〔第3章:第4節|咆哮〕
ぶっちゃけ——囮班に取っては喜ばしい事象であった。
傷つけないよう殺さないよう気を遣っていた対象は、改造人間であったことが発覚——そのまま斬り刻んで良い——どころか逆に、絶対に世に出してはならない、危険極まりない滅殺対象になったのだ。
グレンはその通り——『殺して良い。寧ろ殺せ。絶対に村の外に出すな』と命じた。
十字剣が役に立つとき。
——デメリットを言うなれば。
「割とこいつら、力強いじゃん!」
人間にしては——平均年齢が高めだった人体にしては、数値にせずとも大きくわかるほど、異常なまでの腕力や体力を、かつての村人たちは保有していた。
腕を掴まれたガンケイ——十字剣を振り、その屍体の腕を肘から斬り落とす。溢れ出る鮮血。だが、それだけでは効果は薄い。この屍体たちは、致命傷以外では立ち上がり続けており、切断や貫通などにおいても、一切の反応を示さなかった。
——もう、自分の身体ではないのだろう。
さらにやってきた屍体には、バンキがその爛れた顔に『
メイロが無造作に、『
——全て、善良な村人たちであったモノ。今は亡きその瞳には、あらゆる光が見えていない。知っている顔もいた——名前も、喋り方も、性格も。その全ては、既に死んでいた者たちの……。
せめてもの救い。——偶然にもそれは、過去に対する潜在的な贖罪でもあった。
「あらよっとッ!」
キキの『
「散々弄んでくれましたよね!」
恨みつらみの籠った叫びが飛びかかる。ドンソウは地面に押し倒されたが、バンキの蹴りが横から入り、グリベラはドンソウから離され、蹴られた勢いで地面に立つ。近くにいた屍体を——その首を掴むと、バンキに向かって放り投げた。その隙にメイロが接近——屍体ごとグリベラを斬り上げる。
腰から両断された屍体。その奥で浮かび上がった魔女の腰に——「!」——『
そこに突き進む、顔を的確に狙った『弾針』——しかしグリベラは上体を反らし回避。腰の連節刃を掴むと、そのまま浮遊する。
「ちょっ!」——引っ張られて、浮かび上がるキキ。すぐ傍らでガンケイが、左前腕の装甲を外し、『
斧頭は飛び出し、先端は三股に分離し、鉄製の縄が付いた鈎が、グリベラに一直線に射出。グリベラは鉤を避ける——続く『弾針』も回避。鉤はそのままキキの方へ落下。キキはそれを、十字剣で絡め取る。
「ウッ! ——ッくっと!」
キキごと引っ張られたグリベラ——キキはさらに左手を回し、連接刃をグリベラの胴体から下半身へと巻き付ける。当の魔女には『弾針』が向かい、鎖骨に当たり、弾かれる。
「——ッ〜〜〜〜〜〜ラゥッ‼︎」
歯を剥き出しに、グリベラは落下するようキキに接近——掴み掛かると、二人は地面まで——グリベラはキキを下にして、屍体が乱雑に倒され、重なる。
地に着いたグリベラに、斬りかかるクフリとバンキ——両者の十字剣を弾くと、クフリに真っ直ぐ回し蹴りを。同じく回されたバンキの『
「ワォ——怒らセチャッた?」
「うるさいですね。失せろ、Fuc——」
グリベラに、死体の血飛沫が被る——メイロが『
グリベラの首に巻きつく『
「——ゥウアアアアアアアアッ‼︎」
グリベラは、苛立ちと興奮で叫ぶと、引っ張られる前に左足を引き、『
「キキ!」
十字剣を構え、ガンケイは叫んだ。キキもその鋒をグリベラに向けて。
首を掴まれたまま二人は、絡め取った武具を解きつつ、同時に刺突を繰り出す。
