——白を基調とした和服姿。熊のような、濃い印象の銀色の顔立ち。腰紐から、二本の刀剣。

 瓦礫に、下駄が着地した。

「いィー……よっと。——久しいな、天秤のヴァイサー」

「ダンガ……嗚呼……よく来てくれた」

「オイ。俺と反応が違えなぁ?」

 男を無視して、アンテツとダンガは、差し出された右手を——互いの上腕を握り合う。

「——『神裁鬼』は、終わったのか?」

 周りを見て、アンテツの負傷具合を見て、ダンガは深く笑った。

「嗚呼——ばっちり、仕留めてきたぜ。……ただの人間が、よくここまでやったな」

「褒めてるのか? 貶してるのか? ……どっちにしても、俺らの所為じゃない」

 アンテツは肩を回す——まだ動く。

「大絶賛だ。見ろ——」

 地上を指差すダンガ。夜の闇の中——忍者姿の者たちが現れ、隊列のように続々と地下を囲み出し、見下ろしたまま戦闘態勢を——〈夜桜ソレット〉の戦闘態勢を取る。

 全員顔に何かを纏い——降りてきた男だけが、首から上が見えていた。

「——『宵闇に篝り、深更に舞い、暁に散る』——俺、枝のヴァイサー・ゴルガロ率いる『枝ノ隊』、総勢十五名——」

 ——全員同じ、半月型の両刃刀を二本構えて。

「——あと、ウチのエィンツァーが一人」

 ダンガが口を挟み、男——ゴルガロは頷く。

「——計十六名が、地上班だ。お前らと俺ら二人——残り全員で、この場所を——地下を押し留め、殲滅する。————どうよ?」

 安堵から苦笑するアンテツ。苦笑を返すゴルガロに、ヴァイサー同士の握手を。

「…………遅えよ。もう少し早く来て欲しかった」

「——なんなら、出直すぜ?」

「ありがとう。正直助かった」





「ガンケイ!」

 ファンショの声がしたときには、起き上がった魔女が光線を放ち、接近していたガンケイを弾き飛ばした。素通りしたファンショ——楔を構えて飛びかかろうとしたが、魔女は滑るように後退し、アンテツたち三人に手を伸ばす——落としていた長杖が飛んできて、その手に収まる。

 浮遊し、撤退するように宙に浮く——そのまま、地下の中でも誰もいない、奥へと——血を垂らしながら戻る、顔を押さえた魔女。

「大丈夫か?」

 ガンケイは倒れていたが、装甲のお陰か無事そうだった。だが、身体は子供だ。

「戻れ——『マジョガタ』を減らしてくれ。状況を確認してくる」

「ウッ……そうだね——」

 立ち上がらせると、互いに逆方向へ走る。

「——ダンガ! ゴルガロ!」

 ファンショが手を振ると、アンテツを支えていた二人の男が、大きく手を振り返す。

「生きてたなぁ! ファンショ!」

「お前が原因だってー?」

 三人が降り切ったところで、ファンショはゴルガロに肩をド突かれた。

「正しくは、キッカケだけど……魔女の企てには、気付かなかった」

 続けて、『オロチ』から離脱したグレンが走ってくる。

「荷が重すぎたか、剣のヴァイサー」

 ダンガと握手を——グレンは首を振った。

「来てくれて良かった——『神裁鬼』はどうなった?」

「ちゃんとやったさ——事後処理にはメハが来た」

 グレンが驚きを見せる。

「——夏のヴァイサーが?」

「嗚呼……しばらく運動不足なんだと。『サバト戦争』で腕失くしたろ? だから外に出たいって、言ったらしい。今はウチのエィンツァーたちと事後処理をしてる。楽しそうだったぞ。——ウチのエィンツァーは一人、上に連れてきたが」

