〔第3章:第3節|第七衛生管理備局〕

 ——『弾針』は突き刺さらなかった。

 グリベラの肌に触れることなく——弾かれて、金属の細い針三本が、地面に落ちる。

 顔を下ろしたグリベラ——グレンに向けて、余裕と嘲笑の笑みを浮かべ返す。

「——身体強化は、全身を守護しています。……マントじゃなければ傷つくとでも?」

「——君は自分が学習していないという、事実に傷つくべきだ」

 キキがグレンの脇から右手を——ついさっきと同じように、グレン越しに『蛇腹剣コイルソード』を伸ばす。

「もう見——ッ⁉︎」

 グリベラの右半身が強打され、グリベラは衝撃で吹っ飛ぶ——這って着地した地面を滑り、噴水まで回りながら流れた。煉瓦壁の枠に当たる直前、両手の拳を地面に打ちつけ、魔術で浮き上がる。

 ——既視感のある攻撃に、振り返って答えを得た。

 『四方盾シールド』を振り切ったドンソウが、グレンとキキの傍にいた。全身が汚れ、顔の下半分に小傷を負っているが、十字剣と『四方盾シールド』を手にして。

「お疲れ。……やっぱ無事だったね」

 ドンソウの肩の埃を、キキが払う。

「あ、あっ、はい……すいません」

 グレンは、足元に落ちていた『弾針』を拾うと、弾倉に再装填——装填軸を引く。

「謝るな。君の無敗記録は、こんなおつむの足りない魔女程度には、破られはしない」

 グリベラにワザと聞こえるよう、グレンは『十字弩クロス・ボウ』を向けて言った。

「あなた……中々、厄介ですね————」

 グリベラは首を鳴らし、両手を構えて飛び出す——狙いは、厄介な彼女だ。

 『弾針』は刺さらず、グリベラは突き出てきた『四方盾シールド』を躱すと、キキの十字剣を蹴り、『蛇腹剣コイルソード』の先端を袖で弾く。

「——ラぁウッ‼︎」

 勢い良く振り返り、怒声を込めて『四方盾シールド』を殴った。

 共振する音が、ドンソウを弾き飛ばす——『四方盾シールド』は構えられていたが、衝撃は強く殺し切れず、ドンソウは噴水まで退がらせられ、そのまま水の中へ。

 無茶な魔術展開をしたのか、グリベラ本人も一度立ち止まり、痛そうに左の拳をおさえる。——だが、戦闘は止まらない。

 右手を噴水にかざしたグリベラ——水を噴き上げる白い彫刻にヒビが入る。しかしそこで、その手首に『蛇腹剣コイルソード』が巻き付くと、強く後ろに引かれる。さらにグレンが接近。十字剣を振り翳し、肘から一刀両断しようと——したができず。

 ——ギィン!

 金属のような衝撃に、刀身が弾き出された。袖はマントだけが裂かれ、その下の黒い、禍々しく刺々しい模様の黒い服が、硬く刃を拒絶していた。グリベラは左手で、グレンを真っ直ぐに押し出す。

 それほど強くない衝撃だが、例の如く魔術で吹っ飛ばされたグレン。だが、ちょうどそこにいたキキが、その背中を受け止めて持ち堪える。衝撃で『蛇腹剣コイルソード』が解けた。グリベラは噴水に右手を向け、何かを握り落とすような動作を。中で立ち上がったドンソウは膝上くらいまで水に浸かっており、頭上から崩れた彫刻の破片が降り注いできた。ドンソウは『四方盾シールド』被るようにを構えたが、大きな一塊が降ってきて再び水の中へ。

 グレンとキキ——計三本の剣による刺突。

 グリベラ十字剣二本が、袖によって弾かれた。が、キキが『蛇腹剣コイルソード』を引くと、その連接を掴み、グレンに向かってキキを蹴り飛ばす。グレンとキキは重なって倒れた。

 さらにさらに——グリベラは、ドンソウが埋められてしまった壊れた民家に両手を翳すと、その場から瓦を浮かび上がらせて、何かを投げるような動作を繰り出した。瓦たちは旋回して舞い上がると、隕石のように、グレンとキキに向かって降り注がれる。