——狙うは人体急所の一つ、首————。
挟み込むように、突き刺そうとした。
「アア……めんどい」
クルキとアンテツが倒れた傍から、ファンショとソウガは武具を構えて魔女に斬りつける。魔女は槍を左手、剣を右手で掴むと、下に引きながら振り回す。体勢を崩されつつも持ち堪え、ファンショとソウガは同時に武具を手放し、それぞれ『秋の楔』と十字短剣を手に、間合いへと入る。
「ングッ!」
「ぅらぅ!」
——しかし魔女は、それぞれに拳を突き出し、当たっていないにも関わらず二人は弾かれて、その場で仰向けに倒れた。
そのソウガを跨ぎ、アンテツが逆手持ちの双短剣で、猛攻を——左右交互に斬りつけ、魔女は首を掻きながら、地面を滑り後退——待ち構えていたクルキの槍と、ようやく戻ってきたシダレが襲いかかる。
「——大丈夫か?」
ファンショがやって来て、ソウガに手を差し出す。
文句はないが、戦闘が専門である〈十字ソレット〉において、誰かの手を借りることは稀だ。素直に少なからず嬉しい。だが、ハッと。
未だ元通りにはなってない——乾いて枯れた掌の感覚。
一瞬躊躇うが、断るのは無粋で失礼——手を取り、起き上がらせてもらう。ファンショは十字剣を取ると、ソウガに手渡す。
「——あれ、見たか?」
ファンショは顎で、魔女を——クルキの槍を蹴り、シダレの十字剣を白刃取りする魔女を指す。
「あれ?」
「武具を掴むとき——」
ゆっくりと歩き出し、魔女に接近しながらソウガは訊く。
「——掌か?」
「掌以外もそうかもしれない——でも、空気が直接作用してるのは確か。身体に作用しているのか、空気が身体に合わせてるのかは、よくわかってないけど」
「〈四宝ソレット〉のヴァイサー的に、何か役に立ちそうな情報は?」
「具体的には、あまり——僕は魔女とは、まともに闘うのは初めてなんだ」
——『サバト戦争』は? とも思ったが、細かい事情はどうでも良い。魔女との距離が近づく。
「シダレの『
「……彼女のあれは、『
「唯一の取り柄だ。それ以外は……ハァ…………疲れる」
「そんなに深い溜め息を⁉︎ ……そりゃ大変だ」
その大変な女が、二人の足元に転がってきた。と思ったら、不機嫌そうに地面を引き摺り、強引に立ち上がった。
「……なにサボってんの?」
「作戦を練ってたんだよ」
ソウガが言うと、シダレは首を鳴らした。
「作戦を立てた、まで聞きたかったわね。——なにか思いついた?」
二人に並んで、シダレも魔女へ。当の魔女は、両掌から出した赤色の光線を、それぞれアンテツとクルキに向けていた。二人は素早く躱しながら、接近する。と、クルキの透明な槍がビームを反射し、外壁に当たる——その一面を、ほんの僅かに削る。
ファンショは苦渋の表情で言った。
「さっぱり」
「——いや、妙案があるかも」
ソウガはビームを見届けてすぐ、逆の方向を見ていた。
「なに?」
シダレが言うが、珍しくソウガは、頭の中で何かが組み上がっていくのを感じていた。
〈十字ソレット〉では、妙案やアドリブでの計画構築など、当たり前だ。戦場は想定外の方が多い。だが、アドレナリンの所為か——或いは、最近妙にファンタジーとの接触機会が多い所為か、ソウガの中では「これはイケるか——?」という、確証に近い感覚があった。ぼーっと見開いた視線で、二人に顔が向く。
「……あんた『マジョガタ』にでもなった? ——てか、よく考えたら、あんたも充分怪しいわね」