 ファンショが頷いた。

「——彼女は元々、腕力の者だ。それに、〈継承ソレット〉がいるなら安心だ。ありがとう。助かった」

「俺のことは無視か?」

 ゴルガロは不満そうに、その手の武器を見下ろした。グレンはその手を取り、軽く薄く握手をした。ファンショも。

「——感謝はしてるが……」

「じゃ、デートしてくれよ」

「——その煩いのを止めたら、もっと素直に感謝ができる」

 トボけたような顔のゴルガロに、鼻で笑ったグレン。「一生無理だろうな」——ダンガが静かにそう言った。

「さて——それじゃ」

 ゴルガロが前方を——魔物と戦う〈十字ソレット〉を見る。

「——指揮を取ってくる」

 アンテツがそう言って、借りていた肩から手を離す。グレンが「頼む」と頷くと、腰の『双短剣』を抜き、斜面から降りて行った。

「——状況的に、聞きたいことが山ほどあるぞ、剣のヴァイサー」

「——全部呑み込んで、今は手を貸してくれ、枝のヴァイサー」

 円陣を組む、四人のヴァイサー。

「端的な概要だけ話す——」

 八つ頭の邪神が、また光線を放った。





「——〈夜桜〉と、〈継承〉もッ!」

 『マジョガタ』戦に戻ったガンケイが、状況の報告をする。

「マジデか?」

 バンキの驚嘆を、ソウガは継いだ。

「——〈ソレット〉が全て、ここにいるのか?」

 ガンケイは嬉しそうに。

「そう! おれたちの——がわぅッ!」

 押し倒されたガンケイ——光線が掠めると、焼かれた地面から、焦げた匂いが立つ。

「——おっと……」

 『マジョガタ』を斬り伏せたソウガに——ドンソウの背中が飛んできた。





「つまり? 『ヒトガタ大戦』からの施設が、丸々残ってたってことか? ——俺らの先祖は何やってたんだよ」

 ゴルガロはそう言ったが、正確に言えば、血統による代変わりは、〈四宝ソレット〉だけだ。他の三つ——〈継承〉、〈十字〉、〈夜桜〉の〈ソレット〉は、目に留まった者を勧誘するのみ。

「ま、全ての後始末がきちんと出来てたら、こうはなってないさ」

 と、非公的組織であることを揶揄し、ダンガは肩を竦めた——「しょうがない」と。



『——エェボォオオオオオオオオオオオオッ‼︎‼︎』



「派手な閉幕式だな」

 ゴルガロが呟いた。グレンは続ける。

「だから——あのデカい化け物と、魔女を滅殺するのを、手伝ってくれ」

「聞いてたなぁ、お前ら」

 ゴルガロは、〈夜桜ソレット〉の通信機に告げた。

「……厄介な方はどっちだ?」

 ダンガがファンショに尋ねる。

「……最終的には、魔物の方だと思う。魔女を殺したとて、オロチも『マジョガタ』も止まるってわけじゃないから。暴走されたりすると、厄介事を引き起こすかも知れない」

「じゃ、魔物は俺が仕留めよう」

 平然とダンガは言った。グレンは訊き返す。

「どうやって?」

 ダンガは笑って、腰を——二本の刀剣を叩く。

「俺は最強のヴァイサーだぜ?」

「もう使うの?」——ファンショ。

「——『元属武具』か」——グレン。

「そういうことだ。ほら、ちょうど良いのが来た——」

 ダンガは宙を——自身の仮治療を終えた様子の、長杖に跨って迫る魔女を指す。

 ゴルガロは武器を構え、ファンショは楔を、グレンは『十字弩クロス・ボウ』を向ける——が、三人を置いて、ダンガは瓦礫を二、三歩跳ね上がる。

 安定した足場——瓦礫の上で、居合い抜きのような体勢で、刀剣のうち、一本の柄を握る。

「おいッ! 魔女っ子魔女ちゃん!」

 魔女は、ダンガに向けて掌を——と、その瞬間に、ダンガは抜刀した。

 魔女に向けて——瞬間的に。


「——っ」


 声にならない驚きと、鋭く炸裂した空気振動。

 『怨波砲』とも違う、瞬間的で突発的な、見ることのできない斬撃——。

 細長い空気波動が炸裂し、接近していた魔女は弾かれたように——迫ってきていた方向とは真反対に向かって、全身を上下に回転させながら、吹っ飛ばされた。

「——ファンタジーには、ファンタジーだ」

 刀身を納めたダンガが、そう言って笑う。魔女は止まらずに回り、天井付近の奥の地層に——壁に激突し、落下する。——ファンショが呟く。

「——もしかして死んだ?」

「……それあと十発打ったら、もう今日終わるんじゃねえか?」

 ゴルガロもそう言ったが。

「いんや。残念なことに、あと二回——溜めるなら、一回が限界だろうな。最後の切り札だ」

 ダンガは笑いながら、右手を押さえる——皮膚がズレていないことを、確認するように。しばらくグーパーとしてから、もう一本の剣を抜く。——その刀身は細剣のような、細めの剣。ゴルガロはボヤく。