 二人は互いに反対へ跳んだ——瓦は全て、グレンに向かった。

 グレンは剣を振るったが、その一閃は虚しく、酷く鈍い音と共に、瓦に埋もれてしまった。キキは『蛇腹剣コイルソード』を展開。だがグリベラはそれを避けると、起き上がりかけていたドンソウ——噴水に向かって掌を向けた。掬うように下から上へ向け、握り締めた拳を落とすように下へ——崩壊していた彫刻の破片が一気に上まで上がり、またもドンソウに降り注ぐ。十字剣を振り下ろすキキ——グリベラは翻ると、その首を掴んだ。

「いい加減、しつこいですねぇッ‼︎」

 魔術——キキは首から吹っ飛ばされると、ロータリーの東側へと投げ出される。グリベラは伏せたキキの上に掌を翳し、叩くように下へ。傍に立っていた建物の瓦屋根が——その噛み合いが解かれ、一列ずつ、キキの頭上に落下する。

「キキ!」

 瓦の屋根から起き上がりかけたグレンが叫ぶ。

「寝てろッ‼︎」

 グリベラは叫び返す——そのまま少しだけ浮き上がると、グレンを見下ろす。

「——人間如きが、随分手間取らせやがりましたね……」

 グリベラは少し落ち着いたようだった。視界の右側には、噴水の瓦礫に埋もれた盾持ちの巨女——必死に退けようとしているっぽいが、もう少しくらいは足止めできるだろう。正面下には、地に伏せたリーダー格の女——その下半身にはまだ瓦が乗っていた。しばしの足止めだ。その左斜め後ろに、動かない瓦の山。

 チラリと南を見ると、動いている村人はもう三割程度だった。通りいっぱいに倒れた村人と、その隙間を縫うように、剣を持ちながらも身軽な動きで村人を蹴る女と、大剣を構えた男が奮闘している。——もう少し。

 外はもう日が暮れているのだろう——紫色の空の下で、街灯が灯り始めている。

「——できたものだったら、の話ですが。……初手でワタシを殺せなかったことが、あなた方のそもそもの敗因です。村の人間を見捨てていれば——全員でワタシに向かってくれば、奇跡的に殺せたかも知れなかったですが——これ以上は、もう無理でしょう? 最後の温情です——無益な戦闘を辞めて、降参して頂けませんか? 命の——」

「わかってないようだが」

 衝撃と痛み——だが、致命傷ではない。

 グレンはゆっくりと起き上がった——右足に跨ぎ乗る障害を蹴り飛ばし、骨や筋肉に影響がないという、『基本戦闘服ステータス』の機能性を胸の内で称える。

「——わかっていない? 本当に?」

 グレンは十字剣を右手に、『十字弩クロス・ボウ』を左手に。しかし、構えはしない。

 グリベラを真っ直ぐ見て、嘲笑を送る。

「……言いそびれていて申し訳ありませんが、ご存知の通りワタシは、この国の出身ではございません。あなた方の言葉に関しては、ある程度はもう精通していますが、現在進行形にて魔術による、多少強引な自動翻訳を、行なっております」