シダレがファンショを見る。
ファンショも「ええっ⁉︎」と、自分の腕を見る。それが『四季人』であることを、確かめるように、指をそれぞれ波打たせ——「たぶん大丈夫だ」と。今さらだったが。
「ファンショ。——魔女の相手を頼む。時間を稼いで、気を散らしてくれ」
「ん? あ、嗚呼——わかった。クルキとアンテツは?」
「三人で頼む」
魔女の元に走り出したファンショ——を見た瞬間に、頭の中で、イメージが完成した。
——作戦参謀の才能があるかもしれない。
一瞬浮かんだ邪念を放置し、シダレに向いて、その両肩に手を置く。
向き合う顔二つ——。
「——キスしたら殺す」
……頼みを聞いてくれそうな余裕は、まだありそうだった。
「違えよ。——あれだ」
ソウガは指——を指すと魔女にバレるため、バレないように自分の背後を……地下空洞の奥を、視線と顎で示す。
一度眉を顰めたシダレだったが——口角が徐々に上がり、片目が細く、意地の悪い笑みに変わる。
「あんた、時々ワルよね」
「嗚呼——少し、お楽しみだ」
「ハァッ‼︎」
グリベラは吠えるような声と共にグレンに掴み掛かると、勢い良く浮遊——そのままグレンを民家の壁に叩き付けた。
「——そろそろ接待も、飽きて来た頃だッ!」
壁に固定されたグレンは、真正面の腹を蹴り上げるが、硬い服に当たるだけで、通用しているようには見えない。グリベラはそのまま振り切って手を離し、グレンは噴水前に落下させられた。
追撃に出たグリベラ——その足首に『
「ンンンンァアアアアアッ‼︎」
いつも良いところで——とグリベラは叫びたかったのだろうと、それを察した上で無視した『
「ラァアアアアアアッ‼︎」
されるがままに屍体の間を通過して、キキに掴み掛かるグリベラ。二人はもつれ合い、地面を転がる。
「——ッハハハハハハハ! アッハハハハハハハハッ‼︎」
これはキキの笑い声だった。それを聞いた、クフリとガンケイ。
「始まったわ」
「始まったね」
と、軽く笑い合い、屍体を斬り伏せる。
ドンソウに肩を借りたグレン。噴水前で起き上がると、その様子を見て苦笑する。
「——あれが彼女の、良いところだ」
バンキの近くで立ち上がった二人。
血に塗れた顔のキキが、笑いながらグリベラに、十字剣を突き出した。
「————ィキシシシシシシシシシシシシシシシ‼︎‼︎」
鋭く薄い口——白い歯の隙間から、震えるような歓喜の悲鳴と、若干の血を漏らして。
今暫く続いていた、グリベラの笑みと怒りが。
——ここに来て初めて、困惑に変わった。
十字短剣は軽く弾かれ、クルキが振り斬った短槍の薙ぎ払いも、魔女に軽く躱された。
ファンショが両手を魔女に翳し、掴み掛かろうとしたがそれもまた、いとも容易く——ファンショごと放られる。
魔女は一辺倒の手段では、倒すことはできない——猛攻をどれだけ織り交ぜ、全員が奇襲を繰り出そうとも、不可能なときは不可能だろう。だがそれでも、向こうはこっちを殺せば良いだけのこと——何故すぐに殺さないのか?
——できないのは、法則の制限があるから————。
ヴァイサーたちはとっくに気づいた上で、猛攻を耐久戦に持ち込んでいるのだろう。
基本に立ち直れば——つまりはただの戦闘で、物理破壊が勝敗を決する。
『……アア……ホンットに来やがった……』
ここは相手のテリトリー。地の利は相手にある。
——に、入り過ぎたなら?
