第15話
翌日、写真を受け取りに行くため昼休みに職員室に向かおうと思ったのだが、そういえばこの時間はまだ現像が終わっていなかったことを思い出してそのまま夏葉と昼食を食べていた。この時間、本来ならば職員室で佐伯君とばったり会うはずなのだが、大したことを話した覚えもないので大丈夫だろう。
「写真っていつ出来上がるかな。楽しみだなー」
「今日の放課後にはできると思うわよ。夏葉は今日バレー部なのよね?受け取ったら明日渡すわね」
「うん、よろしくー」
一日の授業が終わり、夏葉は早々に部活へ向かってしまった。それを見送り、私も荷物を片付け部活へ向かう。そうだ、その前に写真を受け取りにいかなければ。
職員室まで行くと、やはりすごい人だかりだった。前にも同じことをしたなと思いながら人混みをかき分け、なんとか中に入れた。
写真を受け取ったついでに調理室の鍵も借り、廊下に出る。またこの中を進んで行かなければならないのかと思うと少しだけ憂鬱になった。
調理室に行くと佐伯君が扉の前で待っていた。
「今日は早いのね、佐伯君」
「あ、桃城先輩。今日はホームルームが少し早く終わったので。あれ、それどうしたんですか?」
目線を下に下げ私の左手に持っている写真を見て聞いてきた。
「あぁ、これは昨日撮った写真よ。夏葉がどうしてもって言うから現像してもらったのよ。後で一緒に見ましょうか」
「そうだったんですね。実は僕も少し気になってたんですよ」
二人そろって中に入り、当然のように並んで椅子に腰かけた。もらってきた三枚のうちの二枚を取り出し机に並べ、片方を「これは佐伯君の分ね」と言って彼の前に置いた。
写真には前回とほとんど変わらない様子が映し出されていた。しかし私はというとどこかぎこちなく、佐伯君との間には不自然な隙間ができていた。もしかしたら前回の自然な写真を見ている私しか感じないだろうが、少し違和感だった。
そしてその不自然な隙間からは白色のアネモネが顔を覗かせていた。
「なんだか私の表情、少し硬いわね」
率直にこの写真を見て思った感想が少し口に出ていた。
「そうですか?」
そういって佐伯君は写真と現実の私の顔を交互に見始めた。こうしてまじまじと顔を見つめられるのはなかなか恥ずかしいものだ。
「あまり変わらないようにも見えますけど、もしかしたら僕にはわからないだけでご自身や付き合いの長い人にしかわからない、些細な違いがあるのかもしれませんね」
そう否定するでも肯定するでもなく言った佐伯君は、少しだけ私に気を使っているようにも見えた。
肯定をすれば私の写真写りが悪いことを認めてしまう、否定すれば私の意見が正しくないように聞こえてしまう。そのどちらにも配慮した返し。後輩としては百点満点の受け答えだろう。正直私はどちらで返ってきても何とも思わないのだが。
しかしこの子はそんな細かいところにも配慮できる、本当に気が回る人だ。
「そうなのかもしれないわね。さて、見終わったことだし、今日はシュークリームでも作りましょうか」
今回は二人ともてきぱきと作業をこなし、失敗もなく無事シュークリームが完成した。かじると甘すぎない程よい甘さのクリームが口に中いっぱいに広がり、とろける食感とシュー生地が絶妙にマッチする、完璧なシュークリームだった。我ながらいい出来栄えだと自画自賛した。
「それじゃあまた」
「はい、先輩もお気をつけて」
正門で別れを告げ、互いの帰路に戻った。
今日は前回とはかなり違った動きになってしまったが大丈夫だろうか。もし今後に影響があるとしても、大きなものにならなければいいのだけれど。ここまでは順調に事を運んできたはずだ。今から余計なことをして未来に取り返しのつかないほどの変化を与えてはいけない。明日からはもっと慎重に再現しなければ。もちろん完璧に再現などは不可能なのだけれど、それでもできるだけ同じ行動ができるように心がけなくては。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか自宅に到着していた。玄関を大きく開いた時、人の話し声が聞こえて思わず振り返ってしまった。近所の方の井戸端会議だった。
私はそれを横目に中に入ると、そっと玄関のドアを閉じた。
週が明け、私たちは図書館に向かっていた。今日は三人で勉強会の日だ。
道中、例によって私たちは好きな季節の話をしていた。
「遥花は、好きな季節は何?」
前回はなんとなくでしか答えられなかったが、今ははっきりと言えるような気がした。
「そうね、私は秋かしら。涼しいし食べ物は美味しいから」
それに、今年は春と夏を二回も過ごすことになる。さすがにうんざりするので早く秋になってほしいというのもあった。もちろん、後悔を残さないように。
「へぇ秋かぁ。確かに飽きもいいかもなぁ」
うんうんと頷きながら夏葉は前と同じような反応を見せた。
しばらくすると、図書館に着いた。前回のこともあり少し早めに向かうと、比較的席は空いていた。しかし結局座ったのは前回と同じ場所で、何のために私は早く行こうと言ったのだろうなんて思っていた。
正直に言うと私は勉強をすることがほとんどない。前にも勉強したところだし、同じ内容のテストをもう一度受けるのだから何もしなくてもある程度の点数は取れてしまうだろう。
満点と取ろうと思えば容易に取れてしまうだろう。しかしいきなり満点なんて取ってしまえばあまりにも不自然だ。だから少し控えめな点数を取るつもりだ。
そう考えると少し早く来たのは間違いだったなと思う。
私は適当に勉強しているふりをしながら、前回同様夏葉に勉強を教えていた。しかし、一つ違ったのは佐伯君も私に積極的に聞いてきたことだ。
前回の彼は夏葉に少し聞くだけで私には聞いてこなかった。なぜだろうと考えていると、ふと前回と異なることがあることに気が付いた。写真を受け取った日のことだ。
前回の私は佐伯君と会うのが少し気まずくて、勉強会に行くことをためらっていた記憶がある。もしかしたら彼も外に出さないだけで私と同じだったのかもしれない。
そう考えると、なんだか少しだけ安心した気持ちになった。
気付けば時刻は六時を回っていた。もう少ししたら帰りは雨に降られてしまう。念のため傘を持ってきてはいるができれば使わずに帰りたい。
私たちは前回よりも少し早めに切り上げ、それぞれの帰路に就いた。
西の空には灰色の雲が広がっていた。しばらくしないうちにこっちまで流れてきて地面を雨で濡らすことだろう。それまでには帰ってしまおうと、私はやや急ぎ足で歩いていた。
一方で真上の空は雲一つなかった。日が落ち始め赤く染まった空にぽつぽつと星が顔を覗かせている。
星と言えば今私たちが見ているこの星は数千年も昔のもので、今見えている星たちはもしかしたらもう死んでしまっているのだという。光というものは不思議で、星というものはなんと儚く美しいのだろう。儚いとは言ったものの、星たちは何千年もの間私たち人類に希望と夢を与え続けてくれた。きっとこれからもそうなのだろう。
と、そんなことを考えているうちに、すっかり暗くなってしまった夜空に浮かぶ星は灰色の雲に覆われて見えなくなってしまっていた。
しまった、ゆっくりしすぎてしまった。
私は小走りになって家まで帰った。
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