「……使えねえな。気軽に使ってんじゃねえよ」

「そもそも使えない奴が言うなよ。こっちなら、折れない限りいくらでも使える。風剣は最後の切り札だ」

 だが、グレンは首を横に振った。

「ただの剣なら、魔物への効果は薄い。見ろ——全ての頭がピンピンしてる。かろうじて傷を負わせたのに、だ。——さっきの攻撃は、化け物に使えるならそっちが良い。もっと強力なのが欲しいが——」

 再びの咆哮——誰かが死んでいないことだけ、確認する。ダンガは少し考えて。

「溜めれば、それなりに強くなるが……時間と状態を維持する必要がある。邪魔されない場所と、溜めを行う時間が。——それでも、方向とタイミングで、首を幾つか落とすのが精一杯だ」

 グレンは頷く。ゴルガロは腰から、薄い円柱形の装置を取り出した。

「これ——まあ要は、『爆発物』だ。ロックを解除すれば、外部からの衝撃で起爆できる——あのデケえ口に入れれば、それだけでいけそうだが。——「何か」に使えないか?」

 グレンは訊く。

「具体的な威力は?」

「人間二、三人程度、纏めて吹き飛ばすくらいだが……鱗に有効かは分からん」

「——上に十五人いるって言ったな? 全員持ってるか?」

「持ってるは持ってるが……上手くいっても、首を落とすくらいだろ」

「首を落とすくらいなら、俺ができる」——ダンガ。

「でも全部じゃねえよな? 残ったのは?」

 グレンは力強く頷いた。

「——とにかくやってみよう。ダンガは風剣を最大出力で、一撃に込めて首を刎ねる準備を。ゴルガロは念のために、その『爆発物』を集めさせておけ。ダンガの結果次第で、そいつを使うことにする」

「あいよ」

 ゴルガロは通信機を起動させ、少し離れる。グレンはダンガに向く。

「ダンガ——場所はどうする?」

「ふむ……あっちは? あの辺で」

 ダンガが指したのは、ちょうど右先の、戦場とは少し離れた、斜面の手前——真正面から、『ヤマタノオロチ』の胴体が捉えられる位置。

「もう少し近づいてくれ」

「巻き込まれたら危ないぜ?」

「承知の上だ——君には近付かないよう、近づけさせないようにする。——だから確実に頼む」

「オーケー」

「なるべく近くから、あの魔物だけを狙え。『『マジョガタ』』は残ってもいい」

 ゴルガロが戻り、ダンガを指して言う。

「お前んとこの新人が、運ぶって」

「あー……じゃあ運ぶんじゃなくて、たぶん射ってくる」

 ダンガの顔は一瞬苦い表情を浮かべるが——大丈夫、とすぐに変わる。グレンは秋のヴァイサーを見る。

「——計画をアンテツに伝えてくれ。私はクルキに」

「了解」

「ゴルガロはダンガのサポートを——『マジョガタ』が来たら斬れ」

「おうよ——待て。クルキがいるのか? イジりに行っていいか?」

 笑ったゴルガロに、ファンショが冷たく言った。

「いいって言うとでも? そういうところが、嫌われるんだよ」

「右に同じく」

 グレンが続き、ゴルガロはしかめ面を。ダンガは首を回した。

「じゃ、そろそろ行くか。……タイミングはそっちで計るだろ?」

「嗚呼——君と、爆発物の到着待ちだ。どちらも完了次第で、決行だ——」

 四人は、対象の魔物を見据える——四つの〈ソレット〉が、過去を見据えるように。

 ファンショが噛み締めて言った。

「——〈いろは士陣隊〉の遺志を、ここで終わらせよう」





 ドンソウは必死の謝罪を見せ、地面に食い込んだソウガを抱き起こした。ソウガは「気にするな」と言ったが、ドンソウは、あの様子では数日気にするだろう。彼女の貢献度に比べれば、十字剣で屍体を刻むだけのソウガなど、頭を下げても良いほどだとも思うのだが——視界の先でドンソウは、魔物の頭を『四方盾シールド』で弾き、その目と顎に『大剣バスタード』を斬りつけていた。