 瓦が動く音がした——キキは生きてるし、出ようとしているらしい。噴水のドンソウも膝立ち——ようやくその『四方盾シールド』を、水底に突き立てた。

「——故に、細かい言い回しや言葉遣いは、実はあまりよく理解できていませんので……もしあなたが『わかっていない』と言ったことが——」

「——一つ、良いことを教えよう」

 言葉を遮られ、グリベラは一瞬、表情が固まる。

「……何でしょう?」

「お前の敗因はそれだ。——日本語が理解できていない。だから言っとくぞ——この国には、『二度あることは三度ある』という諺があるんだ」

 グレンは『十字弩クロス・ボウ』を向けた——勝者の笑みも。

 グリベラは眉を顰める。瞬間的に、視線はどこへと——グレンが向けた視線と笑みが、グリベラではなく、自身の背後を視ていることに気づく。


 ——その背後から、低い濁声が聞こえた。



「——ジャ、英語なら理解デキるか?」





 ドアの先は廊下だった。

 断続的に電灯が設置されてはいるが、実際に点いているのは半分くらいだった。進行方向以外は全て、無機質な壁に囲まれていた。連絡通路、とでも言うべきか。

 クルキ、アンテツ、シダレ、ソウガ、ファンショと、歩いた先——突き当たりのドアに辿り着く。一度振り返ったクルキが、意を決して開ける。四人もその先を覗き込んだ。



 ——そこには、巨大な地下空間が広がっていた。



 ドームやホールのような空間——通ってきた廊下は、本当に連絡通路のような役割があったらしい。小さな田舎の集落にしては、想像もできないような————あまりに不自然で異常な地下空間だ。百メートル四方はありそうなほどに、とんでもなく広い。

 地層が剥き出しで凹凸のある天井、壁、床。南側の一面——五人が今立っている場所は施設の一角であった。後付けされたように見える、無骨でシンプルな金属階段に足を降ろし——五人は下りながら、空間を見渡す。

 目の前の施設跡は、長らく誰も手入れしていない。横から見ているようで、建物が幾つか組み合わさったようにも見える。窓もあるが、割れていたり、汚れ切っていたりと、中までは見えない。空間内に無数に点在している、様々な形状の電灯も、建物の中まではない。誰も使っていないのだろう。電気も通っていないのかもしれない。

 ——だが、最下層の地面は、使用されていた。

 階段はかなり長い——二十段くらいの継ぎ接ぎのような五、六階分を、下へ。降りている間に、さっき見かけた魔女が、遠目に見えた。

 地下の中央にて。床材が敷かれた一角にて、何かの作業中だ。数人の村人……? と共に、点在しているのは、見たことのない抽象的な器具や、分厚い本が数十冊以上、知らない道具と、ちょっとした機械にも囲まれていた。居住区でもあるらしく、簡易ベッドやソファに、コンテナのような物も積まれている。

 金属階段を降り切る前に、その籠り切った空気の中で、カラスの鳴き声が鋭く響いた。

 魔女がこっちを見る——すぐ傍らにいたカラスが鳴いたらしい。その表情までは見えないが、互いの存在は認知した。魔女は手にしていた道具を置くと、村人に何かを指示し、カラスを撫でた。そして、マントを叩いてこっちに——床材の上を滑るように出ると、土の地面を滑り、階段を降りて武器を構えた五人の前に。

 面倒や退屈などの——怠惰で卑屈な表情を浮かべて、向けられた鋒の数メートル先で、止まる。

「…………ようこそ、『第七衛生だいななえいせい管理備局かんりびきょく』へ……」

 第七衛生管理備局——魔女は右手をワザとらしく払うよう、雑な歓迎を。

「なにそれ?」

 眉を顰めたシダレに対し、魔女は肩を竦めた。

「ワタシが知るわけないわよ」

 その返しは意外だったが、

「——知ってる」

 クルキが吐き捨てるように言った。

 今度は、魔女が眉を顰める番だった。——そして、クルキのその言葉が、魔女以外の全員に——シダレとソウガとファンショに悟らせた。

「——何故?」

 魔女はクルキに訊いた。が、答えたのはアンテツだった。

「——ここは、世界大戦時に造られたものだ」



「我々〈ソレット〉が——その原点である〈いろは士陣隊しじんたい〉が、生まれた場所だ」





「——アー……〈四宝ソレット〉。——そう名乗ったって? でも今、〈ソレット〉って言ったね? あと……〈いろは士陣隊〉? それは……宗教? それともカルト?」

 口振りは相変わらずのローテンションだったが、少し饒舌になった魔女に答えを告げたのは、三者三様。

「人外種の一族だ」——〈四宝ソレット〉の冬のヴァイサー。

「正義ための組織だ」——〈十字ソレット〉の天秤のヴァイサー。

「似たり寄ったり、よ」——口の悪いエィンツァーの小娘。

 百歩譲って、秋のヴァイサーが答えろよ。——シダレに「おい」と言うかわりに、ソウガは肩を突く。ファンショが小さく吹き出す。——いや、アンタ、ヴァイサーだろうが。

「じゃあ……『正義』のために集まった『人外』種の、カルト系宗教組織?」

「似たり寄ったり、よ」

 ——だから、何でお前が念を押すんだ?