疾走するシダレとソウガ——向かう先は、魔女とは真逆。
村人たち——『マジョガタ』のいる、魔女の作業区域。
『 ……念の為に言っとくけど、作業区域は聖域だよ? 知らずに色々触れちゃダメ』
思い出される、任務前のガンケイの言葉。——ここには触れなくとも、口から衝撃波を撃てる女がいた。
「——りゃッ…………ンンッ⁉︎」
魔女は気づいたらしい——遠い背後で、素っ頓狂な声が響いた。
魔女の作業区域の手前で、ソウガはチラッと背後を振り返った——案の定、アンテツとファンショを振り切った魔女は、クルキを伏せさせると、浮遊してこっちに来る。
——だがもう遅い。
「シダレッ!」
「あいよッ‼︎ ——ぅうウゥ…………」
——『マジョガタ』たちがこっちを見る前に。
——魔女の手が届かないうちに。
「——ハッ‼︎‼︎」
——衝撃波が炸裂した。
「——ン何だコイツッ‼︎」
骨や臓器が潰れ合う音より、魔女の悲鳴は心地良かった。
「……こっから、こっからァーー‼︎」
キキは旋回するような動きで、グリベラに猛攻を出し続ける。
——明らかにこれまでと違う、奇妙な戦闘スタイル。
刺突の度に『
空気を割り裂く鋭い音。
当たらなければどうということはないし、当たっても魔術で防御できる。
だが、あまりにも気持ちの悪いその……表情。
血塗れに——蛇腹がうねる度に血飛沫が舞い、それに悦びを見せる人間は、生理的嫌悪を抱かせる対象だ。
赤く染まった『
「——ぅッ!」
焦燥を漏らしたのは——魔女のグリベラ。
押されたキキと入れ替わりで来たのは、『
真正面から横に旋回し。
躱し切れず、捉え切れず——『
グリベラは段差になっている古い玄関に、身体を広く打って倒れた。魔術で防御しているが故、直接的な痛みはないし、当たり前のように怪我もない。だが衝撃は強く走る。
屍体の骨肉の破砕音が、響く外——建物の中は、より遠くに聞こえる。
古い日本家屋の玄関——座れるためにある段差。横に付けられた開閉する靴入れ。奥への部屋は開かれており、暗くてよく見えないが、畳か囲炉裏か——畳だ。和の一室があった。
「——やっと二人っきりになれたわ」
「……ァン?」
四つん這いから起き上がると、グリベラが突き破った玄関から、女が一人入ってきた。
十字剣を右手に。左手には——小さく細い籠手が。
肩で息をし、歪んだ表情を浮かべ、グリベラは嘲笑う。
「……お前一匹程度、殺せないとでも?」
外は真っ暗で、俯きがちの——何かを噛み締める女の顔は、よく見えない。
「そう。——敬語で喋るあなたの方が、好みだったわ。それに——」
女が持ち上げた左手は——カシュッ、と鋭い音を立て、手首から刀身が突出された。
「——私の腕は、狭い場所の方が役に立つのよ」
剣を構える女——グリベラが幾度も見た、〈十字ソレット〉式の構えではない。
真っ直ぐ上に持ち上げた右腕と、外斜めに下げられた左腕。
「ト」の字のように構えたクフリに、グリベラは飛び掛かろうとした。
クフリはフッと、笑みを漏らす。
——そこに、一本の『
衝撃波——と言っても、シダレの『
高音で叫び、ガラスを共振させ、破壊——みたいな能力を持つ者たちの、類似した上位互換、程度だ。万能でもなければ、最強とも言えない。ある程度までの威力のもの。
が、ソウガも感じるほどの風の波が放たれ、目の前に置いてあった万物のそれぞれ——その中でも、比較的軽い物たちが、あちらこちらに舞って、割れて、倒れて、転がった。
「——アアアッ‼︎」
背後から聞こえたのは、嫌悪と焦燥の混じった悲鳴——十字剣を構えるも、跳んできた魔女は二人を超えて、作業区域の中へ。
「ぁアン、もっ……、ちょッ——」
シダレとソウガをそっちのけで、魔女は器具を立て直し、紙の資料——本当に紙かどうかはわからないが、薄い紙状の資料をかき集め出す。明るく青い液体が垂れ、紙の一つから小さな火が出た。
「なんて……バッ……待ッ——」
「トゥフッ!」