 勢い良く『四方盾シールド』を振り、『大剣バスタード』で斬りつけるドンソウ。自分の物のように使い、豪快に立ち回る——その少し後ろで。

 ソウガは右肩から左脇まで、『マジョガタ』を力いっぱい斬り裂いた。倒れた肉片は数知れず——動く個体数はかなり減っている。『サバト戦争』はこれが全員魔女だった。そう思うと、まだラクに感じる。

 この場にいる唯一の魔女は、奥の壁際でノビている——化け物を閉じ込めていた壁の奥——『封洞』の手前で。衝突の衝撃から、まだ一度も起き上がっていない。

「ァあっ、くそッ!」

 と思ったら、投げ出されていた四肢が、ピクッと動き出した。

 近くにいるのは——ガンケイ、ファンショだが、二人とも『マジョガタ』で手一杯だ。それを言えば、ソウガだって————俺だって?

 反射的に、迫ってきた腕を掴む——知っている者の腕だ。……いや、少なくとも、知っているはずの者の腕。昨日か一昨日の映像で見た、誰かの——村人だった、誰かの腕——ソウガは抑え込むと、その者の首を落とす。

 魔女が……時間がない。

 近くで、槍を地面に突き立てたファンショ——穂先が斜めに出るよう、柄頭を地面に斜めに突き刺し、『マジョガタ』の顔をその穂先に刺す。中々トリッキーな戦い方をする。

 魔物が叫び、ソウガとファンショは、間一髪で左に避ける——『マジョガタ』の遺体を光線が地面ごと焼き切った。

 ソウガの手を借り、起き上がるファンショ。

「——〈十字ソレット〉はみんな、特殊な武器を持ってるだろ? 君のは? あの化け物に有効だったりしないのか?」

 ソウガは左腿に触れる——あるのは、特殊な短剣の柄だ。情けなさを覚えながらも、ソウガは首を横に振る。

「あの化け物相手に、こんなの役に立たない。こんなの精々——」

 ふと——閃いた一瞬。

『——武具は、必要なときに必要なことができるための道具よ』

 ——必要なことが。

 頭の中を、流星のように——「何か」を打ち破るような、策が。

 この状況の一端を——一片を破壊し、打ち破るであろう愚策が。

「——ソウガ? エィンツァー・ソウガ?」

「ファンショ」

 ソウガは『マジョガタ』を一匹——無造作に首を斬り落とす。

 魔物は相手できないが……。

 クルキと何かを話していたグレンが、ドンソウの傍に戻る——その視線がソウガと交錯する。

 ——それで、意志は決された。

 ソウガは走り出す——ファンショが叫んだ。

「——ソウガ!」

「あとを頼む」

 それだけ言って、返事は聞かない——『マジョガタ』を投げ飛ばし、その首を蹴り飛ばしたガンケイ。その傍を走り過ぎる。

「ソウガ? ——ソウガ‼︎」

 戦闘の激しい音も、重なる呼び声も、誰かの言葉さえも——全てが遠く消え、目の前には……起き上がった黒き魔女のみを見て。見据えて。

 激しい鼓動——苦しさよりも、鮮明さを全身に広げ。

 明瞭な視界——魔女がはっきりとその目に見えている。

 傷を撫で、何かの魔術——治癒的な回復的な何かをしようとした魔女が、こちらに気づいた。ソウガは十字剣を強く握り、向こうは掌を——見慣れた魔術。

「——ッ⁉︎」

 防御すらしない——弾く必要もなく、その軌道から少しズレ————躱すのみ。

 原理は分かっていないが、分かる必要もないい——。

 掌が再び——しかし、それも避ける。

 魔女が長杖から手を離し、両掌をこっちに向ける——しかしそれは、刀剣の間合い——寸前の距離で。

 ソウガは前転し、起き上がるのと同時に、勢い良く十字剣を突き出す——魔女の両手の下から、潜るように。両の腕を外側へと弾き——鋒は顔へ。

 だが、魔女の顔は傾き、回避される——刀身は、左肩の上に滑る。

 ——ここに来て初めて——ここに来て初めて。

 ソウガは左腿から、その短剣状の『個有武具』を抜いた。