「なんか……めんどくさいわ。——ワタシらは、そんな奴らに負けたの?」

 『サバト戦争』のことだろう——クルキとファンショは槍を握り直す。

「負けたんじゃない。非協力的な——」

「ごめん、めんどい……いいや。今の話をしよう……」

 クルキの言葉を遮り、頬を掻く魔女。

「どうしたいって?」

「……何?」

 クルキは魔女に訊き返した。

「ほら……妹に——グリベラに、何か……情報共有? みたいなことを、提案してたでしょ? それ……何なの?」

「嗚呼。だが、お前の妹は断った」

「そりゃそうよ——あの娘は壊れてるもの」

 魔女の姉は、平然と言った。

「おまけに趣味が悪い。地上見たでしょ? そんなに悪い村じゃなかったのに、ワタシのためって言いながら、ヒトガタを——」

「ちょっと待て」

 ファンショが遮った。二人のヴァイサーも、驚きに顔を見合わす。

「……おっと……?」

 その顔を見て、口が滑った——みたいな顔をしたが、見逃せはしない。

「……何でもない……じゃ、ダメか……」

「何故、その言葉を知ってる?」

「——『ヒトガタ』? ——この村の地下を知ってれば、普通に知ってることでしょ?」





 振り返ったグリベラの既視感——数十分前にドンソウから二発も喰らった、『四方盾シールド』による質量攻撃。

 ——を、反射的に警戒したのが、グリベラに悪運を招いた。

 屋根から飛び出したのは、ドンソウと同じく体格の大きい者——ただし、相手はもっとタチの悪い、長身の黒人——十字剣を振る右手。

 その右半身に隠れた、左手——腰に差した『個有武具』。——鋒が半円の、幅広の刀身を持つ柄を——バンキは、逆手で抜く。

 ——一見、「菱形」に見える刀身が、鞘から抜ければ抜けるほど、細かく解けて、展開し、湾曲していく——それが見えないグリベラは、十字剣を避ける。バンキは素早く空中で身を捻り、『個有武具』を振り切った。

 畳まれていた「菱形」の伸縮部分——広がっていく楕円形の連節——鎖が、遠心力を含み、その先端——鎖とは別の、半円の機構は、刀身から出た瞬間に変形した。鋒は金十字から、星形へ——グリベラの真正面で、ニヤケ面が言う。