資料を揃い集めていた魔女に、シダレが軽めの『
膝をついて、こっちを見上げる魔女——ソウガはシダレと十字剣で斬りつける。
も、魔女には届かず——空気の膜に弾かれた刀身は、代わりに近くに置いてあった、よくわからない黄色と紫色の液体の入った小瓶を——そして、これまた近くに置いてあった小さな本棚へとぶちまける。紡錘形の煙が、断続的に浮かび上がり、空気の味が鉄のような、砂糖のような奇妙な味に変わった。
圧は感じない——だが強く、明確な怒りを込めた視線が、二人を見る。
「……こんな……よくも…………。めんどくさい…………ッ‼︎」
両掌を出す魔女——それぞれがシダレとソウガに。
紫色の稲妻が肩を撃ち、シダレとソウガは後ろに倒される。剣で防ぐ間もなかった。
「——シダレ! ソウガ!」
アンテツの声がして、見上げた視界の頭上から、十字短剣が下へ——黄色い雷撃が二本戻り、アンテツの「アギッ!」という声がした。
起き上がるソウガの右からクルキ——左からはファンショが、それぞれ槍を持って躍り出た。
「……な、なんて——なんてことを、したァッ‼︎」
何かが癪だったらしく——何かやらかしたらしく、魔女の態度は、面倒くささより怒りが露わに。
その目の前に、槍が二本——掌を向けた魔女。穂先は空気を挟んで——或いは空気に挟まれて、止められる。——でもどちらにせよ、関係ない。
二人のヴァイサーは槍から手を離すと、それぞれ伸びていた魔女の腕を、それぞれが掴む。——二人とも、手首を掴み引いて、背後に周り、肘を抑え込む。
犯人を後ろから取り押さえる警察のような構図——クルキもファンショもそのまま『心恵』を手に込めて、魔女の両碗を秋冬に彩ろうとする。さらに膝の裏を蹴り、魔女に膝を着かせる。
ソウガは十字剣で斬りつけるが——またも弾かれた。ソウガの背後から出てきたシダレは、大きく息を吸うと——左腕に冷風を浴び、右腕は乾き始めた魔女に——真正面から、『
塊ではなく、断続的な波打つ空気——魔女の身を纏う空気に、共振させる。
——シダレの息は長くは保たない。ファンショとクルキも保ちそうにない。
ソウガは十字剣を振る——が、またまたも弾かれる——なら、とその反動のまま、下から十字剣を斬り上げた。
両手で握り、当てるように、魔女に刃を押しつける——空気の膜が揺れ、魔女の顔に動揺が浮かんだ。斬り上げ切りず、そのまま刀身を押し込む。ゆっくり、徐々に——沈むように空気の膜を割っていく刀身。全力を込めるが——シダレの波が途切れた。
「ッ!」
「っけふぅー」と、シダレの余韻が吹いた刹那。マントの上から見てわかるほど、魔女の身体に力が込められ、強大な空気の波動が走る。
両腕を掴んでいたファンショとクルキ、真正面のソウガ、その少し後ろのシダレと、迫っていたアンテツ——全員がそれに呑み込まれ、魔女から吹き飛ばされた。
視界が高速で変化し、ソウガの肩に机が当たる——机の方が先に立っていたのだから、ソウガが当たりに来た、というのが正しいか。どっちでも良い。
打ち身ながらも、強引に立ち上がる——立ち止まってはいられない。全身が衝撃で痛むも、『
アンテツとシダレが、近くで倒れている。『マジョガタ』たちも。〈四宝ソレット〉は向こう側、だろう。……待ってはいられない。
衝撃波の中心で、膝立ちのままの魔女。
ソウガは走り出す。魔女は気づくと、右の掌を向けた。
「——っ⁉︎」
が、ソウガの脇から、細く小さな何かが突出し、魔女の右肩に深く突き刺さる。それに気を取られた一瞬——ソウガは魔女の目の前で、既に剣を振るっていた。
驚愕に目を見開いた魔女。
十字剣が下から——空気の障害膜がない、無防備なフードマントへ。
肉を斬り裂く感覚と、舞い上がる血飛沫。
ソウガにとって、近年稀に見るほど綺麗に入った斬撃——しかし、反転して二撃目を入れる前に、左の掌が向けられた。
桃色の光線が炸裂。
ソウガも魔女自身も、反対側へ吹っ飛んだ。