 順手で抜くと露わになる、凹凸の激しい刀身——先端は二股になっており、まるで——工具のような形状。しかし、斬れ味は抜群の代物。

 ソウガは自身の『個有武具』——今まで使えなかった、限定的な状況下のみ、その効力を発揮する武器。

 武器破壊の武器——『十字破壊剣クロス・ソードブレイカー』を手の中で回し、逆手に持ち替えながら胸に引く。

 突如至近距離に現れた武器に、魔女は目を見開く。

 その心臓に目掛けて、ソウガは『破壊剣ブレイカー』を突き立てる——が、魔女は後ろに跳んだ。

 しかしソウガの十字剣は、魔女の肩越しに、背中に鉤を掛けるよう押し留めて、逃しはしなかった。

 二又の先端が、魔女の心臓——から僅かに逸れて、右の脇と鎖骨の間に。

 アンテツが刀身を射出して、刺さった傷の直ぐ近くに。


 ッ——ズズズズズズズ——「グァッ‼︎」——。 


 肉にしっかり入る感覚——魔女は短く悲鳴を上げた。


 ——だが、ここで離せはしない。


 背中から後ろの景色が、急に全てなくなったような、アドレナリン——脳の錯覚が、ソウガを前進させた。

 右腕を少し引き戻し、魔女の左肩を十字剣で押さえ——突き刺したまま。

「グゥッ‼︎ アァグ!」

 押される激痛——言葉にならない魔女の叫びを全て無視して、ひたすら前に————。

 その右腕は、ソウガの左肩にギリギリ触れる——何かの魔術が展開し、ソウガの左肩の服が、煙を上げ出した。見えてなくても分かる——そして、見なくて良い。

 魔女の左腕は、十字剣が広く抑えているため、触れはしない——が、光線が飛び出し、ソウガ越しに霧散していく————一瞬、掠ったりもした。溶けたような気がするし、痺れたような気もするが——気には留めず、ひたすら無視して。

 不思議と、痛みを感じない——前へ——前へ。

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎」

 叫ぶ魔女——かの魔物がいた『封洞』に入ると、錯覚が解け、背後の音が遠く聞こえ出す——殆ど、聞こえない狂騒が。

 ソウガはそれでもさらに進んだ。魔女は喚きながら、何かの魔術を放っている。

 大きな封洞だった——が、見えているのは地層だけだ。魔女の魔術が当たる度に、それが反響するような振動を、壁全体が見せている。

 ——見えはしないが、魔術的な何かがあるらしい。魔物を閉じ込めていたのだから、当然か?

 中央を過ぎた辺り——約何十メートルか。

 その地点で、腰に焼けるような痛みが走り、ソウガは思わず体勢を崩した——魔女との接戦での距離感が崩れ、勢いが途切れる——『破壊剣ブレイカー』を強く握ると、刺さったまま捻り上げ、逃げ踠こうとする魔女をぶん回し、放り投げた。

 『破壊剣ブレイカー』が抜け、数メートルで着地した魔女——そのまま地面を滑り、奥の壁まで流れ着く。

 それがどこ由来の魔術かは、それとも魔女の意思なのかは、もうどうでも良かった。

 地に伏せて、血だらけの魔女——ソウガが最初に斬りつけた袈裟斬り、アンテツの飛ばした刀身の貫通——そして、『破壊剣ブレイカー』の部位破壊。

 よろよろと立ち上がる魔女————その右腕が、地面に落ちた。

 ——肩口から大量の血が溢れ、顔の血の気が下がり、驚きとショック状態の顔が、ソウガに力なく睨む。

 ——却すのは、意を決し覚悟に呑まれた顔……憎たらしくも怠惰的でもない顔が、ボロボロの『基本戦闘服ステータス』を纏って、魔女を見返す。

 その右手には十字剣。左手には『十字破壊剣クロス・ソードブレイカー』。

 右手半身を前に、左半身を引き——十字剣を視線に合わせて、『破壊剣ブレイカー』を胸の前で、逆手で構える。

「さあ——やるぞ、魔女っ子魔女ちゃん」

 〈十字ソレット〉のエィンツァー・ソウガは——一人で魔女と対峙した。

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