GoodグッドMo~rningモーニ〜ング?」



 右手の十字剣は、そもそもグリベラに届いていない——それは、本命じゃない。

 左手の『十字星形鉄球クロス・モーニングスター』が逆手に振り切られ、グリベラの横面に直撃した。

 質量を警戒し、両手を構えかけていたグリベラのその右頬を、至近距離で強烈に、強くぶん殴ったのだ。

 ドンソウが出てくるのと入れ替わりで、グリベラは水飛沫を立て、噴水に墜落した。バンキは、グレンの目の前に一回転して着地。

「————キメ過ギか?」

「いつも通りだ。——よく戻った」

「……お、お帰り、なさい……」

 ドンソウが、噴水に『四方盾シールド』を構えながら、後退するように来る。反対方向の路地からは、十字剣を手にガンケイが出てきた。

「ただいま」

「……二人だけか? 救出班は?」

 グレンの言葉に、ガンケイは首を振った。

「たぶん、魔女との戦闘中」

 そのまま左肩の装甲を外し、それを『手斧』に展開。

 ——『基本装手斧ベーシック零一三ゼロイチサン』の「自動式電気手斧ライトニング・ハンドアックス」を、噴水に向かって投げ入れた。

 水面が閃く。

「たぶン——大体こッチと同ジ状況だ」

「……あ、秋の……ヴァイサー、は……?」

「無事だ——無事と言エレば、な。……戦闘くらイはデキるだろーよ」

「——ちょと〜…………」

「おっと、忘れてた」

 グレンの背後——遠くから声がして、振り返ると、瓦の山からキキが手だけを突き出しており、こっちに向けてなのか、どっちに向けてか——とにかく、ゆっくり振っていた。

「……手ェ、貸して〜」

 小さな声が聞こえる。

「バンキ、頼む」

「了解」

 バンキが出ると、入れ替わりでクフリとメイロが来た。

「終わったか?」

「ひとまず、全員」

 クフリが指した先——南のセンター通りは、様々な姿勢で倒れている村人たちで、埋め尽くされていた。

「こういう状況ってさ——ホントに現実か、疑わしいよね」

「魔女に捕まってたのに、何言ってるの? ——でも、お帰り」

「ありがと、クフリ。——ところで、常人ならあと十秒は気絶してるはずなんだけど」

 ガンケイは十字剣を構えた。キキとバンキが立ち上がり、こっちに。

「——魔女ならあと五秒?」

「否定。——今だ」

 メイロが言った瞬間、噴水から水飛沫が上がった。





 人差し指を出した魔女——地下空間を指す。魔術かとも思ったが、ただのジェスチャーだった。

「——ここに来たとき、魔術で空間ごとスキャンしたら、壁とか床とかから、なんか色々出てきたのよ。言われてみれば、隠してあったような気も……」

「何がだ? ——何が、出てきた?」

「……残ってた資料よ。——『ヒトガタ』実験の記録。……古くて汚い紙だったけど」

「その資料はどうした?」

「しつこいわね。……捨てたわよ。実験してみたけど未完成品しかできなかったし、これなら魔術の方がって……もしかして、完成品が欲しいの? なら、交渉次第よ」

「実験って? 完成品って——」

 クルキの語調が強くなったが、魔女はそれを「おかしい」と感じているようだった。

 溜め息を吐く魔女。

「……『ヒトガタ』実験。完成品は……待って。グリベラに聞いてないの?」

「そこまで言って、何を聞いてないか——答えないとかじゃないわよね?」

 シダレが圧をかけるように、剣先をチラつかせる。

 アンテツも問う。

「『ヒトガタ』を完成させたのか? どうやって? 誰に? 何を——」

 魔女はほんの少しだけ——嘲笑するように、言った。くだらない、とでも言いたげに、右手の人差し指を、真上に指して。


「——全員よ」


「ここにいるのも、上にいるのも……全員が『ヒトガタ』。ワタシとグリベラ——魔女の手が加わってるから、『マジョガタ』って、ところね」

 魔女は自身の背後へ手を伸ばす——何かの作業中の村人が一人、引っ張られるように地面を滑り、その手に首根っこが収まった。

 ——その瞳は光がなく、虚ろなものだった。





「ええ——認めましょうッ‼︎ あなた方は——人間にしては、実に煩わしいです!」

 壊れた噴水の真上に飛び上がったグリベラ——ずぶ濡れのマントを広げ、七人を見下ろす。

 その頬には、はっきりと傷を負っていた。バンキがニヤリと、深い笑みを浮かべる。

 さらに首を震えさせ、目線も急に上下に揺れる。ガンケイは嬉しそうだった。

