第10話

 一週間後、球技大会の日が訪れた。雨が続き本番も危ぶまれていたのだが、先週梅雨入りしたばかりというのが噓のような快晴だった。

 しかしそうなると今度は熱中症のリスクが上がってくる。六月とは言え今年はすでに夏日のような暑さをしていた。快晴ともなるとより一層注意しなければならない。

 競技に熱中しすぎないように、こまめに水分補給や日陰で休むことを心がけよう。

 と、そんなことを考えながら校長の長い長い話を聞き終え、いよいよ球技大会が始まった。

 私たちの試合は第五試合。それなりに時間があるので、それまでは他の応援に行くことにした。

 グラウンド、テニスコート、体育館。どこを見ても活気に溢れ賑わっていた。中でも男子バレーは凄まじかった。周りの声援は得点が入るたびに盛り上がりを見せ、選手たちもそれに負けじとコートの中から声を出していた。

 時折女子たちの黄色い声援が聞こえてくるのは、女子に人気の生徒がかっこよく得点でも決めたのだろう。

 それも相まってか、バレーの熱狂は体育館の外にまで伝わってきた。

 一方でサッカーはこの照りつけるような日差しの中よくもあんなに動き回れるものだと感心していた。

 こうして外を歩いているだけでも汗ばんでくるというのに、テニスなんてしよう物にはどうなってしまうのだろうと考えていると、私たちの番が来てしまった。

 サーブ権を決め、夏葉と並んでコートに立つ。周りには夏葉の友達であろう人がたくさんあろう人がたくさん集まっていた。もちろん私の友達は一人としていない。これが人望の差というものなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、試合が始まってしまった。

 結果から言うと、初戦敗退となってしまった。練習して私の動きも多少マシになったとはいえ、相手からすれば格好の的。徹底的に狙われてしまい、成す術もなかった。

 夏葉がフォローに入ってくれたとはいえ、あまりの猛攻撃にじり貧になっていき何もすることができなかった。

「ごめんなさい、私が何もできなかったばかりに。夏葉ならもっと勝てるはずなのに」

「いいよいいよ。あたしは遥花とテニスができて楽しかったから」

 あの時と同じ、屈託のない笑顔で夏葉はそう言った。

 申し訳ないと思っていたが、私も夏葉とのテニスは楽しかった。楽しかったのだが、それと同じくらい悔しいという気持ちが湧きあがっていた。

 もしもう一度チャンスがあるのならば、次は絶対に負けたくないと心の底から思っていた。

「夏葉」

「ん? なに?」

「もし次があったら、絶対に勝ちましょうね。二人で」

 夏葉の前に立ち塞がるように止まりそう言うと、夏葉はいつも以上に明るく、今まで見たことないくらいに輝いた笑顔になってうなずいた。

「うん!」


 昼食を食べ終えた私たちは、また構内をぶらついていた。すると近くに見覚えのある人影を見つけた。

「あれ、佐伯君じゃないかしら」

 私たちの視線の先には、私と同じくらいの身長で少し癖っけのある黒髪、整った顔立ちの少年が歩いていた。ただいつもと違うのは黒縁の眼鏡をかけていないことだった。

 向こうもこちらに気付いた様子で歩いてきた。

「桃城先輩、中川先輩。お疲れ様です」

「こんなところでどうしたの?」

「僕は水を汲みに行こうと」

 と、手に持っていた水筒を胸の辺りまで軽く掲げて見せた。

「先輩方はこんなところで何してるんですか?」

「あたしたちはもう出番終っちゃったから適当にぶらぶらしてたとこだよ。佐伯君は何の種目なの?」

「僕はバレーです」

「おっ、いいねバレーか。私もバレーやりたかったなぁ。それで、結果は?」

 バレー部に所属しているということもあり、夏葉の食いつきがよかった。嬉々として話す夏葉の表情は、まるで目の前に好物を出された子供のようだった。

「実はこのあと準決勝なんです」

 シンプルにすごいと感心した。なるほど、そのための水くみというわけか。

 そう思ったのが表情に出ていたのか、佐伯君はこちらを見ると一瞬微笑んで視線を戻した。

「すごいじゃん! 応援行くよ! ね、遥花」

「え? えぇ、そうね」

 不意に話を振られ反応に遅れた。

 それじゃあまたあとでねと夏葉が佐伯君に手を振る。佐伯君は私を一瞥すると軽く頭を下げその場を離れた。

 私たちも上履きに履き替え、もうすぐ始まるであろう男子バレーの準決勝を見に体育館へ向かった。

 外から様子を窺うと、すでに中には大勢の観客で溢れていた。それぞれの種目で敗退してしまったチームのほとんどが観戦に来ているのだから当然と言えば当然だ。

 中に入ると外とはまた違った熱気に襲われた。喚起をしているとはいえ、狭い体育館にこれだけの人数がいれば当然熱はこもる。蒸し器の中にいるような暑さだった。

 佐伯君は私たちとは反対側のコートにいた。そのため私たちはコートをぐるりと回り、佐伯君のチームがよく見える位置まで移動した。

 ほどなくしてそれぞれのチームが集まり、試合開始のブザーが鳴った。

 コートの外から放たれたボールは緩やかな弧を描き、反対側のコートへと落ちていく。それを軽く拾い上げトスが上がる。

 それに合わせ佐伯君が助走をつけ、腕を後ろから前へ振り子のようにして振り上げ全身を使い高く飛んだ。そして頭上にあるボールを力強く叩きつけると、それはネットの向こう側の床に突き刺さった。

 一連の流れに観客は湧きあがった。チームメイトも佐伯君の周りに集まり喜んでいる。

 得点を決めたときの佐伯君の姿はまるで鷹のようだと思った。軽やかに空高く舞い上がり狙った獲物を一撃で仕留める。


 かっこいいと思った。


 普段のイメージとのギャップもあるのだろうか。佐伯君がバレーの話をしていたことなどなかったからか、違う人なのではと目を疑ってしまいたくなるほどだった。

 隣で見ていた夏葉も見るからに興奮していた。

 しかしその後は佐伯君まで繋ぐことができずに得点を想うように重ねることができなかった。結果惜しくも敗退となってしまった。

 試合が終わり、私たちは佐伯君の下へ集まった。

「結果は惜しかったけれど、最初の一点はすごかったわ」

「そうそう、ほんとにすごかった。フォームめちゃくちゃ綺麗だった! バレーやったことあるの?」

「実は中学の頃はバレー部だったんです。久しぶりにやりましたけど、体は覚えてたみたいですね」

「そうだったんだ。通りで上手なわけだ。それにしても現役かと思うほどきれいなスパイクだったなー。ちゃんと体の前でボールの中心を捉えていたし———」

 気づけば佐伯君と夏葉は楽しそうにバレートークに花咲かせていた。私はバレーの知識など到底持ち合わせていないのでそれを見守ることしかできなかった。

 私の中にはモヤモヤする何かが渦巻いていた。

 そういえば似たようなこと、少し前にもあったような。

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