作業区域を離れ、大きく離脱する魔女——地下空洞の奥の方へ。放物線が大きい魔女に対し、ソウガはすぐ近くで倒れていた棚にぶつかり、無様に地面を引き摺った。
魔女は遠目から見てもわかるほどの——墜落だった。
「——惜しかったな」
槍を拾いながら、傍にいたクルキが肩を叩く。ファンショも少し先で頷いており、近くのシダレを起こしていた。
アンテツと目が合うと、右手に持った短剣の柄を、ソウガに見せた。短剣には刀身がなかった。アンテツはソウガの前で、どこからか取り出した刀身を柄の頭から差し入れて、「カチッ」となるまで引っ張った。短剣に元通り——軽く手の中で回してから納め、笑った。
「——ガンケイの新作だ。近距離専用だったが……役に立って何より、だ」
「嗚呼、ありがとう」
短剣の刃を射出式にしたらしい——魔女の右肩に刺さったのは、刀身だったようだ。
距離の空いた当の本人は、まさに今、自分の肩からその刃を抜き捨てたが——勢いとサイズを考えれば、貫通していてもおかしくない。本当に惜しかった。
数十メートル離れた先——魔女は左手を伸ばした。
どこからか槍のような、歪な木の棒——長杖が飛んできて、魔女の手に収まる。そのままもたれかかるように、身体を支えて、右肩を押さえる。
「行こう——後始末だ」
全員立ち上がる。
——と。地下にしては広大な頭上——五人の頭上を、カラスが飛んで行った。大きく外周りに飛び、一度鳴いてから、魔女が凭れている杖の先に留まった。
「……使い魔か」
ファンショが呟いた。誰も飛び道具を持っていないことが、かなり悔やまれた。五人は走り出す——何かされる前に、魔女を殺そうとして。しかし、
「……グリベラが……。——もういいや……。……めんどくさい…………」
魔女の、静かで脱力した声が聞こえた。ソウガは十字剣を構える。
ドン——ドゥン————。 長杖が二度、地面を突いた。
明らかな只事じゃない音と、伴って揺れる地面——五人の足が止まる。
「ほんと……嫌な予感がするわ」
シダレの言葉通り、足元が徐々に、揺れが大きくなり始めた。
グリベラ・アンバー・ウォーレンは知らなかったが、クフリの足元に刺さった『
「
「——ッあぅっ‼︎」
透明な柄から乱反射を見せる『
弾かれる——想定通り。
服を着ていようと着ていなかろうと、瞬間的な攻撃は弾かれる。重量のある質量攻撃は通用するが、クフリの得意分野ではない。剣を持っている以上は、剣を使うような戦闘スタイルが、本人的にも好ましいのだ。
クフリの得意な戦闘スタイル——自他共に認める、適した戦闘術。
跳ね上がったクフリ——宙で逆さまの姿勢になったクフリ——グリベラの頭上を超えながら、両腕の剣を一瞬、ヘリコプターの羽根のような旋回を見せ、十字剣と『
両足で着地した瞬間に、グリベラに飛び出し、十字剣で刺突——首を狙ったが、ギリギリで躱したグリベラ。その手が胸の金十字に伸びるが、『
顔を背けたグリベラに、宙返りで戻ったクフリが、さらに旋回——十字剣と『
カィン、キン、ギン、キン、ギャィン————。
弾かれるように、グリベラは和室へ投げ出された。猛攻なら、通用する——。そこに、玄関を超えて飛び出したクフリが、またも宙返りをしながら、今度はグリベラに向けて、両手で刺突。真っ直ぐ弾かれ、真上に跳ねる。
クフリはそのまま横回転——真下のグリベラに向けて、今度は右肩を狙った、猛撃。逃げもできず押し切られ、クフリはグリベラに馬乗りになる。
「なッ、——ングゥ……」
喋る隙すら与えない——両肩を膝で押さえ込むと、十字剣で首を狙う——が、弾かれて首の左側に逸れ、剣先は畳に突き刺さった。クフリは左腕で、『
グリベラは右手を——肩から下で抑えられているが、それでも何とかして伸ばす。
身体強化を警戒し、クフリはより首を締める——或いは固めるように、体術のような抑え方をしたが、それでも基礎ステータス——身体特性の違いが出た。単純な身体強化に対し、力ではなく速度と柔軟性が特化したクフリでは、あと一歩パワーが足りない。