 肩で息をするグリベラは、グレン、クフリ、メイロ、ドンソウ、ガンケイ、そして、少し離れているキキとバンキを、見下しながら叫んだ。

「ですがッ! 本番は、ここからですッ!」

「弱虫ミテエな台詞言ッテンな」

「弱虫じゃなくて『雑魚』じゃない?」

「そレだそレ」

 キキに悪意はないだろうが、バンキは完全に煽っていた。グリベラはその様子を見て、口元に力を込めるも、一瞬冷静に——大きく息を吐く。

「ワタシが得意な魔術を、お見せしましょう!」

「別ニイイのニな」

「知らなくても、死なないしねえ〜」

 ……キキにも悪意があったらしい。ドンソウが若干、怯えているようにも見える。

 グリベラは両手を広げる——待っているほど柔じゃない面々。グレンは『十字弩クロス・ボウ』を向け、キキは『蛇腹剣コイルソード』を展開。

 が、両手が一拍打ち合わさった瞬間に、七人は突風に襲われた。

 身体が吹っ飛ぶほどのものではない——が、なんとなく察した。魔術的なものだ。

 突風は七人の背後に吹き抜けて——ロータリーで倒れている、村人たちを通り過ぎた。

「…………」

 『弾針』が射出——グリベラは避ける。

「——ッアア‼︎」

 後ろに倒れ、そのまま噴水に落ちた。終始、何が何だかわからない七人を置いて、姿を消した。

 姿は消えたが——気配は消えなかった。

 寧ろ——増え続ける。

「——グレン?」

「あ、あの……」

 伺い立てるキキの声に、懐疑的なドンソウの声。

 背後の気配に、全員が気づいていた。振り向く前から聞こえてきた、ズルズルゾロゾロとした、何かを引き摺る音。

 力ない関節、はっきりとしない重心——それでも、歪に立ち上がる村人たち。

 瞳に光はない——どころか、虹彩も瞳孔もない。ついでに白目もない。

 何も見ていない——何も見えていない村人たちの。



 ——その顔面が、ぐちゃりと炸裂した。





「うぇっ!」

 頭部の前面——顔全体が、弾けるようにして。その面が。

 何かの魔術を起動させたらしく、生のまま爛れたような顔——そこから、ウネウネとした短い触手のようなものが、顔の表面で揺れ踊り、垂れた。

「……シンプルに気持ち悪いわ」

 シダレが素直な感想を漏らす。

「吐きたいけど……吐ける物が胃の中にない」——ファンショ。

 村人を掴んでいた魔女は、

「……わざわざ見せたのに」

 と、不服そうにその手を離した。村人は後ろを振り返ると、そのまま歩いて、元の場所へ戻りに行く。

「——外道め」

 クルキは言い放つ。

「全員、って言ったな? ——村人は全員、人間じゃないと?」

「全部ヒ——『マジョガタ』よ。そっちの方が便利だし——」

「村人は、全員——殺したのか?」

「……そう言ってるでしょ? 全部殺して、もっと便利でもっと意義の——」

 楔が二本放たれ、魔女の顔前で停止。そのまま地面に落ちた。

「あっ? ……もしかして怒ってんの? 自動翻訳が——」

「——どう見える?」

 クルキの言葉には、明瞭な殺意が込められていた。アンテツは剣を構えつつも、出方を伺ってるようだった。流石のシダレも口を出ず、ソウガもできることがなかった。

「……あなた、人外種でしょ? そっちの方はともかくとして……人間の価値を見誤ってるんじゃない?」

「『全員造り変えた』——平然とそう言い切る魔女が、価値をまともに測れていると?」

「……動物を食べるのと一緒よ。——どうせ殺すなら、余すとこなく食べた方が良いでしょう? それとも菜食主義? 子どもの頃とか、食べ物で遊んだことないの?」

 答えたのはファンショだ。

「人生を弄べば、感情が伴うだろ。心と、精神と」

「動物だって、短い生に感情はあるでしょ?」

 アンテツが割って入る。

「知能が別だ。人型の——人の形をした者を、お前らは殺して、死んだまま生かし続けてるのか?」

「……もう生きてないわよ。……ていうか、そこまでわかってるなら、大本の設計が……『ヒトガタ』の資料がそういうのだったって、知ってるわよね? ワタシは人間の——」


「——ハァッ‼︎」


 ——『怨波砲おんぱほう』が飛び、魔女に直撃した。僅かに空気が揺れる。

「————何だっけ? …………嗚呼。何か、変な術を使うってね」

 空気が響くような強めの衝撃にも関わらず、魔女は平然としていた。髪やマントが、靡いた様子すらない。

