第6話

 結局、私は夏葉に教えるだけで今日の勉強会は終わった。人の少なくなってきた図書館の外に出ると、空は分厚い灰色の雲に覆われ、周りはうっすらと暗くなってきていた。

 そういえば今日は夜から雨が降ると天気予報で言っていたことを思い出し、別れを惜しむこともなくそそくさと帰路に就いた。

 図書館からだと三人とも方向が違うため、それぞれ違う道を歩く。二人の姿が見えなくなったところで、灰色の空は堪え切れず道路を黒いまだら模様に染めていった。

 冷たい大粒の雨に降られながら、夜までには帰るだろうと思い折りたたみ傘を持って出なかった朝の自分を恨んだ。

 たまたま今日体育があったため、体操着の袋を頭の上に乗せ隠れながら走る。大して大きくもなく気休め程度にしかならないが、ないよりかは幾分かマシになるだろう。

 と思っていたのだが、家に着いた頃にはその健闘もむなしく、全身ずぶ濡れになっていた。

 途中からは雨除けが意味を成していないことに気付き、できるだけ雨を凌ぐという思考を放棄し、いかに早く家に帰るかを考えていた。

 玄関先で一息つく。髪からは水が滴り、靴は歩くたびにぐしょぐしょと音を立て、もう入らないと言わんばかりに水を吐き出す。背中と腕に絞っていない雑巾のように冷たい制服が張り付き気持ちが悪かった。試しに裾の部分を軽く絞ってみると、肌に張り付いていた雨水がびしゃりと音を立てて地面に打ち付けられた。

 それでも制服の不快感が消えることはもちろんなく、相当の雨をかぶりずぶ濡れになったことを再確認させられただけだった。

 玄関の扉を開き、ただいまと声をかけ中に入る。奥からパタパタとスリッパの音が駆け寄ってくる。夕飯の支度をしていたのか、エプロン姿の母が出迎える。

「おかえり、ってちょっと、びしょ濡れじゃない。今タオル持ってくるからちょっと待っててね」

 少し様子を窺うように出迎えてくれた母が、またパタパタと音を立てて奥に消えていった。

 しばらくすると今度は一枚のタオルを持った母が奥から現れた。

「とりあえずこれで体拭いて。あと今お風呂湧かしてるから、先に入っちゃいなさい」

 と言ってタオルを手渡された私は言われるがままにできるだけの水分をふき取り、浴室へ向かった。

 シャワーを浴びている間にお風呂も沸くだろうと思った私は、びしょびしょになった制服を洗濯機に脱ぎ捨てた。明日までに乾くといいのだが。

 雨で濡れた頭からシャワーの湯をかぶる。水を水で洗い流すかのように念入りに流した。

 図書館を出たとき、私はなぜか少し残念に思っていた。いや、それが本当に残念という感情だったのかもわからない。自分の勉強がほとんど進まなかったことになのか、夏葉に呆れたからなのか。それともそれ以外の何かなのか。

 原因が何かわからないが、私の中にはモヤモヤとした感情が渦巻いていた。

 結局そのモヤモヤが何かわからずにいた。もういっそのこと忘れてしまえ、とシャンプーで泡立った髪を洗い流す。

 そうこうしているうちにお風呂が湧いたようだ。体もきれいに洗い、湯船に浸かる。雨で冷え切った体を芯から温めてくれる。気持ちのいいお湯だ。

 しかし心だけは、十分に温まることはなかった。


 あれから、夏葉には個別に勉強を教えていた。あまりの惨状に見ていられず、気づけば毎日夏葉と放課後に残って勉強していた。

 前日に私がやった勉強を次の日夏葉に教える。私は復習になるし夏葉も着実に力がついていった。非常に効率がいいと思った。

 その甲斐あってか夏葉は平均点を優に上回る結果となり、周りからも褒められていた。

 夏葉はやればできる子なのだ。

 一方で私も、いつもより点数がよくなっていた。勉強を教えていたことで必然的に勉強時間の総量が増え、それが結果として表れていた。やはり日々の積み重ねは大事なのだと改めて実感した。

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