「——っ…………」
——その穴を埋めるための、『
グリベラの手が届くと同時に、クフリはその首を握っていた手首を曲げる。『
クフリは下から上へと、『
追うように飛沫く、赤い血——だが、……浅い。
自由落下に、そのまま十字剣と『
向き合ったのは一瞬——飛び出していたクフリ。グリベラは、自分の負傷に焦ってか、外へ出ようと、背後の穴へ————「ドンッ!」
本日三度目の『
クフリは玄関を蹴ると、三角跳び——『
真っ直ぐ真ん中に——弾く力が、鋒以外に逃げてしまうほどに、掌と均衡する十字剣。だが——触れ続けることで、その力は————。
グリベラは手首を外へ返す。他所へ突き進む十字剣。屈んだ魔女はクフリの間合いを通り抜けて窓へ。その腿裏に『
小窓だが人一人出れそうな場所——窓を開くグリベラに、本日二度目の『
魔女は怒りを強く覚えながらも、構えられた『
唸ったグリベラは反転し、クフリの十字剣が『
そのままクフリの手首を掴むと、一回転して畳に放り投げる。さらに反転。『
「アァッ……!」
壁の——『
しかし。
——そうは問屋が、卸さない。
——ドンッ‼︎
背後から『
市中引き回しのようなグリベラ——『
肩で息をする束の間もなく、顔に『弾針』が迫り、肌の上で弾けた。傷はつかずとも、やはり衝撃は受ける。
顔を背けたその一瞬——「ドヮン‼︎」と——頭頂部に衝撃と重みが。
背後から迫っていたメイロの、上から振るわれた『
——っハッ!
袈裟斬りで刀身を押し込むグレン。グリベラは両手で掴もうとするが、伸ばした左手に『
「やっと、捕まえた」
グリベラが見上げるのは、怒りと強さに満ちた——しかし畏怖を覚えるほど冷たい、グレンの眼光。超至近距離で魔女を見下し、その奥では、『マジョガタ』と戦う、三人——クフリとガンケイとバンキの姿。
グリベラの胴を斜めに薙ぐ刀身——当たっているだけの刀身が、徐々に押し込まれ——纏っていた魔術が、徐々に効力を失いつつある。
「——ウぐァあッ‼︎」
十字剣が、右の肩口に入った——朧げにうつろい掛けていた意識が、血流によって一気に暴れ出す。
「——村人の奴隷に任せて逃げれば良かったのに、お前は人間との勝敗にこだわった。傲慢にも魔女として——人間を侮った。その所為で、お前は死ぬ——」
グレンが吐き出すように——噛み砕かせるように、目の前で告げた。
十字剣が胸元に食い込む——右肩はもう半分切れた——文句を言いたいが、グレンが肺を体重で押さえつけているために、グリベラは息をするのも絶え絶えだった。
「——ここで終われ」
——そのとき、地面が揺れた。
立ち止まった五人の前で、魔女はさらにもう一度、杖を突いた。
電子回路のような、無数に屈折、結合、色の瞬く線が——地面を這って、壁に伸びていき——五人を囲うように、地下空間を包囲するような線が、長杖に合わせて走り広がっていく。
喫茶店で、栗鰓餡菜がしていたように。
「……〈四宝ソレット〉? これ、何してるの?」
倒れないよう杖代わりに、地面に突き刺した十字剣——シダレが訊いたが、二人のヴァイサーは顔をしかめた。
「予測通りなら、最悪の展開だ」
クルキに続き、ファンショも。
「次に同じく」
走り広がる光の線は、五人の周りから魔女の立つ背後の壁に収束し、沈み込んだ。
補強材の壁——大きな金属板が重ねられた壁だ。その壁が、振動で落ちる。
グワンガラガグワッシャァアアン————派手な音と、ひしゃげた金属が、落ちる。
現れたのは、透明な幾何学模様の折り重なった、膜。
何かを——何かが、内側で目覚めたかのように、中では黒い気配が蠢く。
「あれは何だ?」
アンテツは言った。
「逃げた方が良い」
クルキは静かに言った。
「どういうことだ?」
ソウガは訊く——クルキは奥で光る膜を凝視しながら、一言ずつ喋るように、言う。