 口がへの字になった魔女——右手の指を曲げ、捉えるような動きを見せると、その手はシダレに向けられた。

「ん? ——っ!」

 シダレはゆっくりと、その場に浮き上がった。浮遊するように、数十センチ。

「——シダレを下ろせ」

 アンテツの左手が、左腿の十字短剣に。魔女の左手は首を掻く。

「……このまま飛ばせば、その——」

「わかった。充分だ」

 アンテツは十字短剣を投げると、十字剣を手に飛び出す。察していたソウガも、その後ろからアンテツに続いた。

「……はぁ……めんどくさ…………」

 嫌悪を露わに、魔女はシダレから魔術を離すと、目の前に両手を突き出した。

 アンテツとソウガは、見えない何かの衝撃波で弾け飛ぶ。

 入れ替わるように、クルキとファンショが飛び出した。





「お喜び下さい!」

 歓喜に満ちたグリベラの声。——演出のように、噴水から浮かび上がって姿を現した。

 ボロボロのマント姿で。栗鰓餡菜の見る影もなく。

「あなたたちは、遠慮する必要はありません! どうぞ——ここまで来たら、皆殺しになさって下さい! ——どうせこれらは、死んでるんです!」

 七人の前には魔女。そして後ろには、顔をぐちょぐちょにし、短い触手をうねうねと垂らした、異形の傀儡が立ち上がり続けていた。


 ——殺さないように気を遣ってきた者たちが、まるで屍体のように。


 グリベラは裂けたマントを破り、脱ぎ捨てた。

 真っ黒のミニスカート——ドレスのような、これまで数多の攻撃を弾いてきた、禍々しく刺々しい、装飾めいた服装が現れる。——全体的に固そうで、フードマントよりもはっきりと、全身の輪郭がよく見える服だった。

「あなた方はここで死ぬのです! そしてこれら全ては、これからまた造り直されます」

「魅力的な売り文句。——惚れないでよ、クフリ」

 キキが念を押す。冗談めかしていたが、疲労と焦燥の感じる声だった。

「……大丈夫。ちょっと趣味が違うわ。——それにたぶん、あなたの出番よ」

「さあ! ——魔女の宴の始まりです!」

 うねうね顔が両手を構え、後方から七人に向かう。

「——今のは、もう少しキメても良い」

 グレンが呟いた。

 ——七つの十字架が煌めき、前方からは魔女が躍り出る。





「——実際、面倒だからさ……自己紹介から、やり直さない?」

 魔女はそう言って、ソウガが振り切った十字剣を避けると、掌から光線を放ち、ソウガは前のめりで弾き飛ばされた。

 アンテツは早々に、十字剣をかなぐり捨てた——ガンケイが哀しむだろうが、自分にとって最適な戦闘スタイルを優先——そうしなければならないほどに、魔女の魔術は強力であった。

 クルキが槍を振り回す——短い利点を活かし、素早く接近し、斬りつける。躱されたと同時に翻ると『心恵』を放つ。ファンショは残念なことに、槍をあまり使い慣れていないらしい。かろうじての攻防は通じず、魔女の間合いから、早々に弾き出されてしまう。

「……魔女だから殺す? それ……ちょっと非道くない?」

「協力的じゃ! ないから、でしょ!」

 エィンツァー・シダレの『怨波砲おんぱほう』は強力だ。だがそれが通用しなくなると、客観的に見ても、戦力がかなりダウンする。十字剣は空を斬り、魔女の手掌に手首を止められる。「……引き篭もりみたいな顔して、随分と力があるじゃん」

 ——フッ! と。至近距離で放った『怨波砲おんぱほう』にも、一切動じない魔女。

「……引き篭もりってのは、正しいけど——」

 魔女はシダレの両手を掴み上げると、そのまま浮き上がる。

「別に運動は、嫌いじゃないわ」

 ——ハッ! と。『怨波砲おんぱほう』のように口から衝撃波を吐き、シダレは一人、あらぬ方向へと吹っ飛ばされて行った。

 アンテツは『双短剣デュアライズ』を逆手持ちに構え、魔女に接近。立ち上がったソウガも、追撃に備え続いた。

 こうしてみると、遠距離対応武器がないことが惜しまれる。グレンかキキか——ガンケイでも良い。——通用するかはまた別の話だが。

 ソウガの十字剣と、二本の槍も合流し、魔女は一本の十字剣を躱すと、二本の槍を足場に跳び、アンテツに向かって、両手から黄色い光線を放った。脇腹に直撃されたアンテツは、戦線から離脱——着地した魔女に、クルキとファンショが槍を振り上げ、ソウガは剣を突き出した。

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