「——無数の人型生命を動かせるほどの、膨大な『魔力』。魔女二人だけで、それを循環させる? ——あり得ない。だったら——魔力源が、どこかにあったはず、とは……薄々思ってはいた。村全体を覆えるほどの、『魔力の器』が必要なはずだからな。…それがどこから来てるかはわからなかったが——」
壁に走っていた光線が——その振動が、空洞内の全域に伝わる。
幾何学模様の膜から、一本の光線が出た。
斜めに——遥か頭上を走り、五人には届きはしていない。地下空洞の剥き出しの土——天井に突き当たり、壁に走っていた光線が、その接面に誘われて、集まる。さらに、膜の奥から聞いたことのない、巨大な吠え声が。
「——それが生き物だとは、聞いてないぞ!」
光線はそれに収束していき————そして。
——爆発した。
ふわり——と。
剣の鋒が、グリベラの喉に触れた瞬間、屍体に囲まれていた全員が、一瞬宙に浮いた。
突然のことで、意識が止まりかける——が、自由落下の経験者は数名いた。自分たちが落ち始めたことに気づいて、身を屈める者——周囲を見る者。
しかし、突如始まった地盤の沈下——それも全員、対応し切れるような状態ではない。
「——気をつけろ!」
グレンのその叫びさえ、頭上に消え行く。
地面が割れ、互いが呑まれ合い、全員の全身が、重力と引力に巻き込まれる。
生きてる者、死んでる者、人である者、人ならざる者——それぞれの姿が互いに見えなくなり、それでも突き出した十字剣——しかし、先に堕ちていくグリベラからも、グレンは離されてしまい……。
囮班全員が、巨大な地下空間へと落ちていく——。
原理不明の——しかし、魔術であることはわかる。魔女の杖から放たれた伝導性の高い——「退くぞッ!」——クルキの声だ。考えるのを止める。
「マジかよ……」——これはファンショ。
「もう死んだわ」——シダレ。
「ちょっ……なんか、パニクリそう——」
光線の動向に目が離せないソウガも、口から心情が漏れていた。
「——行くぞッ‼︎ ほらッ‼︎」
アンテツに肩をはたかれて、意識が目の前の今に戻る。
頭上が——地下空間の、天井が崩壊した。
頭上から落ちてくる、細い土埃——と、土塊。噴火みたく岩石が降り注ぎ始め、振動が激しく——殆ど、災害だった。
薄い笑みを浮かべ出した魔女とは、クルキに続いて逆側へ走る。地震のような揺れ動く下の地面と、ランダムに落ちてくる上の地面の塊を避けながら、第七衛生管理備局の廃棄された建物群へ。徐々に新鮮な外の空気が降りてくるのを、肌で感じながらも。
「——上に上がれ!」
アンテツの声——よじ登れば、岩崖のところまで逃げれそうだが——。
「——下に入れば?」
シダレが訊く——建物内部は、侵入は容易いだろう。が、クルキが否定する。
「安全性の確証はないッ! 来るぞ!」
百年前の積み上がった建物群——誰も手を触れて来なかったから、たまたま残っているだけの建造物。
大きな塊が手前の建物に弾かれて、回りながら五人へ飛んでくる。ソウガは右に飛び、シダレと共に回避。——三人と離れてしまった。
「ファンショ!」
「——大丈夫!」
アンテツとファンショの声が聞こえた。クルキもきっと、無事だろう。
シダレが手前の建物群に——左に曲がって直ぐ、コンクリート材らしき階段を上がり、 頭上で大きな轟音が。
「ソウガ!」
上にいたシダレが振り返って叫ぶ。その姿が近くの建物に入ると同時に、ソウガのすぐ左側で、建物が爆発——意識する間もなく吹っ飛ばされながら、それでも剣を手に頭を抱える。——どこにも当たらずに、固い床材の通路に着地。すぐに起き上がると、シダレも見えなくなっていた。
——というか、誰の姿も見えない。
見上げると、さらに無数の土の雨が——一番近くの建物に入ろうと、下の段に向かって跳ぶも、さらに背後で、何かが着弾。激しく弾かれ、転がり落ちかけたソウガを、波のように迫る瓦礫と地層の混合流が、呑み込んだ。
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